「んん〜〜〜・・・」

翌日。

茹だるような暑さで起床を余儀なくされた耕治は、部屋の窓から見える太陽に向かって大きく伸びをする。

「・・・今何時だ?」

そして未だはっきりとしない頭で現在時刻を確認しようと、柱に備え付けられている時計に目をやる。

「・・・ゲッ!もう昼前だよ」

文字盤は11時前を指しており、おそらく皆はとっくに起きて、旅行最終日を満喫していることだろう。

「・・・とりあえず顔洗うか」

旅行カバンの中から歯磨きセット(?)を取り出した耕治は、洗面台のある階下へと降りていった。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<15>  恐怖と安堵




「あっ、葵さん」

「あら、耕治君。おはよう」

階段を降り廊下を歩いていると、たった今洗面台から出てきた葵と鉢合わせになった。

「葵さんも今起きたんですか?」

「そうなのよ〜。昨日のお酒が効いたのか、もうぐっすり眠っちゃってねぇ。あと、昨日は誰かさんの所為で走り疲れたし・・・」

そう言って、恨めしそうな視線で耕治を睨む葵。

しかし耕治は、「自業自得ですよ」と言わんばかりに肩を竦める。

「・・・そういえば葵さん。ちょっと確認したいことがあるんですけど・・・」

耕治はふと思い立って、昨日感じた疑問を訊いてみた。

「何かしら?」

「えっと・・・昨日の日野森が引いたクジのことなんですけど・・・」

耕治がそう切り出した瞬間、葵の頬が一瞬だがぴくっと動いた。

『やっぱりか・・・』

その葵の小さな反応を見逃さなかった耕治だが、確認のためもう少し話すことにする。

「日野森が絶対に俺とペアになるようにしましたよね?」

そう、それはあずさがクジを引き終わった後。

美奈とつかさが落胆する中、葵はまるで二人に見せないように残った2本のクジをジーンズのポケットに入れようとした。

その瞬間見えた――おそらく位置的に耕治にしかみえなかったであろう――2本の紐の末端には、あずさが引いたものと同じく赤い印が付いていたのだ。

つまり最初にあずさにさえ引かせれば自動的に相手は耕治になるわけで・・・。

その理由は、おそらく旅行前に話していたあずさとの仲違いを取り持つという話から来ているのだろう。

「・・・ふぅ、ばれちゃったか。耕治君って、変な所で鋭いわよねぇ」

『女の子関係では果てしなく鈍感だけど・・・』と葵は心の中で付け加えておく。

「そりゃ、どうも。じゃあやっぱり・・・?」

「ええ、そうよ。涼子も一緒に、だけどね。やっぱりお節介だったかしら?」

葵が少し自嘲気味に耕治に問いかける。

そんな普段見ない葵に耕治は少し焦ったが、それを悟られないように自分の正直な気持ちを言葉にして返す。

「そんなことありませんよ。俺もきっかけを上手く作れないでいたし・・・。俺の勝手な思い込みかもしれませんが・・・昨日の夜、日野森との距離が近づいたような気がしたんです。だから感謝こそすれ、お節介だなんて思うことはまず有り得ませんよ」

葵の顔にも徐々にいつもの笑みが戻ってきて、耕治はさらに続ける。

「・・・今日、絶対にけじめをつけます。協力してくれた葵さんたちのためにも、絶対に・・・」

決意を秘めた耕治の顔を見て、葵は心の中で満足そうに息を吐く。

『ふふ・・・。立派な男の顔になっちゃって』

葵にとって弟のような存在だった耕治が、こうして一つの恋の前に立って大人の男に変わるのを見れたのは、やはり嬉しいことだった。

「うん。それでこそ耕治君よ!あずさちゃんなら美奈ちゃんと海に行ったから、さっさと行ってきなさい!」

「はい!行ってきます!」

葵の元気な送り出しに、耕治も元気な返事で答えて水着に着替えるべく自室へと駆け出す。

『頑張るのよ。耕治君』

葵は駆けて行く耕治の背中にエールを送り、まだ眠っている涼子を起こすために自室へと戻った。





「さて、これからどうするかな・・・」

耕治は時折吹く気持ちのいい潮風に身を晒しながら、途方に暮れていた。

『昨日みたいに都合よく見つかるとも思えないし・・・』

盆休みも中頃になってきた今日、ビーチは昨日よりも多くの観光客で賑わっており、どこから探したらいいかの検討すらつかない。

人々はビーチバレーをしたり日光浴をしたりと様々だが、少なくとも今見える範囲では日野森姉妹の姿を確認することは出来なかった。

『・・・ま、こうしててもしょうがないし・・・行くか』

耕治は雲ひとつ無い快晴の空の下、一人の少女の姿を求めてビーチを歩き始めた。





「・・・見つからないな」

昼間は青かった夏の空は、もうすっかり茜色に染まっている。

あずさをたいした当てもなく探し始めてから既に六時間。

砂浜、浅瀬、無理して少し沖の方にも出てみたが、あずさの姿はおろか美奈の姿も見つけることが出来なかった。

「・・・一度民宿に戻ってみるか」

ひょっとしたらすれ違いで、既に民宿の方へ帰っているのかもしれない。

そんな淡い期待を持って、耕治は疲れ果てて砂浜に下ろしていた腰を上げ、民宿へと急ぎ足で帰った。



「ん?あれは・・・」

見えてきた寮の前に立っている少女が一人。

「おーい、美奈ちゃん!」

その少女が今日必死で探しても見つからなかった人物と分かり、耕治は手を振りながら美奈の下へと急ぐ。

「あっ、耕治さん」

約一日ぶりに見た美奈の顔はいつも通りの笑顔ではなく、どこか切羽詰ったような――険しい表情をしていた。

「お姉ちゃんを見ませんでしたか?」

「いや、見てないけど・・・美奈ちゃんと一緒じゃなかったのかい?」

『確か出て行くとき、葵さんが”美奈ちゃんと一緒に”って言ってた気がしたけど・・・』

耕治のその質問に、美奈は少し泣きそうな顔になって答える。

「それが、いつの間にかはぐれちゃって・・・美奈も探したんですけど見つからないんですぅ。それで今民宿に戻ってきたんですけど・・・お姉ちゃん、まだ帰ってないって・・・」

その言葉を聞いて、耕治の胸の中にじわじわと暗雲が広がっていく。

『なんだか・・・嫌な予感がする』

それは前も一度味わった予感。

あずさがキャロットでナンパされそうになったあの時の予感と、まったく同じものだった。

『・・・くそっ!』

あの時の怒りがこみ上げてきたのか、耕治は内心舌打ちをして猛然と駆け出す。

「あっ、こ、耕治さん!?」

「美奈ちゃんは民宿で待っててくれ!絶対に連れて帰ってくるから!」

困惑した美奈の声に耕治は振り向くことなくそう答え、嫌な予感を払拭するかのように全速力で海を目指した。



「ハァ・・・ハァ・・・どこだ、日野森・・・」

浜辺に辿り着き、荒い息を整える事無くキョロキョロと周りを見渡す。

日の入りまで後30分といったところだろうか。

暗くなると尚のこと探し辛くなるということもあり、耕治は少し焦った様子で浜辺を移動する。

しかし、視界に入るのはもうそろそろ帰ろうかという観光客ばかりで、肝心のあずさの姿はなかなか見つからなかった。

「もう!やめてって言ってるでしょ!!」

その時、耕治の耳に微かに届いた探し人の声。

耕治が立っている位置から、夕陽が反射している海とは反対側・・・海の家の方から聞こえてきたようだ。

「へっへっへ、いいじゃねーかよ。俺達と一緒に来れば最高の夏の夜にしてやるぜ?」

「いい加減にして!興味ないって言ってるでしょ?」

「気の強い女だ。ますます気に入ったぜ」

二人の男に囲まれているあずさ――その姿は海の家とコンクリート作りの堤防に挟まれたちょっとしたスペースにあった。

普通に探していたら、その海の家が死角となってまず見つからなかっただろう。

『日野森!!』

耕治はすぐに駆け出そうとした。

不安げな瞳をしている彼女の元へ行って、早く安心させてあげたかった。

だが・・・。

「っ!!」

その時、耕治の脳裏を掠めたあの日の出来事。

――ガラの悪い男達。

――不安げな表情で、誰かに助けを求めていたあずさ。

――そして、すぐにあずさを助け出した自分。

何もかもがあの日と重なって見えた。

そして・・・助け出したあずさに休憩室で言われた一言。

――「何で助けたりなんかしたのよ!?」――

そのことを思い出した途端、駆け出そうとした足は地に張り付いたように動かなくなり、体中が震えてきた。

――怖かった。

また、あずさに拒絶されることが・・・。

あずさに、自分の存在を否定されることが・・・。

そして、何より・・・。

あずさにこれ以上嫌われることが・・・一番怖かった。

頭では分かっていた。

そんなことを考えている場合じゃないと・・・。

どんな結果になろうとも、今すぐあずさを助けるべきだと・・・。

でも、恐怖に支配された体は思うようには動かなくて・・・。

「・・・・・・」

耕治は血が滲むほど唇を噛み締めて、事の成り行きを見守ることしか出来なかった。





『だれか・・・』

あずさは先程言い寄ってきた男達に強気で断っていたが、内心はとても不安だった。

ただでさえもう日が暮れてきて人通りも少なくなってきたというのに、ここは海の家がブラインドとなっていて砂浜からは見えにくい。

たとえ男達にここで何をされようとも誰も助けてくれない状況であり、そう考えると心を恐怖と不安がどんどん覆っていった。

「いーじゃねーかよ。俺達と遊ぼうぜ?」

「それとも、ここで遊ばせてくれるのか?はっはっは!」

あずさを取り囲んでいる二人組は諦める様子もなく、下卑た笑いを見せながら近づいてくる。

『助けて・・・前田君』

無意識に両親の形見であるペンダントを握り締め、心の中で呟いた言葉に気づきはっとする。

『私・・・何考えてるんだろう』

以前キャロットで客に絡まれた時。

自分は今と同じように、心の中で耕治に助けを求めた。

『でも、私は・・・彼を拒絶した・・・』

助けてくれた耕治に、考え得るだけの暴言を吐いて・・・。

『前田君の優しい気持ちを踏みにじった私に・・・彼を頼る資格なんて無いのに・・・』

そんな自分が許せなくて・・・あずさはペンダントをより強く握り締める。

「ん?なにやってんだよ?」

「きゃっ・・・!」

その様子に気づいた男の一人があずさの手首を掴み、彼女が握りしめていたものを確認する。

「ぷっ、何だそのぼろっちいペンダントは?」

「ぎゃはは。そんなだせーもん付けてないで、俺達と遊んでくれたらもっといいもんをやるぜ?」

「っ!!」

二人の馬鹿にしたような態度に、あずさの眉根がつり上がる。

”バシッ!!”

「あんたたちに何が分かるのよ!?」

怒りの形相をしたあずさが、手首を掴んでいた男の手を払いのけ、平手打ちを食らわせる。

「・・・いってーな。何すんだこのアマ!!」

「なめやがって・・・いいから来いって言ってんだよ!!」

しかし二人はあずさの態度にキレて、襲い掛かってきた。

「きゃっ!」

あずさは驚いた拍子にバランスを崩し、そのまま後ろに倒れ尻餅をついてしまった。

「覚悟しやがれよ・・・」

男達が鼻息も荒くにじり寄って来る。

『嫌・・・怖い・・・誰か・・・・・・』

身体を恐怖が支配する中、あずさの心の中に浮かんできた一人の男。

あずさはガタガタ震える身体を両腕で抱きしめ、力の限りその名前を叫んだ。

「耕治ーーーーっ!!!」

男の手が伸びてくる。

あずさがもう駄目だと覚悟を決めた・・・正にその時。

「やめろっ!!!!」

怒気を含んだその声に、男達の動きも止まる。

あずさはその声に・・・確かに聞き覚えのあるその声に・・・そっと俯いていた顔を上げる。

『あぁ・・・・・・』

夕陽の逆光の中、あずさが心の底から待ち望んだ耕治の姿は、安堵感から滲み出た涙でぼやけた。




16話へ続く



後書き

15話、いかがだったでしょう?

まあ前半の葵の部分は、前の話の補足のような感じで・・・メインは後半部分ですね。

・・・なんか同じようなネタですみません(汗)

これは前から考えていて、”同じような場面を作ることで双方を比較するため”に用意しました。

さて、また前回と同じように修羅場を迎えてしまうのかどうか・・・。

それは次話でご確認を(笑)



2006.1.11  雅輝