「やあ、前田君」
「あっ店長さん、おはようございます」
時刻は午前六時半。
本来の集合時間より30分も早いこの時間、集合場所である駅前の時計台の下に来ていたのは、祐介と耕治の二人だけだった。
「おはよう。昨日はぐっすり眠れたかい?」
「えっ、は、ははは。そりゃもう、ぐっすりと・・・」
「?」
まさか「あずさと美奈のことで悩んでなかなか寝付けませんでした」とは言えない耕治は、とりあえず渇いた笑いで返した。
「ずいぶん早いじゃないか。時間までまだ30分もあるのに・・・」
「い、いやぁ〜、昨日早くに寝すぎて、柄にもなく早起きしてしまったんですよ」
これも嘘だ。
本当は深夜と呼べる時間帯にようやく寝付けたせいか睡眠も浅く、朝方になると自然に目が覚めてしまったのだ。
「店長さんこそどうしたんです?」
「やっぱり店長という立場上、みんなより早く到着しておかないと示しがつかないからね」
「なるほど・・・」
「前田君も、これからの為に覚えておいたほうがいいぞ?」
「えっ、それってどういう・・・」
「お、双葉君が来たな。それでは私はこれで失礼するよ」
祐介の言葉を疑問に感じた耕治がその真意を尋ねようとするが、祐介はそれを遮り逃げるように去っていった。
「・・・なんだかなぁ」
耕治は寝不足のためしっかり開いてくれない目を擦りながら、東の方角に昇る朝日に向かって小さなため息を吐いた。
Piaキャロットへようこそ!!2 SS
「Piaキャロ2 〜another
summer〜」
Written by 雅輝
<23> キャロット研修旅行(前編)
電車を乗り継ぐこと約二時間。
一同は無事、宿泊先である”衣川温泉”に到着した。
無論、耕治は電車の中で昨日足りなかった睡眠をたっぷりと取っていたが・・・。
「う〜〜ん・・・やっぱり空気が美味しいなぁ」
衣川温泉は山に囲まれた場所にひっそりと点在しており、キャンプ地としても非常に人気がある温泉だ。
都心から離れたこの場所での澄んだ空気を吸い込みながら、耕治は長時間電車の座席に座ってなまった身体をゆっくりとほぐした。
「あっ、耕治お兄ちゃん!」
「美奈ちゃん・・・」
とそこに、まだ多少無理をしている感はあるが、それでもここ最近と比べて遥かに元気な美奈が話しかけてきた。
「今、涼子さんから聞いたんですけど、美奈たちが宿泊するホテルが凄い大きいらしいんですよぉ〜♪」
「へぇ〜、それは楽しみだね」
「はい♪美奈、この旅行を凄く楽しみにしてましたから、絶対にいい思い出を残すって決めてるんです」
「うん、一緒に思い出を作ろうね?」
「えへへ、はい♪」
耕治と美奈はお互い笑い合って、ホテルまでの道を肩を並べて歩きだした。
「お〜、絶景かな」
耕治は自室のベッドの脇に荷物を置いた後、窓に歩み寄って15階からの壮大な風景を眺めていた。
美奈が言っていた通り、”Piaキャロット一同様”と入り口に書かれていたこのホテルはまさに高級ホテルといった感じだった。
そして20階建てであるこのホテルの、15階部分は全てキャロットの貸切というのも凄い。
『結構儲かってるんだなぁ・・・』などと多少失礼なことを思いながら、耕治はポツリと呟いた。
「さて、これからどうしようかな・・・」
自室でゆっくりするのもありだが、折角旅行に来ているのにそれはあまりにも勿体無い。
温泉もまだこの時間は営業していないようで、来る直前に祐介から渡されたしおりにも午後6時からとなっている。
『ん?あれは・・・』
風景の中の一角。
山の麓に近いその場所には、十数軒ほどログハウスが建っていた。
『そういえば、明日のバーベキューはあそこでやるって言ってたな』
「・・・行ってみるか」
こうして部屋にいてもぼ〜っとしているだけで終わりそうな気がした耕治は、窓から見る限りではさほど遠くないロッジを見に行くことにした。
「へぇ〜・・・結構本格的なんだなぁ」
ロッジの中央に備え付けられているバーベキュー用の設備に、耕治は思わず感心の声を漏らした。
『バーベキューなんて、小学校の遠足以来だよなぁ・・・ってまずい。考えてたら腹が減ってきた』
『この辺に売店か何か無いのか?』と考えながら、辺りをざっと見回してみると・・・。
「あれ?あそこにいるのは・・・」
ログハウスの前の階段に座っている、見覚えのある二つの影を見つけた。
耕治は仲睦まじくおしゃべりをしている様子の二人を見て、どこか安心する気持ちと共に声を掛けた。
話は少し前――あずさと美奈がホテルの自室から出てきた所まで遡る。
「あっ、お姉ちゃん・・・」
「ミーナ・・・」
荷物を部屋に置いて外に出てきたところで、二人はタイミングよく鉢合わせになった。
どうやら部屋も、姉妹ということで隣同士になっていたらしい。
「・・・良かったら、美奈と一緒にロッジに行きませんか?」
少しの沈黙を挟んで、先に声を掛けたのは美奈だった。
その笑顔は、あずさがここ最近で見た中で一番ホンモノに近いものであった。
「・・・ええ、いいわよ。行きましょう、ミーナ」
そのことに安心したのか、あずさも自然と笑顔で返すことができた。
「わぁ〜、綺麗ですねぇ。美奈、こういうお家に憧れちゃいますぅ♪」
「本当、よくできてるわね」
「あずさお姉ちゃん、次はあっちに行ってみようよ☆」
「あっもう、美奈ったらはしゃいじゃって・・・」
数々のログハウスに感嘆の声を上げながらあずさを連れまわす美奈と、そんな美奈に苦笑しながら付いて行くあずさ。
二人にとってその感触は、本当に久しぶりなような気がした。
「えへへ、ちょっと疲れちゃいました」
「あんなに走り回るからよ・・・。大丈夫?ミーナ」
20分ほどこの辺りを見て回った二人は、ロッジの入り口へと続く短い階段に腰を掛けて一息ついていた。
「美奈は大丈夫です。でも、何だかお腹空いちゃいました♪」
そう言って「えへへ」と照れ笑いする美奈。
それはあずさにとって、普段の妹となんら変わらない笑みに思えたはずだった。
しかし・・・。
「・・・ミーナ、どうしたの?」
何かがおかしいと感じた。
その差異は、おそらく姉として長年連れ添ったあずさだけに分かる、微小なものであったが・・・。
「あ・・・」
あずさの言葉を聞いた美奈は、少し声を漏らして一転真剣な表情になった。
「・・・実はあずさお姉ちゃんに、どうしても訊いておきたいことがあるんです」
「訊いておきたいこと?」
あずさがオウム返しに聞き返すと、美奈は一つ呼吸を置いてはっきりと口に出した。
――「あずさお姉ちゃんは、耕治お兄ちゃんのことが・・・好きですか?」――
「あずさお姉ちゃんは、耕治お兄ちゃんのことが・・・好きですか?」
『・・・えっ!?』
美奈の突然の質問に、あずさは心臓が止まりそうなほど驚いた。
それは最近、自分が悩んでいた問題の核心を突くような問いかけで・・・。
『ミーナ・・・』
今目の前にいる妹からは、一番聞かれたくなかった事だったから・・・。
「どう・・・なんですか?」
美奈が念を押してくる。
その真摯な瞳を見つめ返してから、あずさは自分の心と向き合うようにそっと瞼を閉じた。
『私は、前田君のことが好き?』
――私は、前田君のことが好き。
――でも、その気持ちは、伝えてはいけないもの。
――だって美奈もきっと・・・彼のことを・・・。
――だから、私がここで美奈に伝えるべき言葉は・・・。
「私は・・・・・・」
あずさが閉じていた瞼を開けて、自分の想いを口にしようとした丁度その時――
「お〜〜い、日野森〜、美奈ちゃ〜ん!」
突然聞こえてきた馴染みのある声にあずさはハッとして、口を噤まざるを得なかった。
『き、気まずい・・・』
横一列にあずさ・耕治・美奈の順で歩く、ロッジからホテルへの帰り道。
声をかけたタイミングが悪かったのか、姉妹揃って口を開かないこの状況に、耕治は気まずさを感じていた。
『どうしたもんかなぁ・・・』
と、耕治がどうやって沈黙を打開しようかと思案していた、丁度その時・・・
”グ〜〜〜ッ”
情け無い怪奇音が、ピンと張り詰めた空気を見事に切り裂いた。
「「?」」
そして姉妹の視線は、その怪奇音の音源である耕治の腹へと注がれる。
耕治はというと、まさかこんな形で沈黙が破れるとは思っていなかったのか、情けなく鳴り響いた腹を押さえて、赤い顔を天に向けていた。
「いやぁ〜、今日もいい天気だなぁ」
「「・・・」」
『うぅ・・・視線が痛い』
尚も注がれる二人の視線に、耕治は潔く観念しようとした。
しかし・・・。
「「ぷっ・・・」」
「「あははははははははははははははっ♪」」
そっぽを向いている耕治の赤い顔に、ついに我慢しきれなくなった二人は同時に吹き出した。
その笑い声に呆気に取られる耕治の顔は、次第に益々赤く染まっていった。
「しょ、しょうがないだろぉ。昼ご飯を食って以来、何も食べて無いんだよ!」
「ははは、はぁ〜、はぁ〜、ご、ごめんなさい。そうね、ホテルの売店で何か食べましょうか?」
「美奈も賛成ですぅ☆」
「そうだな、そうするか」
夏特有の薄い雲と、どこまでも続きそうな青空の下。
並んで歩く三人の心は、いつの間にか重石が取れたように軽くなっていた・・・。
24話へ続く
後書き
は〜い、ども、雅輝です。
何故か最近、思うように筆が進みません。
三人の想いが複雑すぎて、書いてる私も混乱してきそうです(汗)
一応30話くらいまで掛かる予定ではいるんですけど、あくまで”予定”なんでどうなることやら・・・。
春休みには完成させたいなぁ。