「・・・なんだか不気味ね」

「そうだなぁ、懐中電灯がないとほとんど何も見えない程暗いし・・・」

少し怯えたような声を出すあずさに対して、耕治はその言葉とは裏腹にあまり怖くない様子だ。

もう歩き始めて5分は経っただろうか。

二人が並んで歩く森の中は、懐中電灯で照らしても先が見通せない程真っ暗なので、その闇の中にいては方向感覚と共に時間感覚すら狂ってきそうだった。

「きゃっ!!」

と、その時あずさが道にはみ出ていた木の根っこに足を引っ掛けて前のめりになった。

「危ない!」

耕治は咄嗟にあずさの腕を掴み、自分の方へと引っ張る。

”ぽすっ”

「えっ・・・きゃあ!」

転ぶのを覚悟してぎゅっと目を瞑ったあずさがおそるおそる目を開けると、そこは耕治の胸の中だった。

その事に気づき、慌てて顔を真っ赤にしながら飛び退く。

「わ、悪い。咄嗟だったから、つい・・・」

耕治がバツの悪そうな顔で呟く。

それに対してあずさは何も言わず耕治に背中を向けて、尋常ではない速さで律動している自分の心臓を抑えることで必死だった。

『はぁ・・・びっくりしたぁ・・・』

なんとか通常の速さに戻った心臓に手をあて、一度大きく深呼吸してから耕治に向き直る。

「ホント、ごめん。大丈夫か?」

「え、ええ・・・大丈夫よ。さあ、行きましょう」

耕治への返事もそこそこに、さっさと歩き出すあずさ。

そしてそんなあずさに首を傾げながらも、素直に後に続く耕治。

『はあ・・・またお礼も言えなかったな・・・』

あずさは最近多くなったため息を、また一つ心の中で大きく吐く。

『素直になるって、決めたはずなのに・・・』

結局さっきも、自分の耕治への気持ちを悟られたくなかったから無愛想に振舞ってしまった。

「「・・・」」

互いに口を開かない中、聞こえてくるのは二人分の足音とフクロウの鳴き声くらい。

その沈黙は、あずさにとってとても心苦しいものだった。

『はあ・・・やっぱり”当たり”を引いちゃったのは失敗だったかな?』

挙句の果てにそんなことを思い、あずさは先程のクジの結果を回想した。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝






<14>  真夏の夜の肝試し(後編)




「あ・・・」

軽く瞑っていた目をそっと開ける。

今しがた引いた紐の先端には、赤いマジックで印が付けられていた。

――つまり”当たり”である。

「あら、あずさちゃん。良かったわねぇ☆前田君と一緒よ?」

「「ええ〜、そんなぁ〜」」

満足そうに微笑んでウィンクしてくる葵と、明らかに不満そうな声で落胆する美奈とつかさ。

『どうしよう・・・ホントに当たっちゃった』

これから耕治と二人きりであの暗い森の中を歩く・・・そう思うと変に意識してきてあずさの顔は緊張からか、はたまたそれ以外の理由でか――どんどん朱色に染まっていった。

「あれ?あずさちゃん、どうしたのぉ?顔が赤いわよ?」

「な、何でもありません!」

酔っ払いおやじさながらに突っ込んでくる葵に、あずさは視線を逸らす。

『あっ・・・』

しかし今度はその視線の先にいた耕治と目が合ってしまった。

「よろしく、日野森」

そう言って笑いかけてくる耕治の顔に、またあずさの心臓が一つ跳ね上がる。

あずさは恥ずかしさから顔を背けようとしたのだが、なぜか耕治の瞳から目を離せないでいた。

「こちらこそ。よろしく、前田君」

そして気がつけば、自分も耕治と同じような微笑を返していた。

耕治はそれに少し驚いたようだったが、すぐにまた笑顔を返してくれた。





『はぁ・・・』

回想し終えたあずさは、いつの間にか横に並んで歩いていた耕治の横顔を盗み見て、また一つ大きなため息を吐く。

『何で好きな男性(ひと)と一緒にいるのにため息ばかり出てくるんだろう・・・?』

もちろん、あずさはその理由も解決策も分かっていた。

しかしそれを実行する勇気を、あずさはまだ持てずにいた。

『前田君から言ってくれないかな・・・?』

あずさは一瞬でもそんなことを考えた自分に気づき、また激しく自分を責める。

『私、何を考えてるんだろう?これは絶対に私から言い出さなくてはいけないことなのに・・・』

『全部私が悪いんだから・・・』とそんなことを考えていた時、急に隣の耕治が立ち止まってあずさの方が数歩前に出たような状態になる。

「?」

あずさは突然歩みを止めた耕治を、怪訝そうな顔で振り返る。

『・・・えっ?』

振り向いた視線の先――今まであずさが一度も目にしたことがない程、真剣な表情と決意を秘めた瞳で真っ直ぐあずさを見てくる耕治の姿があった。

「ちょっと・・・いいか?大事な話があるんだ」

そんな耕治が紡いだ言葉に、あずさは無意識の内に首を縦に振っていた。





目を閉じた耕治は一度深呼吸をして、極度の緊張のため昂ぶっていた気持ちを落ち着かせようとする。

「・・・」

「・・・」

お互い向き合ったまま、数秒間の沈黙が流れる。

「日野森・・・」

耕治が静寂を破り声を掛けると、あずさの肩がピクンと震えた。

「・・・なに?」

耕治は閉じた目をゆっくりと開き、あずさの揺れる瞳をただ真っ直ぐに見つめる。

その瞳は困惑こそしているものの、確かに”何か”を期待しているような目だった。

「俺・・・・・・」

耕治が意を決して言葉を紡ごうとしたまさにその時、

”ガササッ”

「「!!」」

近くの茂みから音が聞こえ、二人の間に流れていた張り詰めた緊張感が途切れてしまう。

小さくため息を吐いた耕治は、その元凶とも言える茂みに目をやり、耳を澄ませる。

聞こえてくるのは隣にいるあずさの息遣いとフクロウの鳴き声、そして・・・

《ちょ、ちょっと葵!いくらなんでもここは狭すぎるわよ》

《しょうがないじゃない!あの二人がこんな所で足を止めてるんだから》

《あ、葵ちゃん!ボクのスカート踏まないでよ》

《し、静かにしないとお姉ちゃん達に聞こえちゃいますよ〜》

「・・・」

注意しないと聞き取れないくらい小さな、4人分の話し声。

耕治が呆れかえったような表情であずさの方を向くと、彼女も同じように苦笑いをしていた。

『もう完全にタイミングを逃してしまったな・・・』

実際、あずさの顔は先程の緊張した表情ではなく、どこか気が抜けた表情になっていた。

耕治は自嘲気味に苦笑しつつ、懐中電灯で照らした道の上に落ちていた野球ボールより少し小さめの石を拾う。

2,3度手の上で軽く弾ませると、その茂みには絶対に当たらないように、奥の茂みに向かって投げ込む。

ボール――もとい石は綺麗な放物線を描いて、目的の茂みに見事命中した。

”ガサンッ!”

「「「「キャアッ!」」」」

背後で鳴った割と大きな音に酷く驚いた4人は、隠れ蓑にしていた茂みから外へと飛び出してきた。

「び、びっくりした〜」

「ど、どうやら後ろの茂みから聞こえてきたみたいね・・・」

「幽霊?ねぇ、幽霊かなぁ!?」

「うぇ〜ん。美奈怖いです〜」

後ろを振り返って驚きを隠せない様子の葵。

驚きながらも冷静に今起こったことを分析しようとする涼子。

怖さと興味深さが混じって興奮状態になっているつかさ。

幽霊と聞いて怖さから半泣きになってしまった美奈。

「おや、皆さんお揃いで。こんな所で何をやっているんですか?」

耕治の表向きは丁寧な、しかしまったく感情というものが篭っていない質問に、それぞれ違う反応を見せていた4人の肩が面白いほど同タイミングでびくぅっと震える。

「確か葵さんたちは私達より後に出発したんですよねぇ?涼子さんに至ってはゴール地点で待っているって聞いてるんですけど?」

あずさのこれまた氷の様に冷たい声に、一同は”ギギギ・・・”という擬音語が聞こえてきそうなくらいおそるおそる声の方へと首を捻る。

4人の視線の先で仁王立ちしていた2人は、満面の笑みを浮かべていた。

それだけ見れば怒っていないように見えるが、先程のまるで感情というものが欠落したような声とのギャップが非常に怖い。

さらによく見ると二人とも笑っているのに、一番重要なところが笑っていなかった。

そんな瞳に見つめらて(いや、そんな優しい表現ではないかもしれない)、さすがの葵も冷や汗が止まらなかった。

美奈に至っては、完全に怯えきっている。

「い、いや〜、2人共。こんな所で合うなんて奇遇ねぇ・・・」

「ははは」と渇いた笑いで何とか場の空気を変えようとする葵。

「そうですね。何か意図的な考えがなければこんな所で会いませんもんねぇ?」

しかしそこに耕治の絶妙な切り返しが決まり、葵は「うっ・・・」と言葉を詰まらせる。

『さて、どうしてくれようか・・・?』

頭に血が上るほど怒ってはいないが、折角のチャンスを邪魔された耕治にとっては何か罰を与えたいところ。

「あ、葵さん・・・」

どんな罰にしようかと思案していた耕治の耳に、あずさのか細い声が届く。

「う、後ろ・・・」

あずさは青ざめた表情で、4人の背後を震える指で指す。

「ま、またまたあずさちゃんたらぁ。そんな冗談には引っ掛からないわよぉ?」

葵は言葉では否定しているが、嘘だとたかをくくっているからか、それとも恐怖からか・・・後ろを振り向くことはなかった。

「日野森?」

しかし耕治の角度からは特におかしなモノは見当たらないので、疑問に思いあずさに訊ねてみる。

耕治が問いかけに振り向いたあずさの顔は、葵たちには見えない角度で悪戯っぽい目で意地悪い笑みを浮かべていた。

『あっ、なるほど!』

その顔であずさがこれからしようとしていることを瞬時に察した耕治は、あずさと同じく青ざめた表情を作ると同時に葵たちの背後を凝視する。

「あ、葵さん!う、う、後ろ・・・」

「えっ、ちょ、ちょっと何よ?」

耕治もあずさと一緒になって怖がり始めたので、さすがの葵も困惑してきたようだ。

もちろん、涼子もつかさも恐怖からか後ろをまったく見ようとしない。

美奈などは、固く目を瞑って両手で耳を塞いでいる有様だった。

『もう一息だな?』

『ええ、そうね』

耕治とあずさは目でアイコンタクトしながら内心ほくそ笑む。

なんだかんだ言って、二人とも今の状況を結構楽しんでいた。

「あ、危ない!!」

あずさが4人に会心の演技で叫ぶ。

それに釣られて怖がりきっている美奈を除いた3人は、「えっ」と後ろを振り向く。

その瞬間、耕治は地面の石を拾い上げ、先程と同様に奥の茂みの中に投げ込む。

”ガサンッ!”

「「「きゃあああああぁあああぁぁぁあ〜〜!!!」」」

その音に驚き、蜘蛛の子を散らすように逃げていく4人。

4人が去った後、辺りは先程の静寂が戻ってきたかのように静まり返っていた。

「・・・結構引っ掛かるものなんだなぁ?」

「ふふふ、そうね」

後頭部の辺りをポリポリと掻きながら呟いた耕治の言葉に、あずさも笑みで返す。

二人の間には、さっきまでの気まずさが嘘のように暖かな空気が流れていた。

『もう、言える雰囲気じゃないよな・・・』

耕治はそう考えつつも、満足げな顔をしていた。

『また・・・謝れなかったな・・・』

あずさはそう考えつつも、嬉しそうな顔をしていた。

「・・・そろそろ帰ろうか?」

「・・・うん」

言葉を交わし、元来た道を歩き始める二人。

森を抜けた民宿までの街灯の下、満月の明かりに伸ばされた二つの並んだ影。

お互いの気持ちを伝えることは出来なかったけど・・・その距離は確かに縮まった。

――そんな真夏の夜だった・・・。




15話へ続く



後書き

仲直り出来ませんでした!!(笑)

しかも非常に中途半端な状態になっています。

あずさの心境はなかなか複雑なようですねぇ。

やはり仲直りは耕治から切り出すのか?

はたまたあずさが勇気を出すのか?

・・・まあそれも含めて次回をお楽しみにってことで(ニヤソ)



追記 : 逃げた4人は、あずさたちが民宿に帰ってきた一時間後くらいに全員無事(?)に帰ってきましたんでご心配なく(笑)




2006.1.6  雅輝