「耕治さ〜ん!」

「おっ、来たか」

背を預けていた神社の鳥居から体を起こし、耕治は声が聞こえてきた方角に視線を巡らす。

「はぁはぁ・・・すみません。ちょっと遅れちゃいましたぁ」

「ううん、俺も今来たばかりだから気にしないで」

申し訳なさそうに息を乱しながらやって来た美奈の頭を、優しくくしゃっと一撫でする。

「あれ?美奈ちゃん、一人なの?」

しかしもう一人の姿が見えないので、耕治は美奈に確認してみる。

「違いますよぉ。美奈が耕治さんの姿を見て走ってきちゃっただけですから・・・ほら、来ましたよ?」

「はぁ・・・はぁ・・・もうミーナったらいきなり走り出すんだから・・・」

「えへへ、ごめんなさい」

乱れた息を整えて、きちんと耕治と向かい合う少女。

「えっと・・・お、お待たせ。前田君」

その少女はちょっと口ごもって・・・そしてちょっと微笑んで、耕治の名前を呼んだ。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<18>  縁日の花火




「・・・日野森・・・か?」

「そうよ。それ以外誰だって言うのよ?」

なんとも間抜けな声で確認する耕治に対して、その少女――あずさは少々呆れた声を出す。

「いや、ごめん。綺麗すぎて一瞬誰か分からなかったんだ。いや〜、その浴衣もすごく似合ってるよ。美奈ちゃんとおそろいなんだ?」

『き、綺麗すぎてって・・・』

耕治の言葉にあずさは顔は一気に紅潮した。

「え、ええ、そうよ。毎年ミーナの分と私の分を作っているから、基本的には同じ生地なの」

「へぇ、日野森って裁縫も出来るんだ。器用なんだな」

「あ、ありがとう」

「わぁ〜、あずさお姉ちゃん、お顔真っ赤ですぅ」

「ミ、ミーナ!」

先程よりも一段と赤の増した顔で、美奈を嗜めるあずさ。

「ハハハ、じゃあそろそろ行こうか?」

「えっ、あ・・・うん、そうね」

「あっ、その前に・・・耕治さん、ちょっと良いですか?」

「うん?なんだい、美奈ちゃん」

「えっとぉ、美奈、耕治さんに手を繋いでて欲しいです」

『えっ!?』

その言葉に一番驚いたのは、耕治ではなくあずさであった。

「あっ、そうか。はぐれるといけないからね。・・・これで良い?」

耕治はもちろん美奈の本当の意図など知らず、しっかりと美奈の手を握ってあげる。

「はいです!」

美奈も非常に嬉しそうに・・・しかし夕陽が彼女の顔を照らしたかのような赤い顔で、元気に頷く。

「・・・」

その様子を、あずさは複雑な想いで眺めていた。

『何よ、前田君たらデレデレしちゃって・・・。それは確かにミーナは少し幼いところはあるけど、そう簡単に迷子になんてなるはずないじゃない』

と、あずさはそこまで考えて、自分の随分と勝手な考えに気づく。

『って私、何考えてるんだろう・・・。前田君は、ミーナの為にああしてくれてるのに・・・』

そしてその感情こそが、耕治を想うが故の嫉妬であり、あずさが彼に対して素直になれない原因の一つだった。

「お〜い、日野森〜」

「お姉ちゃ〜ん。早く行こうよ〜!」

あずさがはっと意識を取り戻すと、耕治と美奈が鳥居をくぐった先からこちらを呼んでいた。

「あっ、すぐ行くわ」

あずさは少し大きな声で返事をして、気持ちを切り替えつつ早歩きで二人の下へ向かった。





「さて、と・・・。二人とも何か食べたいものはある?」

神社の本堂へと続く長い一本道には、数々の夜店が軒を連ねていた。

ここの縁日は毎年結構な人で賑わい、今年も例年と変わらず人々の笑顔が溢れていた。

とりあえずはその流れに乗ってゆっくりと神社を目指して歩いていたが、縁日特有の懐かしい食べ物のにおいに誘われた耕治が二人に尋ねてみた。

「そうねぇ・・・。私は毎年リンゴ飴は絶対に食べているけど、それ以外なら別に何だって良いわよ?」

「リンゴ飴かぁ・・・。そういえばまだ無かったな。もうちょっと奥かな」

とは言ってもこう人が多くては、耕治が背伸びをしてみても満足に奥が見通せなかった。

「美奈ちゃんは何か無いかな?」

「美奈ですかぁ?美奈は・・・あっ、あれが良いです☆」

美奈はそう言うと、何かに向かって嬉しそうに駆け出した。

「わっ、ちょっと美奈ちゃん!?」

そうすると当然美奈と手を繋いでいる耕治もそれに引っ張られるわけで・・・。

「あ・・・」

出遅れたあずさは少しの間呆然とした後、

「はぁ・・・」

と憮然とした、悲しげな表情で一つため息をついてゆっくりと二人の後を追った。



”わたあめ”

美奈が駆け寄った夜店には、赤と黄の文体でしっかりとそう記されていた。

『わたあめか・・・。懐かしいなぁ。小さな頃よく縁日で食べていたっけ・・・』

「おう!兄ちゃん。何個いるんだい?」

昔を懐かしんでいた耕治に、夜店のおじさんが元気よく声を掛けてくる。

「えっと・・・じゃあ3つで」

「はいよ。3個で600円だね」

「じゃあこれで・・・」

耕治は財布から千円札を出すと、そのままおじさんに渡す。

「あっ、耕治さん。美奈だってお金は持ってますから・・・」

「いいんだよ。俺が美奈ちゃんに奢ってあげたいだけなんだから」

遠慮して自分の財布を出そうとする美奈の頭を、耕治は優しく撫でてあげる。

兄弟がいない故に前々から欲しいと思っていた耕治にとって、美奈は本当の妹のように可愛かった。

だから、ついつい人前でもこんなことを平気で言ってしまう。

「あ・・・えへへ、ありがとうございます」

そう言って嬉しそうにはにかむ美奈を見て、耕治の表情がさらに優しげなものに変わる。

そして、それを黙って見ている人物が一人。

『前田君・・・ミーナ・・・』

あずさにとって、そんな二人の光景は今まで何度も見てきたはずだった。

しかし自分の想いにはっきりと気づいて、それを受け止めたあずさにとって、その光景はあまりにも酷だった。

『前田君・・・あんなに優しい目をして・・・』

その目は、あずさも確かに今まで何度か見てきたものであったが、今のあずさにそれに気づく余裕は無い。

あずさの脳は、”自分以外の人間にあの優しげな視線が向けられている”・・・それだけでいっぱいになった。

「・・・」

あずさはそれ以上考えるのが怖くなって、2,3度かぶりを振るといつもの表情に戻り、耕治たちの元へ向かう。

『駄目ね、私・・・すぐこんなことを考えちゃって・・・。それより折角前田君から誘ってくれたんだし、楽しまなくちゃ損よね』



「あっ、あずさお姉ちゃん、遅いですよぉ」

わたがしの機械をキラキラした目でじっと凝視していた美奈が不意にあずさに気づき、不満げな声を上げる。

「はぁ・・・遅いじゃないでしょ?ミーナが突然走り出しちゃったんじゃない?」

「うぅ〜、そうでした。ごめんなさい」

「もういいわよ。慣れてるからね?」

少ししょんぼりしてしまった妹を、あずさは苦笑しながらも優しい表情を見せる。

『日野森って、本当に良いお姉さんだよな・・・』

そんなあずさの表情を見て、耕治は心の底からそう思う。

その柔らかな表情は、今まで姉として、妹の面倒を見てきた人だからこそ出来るもの。

どんな時でも妹の事を想い、その為に行動し、支え続けた人が出来るもの。

『少し・・・羨ましいかな』

いくら親しくなったところで、所詮自分は赤の他人。

あの心優しき姉のような表情をすることは、絶対に不可能だろう。

たとえ自分が将来、美奈の”お養兄さん”になったとしても・・・。

『って何馬鹿なことを考えているんだ、俺は?』

自分の考えていたあまりにも身勝手な未来予想図に、思わず赤面してしまう耕治。

・・・どうやら耕治は特殊能力”鈍感”に加えて、”妄想癖”も覚えたらしい。

「はいよ。わたあめ3つ、お待ちどうさま!」

「あっ、はい」

とそこに声が掛かり気を取り直した耕治は、おじさんから3個のわたあめを受け取った。

「はい、美奈ちゃん」

「わぁ、ありがとうございます。耕治さん」

「うん。はい、日野森も・・・」

そう言ってあずさにわたあめを差し出す耕治。

「え・・・あ、ありがとう」

あずさもやや赤面しながら、そのわたあめを受け取る。

「あっ、そうだ。代金を・・・」

慌てて財布を取り出そうとするあずさを、耕治は美奈のときと同様に制する。

「いや、ここは俺が払っておくよ」

「えっ、でも・・・」

「さっき美奈ちゃんにも言ったんだけど、俺が奢りたいだけだから・・・気にしないでくれ」

「・・・そこまで言ってくれるなら、お言葉に甘えちゃうわね?ありがとう」

はにかんだ笑顔で素直にお礼を言うあずさに、耕治は視線を逸らして「お、おう」と返事をした。

・・・やはり”妹”と”好きな人”では、反応も違ってくるようだ。





それから耕治たちは時間が経つのも忘れて、思いっきり縁日を楽しんだ。



――「エヘヘ、甘くて美味しいですぅ」

――「ホントね。やっぱりこれを食べないとここに来た気がしないわ」

――「へぇ、日野森って甘いものが好きだったんだな」

――「も、もう。悪かったわね。そうは見えなくて」

あずさが希望していたリンゴ飴を食べたり・・・。



――「えい!・・・あちゃあ・・・」

――「日野森も駄目だったか・・・。後は美奈ちゃんだけだな」

――「私の分も頑張ってね、ミーナ」

――「うぅ〜。金魚さんたちの動きが速すぎて、なかなか掬えないですぅ」

みんなであまり得意ではない金魚掬いをやってみたり・・・。



――「あれ?今当たった筈なのにな・・・」

――「やっぱりあんなに大きなモノ、落ちるわけないわよ。・・・その隣の小さいやつを狙ってみたら?」

――「いや、ここで諦めてたまるか!何がなんでもあのクマ公を落としてやる!」

――「よ〜し、じゃあ美奈もあのおっきなクマさんを落として見せます!」

射的で、馬鹿でかいクマのぬいぐるみを落とそうとしてみたり・・・。



”ドーーンッ!!”

「お?」

気がつけば、祭りの最後を締めくくる大きな花火が上がり始めていた。

夏の夜空を彩る花火は大小様々で、連発が上がると観客から”おぉ〜”という歓声が聞こえてくることも・・・。

「わぁ・・・綺麗ですぅ・・・」

「本当・・・綺麗ね・・・」

日野森姉妹はうっとりとしながら、夏の星空をバックに上がり続ける光の花を凝視する。

耕治はこっそりと、そんなあずさの横顔を盗み見る。

あずさの整っていて、なおかつあどけない顔立ちは、花火の光を反射して七色に変化する。

『日野森・・・』

そんなあずさの顔を見ていた耕治は、不意にある衝動に駆られた。

その衝動に惹かれるまま、耕治は美奈に握られていないもう一方の手で・・・そっとあずさの手を優しく包んだ。

『えっ?』

突然包まれた左手の感触に、あずさはその正体を知るため視線を下げる。

『前田君・・・』

耕治の方へと視線を巡らせるあずさだが、うっとりと空を見上げている美奈同様、耕治もまるでそれに気づいていないかのように顔は空を向いている。

もちろん、耕治は上を向くことで自分の赤い顔を隠していただけなのだが・・・。

「・・・」

あずさはそんな耕治の横顔に柔らかな笑みを浮かべ、握られている左手をさらにぎゅっと握る。

「「・・・」」

上がり続ける花火の轟音も、美奈を含めた騒がしいくらいの周りの歓声も、今の二人の耳には届いていない。

ただ感じているのは、愛する人の、確かな温もりだけであった。


19話へ続く


後書き

どうも〜、雅輝です。

いやぁ〜、素直になったあずさと耕治のほのぼのした話でも書こうと思っていましたが・・・なんつーか無理です(笑)

予想以上に難しくて・・・っていうか二人のキャラが微妙に違うような気も・・・。

こういうのって、案外自分では分からないものです・・・。

と、いうわけで感想待ってます(←をい)



2006.1.23  雅輝