〜Yoshiyuki side〜



「ふう、杉並め。あんなところにコインを隠しやがって」

コインを見つけるべく屋上を探し回っていた俺は、ようやく目的の物を見つけ愚痴を吐いていた。

・・・そりゃ悪態の一つくらい吐きたくなるさ。なんでよりによって「フェンスの向こう」なんだよ。

手を伸ばしてギリギリに取れる範囲に置いてあったのも、全て計算どおりといった感じでなんかムカつく。

「ま、あいつは後で問い詰めるとして、二人ともそろそろ行くぞ。・・・ってあれ?」

そこでようやく俺は、由夢と美冬ちゃん、二人の姿が見えないことに気が付いた。

先に屋上を出た・・・ということはないか。あの二人の性格なら、自分達だけさっさと次に行こうとしないはずだし。

となると・・・ここから死角になっている場所は、階段と屋上を繋ぐ出入り口の上か、裏かくらいか。

「なんでそんなところに・・・」

頭に疑問符を浮かべながらも、出入り口の方へと歩み寄っていく。

――このときは思いもしなかった。この行動が、まさしく運命の分岐点になることを。

「二人とも、なにやって・・・」

「私は・・・お兄さんの事が好きだよ」

「――っ!」

その、予想もしていなかったあまりにも唐突な言葉に、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

驚きの声を必死に抑え、そのまま音を立てぬように反転して走り出す。

”ガシャンッ”

そのまま彼女たちがいる場所とは正反対のフェンスまで一気に走り抜け、未だ思考を取り戻さない頭をフェンスに預ける。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

息が荒いのは、決して今の全力疾走のせいだけではない。

心臓の鼓動もやけに速く感じる。強い脈動と共に、必死に訴えかけてくる。

『美冬ちゃんが・・・俺のことを?』

前後の会話は聞いていなかったが、あの真剣な表情を見る限りはおそらくそういうことなのだろう。

「・・・ふう」

ようやく息も落ち着きを取り戻し、俺は今度は額ではなく背中をフェンスに預けた。

そのまま首を後ろに逸らし、天上に瞬く星と輝く半月をぼんやりと眺める。

「・・・どうするかな」

彼女の気持ちを知って・・・もとい覗き見するような真似をしてしまって、俺はこれからどうすればいい?

彼女の前でも、今までどおり平静を保てるのだろうか?

いや、それ以前に俺の気持ちは・・・?

「・・・駄目だ。まだ頭がこんがらがってる」

この1年間で知った彼女の様々な表情が、脳内で浮かんでは沈んでいく。

俺は支離滅裂なその思考を振り払うように頭を振り、一つ大きな息を吐いた。

『とりあえず、今の俺に出来るのは何事も無かったかのように振舞うことだけか・・・』

そう結論付けたところで、丁度向こうの話も終わったらしく、二人揃って姿を現す。

「おっ、どこ行ってたんだよ?二人とも」

声に動揺が見えないように、俺は細心の注意を払いながら、二人に呼びかけたのだった。



〜Yoshiyuki side end〜





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS  「自由な夢を・・・」 外伝

             「美冬の恋心」

                      Written by 雅輝






<7>  初デート(前編)





由夢ちゃんと約束し合ったあの元旦の日から、今日で丁度1週間が経った。

昼近くまでぐっすりと眠った身体を解しつつ、冬独特の目が覚めるほど冷たい水で顔を洗う。

今日で冬休みも終わり。宿題は昨日でどうにか終わらせることが出来たので、久しぶりにのんびりとした長期休暇の最終日を迎えていた。

とはいえ、本来なら忙しいはずだった最終日。その理由が無くなれば、当然真逆の状態になってしまうわけで。

「ヒマだなぁ・・・」

つまり、そういうことなのです。

由夢ちゃんは・・・確か昨日から音姫先輩と一緒に、本州にいる叔父さんのところに行ってるはずだし。

他の友達もおそらくアウト。下手をすれば宿題の助っ人を頼まれるかもしれないので、地雷は避けておくに限る。

「そういえば、前にもこんな事があったっけ・・・」

自室のベッドに寝転び、何度も読んだお気に入りの少女マンガをペラペラと捲りながら、ふと思い出した。

あれは確か、半年前の夏休みで。今と同じ様にヒマを持て余していたときだった。

由夢ちゃんと遊びにでも行こうと彼女の携帯に電話してみると、実際に出たのはお兄さんで少し焦ったのを憶えている。

「お兄さんか・・・あっ、そうだ!」

ベッドの脇にあった携帯電話を手繰り寄せ、電話帳を開く。

半年前はここで由夢ちゃんの番号を開いたけど、今日開くのは彼女の兄とも言えるあの人の番号。

数ヶ月前に教えてもらって以来あまり活用しなかった番号だけど、まあ会うのはいつも学校だったので当然といえば当然だった。

「ふう・・・よしっ」

多少緊張している心臓を静めるように胸に手を当て、吐き出した息を気合の声に変換させる。・・・そして。

”・・・ピッ”

軽い音と共に、私は発信ボタンを押したのだった。







初音島商店街は、平日だというのに結構な人波だった。

しかし、見かけるのはほとんど学生のような若い人たちばかりだ。まあ冬休みの最終日なので、当然かもしれないけど。

そしてかく言う私も、そんな人間の一人だった。商店街の入り口で、お気に入りの腕時計に視線を落とす。

「・・・ちょっと早く来すぎちゃったかな?」

シンプルな桃色の文字盤は、1時40分辺りを指していた。約束の時間は2時なので、およそ20分は早く来たことになる。

準備が予想以上に早く済んだといえば聞こえはいいが、要は待ちきれなかっただけだ。

「ま、いっか」

商店街の入り口横にあるベンチに腰掛け、私は携帯電話を眺めたまま緩みきった顔で呟いた。

待つのは嫌いじゃない。それが好きな人なら尚更だ。

携帯の画面の「お兄さん」という名前で登録してある番号を見つめながら、つい2時間ほど前の電話の内容を思い出すだけで時間は潰れそうだった。

――「商店街に遊びに行きませんか?」という単純な私の誘いに、お兄さんは多少迷った素振りを感じさせながらも「いいよ」と返してくれた。

それだけで、私は電話口の自室で飛び跳ねるほど喜んでいたのは彼には秘密だ。

とにかく、お兄さんが杉並先輩から貰った映画のチケットがあると言うので、今日は二人で映画鑑賞と相成ったわけ。

『デートって考えていいのかなぁ?』

思わず零れた笑みに、それに伴う上機嫌な声を必死に抑え心の中で笑む。

と、その時。携帯の画面を凝視していた私にふと影が落ちる。

お兄さんが来たのだと思い、私は勢い良く顔を上げたのだが・・・その数瞬先に聞こえた軽薄な声に、あっさりと期待は打ち破かれた。

「あっれ〜?カノジョ、ひとり?」

「そんな難しい顔しちゃって、どうしたのかなぁ〜?」

「・・・イエ、ナンデモアリマセン」

そのいかにもな二人組に、私は顔を盛大に引き攣らせつつ、硬質な声でそれだけを返した。

こういう人を相手にしたのは一度や二度ではない。結構居るのだ、こういう絶滅危惧種のようなナンパ男が。

勿論、相手と言っても当然応えたのでは無く、無視や冷めた視線で全て追い返したのだが。

こういう人たちに下手な期待を持たせてはいけない。それをいいように、どんどんと付け込んでくるのだから。

「もしかして、約束をすっぽかされちゃったのかな?」

「まだ約束の時間の前なので、ご心配なく」

「いやぁ、キミみたいな可愛い娘がそんな物憂げな顔をしてたら、心配にもなるよ」

その歯の浮くようなセリフに、「物憂げなのはあなた達がいるからですよ」という言葉が浮かんだが、寸でのところで飲み込む。

こういう人たちは、あまりキツく言い過ぎても逆ギレする虞があるから。

なので、無視を決め込むことにする。

「あれ?もしかして照れちゃった?可愛いなぁ」

「お前、いつも直接的すぎるんだよ。もう少しオブラートに包んでだな・・・」

『お兄さん、早く来ないかなぁ・・・』

何だか勝手に話を進めている目の前の二人を視界に入れないようにしつつ、私は腕時計に再度目を落とす。

1時52分。まだ約束の時間前。少なくとも、後何分かはだんまりをし続けなければいけないらしい。

「――ねえ、ちょっと聞いてる?」

「え?ああ、はい」

いかにも気が短そうな短髪の男性の声色に少々怒気が混ざり始めたので、私はとりあえず返事だけはしておく。

「だからさ、これから俺達と遊びに行かない?」

何が「だから」なのかはサッパリ分からなかったが、まだ諦めてくれるつもりはないらしい。

珍しくしつこい人達だ。そろそろ相手にするのが億劫になってきた。

それと同時に、不安にもなってくる。今までの経験上、ここまでしつこく誘ってくる人は少なかったから。

まあ幸いにもここは商店街の入り口。もし不穏なことをされそうになったら大声を上げれば済むんだけど・・・お兄さんとの約束が台無しになってしまいそうなので、あくまで最終手段だ。

「おいっ、無視してんじゃねえよ」

思考にどっぷりと浸かっていた所為か、すっかりと返事をするのを忘れていたらしい。

業を煮やしたかのように、もう一人の長髪の男性が手を伸ばしてきた。

「きゃっ・・・」

反応が遅れた私が軽い悲鳴を上げるも、その腕は今にも私の肩に掛ろうとしていた。

しかし、その時。

「そろそろやめとけよ?おっさん」

「お、お兄さんっ」

待ち人来たり。縋るように声を上げた私の顔は、きっと安堵の表情でいっぱいになっているだろう。

「なんだ、テメエは?」

「この娘の約束の相手だよ、モテないおっさん達」

「っ、何だとっ!?」

前半のセリフに対してか、それとも後半のセリフに対してか。

一気に頭に血が上った様子の二人が、お兄さんに飛び掛る。

「おっと・・・しょうがねーな」

お兄さんは私の手を引いてその攻撃をかわし、呟きと共にジャンパーに手を突っ込んだ。

そして――。

「みずでっぽ〜〜〜う♪」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

某大御所アニメキャラのように、宣言どおり水鉄砲を取り出したお兄さんに、私達は皆ポカンとその得物を見つめた。

「ていっ」

そうして発射された2発の液体弾は、狙ったかのように目を見開いている二人の顔に直撃して。

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」

「ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!!???」

「え?」

驚く私を尻目に、二人は目を押さえ地面にもんどりうっていた。

「さ、行こうか?美冬ちゃん」

「え、ええ・・・」

「ああ、お二人さん。ちなみに言っとくけど、この水鉄砲の中身は塩酸だから」

「「はぁあっ!?」」

「まあ塩化水素ってやつだな。目に入ると失明の可能性もあるから、早く目を洗ってきた方がいいぞ」

「「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」」

二人はまるで示し合わせたかのように、必死に見えない目で走り去っていく。

その後姿を満足そうに見送っているお兄さんに、私は若干呆れを含ませて言った。

「ちょっと、やり過ぎですよ」

「そうか?でも、流石にあの冗談が通じるとは思わなかったんだけど」

「それはそうですが・・・」

普通の人なら、水鉄砲の中身が塩酸だなんて聞かされてもまず信じない。

そんな劇薬物に指定されているようなものを、学生であるお兄さんが軽々しく持っているわけないのだから。

「それじゃあ、水鉄砲の中身は何だったんです?無難に洗剤とかですか?」

「流石に鋭いなぁ、美冬ちゃんは。いいとこ言ってるけど、ちょっと違うかな?正解は、シャボン玉の原液」

「シャボン玉?」

「そう、シャボン玉」

そう言うとお兄さんは、先ほどの水鉄砲を徐に取り出して、その発射口に何やらカバーのようなものを付けた。

そして引き金を引いてみると。

「わあ・・・」

宣言どおりのシャボン玉が、発射口から小さな球体を織り成し無数に噴出した。

「いやぁ、来る前に衝動買いしちゃってさ。まさかいきなり役に立つとは思わなかったけど」

「はっはっは」と愉快そうに笑うお兄さんを見ていると、私まで心が和んでいく。

先ほど――お兄さんが来るまでは不快な気持ちでいっぱいだったというのに・・・我ながら現金なものだ。

それに、こういう変なところで子供っぽい・・・ううん。純粋なのも、お兄さんの魅力の一つだと思うから。

「それじゃあ、行こうか。意外と時間食っちゃったから、上映時間ギリギリになりそうだ」

「あっ、はい。急ぎましょう、お兄さん」

上機嫌な私は、跳ねるようにして彼の横にピョコンと並んだ。

――自然と繋がれた手は、果たしてどちらからだっただろう。



8話へ続く


後書き

あぁ〜、かなり日数が開いてしまいましたね(汗)

前回の更新が8月の19日だから・・・うわっ、もう3週間以上になるんですかね。

まあ今回は構成に悩んだ、というのが一番の理由ですね。冒頭の義之視点然り。

話が続く時は割とスラスラ書けるのですが・・・前回で一旦話の流れは句切れましたからね。


さて、内容ですが、サブタイトルどおり美冬と義之の初デートです^^

今までも何度か遊びには行ってますが、いずれも由夢を含めた3人でなので、純粋に二人きりのデートは初めてです。

んで、速攻でナンパされちゃいました^^;まあ美冬は本編のミスコンでも準優勝しているように、容姿はかなりいいので不思議ではないのですが。

それでもこんなナンパ男いねぇ〜(笑) まさに絶滅危惧種でしょうね。


あ〜・・・なんか9月中に終わらなさそうだなぁ。ことりの連載も始めたいのですが。

まあそれは後々考えます。それでは、また次回に^^



2007.9.11  雅輝