「ふぁあ〜・・・」
ここは民宿からの帰りの車内。
耕治は後部座席のシートにもたれかかり、眠たげなあくびを漏らす。
「ふぁふ・・・ねえ涼子。次の交差点はどっちに曲がるんだっけ?」
「ちょっと待って、今地図を見るわ・・・。え〜と・・・右よ」
運転席にはこちらも眠そうにあくびを漏らした葵。
助手席には地図を開いて葵をナビゲートしている涼子。
「へえ・・・あずさちゃんって犬が嫌いなんだ」
「そうなんですぅ。何でも小さい頃に犬に手を噛まれた事があるらしくて・・・」
二列目のシートにはおしゃべりをしているつかさと美奈。
そして・・・。
「すぅ・・・すぅ・・・」
後部座席には・・・耕治の横で安らかな寝息を立てているあずさ。
『日野森・・・』
そんな彼女の寝顔を見つめながら、耕治は思う。
昨日の夜、彼女と仲直り出来て本当に良かったと・・・。
「・・・」
そしてその”思い”の根本にあるのは・・・自分の、彼女に対する”想い”。
耕治はその想いに・・・自分の心の奥底にあるその想いに気づいてしまったのだ。
『・・・一難去ってまた一難・・・か』
でも、今はまだこのままでいいと思う。
まだ、自分達の新しい関係は始まったばかりだから・・・。
『そうだよな?日野森・・・』
到着まで後一時間。
耕治はもう一度あずさの顔を見つめて、そろそろ重くなってきた目を閉じた。
<17> 二人の伝えたい想い
「ん・・・うん・・・」
あずさは車外から射し込んでくる太陽の眩しさに、ぼ〜っとした意識の中、目を覚ます。
『・・・あっ』
未だにはっきりとしない視界の中、あずさが一番最初に認識したのは隣で穏やかな顔で寝ている耕治の姿だった。
たったそれだけで混濁していた意識は完全に醒め、心臓の鼓動が少し速くなる。
『前田君・・・』
耕治の穏やかな寝顔を見つめながら、あずさは思う。
昨日の夜、彼に素直になれて本当に良かったと・・・。
「・・・」
もし、昨日の夜耕治と仲直り出来なかったら・・・そう思うとあずさは怖くなる。
いつまで経っても素直になれない自分にいつか愛想を尽かして、自分の前から居なくなってしまうのではないか・・・?
いつも反発的な自分は、彼に嫌われてしまうのではないか・・・?
そんな想像をしても意味がないと知りつつも、あずさはどうしてもそんな”最悪”を想像してしまうのだ。
・・・今まで、いつそうなってもおかしくはない状態だったから。
『でも・・・前田君は、私と仲直りしてくれた・・・』
正直あずさは、何を言われてもいい覚悟をしていた。
自分は、それ相応のことを彼にしてきたのだから・・・。
でも、結局先に謝ってくれて・・・仲直りするきっかけを作ってくれたのは彼だった。
「前田君・・・」
今度は心の中ではなく、小さな声を出して彼の名前を呼んでみる。
それだけであずさは、少し幸せな気分になれる気がした。
『まだ、私にもチャンスはあるのかな・・・?』
耕治を罵倒してしまった時に気づいた、自分の彼に対する淡き想い。
図々しいかもしれないけど、どうしても彼に伝えたい確かな想い。
でも・・・。
『まだ、早いよね・・・』
昨日から始まった、彼との新しい関係。
今はその関係を、ゆっくりと築いていきたい。
『そうよね?前田君・・・』
到着までの十分足らず、あずさは窓の外の風景を見る振りをして、耕治の横顔をずっと眺めていた。
「さて、みんなお疲れ様!」
ここはコーポPiaの前にある駐車場。
少々疲れた様子の一同に、葵が今回の旅行の幹事として最後の挨拶をする。
「これで今回の旅行は終了よ。・・・あと、夕方から近所の神社で縁日があるみたいだから、行きたい人は行ってみるといいわ」
葵はそう言うと、耕治を「ちょっと来て」というように手招きで呼ぶ。
「?」
耕治がその手招きに応じ、葵の目の前に来ると葵は耕治の耳元に顔を寄せて・・・
《良かったわね、仲直りできて・・・》
「あ・・・」
慌てて涼子の方も見てみると、葵と同じように満足げに微笑んでいた。
『・・・今回の件で一番世話になったのは葵さん達だな』
旅行の計画も、肝試しの計画も・・・最後に自分を一押ししてくれたのも、この人達だった。
だから・・・。
「葵さん、涼子さん・・・本当にありがとうございました!!」
耕治は深く、真摯に頭を下げた。
二人とも初めは耕治が突然取ったこの行動に少し戸惑っていたようであったが・・・
「「どういたしまして」」
最後は二人同時に、微笑みながら言葉を返してくれた。
「後は耕治君次第よ。頑張りなさい」
「私達も、応援してるから」
二人は最後にそう言い残して、コーポPiaへと入っていった。
「「「??」」」
耕治の後ろでは、話がまったく見えないあずさ・美奈・つかさの三人が、互いの顔を見合わせながら首を傾げていた。
「ふう・・・」
耕治は三日ぶりに帰ってきた自室のベッドの上にゴロンと寝転がり、天井に向けて大きな息を吐く。
そのままぼんやりと天井を見つめていると、不意にあずさの笑顔が浮かんできた。
それは、仲直りの時に見せてくれた、今まで耕治が見てきた中でも最上級の微笑み。
「いろいろあったけど・・・旅行に参加してホントに良かったよな」
もし、あの時葵の誘いを断っていたら・・・。
そう思うと、全てが丸く収まった今でも少し怖くなる。
「・・・少なくとも今のような関係にはなれてなかったよな」
でも、それによってさらに浮かび上がった問題。
いや、気づいてしまったと言った方が良いだろうか?
とにかく耕治があずさと今以上の関係を求めるとして、その距離をどう縮めるか・・・それは仲直りとはまた別の難しさがある。
・・・実際あずさも耕治のことが好きなのだが、そんなこととは露とも知らない上に、恋愛関係にも疎い耕治にとっては非常に難問であった。
「・・・縁日か・・・」
その時、急に頭の中に浮かんできた葵の言葉。
――「あと、夕方から近所の神社で縁日があるみたいだから、行きたい人は行ってみるといいわ」――
――「後は耕治君次第よ。頑張りなさい」――
『後は俺次第、か・・・そうだよな。これ以上逃げるわけにもいかないよな』
どうしようもなく臆病だった自分。
最終的に自分が傷つくことを恐れ、一歩も踏み出せなかった自分。
でも・・・昨日の彼女の微笑みが、臆病な自分を変えてくれたから。
「よし!日野森の部屋にでも行ってみるか!」
耕治は勢いよく立ち上がり、自分を鼓舞して気合を入れると、バンダナを頭に巻きなおして自分の部屋を後にした。
あずさの部屋の前で一度深呼吸をしてから、耕治は少し汗ばんだ手でインターホンを押す。
”ピンポーン”
「はーい。今開けまーす」
”がちゃっ”
「あれ、前田君。・・・どうしたの?」
そう言って小首を傾げながら、微笑んでくれるあずさ。
「えっと・・・その〜・・・」
耕治はそんなあずさの笑顔に顔を赤くして少々しどろもどろなりながらも、しっかりとあずさの顔を見つめながらその言葉を口にした。
「日野森。・・・良かったら、一緒に縁日に行かないか?」
18話へ続く
後書き
17話UP。
今回の話は幕間って感じなので少々短いですが・・・まあ、こんなもんでしょ?(笑)
さて、物語もようやくクライマックスに向けて始動しました。
とはいっても後何話かかるか分からないけど(汗)
耕治も自分の気持ちに気づきましたねぇ。
これからどうなるかなんて私にも分かりませんが(←ヲイ)、ただでは終わらせませんよ。
やっぱり一波乱なくちゃ面白くないですしね(鬼)
次回は縁日です。
現在、美奈を連れて行くかどうか思案中・・・(笑)