「ふう・・・」
時刻は10時を指している。
身支度を整えた耕治は、部屋の窓から恨めしいほどに晴れ渡った夏空を眺めていた。
「・・・行くか」
耕治は抑揚のない声でそう呟くと、いつもの赤いバンダナを巻いて部屋の外に出た。
「・・・」
そのまま寮を出て行こうとした耕治だが、何となく後ろを振り向いてしまう。
そこには、自分の部屋の隣にあるあずさの部屋が・・・。
「・・・行ってきます」
聞こえるはずがないのを承知で、耕治は名残惜しそうにコーポPiaを後にした。
Piaキャロットへようこそ!!2 SS
「Piaキャロ2 〜another
summer〜」
Written by 雅輝
<20> 観覧車
「あっ、耕治さ〜ん!こっちですよ〜!!」
「あれ?」
耕治が集合場所である遊園地のゲート前に着くと、既に到着していた美奈の元気な声が聞こえた。
『今日は余裕を持って出てきたはずだけど、ひょっとして遅刻しちゃったのか?』
耕治は疑問に思いながらも、美奈の下へと急ぎ足で向かう。
「やあ、美奈ちゃん。ごめん、遅れちゃったかな?」
「えへへ、そんなこと無いですよ。まだ待ち合わせの時間まで15分もありますから」
「どうしても楽しみで早く来ちゃいました♪」と、全国の妹好きを溶かしそうな(←?)笑顔で言う美奈に、耕治は赤面しながらもほっと安堵の息を漏らした。
「じゃあ、時間がもったいないし・・・早速行こっか?」
「はい♪」
耕治がゆっくりと歩き出すと、美奈も嬉々として耕治の横に並ぶ。
その仲睦まじくゲートをくぐる後姿は、兄妹と言うより・・・まさにカップルのそれだった。
「さて・・・美奈ちゃんは何から乗りたい?」
入り口で2枚の一日フリーパス券を受け取った耕治は、その内の1枚を美奈に渡しながらそう訊ねる。
「えっとですねぇ・・・美奈、あれに乗ってみたいです!」
「ん?」
元気よく美奈が指を指した方向には・・・。
『・・・マジデスカ?』
ある意味遊園地で一番乗るのが躊躇われる、メルヘンいっぱいの十二頭の白馬達。
・・・そう、”メリーゴーランド”だ。
「み、美奈ちゃん。どうしてもあれに乗りたいの?」
乗ったときの事を想像して、冷や汗を掻きながら耕治が美奈に確認する。
「はい♪・・・耕治さんは美奈と一緒に乗ってくれないんですか?」
耕治の確認の声があまり乗り気じゃなかったので、美奈は泣きそうな声で目をうるうるさせながら耕治に問いかけた。
『うっ・・・言えない。そんな泣きそうな顔をされたら、「恥ずかしいんで勘弁してください」なんて言えないじゃないかぁ!』
「い、いや。そんなことないよ、うん。・・・一緒に乗ろうか」
「やったぁ!美奈、嬉しいです♪」
スキップしながら耕治の腕を引っ張っていく美奈の後ろで、たった今死刑判決を受けた囚人のようにげんなりとしている耕治。
『でも・・・まあ、たまにはいいか』
嬉しそうな美奈の顔を見ていると、そんな些細なことなどどうでもよくなってきた耕治は、今日だけは羞恥心を捨て去ろうと決意した。
『あっ、もうこんな時間か・・・』
あれから二人は時が経つのも忘れて、次々とアトラクションをこなしていった。
コーヒーカップに乗ったり、お化け屋敷に入ってみたり、木製コースターに乗ってみたり・・・。
気が付けば、見上げた空の色が茜色に染まる時刻となっていた。
「美奈ちゃん、そろそろ帰ろうか?」
「え〜、もう帰っちゃうんですかぁ?」
「もう6時を過ぎてるしね。あまり遅くなったら、あずささんだって心配するだろう?」
珍しく駄々をこねている美奈にあずさの名前を出して諭すと、美奈の体が一瞬ピクンと揺れた。
そしてそのまま俯いてしまった。
『・・・やっぱり美奈ちゃんは気づいていたのか』
その反応を見て、耕治は少し自己嫌悪に陥る。
今日一日・・・美奈の隣で耕治は、ずっとあずさの事を考えていた。
いや、それは多少言いすぎだとしても、心の片隅には間違いなくあずさが存在していた。
実際、あずさの事を考えてぼんやりとしていて、美奈の声に気づかなかったことも一度や二度ではなかった。
その上、血縁から来るものなのか・・・美奈の笑顔があずさのそれと重なり、さらに拍車をかけた。
『美奈ちゃんには、悪いことをしちゃったなぁ・・・』
美奈の自分に向けられていた純粋な笑みを思い出すと、耕治の胸はチクチクと痛んだ。
「美奈ちゃん、あの・・・」
「分かりました」
耕治が謝ろうと口にした言葉は、ばっと顔を上げた美奈が遮る。
「でも、最後に一つだけ乗りたいものがあるんです。付き合ってくれますか?」
いつもの子供っぽい笑顔ではない、笑みを浮かべてはいるが真剣な表情をした美奈が指を指したアトラクション。
――それは遊園地の顔とも呼べる、大観覧車だった。
「それでは、閉めまーす」
係員の声と共に”ガチャン”と閉まるゴンドラの中、耕治と美奈は向かい合わせで座っていた。
「「・・・」」
二人の間に会話は無い。
心苦しい沈黙――少なくとも耕治にとっては――が二人を包み、互いに外の茜色で彩られた風景に目をやっていた。
「耕治さん・・・」
一周に20分掛かるゴンドラが、丁度頂点に差し掛かろうかという時に、美奈はゆっくりと口を開いた。
「何だい?」
しかし耕治の視線は、相変わらず窓の外に向いたままだった。
「そっちに行っても・・・良いですか?」
「・・・ああ、構わないよ」
その答えを聞き、美奈は耕治の隣に腰を下ろし、じっと耕治の横顔を見つめる。
「「・・・」」
再度静寂がゴンドラ内を支配する。
その静寂を破ったのは、またしても美奈だった。
「美奈、気づいてましたよ?」
「えっ?」
突然の美奈の言葉に、耕治はこの観覧車に乗って初めて美奈の方を向く。
「美奈、今日はとっても楽しかったです」
「好きな乗り物にいっぱい乗って、いろんなアトラクションを体験して・・・」
「何より、耕治さんと一緒に遊べたことが、一番嬉しかったです」
美奈はそう言って、笑顔を耕治に向ける。
しかし耕治には、その笑顔がどうしようもなく悲しげに見えた。
「でも、耕治さんは美奈と遊んでいる間もずっと・・・美奈じゃない誰かの事を考えていました」
「・・・」
気まずさ・・・というより罪悪感から、耕治は美奈から視線を逸らした。
「あずさお姉ちゃん・・・ですね?」
「っ!?」
しかしその視線は、美奈の口から出た予想外の名前に再び彼女の方へと向けられた。
「そう・・・なんですね?」
「・・・ごめん・・・」
再度確認する美奈の真摯な瞳に、耕治はそう一言だけ返した。
「・・・ごめん・・・」
耕治の返したその一言は、美奈がその意味を理解するには充分だった。
『やっぱり、耕治さんはお姉ちゃんを・・・』
それは何となくだが前から分かっていた事だった。
彼の姉に対する視線が何を物語っているか・・・それは恋愛感情に疎い美奈でも薄々気づいていた。
『お似合い・・・だよね?』
そう自分に言い聞かせる。
優しくて綺麗で、美奈にとってとても大切な存在である姉だが、耕治になら任せられる。
おそらく姉も耕治のことは好きなはずなので、きっと上手くいくだろう。
でも・・・。
『何だろう?この気持ち・・・。胸がチクチクする』
耕治と姉はお似合いで、自分が身を引けばきっと上手くいく。
そうすればだいぶ先の話にはなるが、耕治が本当の義兄になってくれるかもしれないのだ。
もしそうなれば、それほど嬉しい事はない・・・ないはずなのに。
『何で、こんなに・・・胸が痛いんだろう?』
しかしそう考えれば考えるほど、胸の痛みは比例して酷くなっていく。
「・・・美奈ちゃん、大丈夫?」
「! は、はい!大丈夫です」
気が付くと耕治の顔が目の前にあったので、美奈は顔を真っ赤にしながら返事をする。
「良かった・・・。返事がないから心配してたんだ」
”ドキンッ”
『あ・・・』
心底安心したような耕治の微笑みに、美奈の心臓が一つ大きく跳ねた。
「耕治さん・・・」
アルコールに酔ったような瞳で、耕治を見つめる美奈。
『あれ?美奈、何言ってるんだろう?』
しかしそれは美奈が意識して行なっている行動ではない。
「耕治さんにとって、美奈はどんな存在なんですか?」
美奈の頭は霞がかかったかのようにぼんやりとしていて、ただただ口から滑らかに言葉が紡がれていく。
「・・・え?」
質問の意図が掴めずポカンとした耕治に構わず、美奈は続ける。
「美奈にとって、耕治さんは最初お兄ちゃんのような存在でした」
「かっこよくて、頼りになって、優しい・・・理想のお兄ちゃんでした」
「でも、今は・・・」
そっと身体を耕治に寄せる美奈の顔は、耕治が思わず見惚れてしまうくらい大人だった。
「美奈・・・美奈は・・・耕治さんのことが・・・・・・」
”ガチャン”
「「!!」」
二人に張り詰めていた緊張感は、すぐ外から聞こえた音によって途切れてしまった。
「終了でーす。お疲れ様でした」
その声と共に、開かれるゴンドラの扉。
「「・・・」」
二人は顔を見合わせるがさすがにそのままでいるわけにもいかないので、そそくさとゴンドラを降りた。
「「・・・」」
遊園地からの帰り道、二人の間に会話らしい会話は無かった。
互いを意識し合っているのか、顔を合わせるのもままならない。
「美奈ちゃん、さっきの事なんだけど・・・」
寮の近くの公園の前で、ようやく意を決した耕治が背中越しに美奈に訊ねる。
「・・・さっきの事は忘れてください♪」
俯いていた美奈が、街灯の下ではっきりと見せたその顔は、いつもの笑顔であった。
「・・・へ?」
まったく予想していなかった美奈のその笑顔に、耕治は思わず腑抜けた声を出してしまう。
「この前ドラマで見て・・・”観覧車で告白するシーン”っていうのを一回やってみたかったんですよ♪」
「えへへ」とはにかんだような笑みを浮かべる美奈。
「・・・」
鈍感耕治はどこか腑に落ちないような顔をしているが、とりあえず納得したようだった。
「・・・」
耕治と別れて、一人電車に揺られる美奈。
考えているのは、当然耕治のことだった。
『はぁ・・・どうして美奈、あんなこと言っちゃったんだろう?』
観覧車の中で、どんどん紡がれていった言葉の数々。
今思い出しただけでも、恥ずかしくて顔から火が吹き出てきそうだった。
「耕治さんは美奈にとって、お兄ちゃんのような存在・・・」
自分自身に確認を取るかのように、ぼそりと呟く。
何故かそうしないといけないような気がして、美奈は移り行く電車からの風景を眺めながら、心の中でその言葉を何度も反芻する。
「・・・」
いつも眺めている車窓の風景は、いつもより酷く色褪せて見えた。
21話へ続く
後書き
・・・これは美奈SSか?
いや、違う。あずさSSだ(反語)
ってわけでこんにちわ、雅輝です^^
いやぁ、あずさSSなのに、美奈ちゃん大フィーバーですねぇ(笑)
このまま美奈とゴールイン?
・・・そんな事したら、あずさファンの人に抹殺されるだろうなぁ(爆)