「あっ、あずさ君。ちょっといいかな?」

「? はい」

お店の就業時間が来て、ようやく本日の仕事が終わり更衣室へ行こうとしていたあずさを、店長の祐介が呼び止めた。

「来週の水曜日、休みのところに申し訳ないが、シフトに入ってくれないかな?榎本君がどうしても外せない用事が出来てしまったらしくてね」

「あっ、はい。そういうことなら別に構いませんけど・・・」

その日は特にしたいことも無かったので、あずさは快く祐介の頼みを聞き入れた。

「悪いね。その代わりに明日の日曜日は休みにしておくから・・・」

「はい、分かりました」

「じゃあ、そういうことで宜しく。今日はお疲れ様」

「お疲れ様です」

あずさは去り際に礼儀正しくぺこっと頭を下げて、妹の待つ更衣室へと向かった。

「・・・上手くいきましたか?」

あずさが更衣室へと消えると同時に、どこからかひょっこり現れたつかさが祐介に尋ねる。

「ああ、おかげ様でね。榎本君にも迷惑を掛けた」

「それはいいんですけど・・・それより、何であんな嘘をついたんですか?」

そう、つかさの言うとおり、祐介があずさに言っていたどうしても外せない用事うんぬんは真っ赤な嘘で、つかさは祐介に頼まれてあずさとシフトを変えたのだ。

しかしつかさも頼み込まれただけで、祐介が何かをしようとしているのは分かったが、その内容はまったく聞かされていなかった。

「いや、単なるお節介だよ」

祐介はつかさにそう答えて、あずさが去っていった方向を満足そうに見つめる。

『前田君の方にもしっかりとセッティングしておいたし・・・これで準備は万端だ。後はあの二人次第だな』

「いやぁ〜、男のロマンだなぁ。頑張れよ、前田君!」

「??」

「はっはっは」と笑いながら事務室へと向かう祐介を見て、つかさは不思議そうな顔で首を傾げた。

・・・というより、ちょっと退いていた。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<19>  デートの誘い




「う〜ん、どうしたもんか・・・」

寮の自室で、耕治はぼんやりとしながら1枚のチケットを眺めていた。

実はこのチケット、今日の休憩時に祐介から貰った、近場にあるアミューズメントパークのペアチケットだった。

「――「気になる人でも誘って行って来なさい」――か・・・」

耕治は祐介の言葉を思い出して、先程も確認したチケットに書いてある項目に再度目をやる。

・資格:男女のペアに限り有効

・期限:8月1日(金)〜8月17日(日)

「・・・明日までなんだよなぁ」

耕治が誰ともなしに呟く。

とその時、隣の部屋のドアが閉まった音が耕治の耳に届いた。

『ん?日野森が帰ってきたのか・・・』

美奈を駅まで送っていたあずさが帰宅した音を聞いた耕治は、「そういえば・・・」と祐介の意味深な言葉を思い出した。



――「あっ、そうそう。明日は日野森君も休みになったから」

――「・・・そうですか」

――「前田君」

――「はい」

――「頑張れよ」

――「・・・はい?」

――「はっはっは。それじゃあ、また月曜日にね」

――「ちょ、ちょっと店長さん!?」



「・・・今考えたら、随分と露骨な言い回しだったな」

それはつまり、あずさとの件で祐介にまで気を使わせていたということで・・・。

耕治は自分を情け無いと思うと同時に、こんな自分を心配してくれている人々の優しい心に胸が熱くなった。

「・・・誘ってみるか!」

夏とはいえ、夜は少し冷える。

風呂に入ったばかりの耕治は体を冷まさないようにと、薄手の上着を一枚羽織ってあずさの部屋を訪ねることにした。





”ピーンポーーン”

「は〜い」

「前田ですけど〜」

「あっ、今開けるわね」

”がちゃっ”

「お疲れ様、前田君。どうしたの?こんな時間に」

出てきたあずさの表情は、つい一週間前までの態度がまるで嘘かのように柔らかかった。

「ごめん、帰ってきたばかりなのに・・・。ちょっと話があるんだ」

「ううん、気にしないで。それより話って?」

「うん・・・」

耕治はあずさの返事に一呼吸置いてから、意を決して切り出した。

「明日・・・よかったら一緒に遊園地に行かないか?」



「え・・・」

あずさは耕治の言葉が、一瞬理解できなかった。

『遊園地?・・・私が・・・前田君と!?』

その意味を完全に理解できると、あずさの頬はたちまち桃色に染まっていった。

『えっと・・・これって、デートよね?』

高校生の男女が二人きりで遊園地に遊びに行く。

これをデートと言わず何と言おう。

「・・・」

しかし、異性から初めて(ナンパなどの軽いものではなく)デートに誘われたあずさは、どう答えていいか分からなかった。

「・・・やっぱり、嫌かな?」

あずさの沈黙を悪い意味で受け取った耕治が、遠慮がちにそう聞いてきた。

「そ、そんな事ない!!」

あずさは耕治の言葉を精一杯否定する。

「あ・・・」

だがその声量が自分でも信じられないくらい大きかったので、あずさは羞恥に染まった顔を隠すように俯いてしまった。

『どうしようどうしようどうしよう!』

恋愛には慣れていない頭をフル回転させて考える。

明日は本来バイトのシフトに入っているが、店長の頼みによって休みとなっている。

さらに特に予定も無く、丸一日ぽっかりスケジュールが空いている状態であった。

しかし、漠然とした不安が、あずさの決断を鈍らせていた。

確かに、行くことが両者の関係にプラスに働くかもしれない。

二人の距離が近づく・・・自分の想いを自覚したあずさにとって、それはとても嬉しいことだ。

でも・・・必ずしも上手くいくとは限らない。

プラスに働く可能性があるということは、その分マイナスに働く可能性もあるということだ。

あずさが恐れていたこと・・・それは折角仲直りできた耕治と、また険悪なムードになってしまうことだった。

「・・・ごめんなさい」

そんなことばかり考えていたあずさの口から自然に出てきた言葉は、完全に臆病心に駆られた答えだった。

「明日は・・・大事な用事があるから、行けないわ」

「・・・そうか」

耕治の少し落胆したような表情に、あずさは無理に笑顔を作った。

「あっ、そうだ。ミーナを連れて行ってあげたらどう?あの子、遊園地とか大好きだし、バイトも明日は休みじゃない!」

「あ、ああ。そうだな・・・」

耕治の歯切れの悪い返事に、あずさはさらに早口で捲し上げていく。

「決まりね。じゃあミーナには私の方から電話しといてあげるから。あっ、これから見たいテレビがあるからもう帰るわね?それじゃ、また月曜日に」



「あっ、ひの・・・!」

”がちゃっ”

耕治はあずさを呼び止めようとしたが、その声は無残にも閉じられたドアに遮られてしまった。

「・・・・・・はあぁ」

自分の部屋のドアに背中を付けて、耕治は天を仰いで特大のため息を吐いた。

見上げた夜空は、少し欠けているがまだまだ淡い光を放つ月と、それを囲むように散りばめられている星でいっぱいだった。

・・・しかしその綺麗な情景は、今の自分の心境にはまったく似合っていなかった。



「・・・寝るか・・・」

気持ちが沈んだまま、耕治は自分の部屋のベッドの上に体を落とした。

「・・・」

何をするわけでもなく、ただ天井を見つめる。

「・・・用事があるんじゃ、しょうがないよなぁ」

自分に言い聞かせるように言葉にしてみる。

しかし気持ちは変わらず、虚しさだけが残った。

”トゥルルルルルルル トゥルルルルルルル”

静寂が支配しようとしていた部屋に、突如鳴り出す電話のベル。

「ったく、誰だよ、こんな時間に・・・」

耕治は悪態をつきながらも、のっそりと体を起こして受話器を取る。

「もしもし、前田ですけど」

「あっ、耕治さんですか?」

「・・・美奈ちゃん」

電話の相手は、先程あずさとの話にも出ていた彼女の妹だった。

『そういえば日野森が電話しておくって言ってたな・・・』

「えへへ、こんばんわです」

「うん、こんばんわ。ひょっとして、明日の遊園地の件かな?」

耕治は沈んだ心を悟られぬよう、いつも通りの声を意識して話す。

「はい!あずさお姉ちゃんから話は聞きました。美奈、すっごく行きたいんですけど・・・連れて行ってくれませんか?」

「・・・」

美奈の問いに、耕治はすぐに返事をできなかった。

元々あずさを誘ったのに、これで美奈と行けば節操なしと思われてもおかしくはないからだ。

確かに遊園地のチケットは明日で期限が切れてしまうが、元々そのチケットをくれたのは祐介である。

あずさと自分の仲に気を遣ってくれた祐介の気持ちを考えると、そう易々と返事はできなかった。

「あのぉ・・・やっぱりご迷惑ですか?」

電話口から美奈のしょんぼりとした声が聞こえてくる。

『でも、断ったら美奈ちゃんが可哀想だし・・・』

あずさのものは勿論だが、耕治は美奈の悲しい顔も見たくはなかった。

だから・・・

「ううん、そんなことないよ。じゃあ、行こっか?」

「あ・・・はい!」

とても嬉しそうな美奈の声を聞いて、耕治の罪悪感はまた少し大きくなった。





「はぁ・・・」

受話器を置いたあずさは、そのまま天井を見据えて一つため息をつく。

そして思い出されるのは、今まで電話をしていた妹のとても嬉しそうな声。

「なにやってるんだろう、私・・・」

部屋の隅にあるベッドに腰を掛け、自分に言い聞かせるかのようにそう呟く。

『せっかく前田君が誘ってくれたのに・・・』

今更になって激しい後悔が押し寄せてくる。

――自分も、電話口で歓喜の声を上げていた妹のように素直になれたら、どれほどいいだろう・・・。

そこまで考えて、あずさはまた一つため息を吐く。

『私、馬鹿みたい。妹のミーナに嫉妬しちゃうなんて・・・』

「・・・もう、寝よう」

手を伸ばして電気の灯りを消し、そのままベッドにコテンと横たわる。

「・・・」

豆電球の橙色だけがぼんやりと照らしている暗闇の中、あずさの思考はやはり耕治のことに行ってしまう。

『前田君、どうしたんだろう・・・。やっぱり行くんだろうなぁ』

あずさの脳裏には、耕治と美奈が遊園地で楽しげに遊んでいる姿が容易に想像できた。

「・・・っ」

あずさは薄い毛布を頭まで被り、その考えを追い出そうと必死に目を閉じる。

・・・今夜は良い夢が見られそうになかった。




20話へ続く


後書き

このSSを書き始めて、早2ヶ月半が経とうとしています。

正直「いつの間に?」って感じです。

当初はこんなに続くとは思ってなかったんで、私もびっくりしています(笑)

閑話休題。

さて、今回は本編の8月17日の「あずさとのデート」の前日です。

・・・しかし何故か美奈と一緒に行くことに(爆)

さてはて明日(?)はどうなることやら・・・。

では次回の更新で会いましょ〜^^



2006.1.27  雅輝