「ぷっ、何だそのぼろっちいペンダントは?」

「ぎゃはは。そんなだせーもん付けてないで、俺達と遊んでくれたらもっといいもんをやるぜ?」

「っ!!」

その言葉を聞いて怒りを覚えたのは、あずさだけではなかった。

『あいつら・・・日野森の宝物を・・・!!』

耕治が覚えた激しい怒りは、今まで身体を縛っていた臆病心を一瞬で消し去った。

耕治は鎖が外れた猛獣のように、猛然とあずさの元へと駆け出す。

その間、確かに聞こえたあずさの叫び。

「耕治ーーーーっ!!!」

彼女が自分を頼ってくれた。

彼女が自分の名前を呼んでくれた。

もう、それだけで充分だった。

「やめろっ!!!」

――たとえ結果がどうなろうと、その言葉さえあれば・・・いつまでも彼女の事を信じることができるから――




Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<16>  素直な心で




「な、なんだよ。おまえ・・・」

「彼女を放せ」

びっくりした様子の男の質問には答えず、有無を言わさぬ口調で睨みつける。

しかし始めはたじろいでいた男達も、耕治が一人だと知ると余裕の表情を見せ始めた。

「ヒュー、かっこいいねぇお兄さん。もしかして恋人かよ?」

「へっ。どうせこの女が付けてるだせぇペンダントもお前がプレゼントした・・・」

”ガンッ”

耕治がコンクリートの壁を殴りつける鈍い音が響く。

「だまれ・・・。お前らにそのペンダントを侮辱する権利なんてねえんだよ」

「・・・前田君」

あずさが小さく呟いた、少し震えた声は・・・夕暮れ時の涼風に溶けて消えていった。

「何も知らないくせに、馬鹿なこと言いやがって・・・」

節々に激しい怒りを感じる耕治のその言葉は・・・過去の自分への戒め。

男達への怒りの言葉と同時に・・・過去の何も知らなかった自分への、後悔と懺悔の気持ちでもあった。

「へ、へへへ。何粋がってんだよ?」

「に、2対1だぜ?勝てると思ってんのかよ」

「ああ。前、5対1でも勝ったことがあるからな」

その声色に再度たじろぎ始めた男達に、耕治は悠然と返す。

『お、おい。結構やばくないか?』

『・・・ちっ。女はもったいないが、諦めるか』

耕治のまったく臆していない態度に分が悪いと感じたのか、男達は小声での相談を終えると「けっ、付き合ってられねーぜ!」と捨て台詞を吐いて去っていた。

「・・・」

「・・・」

嵐の後の静寂。

互いが互いを見つめ合い、どう声を掛けようか悩んでいた。

「・・・大丈夫か?」

静寂を破った耕治が差し出した手と一緒に放ったその言葉は、皮肉にもあの時あずさに拒絶された言葉。

耕治はあえて、その言葉を掛けたのだ。

――彼女の気持ちを確かめるために・・・。





「・・・」

あずさは差し出された手と耕治の顔を、揺れる瞳で交互に見つめていた。

その表情は、試食の時に美奈と楽しげに談笑していた穏やかな顔で・・・。

その言葉は、あの日自分を助け出してくれた時に掛けてくれた言葉で・・・。

どうしても、あの時の事を思い出してしまう。

でも――そんなのはどうでも良いほどの嬉しさが、あずさの心を満たしていた。

『私を・・・助けてくれた・・・』

信じられなかった。

自分はあれほどの暴言を吐いたのに・・・。

そんな自分を・・・彼は助けてくれた。

手を差し伸べてくれた。

赦してくれた。

『あっ・・・』

気が付けば、感極まったあずさの両眼からは・・・雫のような泪が溢れていた。

その泪を拭おうともせず、あずさは本能に従って、そっと・・・差し出された手に自分の手を伸ばす。

その手が優しい温もりに包まれた瞬間、あずさは微笑みと共に自然と言葉を紡ぎだしていた。



――「ありがとう・・・」――





”ザァァァ ザァァァ”

寄せては返す波の音。

あずさは月明かりを反射する海を、耕治の横で眺めていた。

空に輝く無数の星。

耕治は空気が澄んでいるこの地ならではの星空を、あずさの横で見上げていた。

「「・・・」」

そんな情景に身を任せて砂浜に立っている二人に、心地良いほどの沈黙が流れる。

二人とも、言わなければならない事があるのに・・・何故か心は静かで穏やかだった。

互いが一緒にいることによって生まれる安心感が・・・二人の心を優しく包んでいた。

「あの・・・さ・・・」

静寂の中、耕治が切り出した言葉にあずさが反応し、二人は向かい合う形になる。

「・・・なに?」

「俺・・・日野森に言わなくちゃいけない言葉があるんだ」

「・・・うん」

意を決して言葉を紡ぎだしていく耕治に、あずさはいつもの険のある口調ではなく、優しい微笑で先を促した。

「・・・あの時は・・・本当に、ごめん」

「俺・・・何も知らなかった・・・」

「そのペンダントが両親の形見だということも・・・日野森がそのペンダントに、今までどれほど支えられてきたのかも・・・」

「・・・さっき、あいつらに言った言葉。あれは過去の自分への言葉でもあったんだ」

「知らなかったからって、決して赦されることじゃない・・・。それは分かってる。けど・・・ちゃんと謝りたかった」

「本当に・・・ごめん・・・」

耕治が深々と頭を下げる。

『前田君は・・・ずっと・・・そう想ってくれてたんだ』

なぜ耕治が両親の事を知っているのかなんて、今は関係なかった。

ただ、そのことを知って・・・ちゃんと悔やんで反省してくれた耕治の姿を見て、あずさの胸は言いがたい想いでいっぱいになった。

『私も・・・謝らなきゃ・・・』

あずさは心の中の想いを、精一杯伝えていく。

「違う・・・謝らなきゃいけないのは、私の方なの・・・」

「私は、あのこと以来あなたを邪険に扱っていた」

「でも、そんな私に・・・あなたはいつも優しくしてくれた」

「馬鹿な意地を張って酷い態度を取る私を・・・笑って赦してくれた」

「私が困っている時は・・・助けてくれた」

「けど私は、全然素直になれなくて・・・」

「・・・お店でナンパされそうになった時、本当はとても不安だったの」

「だから、あなたが助けてくれた時は本当に嬉しかった」

「なのに私は・・・お礼も言えずに・・・あんな思ってもいない酷い言葉をあなたにぶつけて!」

「あなたの優しい気持ちも、全部踏みにじって!」

「あなたを・・・傷つけた・・・」

「・・・本当は、分かっていたの」

「駅前であなたが言った言葉は、このペンダントを指しての言葉・・・お父さん達を侮辱したわけじゃないって」

「でもそれを認めてしまうと、今まで私があなたにしてきたことに押し潰されそうで、怖かった」

「ただ、逃げていただけなの・・・」

「だから今・・・素直な心で、あなたに伝えたい」

「今まで本当に、ごめんなさい」

「それと・・・本当にありがとう・・・」

あずさの頬を、再度流れ落ちる雫。

『やっと・・・言えた』

素直になれない・・・そんな自分が、あずさは大嫌いだった。

だからその涙は・・・素直になれた自分に対する、歓喜と充足の涙。

「日野森・・・」

そんなあずさの手を、耕治はそっと優しく包み込んだ。

「俺も・・・怖かったんだ・・・」

「あの日、日野森に言われた言葉は・・・自分がキャロットにとって・・・日野森にとって、必要無い存在だって言われてるようで怖かった」

「! そんなこと・・・!」

「結局!」

あずさが否定しようと出した声を、耕治がそれ以上に大きな声で遮る。

「俺も・・・怖くて逃げていただけなんだな」

「今日まで、謝れるチャンスはいくらでもあった筈なのに・・・臆病だよな。俺って・・・」

「そんな事、ない」

「私だって同じ。今日まで何度も謝ろうとした。でも出来なかった。いざという時になると、恐怖で身体が動かなくなって・・・」

「日野森・・・」

あずさの手を握った耕治の手に、力が篭る。

「俺は・・・キャロットにいて良いのかな?」

それは、あの日以来ずっと聞きたかった事。

答えが怖くて、聞けなかった事。

でも、今は・・・。

「・・・うん!」

――彼女が笑って赦してくれると、信じているから。



「前田君・・・」

先程以上に力が篭った耕治の暖かい手を、あずさはぎゅっと握り返す。

「私は・・・赦してもらえるのかな?」

それは、あの日以来ずっと聞きたかった事。

答えが怖くて、聞けなかった事。

でも、今は・・・。

「・・・ああ」

――彼が穏やかに微笑んで赦してくれると、信じているから。





月明かりが浮かぶ漆黒の海。

夜空に彩られた満天の星達。

二人は先程と同様に、その美しい情景に静かに身を任す。

ただ先程と違うのは・・・

――しっかりと握り合った手と、肩が触れそうな程寄り添った二人の距離。



17話へ続く


後書き

祝・仲直り!!^^

いやぁ〜、ようやくって感じですねぇ。

やっぱり女の子は素直が一番です☆

物語もここでひとまず一段落ですね。

・・・なんか一段落したらこれ以上書けなくなりそうで怖い(汗)

まあ次の話もおぼろげながらも考えているので、大丈夫だとは思いますが・・・。

・・・いつまで続くのかなぁ(笑)



2006.1.14  雅輝