キャロット研修旅行まで後2日。

あずさと美奈はキャロットからコーポPiaまでの帰り道を、肩を並べて歩いていた。

「とうとう明後日ね、ミーナ」

「・・・はい」

あずさが楽しそうに話題を振るも、美奈の返事は心持ち冴えなかった。

笑顔は見せているものの、いつもの天真爛漫な笑顔ではなく、まるで無理やり貼り付けたような笑み。

最近の美奈はずっとこんな調子で、姉であるあずさとしては心配で仕方なかった。

『ミーナから話してくれるまで待とうと思っていたけど・・・』

もう、そんな悠長なことは言っていられなかった。

「さ、入って。ミーナ」

「はい、お邪魔します」

だからあずさは、いつも通り駅に送るのではなく、少々強引に自分の部屋まで連れて来たのだ。



「はい、ココア」

「ありがとう、お姉ちゃん」

ソファーの上にちょこんと座り、お礼を言いながらマグカップを受け取る美奈の顔は、やはり多少ぎこちなかった。

「・・・」

あずさも美奈の隣に座り、自分用に淹れたコーヒーを飲んで一息入れる。

「・・・ねえ、ミーナ」

どこか真剣みを帯びたあずさの声に、美奈はまだ一口も飲んでいないココアから目を上げた。

「何か・・・あったの?」

それが一番妥当な問いのような気がした。

美奈は最近まで――少なくとも海への旅行までは今まで通りの美奈だった。

変わったのは、耕治と遊園地に遊びに行った辺りからであろうか・・・。

彼が美奈に対して何かしたとは到底思えないが、その前後に美奈にとっての”何か”があったことはまず間違いないだろう。

美奈はあずさの問いに少しの間顔を俯かせていたが、ゆっくりとした動作で顔を上げると重たげに口を開いた。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<22>  それぞれの想い




「何でもないよ、お姉ちゃん」

顔を上げた美奈は、やはり元気のない様子で、しかしそれとは対照的な言葉を口にした。

「でも・・・」

「もう、お姉ちゃんたら心配性なんだからぁ・・・。美奈なら大丈夫ですよぉ」

「だったら何でそんなに沈んだ顔をするの?」と続けようとしたあずさを、美奈が冗談めかした口調で遮る。

「・・・本当に?」

「・・・うん」

真剣な表情で美奈の顔を直視するあずさと、少し目線をはぐらかせて返事をする美奈。

『・・・やっぱり、何か隠してる』

何でもないはずがない。

実際、こんな美奈を見たのは、高校に上がるときに大の仲良しだった親友が遠くに引っ越した時くらいだ。

いや、その時よりも酷いかもしれない今の状態で尚も隠され続けていることが、あずさは美奈の姉として――家族として悲しかった。

「そう・・・」

だからあずさはそれ以上の追及はできなかった。

美奈は言う気は無いようだし、これ以上続けても自分まで沈んできそうだったから・・・。

あずさはピンと張り詰めた空気を何とか和らげようと、楽しそうな話題を選んで口にした。

「あっ、そうだ。明日、前田君と食事に行くんだけど、良かったら美奈もどう?」

あずさにとっては何でもない話題を選んだつもりだった。

美奈は耕治に非常によく懐いていたし、当然OKするだろうと思って・・・。

しかしそれを聞き大きく見開かれた美奈の瞳は、微かに揺れていた。





『どうしたら・・・いいんだろう?』

姉の言葉を聞いて、美奈はまだ半分も飲んでいないココアに視線を落として悩んでいた。

以前の――耕治への想いを自覚する前の美奈なら、二つ返事で了承していただろう。

しかし・・・。

『美奈は、耕治お兄ちゃんの”妹”だから・・・二人の邪魔はしちゃ駄目だよね?』

そう、強く自分に言い聞かす。

耕治を好きになる以前は、もっと楽に考えていたはずだ。

”妹として”や”一人の女の子として”といった区分も境目もなく、ただ耕治と接するだけで幸せだったあの頃は・・・。

『でも・・・もう決めたことだから』

耕治のことを”お兄ちゃん”と呼ぶと決めたあの日から・・・。

「美奈は、遠慮しておきます。お姉ちゃん達二人で行ってきて下さい」

本当は、今にも泣いてしまいそうなほど悲しかった。

でも、ここで泣いてしまったら、きっと心優しい自慢の姉は心配してしまうから・・・。

だから、精一杯泣き顔を歪ませて、美奈は最上級の笑顔を作った。

・・・つもりだった。





「美奈は、遠慮しておきます。お姉ちゃん達二人で行ってきて下さい」

そう答えた妹の顔は今にも泣きそうで・・・。

どこまでも深い憂いと、抑えきれない切なさを含めた・・・そんな笑顔。

『ミーナ・・・』

無理に作ろうとしている笑顔が、あずさの心にはとても痛々しく見えて。

「・・・じゃあ、美奈はそろそろ帰ります。あずさお姉ちゃん、おやすみなさい」

ソファーから立ち上がって、玄関に向かう美奈をただ呆然と見送ることしか出来なかった。



『ミーナ・・・』

美奈が帰って数分が経過しても、あずさはまだソファーの上で考え込んでいた。

ソファーとセットになっている机の上には、すっかり冷め切ったココアとコーヒーが並べて置かれている。

『やっぱり、ミーナは・・・』

もはや、美奈のあの顔を見て分かってしまった。

美奈が、元気の無かった理由。

「あんな切なそうな顔をされたら、分からないわけないじゃないのよ・・・」

あずさは誰もいない室内でポツリと呟き、今の夏という季節にはぴったりとなってしまった元ホットコーヒーを口に含む。

・・・以前から、何となくそうじゃないかとは思っていた。

美奈の彼を見る視線は、兄に対する親愛の情とは少し違っていたから。

特にそれを強く感じ始めたのは、二人が遊園地に行った後からだ。

耕治のことをお兄ちゃんと呼び始めた美奈は、以前より彼と接する時間は減ったものの、常に耕治を気にしていたように見えた。

そしてそれは、美奈が沈み始めた時期と重なる。

やはりそうだ。

「ミーナは・・・」

あずさは自分に確認するかのように、たった今導き終えた結論を声に出した。

――「前田君のことが・・・好き」――







「日野森?」

「・・・え?」

あずさは自分の名前が呼ばれていることに気づき、はっと意識を取り戻す。

意識を取り戻すといっても、寝ていたわけではなく考え事をしていたのだが・・・。

『・・・ああ、そうか』

ここはキャロットからさほど離れていない場所にある、海鮮レストラン。

研修旅行の前日である今日、キャロットでの仕事帰りに、耕治の”お礼”として二人は食事に来ていた。

「どうしたんだ?ぼんやりして・・・」

「ううん、何でもないわ」

あずさは何でも無い風を装って、まだほとんど手を付けていなかった料理を口に運ぶ。

しかし、目の前の料理に集中しきれないあずさの思考は、すぐに美奈の事に行ってしまう。

それほど、あずさが気づいてしまった事実は、彼女にとってショッキングなものだった。

『まさか・・・ミーナまで前田君のことを好きになるなんて・・・』

一人の男に、二人の姉妹が恋をする・・・。

まるでドラマのような出来事が、実際自分達の身に起きているのだ。

「・・・ホントに大丈夫か?」

声の方に目を向けると、耕治が心配そうな顔でじっとあずさを見つめていた。

『前田君は・・・多分こんな事態になっているなんて、気づいてないんだろうな・・・』

そして、それを知らせる必要も当然無い。

それを知れば、優しい彼はきっと心を痛めてしまうから・・・。

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

だからあずさは、優しく微笑みを返す。

それを聞いた耕治は、まだ納得していない様子だったが、それ以上は何も言ってこなかった。

でも・・・。

『私は・・・どうしたらいいんだろう・・・?』

もう既に、妹は身を引こうとしている。

しかし、本来それをすべきなのは、姉である自分の方なのではないか?

そんな考えが、昨日から何度もあずさの頭を回っていた。





『日野森・・・』

目の前で冴えない表情で料理を細々と食べているあずさ。

その表情がここ最近の美奈と同じものだということに、彼女は気づいているのだろうか?

『美奈ちゃんに続いて、日野森まで・・・』

少なくとも昨日、バイトが終了するまではいつも通りだったあずさが今日キャロットに出勤してきたときには、既にこんな状態だった。

『・・・やっぱり俺のせい・・・なのかな』

それはここ数日間、元気のない美奈を見て耕治が考えていたことだった。

美奈の元気が無くなったのは、自分と遊園地に遊びに行って数日してからだ。

そして、観覧車の中での意味深な会話。

決して自意識過剰なつもりではないが、美奈に関しては自分に原因があると耕治は考えていた。

『でも、何で日野森まで?』

昨日、仕事終わりに声を掛けようと思っていたら、既にあずさは美奈と一緒に帰っていた。

その時に何かあったと思われるのだが、遠まわしに訊いてもやんわりと否定されるだけだった。

「・・・」

「・・・」

――結局食事を終えた二人は、上辺だけの笑顔での挨拶もそこそこに帰宅した。





『いよいよ、明日は旅行なんだなぁ・・・』

その頃日野森邸――美奈の部屋で、美奈は寝る前に明日の旅行の荷造りをしていた。

夏休みの宿題を必死に終わらせるほど、楽しみだった研修旅行。

しかし、荷造りをしている美奈の顔はあまり嬉しそうではなかった。

「・・・耕治お兄ちゃん」

ポツリと、美奈は誰もいない部屋の中央で言の葉を落とす。

「大丈夫・・・だよね」

自分自身に確認するように、ポツリ、ポツリと・・・。

「美奈は、明日も・・・ちゃんと耕治お兄ちゃんの妹でいられるよね」

自分の中で決し、何度も何度も確認した決意。

「あずさお姉ちゃんの妹で、いられるよね」

その一字一句を、噛み締めるように・・・。

「二人を・・・祝福できるよね・・・」

最後にそう呟いた美奈は、少しぼやけた視界をパジャマの袖で拭ってから、電気を消して布団に潜りこんだ。





それぞれの想いが交錯する中、旅行前日の夜は静かに更けていった・・・。



23話へ続く


後書き

どうも〜、雅輝です^^

約一週間ぶりのUPですねぇ。

ちょっとネタ詰まりしてしまいまして・・・。

それでも何とか仕上げたのが今回の話なんですが・・・どうでしょう?

自分ではあまり納得できていない部分もあったり・・・(汗)

というわけで、感想待ってます(笑)m(__)m



2006.2.10  雅輝