”ドサッ”
「ふう・・・」
昨日の仕事も滞りなく終了し、今日はバイト三日目。
今日も今日とて、耕治は倉庫で勤労の汗を流していた。
「こ、耕治〜。早く取ってよ〜」
聞こえてきた情けない声に今乗っている脚立の下を見下ろすと、同じシフトの潤がこちらに向けて精一杯の力でダンボールを持ち上げていた。
「ん?おお。悪い、悪い」
少し屈んでそのダンボールを受け取り、所定の位置に納める。
「もう、何ぼ〜っとしてるんだよ?」
自分の腕を労わるように揉みながら、潤が非難の視線を向けてくる。
「ごめんごめん。でも神楽坂の筋力がなさすぎなんじゃないのか?」
確かに先程のダンボールは耕治が片手で持てるぐらいの軽さだ。
「しょうがないじゃないか!だって僕はおん・・・!」
咄嗟に両手で口をつぐむ潤。
『あ、危なかった〜。もう少しで”女の子なんだから”って言っちゃうところだったよ・・・』
ここで正体がばれてしまっては意味が無い。
この夏休みの間は、あくまで”男の子”として自分の演技に磨きをかけると決めたのだから。
「ん?おん・・・何だよ?」
当然、耕治はその続きが気になって潤に催促する。
「ううん、何でもないよ。それじゃ僕、休憩に入ってくるから。僕が帰ってきたら交代で入りなよ」
さすが役者のたまごと言ったところだろうか。
潤は顔色一つ変えずに演技して、さっさと倉庫を出て行ってしまった。
「どうしたんだ?あいつ・・・」
残された耕治は潤が取った行動を不可解に思ったが、余り気にせず仕事を再開した。
Piaキャロットへようこそ!!2 SS
「Piaキャロ2 〜another
summer〜」
Written by 雅輝
<2> ペンダント
「ん〜・・・」
耕治は倉庫の外の廊下に出て一度けのびをする。
あの後一時間くらいで潤は帰ってきた。
その時にも、さっき潤が言いかけた事をもう一度聞いてみたが、やはり適当にはぐらかされてしまった。
『なんか隠してるんだろうけど・・・まああまり詮索しないでおくか・・・』
「いらっしゃいませ!Piaキャロットへようこそ!」
休憩室に向かおうとした耕治の背中に聞こえてきたのは、聞き覚えのある女の子の声。
『あれは・・・日野森の声か』
その声につられる様に、邪魔にならない程度にフロアを覗いてみる。
そこには忙しそうにフロアを駆け回る、ウェイトレス姿のあずさがいた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「お待たせいたしました。ハンバーグセットのお客様は?」
「それではごゆっくりどうぞ!」
耕治が普段見ることのないあずさの笑顔が、そこにはあった。
たとえその笑顔が接客用の笑顔であったとしても・・・耕治には楽しそうに仕事をこなすその姿が輝いて見えた。
「・・・」
耕治はしばらくの間そんな彼女を眺めてから、いい加減遅くなった休憩に入った。
「これで・・・ラストっと」
本日最後の荷物の仕分けも終わり、ようやく就業時間となる。
「ふう・・・それじゃ僕、用事があるから先に帰るね。お疲れ様、耕治」
「おう、お疲れ〜」
倉庫を出て行く潤を見送ってから脚立を所定の位置に戻す。
そして室内の電気を消して外に出てから、涼子から預かった鍵で倉庫を閉める。
いつもならそのまま男性用更衣室に入るのだが、今日は涼子との打ち合わせがあるため一度事務室に寄らなければならない。
倉庫の鍵を片手に、廊下を歩き始める。
「ん〜〜・・・」
そしていつも通りけのびをしようとしたその時、
”ビキッ”
『ぐはぁっっっ!!!!』
鋭い痛みが腰に走った。
”チャリーン”
その衝撃を受けた拍子に、持っていた鍵が手から放り投げられ、リノリウムの廊下を滑っていく。
この三日間、普段使わない身体を酷使したためか、腰の方もついに悲鳴を上げたようだ。
思わず四つん這いになって腰を擦る耕治。
その無様な光景は、誰が見ても「かっこ悪い」と言うだろう。
「いててて・・・」
痛みも和らいできたため、腰に手をあてながらゆっくりと立ち上がる。
『あ〜、びっくりした。この歳でぎっくり腰なんて、さすがに洒落にならないからな・・・』
念の為に二、三度腰をひねっておく。
『ふう、なんとか大丈夫かな・・・。そういえば鍵落としたんだったっけ・・・』
とりあえず辺りを見渡してみるが、それらしい物は落ちていない。
「・・・はあ」
『なんか最近ため息をつくことが多いなぁ』と思いつつ、耕治は鍵を探し始めた。
「・・・無いな・・・」
約二分間探したが未だ収穫なし。
「・・・なんで見つからないんだ?」
廊下はそれほど広くないし、鍵が隠れるような障害物もあまり無い。
「まさかあそこってことはないよな・・・?」
そう言って耕治が見つめた先には、観葉植物が一つ飾られている。
耕治が鍵を落とした位置からあの場所までは、およそ10mといったところだろうか。
普通に考えるとあんなところまでいかないのだが・・・。
「・・・」
駄目で元々、その周辺を探し始める耕治。
「・・・あった・・・」
今までの二分間を嘲笑うかのように、鍵は植木鉢の下に落ちていた。
『火事場の馬鹿力ってやつか・・・?』
そんなことを思いながら耕治が鍵を拾おうとしたとき、
「・・・ん?」
鍵のほかに、何かもう一つ落ちているのを見つけた。
鍵を拾ってから、続いてもう一つの落し物の方も拾い上げてみる。
『これは・・・』
耕治の手にぶら下がっていたのは、細いチェーンの付いたペンダントだった。
「・・・」
耕治はそのペンダントをまじまじと見つめる。
そしてようやく思い出した。
『そうか、これは・・・』
自分は以前にも一度このペンダントを見たことがある。
そう、それはPiaキャロットの面接の日。
駅前でぶつかった女の子が身に着けていて、耕治が罵倒してしまったあのペンダントと同じ物だった。
『・・・って事は日野森のか』
このペンダントを馬鹿にした時の彼女の怒りは凄まじいものだった。
それほど、このペンダントが大事だったのだろう。
『・・・そういえば、俺まだちゃんと日野森に謝ってないんだよな・・・』
あの時の彼女には何を言っても無駄だったが、今ならきちんと話を聞いてもらえるかも知れない。
『このペンダントを日野森に返すとき、もう一度きちんと謝ろう』
耕治はそう決意して、ペンダントをしっかりと握りながら事務室へと向かった。
「失礼しまーす」
ノックをしてから、事務室の中へと入る。
「あっ、前田君・・・。お疲れ様」
そこにいたのは困ったような顔をしている涼子と、椅子に座って俯いている私服姿のあずさだった。
「・・・」
あずさは一度だけチラッと耕治の方を見たが、すぐにまた俯いてしまった。
「えっと・・・何かあったんですか?」
俯いているため顔は見えないが、今まで見た事のない程気落ちしている様子のあずさには訊くことができず、涼子に訊ねる。
「ええ、それが・・・。あずささんがとても大切なものを無くしてしまったみたいなの」
「とても・・・大切なもの・・・?」
『もしかして、さっき拾ったペンダントか?』
落ち込んでいるあずさを見て、耕治はなんとなくそう思う。
やはり、彼女にとってこのペンダントは大切なものだったんだと・・・。
ある種の確信に近いものを得て、耕治はあずさに近づく。
「なあ、日野森・・・。無くしたものって、これか?」
耕治はポケットからペンダントを取り出して、あずさの目の前にかざしてみた。
「っ!!どうしてあなたがそれを持ってるのよ!!早く返して!!!」
あずさが耕治の手からふんだくるようにペンダントを奪い取り、胸元でぎゅっとそれを握り締めながら耕治をキッと睨む。
あずさのそんな態度に頭に血が上りそうになるが、ここで喧嘩してしまえばあの時と同じになってしまうのでぐっと堪える耕治。
「落ち着いて、あずささん・・・。ねえ、前田君。そのペンダントをどこで?」
あずさを宥めながら、静かに涼子が訊ねてくる。
「・・・俺も倉庫の鍵を廊下で落としちゃって・・・それを探している内に廊下の角にある観葉植物の植木鉢の陰で、鍵と一緒に落ちていたそのペンダントを見つけたんです」
耕治は平静を装いながら涼子の質問に答える。
「良かったわね、あずささん。ほら、前田君にお礼を言わないと・・・」
涼子があずさに促す。
涼子としては、当然あずさがお礼を言うものだと思っていたので、それは普通の行動と言えるだろう。
だが、あずさにとっては違った。
少なくとも今のあずさには耕治に対して素直になどなれなかった。
だからあずさは・・・
「涼子さん、ご迷惑かけてすみませんでした・・・。それではこれで失礼します」
と言って立ち上がり、ドアの方に歩き出す。
「ま、待ってくれ、日野森!」
耕治が呼び止めるが、あずさは耕治の言葉など耳に入っていないように、振り向くことなく事務室を出て行った。
そんなあずさの様子を、耕治と涼子は呆然と見送ることしか出来なかった。
「はぁ・・・」
従業員用出入り口から外に出たあずさは、もうすっかり暗くなった夜の星空に向けてため息をひとつ吐く。
『私、何やってるんだろう・・・?』
自分でも、何故あんな態度を取ってしまったか分からない。
いくら目の敵にしている相手だからって、あずさはあそこまで嫌な態度を取るつもりはなかった。
むしろ、自分が無くしてしまった宝物を見つけてくれた耕治に対して、お礼を言いたい気持ちもあった。
でも、実際は無理やり奪い取って・・・結局耕治とは一言も話さずに出てきてしまう結果となった。
出て行くときに声を掛けてくれたのに・・・それをも無視してしまった。
あずさにはどうしても、彼とは素直に接することなんて出来なかった。
それはやはり、あの出来事があったからだ。
「・・・」
ずっと握り締めていた大事なペンダントに視線を落とすあずさ。
『でも・・・あの時の彼の言葉だけは・・・どうしても許すことが出来ない』
『彼はこのペンダントを・・・お父さん達のことを侮辱した!』
両親が大好きだったあずさにとって、その行為は一番許しがたいことだった。
確かにそのペンダントは縁日でも売っているような陳腐なものなのかも知れない。
しかし、彼女にとっては世界に一つしかない・・・大切な両親の思い出だった。
『なのに・・・』
『なんで彼の顔が浮かんでくるの?』
あずさが強引にペンダントをふんだくった時にチラッと見えた、耕治の怒っているとも悲しいともとれる表情。
その顔が、あずさの頭の隅にこびりついて離れない。
『・・・帰ろう』
これ以上ここにいてもしょうがないし、色々なことを考えてしまう。
いつも駅まで送っている美奈が今日は非番のため、一人帰路に着くあずさ。
そんな彼女が寮に着くまで想っていたのは両親のことなのか、耕治のことなのか・・・。
それは誰にも分からなかった。
あずさが去っていった後のPiaキャロット事務室。
その重苦しい沈黙を最初に破ったのは、涼子であった。
「あ、あのね、耕治君・・・。あずささんも本心であんな態度を取ったんじゃないと思うの。だから・・・」
「分かってますよ」
「・・・えっ?」
涼子の言葉を皆まで言わせず、耕治は続けた。
「全部、俺が悪いんですよ・・・。俺が、ね・・・」
「前田君・・・」
「それより、今から来週のシフトの打ち合わせですよね?早くして帰りましょうよ」
そう言って笑う彼の顔が、涼子には普段より大人っぽく・・・そして悲しげに見えた。
「じゃあ、シフトの方だけど・・・何か希望したい職種はある?」
ボールペンとシフト表らしきものを持った涼子がそう訊いてくる。
それに対する耕治の答えはもう既に決まっていた。
「・・・涼子さん。それって全部同じ職種でも構わないんですよね?」
「?・・・ええ、こちらで調整できるからそれは大丈夫だと思うけど・・・」
「じゃあ俺のシフトは、全部ウェイターにしてください」
「ウェイターね?分かったわ・・・。でもなんでウェイターにしたの?」
ボールペンで何やらさらさらと書いた涼子が、再度訊いてくる。
「理由・・・ですか・・・」
問われた耕治は返事に困ってしまった。
実際、これと言った理由はなかったのだ。
ただ、フロアで一生懸命働くあずさを見ていると、
『彼女と同じ空間で・・・彼女と同じ職種に就きたい』
漠然とそう思ってしまったのだ。
でもそんな事、涼子に言える筈もなかったので・・・
「いや〜、特に深い理由なんてないですよ〜。ただ、ファミレスで働くからには、一度は経験しておきたいと思いまして・・・。やっぱりこんな理由じゃ駄目ですかね?」
心配そうに訊ねる耕治に涼子は微笑みながら、
「そんな事ないわよ。何事も経験だし・・・それにもしかしたら、前田君に一番合ってるかも知れないしね」
と穏やかに答えた。
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよ・・・。あら、もうこんな時間?」
涼子はドアの上の壁に掛かっている時計を見ながら呟く。
「あっ、今日は観たいドラマがあったんだ!・・・涼子さんはこれから残業ですか?」
「ええ、この書類を今日中に片付けなければいけなくて・・・遅くなると思うから、気にしないで帰っていいわよ」
涼子はデスクの上に積まれた書類に目をやりながら答える。
「そうですか・・・。あの、何か手伝うことありますか?」
「ありがとう、その気持ちだけ貰っておくわ。ほらほら、観たいテレビがあるんでしょ?」
「あっ、そうだった。それじゃ涼子さん、お先に失礼します」
そう言って、男性用ロッカーへと向かおうとした耕治を
「あっ、前田君」
涼子が呼び止めた。
「えっ、何ですか?」
耕治がドアノブに手をかけた中途半端な状態で、首だけ涼子の方へと向ける。
「・・・来週も頑張ってね?」
「?・・・はい。涼子さんも残業、頑張ってくださいね」
「それでは、お疲れ様でした」と言って、耕治が静かにドアを閉める。
耕治の足音が遠ざかっていくのを聞きながら涼子は、
「まったく・・・ウェイターに就きたい理由、ばればれよ?前田君」
一人残された事務室で、誰ともなしにそう呟いた。
3話へ続く
後書き
ども、早くもネタ切れ管理人雅輝です。
今更気づいたんですが、Piaキャロットってヒロイン数が多い分、各人の内容が薄いんですよね。
ゲームの時も総プレイ時間は結構掛かったけど、一人ひとりはそんなに掛からなかったし・・・。
しかも今回はほとんどオリジナルで行くつもりなんで、かなりきついかも(汗)。
まあ、頑張っていくつもりなんでどうか皆様、こんな管理人ですが最後まで暖かく見守ってやってください。
2005.11.16 雅輝