〜Yoshiyuki side〜
色んな意味で、俺はいっぱいいっぱいだった。
学園の屋上で美冬ちゃんの本心を耳にして以来、どうしても彼女のことを意識してしまう自分がいるのは分かっていた。
恥ずかしい話だが、今までの短い人生の中では、一度もそういった直情的な想いを向けられたことは無い。
そういった経験が無いからかは分からないが、俺は明らかに戸惑っている自分の感情さえも持て余している。
正直言えば、今日の誘い――デートだと自惚れていいのだろうか?――も、電話口で受けるか一瞬悩んだ。
彼女に誘ってもらったのは素直に嬉しい。今までは、紛れもなく大切な友人の一人だったのだから。
だがそれが、恋愛感情となれば話は別だ。
自分に想いを寄せてくれる彼女に、どうやって接したらいいのか分からない。
この感情は何なのだろうか。単に、恥ずかしがっているだけなのだろうか。
それは定かではない。が、久しぶりに見た彼女の私服姿は、やけに眩しかった。
髪型もいつもはそのセミロングを下ろしているのに、今日に限って言えば後ろでポニーテールにしている。
そんないつもとは違う新鮮な美冬ちゃんの姿に、若干目を奪われてしまったのは秘密だ。
とにかく、だからこそいっぱいいっぱいなのだ。
「お兄さん・・・」
映画館の中。隣の席から身を乗り出すようにして俺の腕に美冬ちゃんが抱きついている、今のこの状況が。
〜Yoshiyuki side end〜
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS 「自由な夢を・・・」 外伝
「美冬の恋心」
Written by 雅輝
<8> 初デート(後編)
映画館に着いた私達は、どの映画を見るか二人で吟味していた。
ここに誘ったのは私だけど、特に見たい映画があったわけではない。単純に、二人で居ても間が持ちそうな場所を選んだだけ。
テレビの宣伝などで、ちょっと「見たいなぁ」と思うものも無いことはなかったけど、上映時間は丁度外れていた。
そこで、お兄さんの提案で一番次の上映に近い映画を選ぶことになったのだが・・・。
『な、なんでよりによってホラーなのぉ・・・?』
ミステリーや、スプラッタものではなく、純粋な日本のホラー映画。
流石というか、ツボを心得ているというか・・・貞子で有名な「リング」が発表されてから、こういったジャンルの映画は確実に進化しているようだ。
まだ作品の序盤だというのに、もう既に私はそんなことを考え始めていた。
先の肝試しでもお兄さんに独白したとおり、私はホラーが苦手だ。大の、と付けてもいいくらいに。
でも、隣ですっかり作品に見入っているお兄さんの様子を見ていると、その事は忘れてるんだろうなぁと思う。
私とは対照的に、お兄さんは別にこういう作品に対しても平気みたいだ。この前の肝試しも、あまり怖がっている様子は無かったし。
その事に多少理不尽さを抱きつつも、そんなお兄さんも頼りになってカッコいいと思ってしまう私は、完全に恋する乙女だった。
映画の舞台はとある寂れたマンション。
そのマンションの住人であるヒロインと、彼女の一人暮らしのはずである部屋のもう一人の住人の物語。
そしてヒロインに襲い掛かる数々の怪奇現象。ストーリー自体はありきたりなものだけど、演出のクオリティが高い。
スクリーンの中の物語も中盤に差し掛かり、それと同時に導入部分でしかなかった序盤とは違い、見せ場のシーンが増えてきた。
誰もいない押入れから鳴るラップ音。閉めたはずなのに翌朝になればいつの間にか開いている窓。廊下を行き来する足音・・・。
「キャアアアアァァァァッ!!」
そして遂にその「もう一人の住人」である女の子白い影が現れた瞬間、私は悲鳴を上げながら無我夢中で隣のお兄さんに抱きついていた。
「み、美冬ちゃん?!」
「ご、ごめんなさいお兄さん。でも・・・このままで居ていいですか?」
前方のスクリーンの中では、当然のことながら物語が尚進行している。
自慢じゃないけど、怖がらない自信がまったく無かった私は、せめてもとお兄さんの腕に両腕を絡めて身体を寄せた。
「うぇ?あ・・・う・・・あ、ああ」
動揺しつつも、しっかりと一つ頷いてくれるお兄さん。
私はそんな優しい気遣いに微笑みで答え、絡めた腕はもちろんそのままで再びスクリーンへと顔を向ける。
――それまでは恐怖心しか無かった私の心に、不思議な安心感が生まれるのを感じた。
「大丈夫か?美冬ちゃん」
「は、はい。何とか・・・」
映画館からほど近い公園のベンチ。私はお兄さんに付き添われるような形で、そのベンチに腰掛けた。
「そうだな・・・。ちょっと、自動販売機で飲み物でも買ってくるよ」
グッタリした私の様子を見たお兄さんは、そう言って公園の入り口の方へと駆けて行く。そして残された私はというと・・・。
「はぁぁぁぁぁ・・・」
これでもかというほど、盛大にため息を吐いた。
先ほどのことを思い出しただけでも、情けなくて・・・いや、それ以上に恥ずかしくて涙が出そうだった。
――映画も終盤に差し掛かり、いよいよクライマックスかという頃。
お兄さんにしがみ付くことでなんとか怖さは軽減されていたものの、それでも怖いことには変わりなく。
最後のヤマ場のシーン。血塗れの少女の霊の”ど”アップで、私は悲鳴を上げる暇もなくあっさりと気絶。
――これは余談だけど、後でお兄さんに聞いた話によれば、館内に響き渡るほどあちこちで大きな悲鳴が上がったらしい。
流石はR指定作品とでも言うべきか。私的には、R-12ではなく、R-18くらいで丁度いいかと思うんだけど。
それはともかく、気絶した私を背負って映画館から出たのは、勿論他の誰でもなくお兄さん。
私が目覚めたのはつい先ほど。公園の入り口に着いた時だった。
「はぁ・・・。失敗したなぁ」
まさか気絶してしまうとは。目覚めた時は、本当に穴があれば入りたいほど恥ずかしかった。
「お兄さんにも迷惑掛けちゃったし・・・」
でもまあ、お兄さんなら「別に迷惑だなんて思ってないけど?」で終わりなんだろうな、とは思うけど。
それでも、やはり申し訳ない気持ちが溢れてくる。
そもそも今日のデートは私から誘ったのに、ずっとリードされっぱなしだし。
「でも、特に次の予定も決めてなひゃんっ!!」
突然首筋に宿った冷やっこい感触に、私の独り言は中断されてしまった。
振り向いてみると、悪戯っぽい笑みを浮かべたお兄さんと、両手に持った缶ジュース。
「お兄さん〜〜?」
「い、いや悪い。ついつい由夢と同じことをしちまった」
「・・・由夢ちゃんですか?」
「ああ。こういう時のあいつのリアクションは面白いからなぁ・・・ってどうかした?」
「い、いえ!何でもありませんよ?」
「? そうか」
お兄さんが鈍感な人で、今回ばかりは助かった。
おそらく先ほど由夢ちゃんの話が出たときの私の顔は、多分に嫉妬心を含んだ表情だったと思うから。
「それよりも・・・はい。オレンジジュースでいいかな?」
「あ、ありがとうございます」
お兄さんから缶ジュースを受け取って、プルトップを開ける。
開ける・・・開け・・・あれ?
「どうしたの?」
「いえ、なかなか蓋が開かなくて・・・」
まだ頭がぼんやりとしている所為か、いつもなら簡単な作業も酷く億劫に感じてしまう。
と、その時、横から手が伸びてきたかと思えば流れるような動作でお兄さんがプルトップを開けていた。
「はい」
「・・・ありがとうございます」
差し出してくれた時の笑顔が嬉しくて、私は真っ赤な顔を俯かせてボソボソとお礼を述べた。
結局その後は、まだ帰るには勿体無い時間だったのでウィンドウショッピングをすることになった。
〜Yume side〜
「さて、夕飯の材料も買ったし、そろそろ帰ろっか?」
「そうだね」
叔父さんの住む本島からついさっき帰ってきた私とお姉ちゃんは、フェリー乗り場から直接この初音島商店街に来ていた。
流石に何日も家を空けていただけあって、家の方にはほとんど食材がない。
もしかすると兄さんが何か作ってくれてるかもしれないけど、特に今日帰るとは知らせてなかったのでその可能性は低い。
なので商店街内の大型スーパーで食材を見繕い、そのまま適当に店を見つつ帰るつもりだった。
「・・・あれ?」
「ん?どうしたの?お姉ちゃん」
もう少しで商店街の出口という所で、突然何かを見つけたように隣を歩いていたお姉ちゃんがある一点を凝視したまま立ち尽くしていた。
「うん・・・あれって、弟くんと天枷さんじゃない?」
「・・・え?」
心臓が一度嫌な感じに跳ね、私はおそるおそるお姉ちゃんが指差している方向へと目を向けてみる。
「あ・・・」
そこには確かに、店のショーウィンドウの前で仲睦まじく会話している二人の姿があった。
手こそ繋がれていないものの、その二人の間に存在する距離はあまりにも短く、狭い。
ふとしたきっかけで手も繋ぎそうな、そんな初々しいカップルの雰囲気を醸し出していた。
「デートかな?弟くんもなかなか隅に置けないねぇ・・・って由夢ちゃん?」
「え?」
「どうしたの?顔色、あまり良くないよ」
「う、ううん・・・何でもない」
心配顔のお姉ちゃんに慌てて手を振り、私は再度遠くの二人を見つめた。
私の知る限り、今まで兄さんと美冬ちゃんが二人で遊びに行ったことなど無いはずだ。
『・・・そっか。これが美冬ちゃんの覚悟なんだ』
学校の屋上、半分の月明かりの下。
絶対に負けないと宣言した彼女の横顔は、今でも鮮烈に頭に残っている。
そしてそれをすぐに行動に移すのが、何とも彼女らしい。
『負けてられないな・・・』
「行こ?お姉ちゃん」
「う、うん。声掛けなくていいの?」
「うん。デートの邪魔はしたくないし」
流石にそこまで野暮ったい真似はしたくなかったし、それは少し卑怯なような気もしたから。
でもだからって、引くつもりはまったくない。
「私も、覚悟を決めなくちゃ・・・」
「え?何か言った?」
「ううん。それよりお腹空いたから、早く帰ろうよ」
これ以上待ってたら、おそらくどんどん不利になっていくに違いないから。
だから私も、覚悟を決めなくてはいけない。
――兄さんに、この想いを告げる覚悟を。
9話へ続く
後書き
お待たせしました〜。ようやく書けましたよ^^;
やはりテスト期間中はなかなか時間が・・・っていうかそれでも書いてる私って一体・・・(笑)
それはともかくとして・・・今回はデートの後編をお届けしました〜。
なんか・・・ヤマ場がないなぁと、書き終わってからの感想。
視点も3つあったせいか、書いている私は混乱しかけましたし(笑)
まあ最後の由夢のセリフにもありますように、もうすぐクライマックスです。
話数で言えば、後2話の予定。全10話です〜。
ちなみに、文中で由夢が美冬のことを「美冬ちゃん」と呼んでいますが、これは間違いではありません。
あの約束の日から、美冬は変わりませんが由夢は「美冬ちゃん」と呼ぶようになってます。
あの時はお互いに呼び捨てで呼び合ってましたが、あれは儀式のようなものなので、通常はちゃん付けです。
さて、次はことりの長編の更新ですね。こちらは、また2週間開きますm(__)m