〜Yume side〜
天枷さんと仲良くなったきっかけは、今でもしっかりと憶えている。
新しい学校、そしてクラスにも少しずつ馴染んできた4月。まだ入学した日から3日ほどしか経っていないある日。
その日は寝坊したこともあって、急いで家を飛び出してきた。お姉ちゃんが作ってくれたお弁当を、しっかりとリビングに置き去りにしたままで。
しかも悪いことは続くようで、その時の私の財布には持ち合わせが無かった。その前日に、服を衝動買いしてしまったせいだ。
お弁当は無い。学食にも金銭上行けない。
私は『どうしよう・・・』と、4時間目の授業が終わってからも自分の机でぼんやりとしていた。
――「あれ?どうしたの、朝倉さん。お弁当は?」
そんな私に逸早く気付いたのが、出席番号の都合上後ろの席に座っていた天枷さんだった。
この時はまだ呼び方も「朝倉さん」で。でも、その時の彼女のあどけない笑顔は今でも印象に残っている。
――「えっと・・・実は家にお弁当を忘れちゃいまして」
――「あらら。じゃあさ、私のパン、一緒に食べようよ」
――「えっ?でも・・・」
――「あっ、気にしなくていいよ。どうせ一人で食べきれないから・・・」
そう言って彼女は、パンが入っているであろうコンビニのレジ袋を机の上に置いてみせた。
・・・確かに、一人では到底食べられそうにない量だ。
彼女曰く、ポイントの関係で今日中に買わなくてはいけなかったらしい。
それが、彼女との最初の会話。席が前後同士ということもあり、私達はすぐに仲良くなった。元々、相性も良かったのかもしれない。
そんな天枷さんが変化を見せたのは、つい最近のことだった。
ぼんやりとしていることが多く、時折窓から物思いに耽った顔で3年生の教室を眺めていた。
話しかけると急に慌てだし、何かを取り繕うように笑顔を見せる。
その頃から、私は予感めいたものを感じていたのかもしれない。
「私は・・・お兄さんの事が好きだよ」
「天枷さん・・・」
――天枷さんとこうして、兄さんの事で真正面から向き合う日が来る予感を。
〜Yume side end〜
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS 「自由な夢を・・・」 外伝
「美冬の恋心」
Written by 雅輝
<6> 互いの気持ち(後編)
理科室を出た後も、私達は順調にコインを集めていった。
「血塗れの旋律」の音楽室、「旧焼却炉の怪」の裏庭、「昇降口の子供たち」の下駄箱、「姿見の噂」の階段。
それぞれ分かりにくい場所にあったものの、それほど広い場所でもないので3人がかりだとすぐに見つかった。
そして今は、姿見の噂の階段からそのまま屋上へと向かっているところだ。
「しかし・・・案外と簡単に見つかったよな。杉並のことだから、もっと難解な場所に隠してると思ってたんだけど」
「そういえばそうですね。・・・でも・・・・・・」
「ん?」
「あっ、いえ!何でもありません!」
「?? そう?」
お兄さんが再び前を向いたのを見て、私は気付かれないようにそっとため息を吐いた。
流石に「でも、杉並先輩の仕掛けの怖さは予想外でしたけど」とは言えない。
実際、理科室のような仕掛けが至る所に仕掛けられていて・・・その度に悲鳴を上げたり、その・・・何度かお兄さんにも抱きついてしまった。
その時のリアルな感触を思い出し、一人赤面する。
うぅ・・・本当に穴があったら入りたい。
でも、その時のお兄さんの顔は何とも言えない表情で、若干赤くなっていた。
私が抱きついたから赤くなったのかな?なんて、ちょっと自惚れてしまう。
「ふう・・・ようやく着いた」
「普段来ないから、ちょっと新鮮ですね」
お兄さんと由夢ちゃんの声に、俯かせていた顔を上げる。
開け放たれた鋼鉄製のドアからは、転落防止用のフェンスと、さらにその向こうの町並みがハッキリと見えた。
私的には、よく訪れる場所といえる屋上。しかし当然のことながら夜に来ることはなかったので、確かに由夢ちゃんの言うとおり新鮮だった。
お兄さん達に続き、屋上に足を踏み入れる。
見上げた空の暗さも、散りばめられた星の光も、ぼんやりと優しく街を包むように照らすお月様も。昼間の屋上では味わえない。
そのいつもとはまた違う趣(おもむき)は、私の背中を押してくれるように存在していた。
・・・うん。これで、覚悟も決まった。
後は、お兄さんに気付かれないように実行に移ろう。
「由夢ちゃん・・・ちょっといいかな?」
「えっ?何です?」
「その・・・大事な話があるから」
コイン探しが始まってまだ間もない頃。私はそっと由夢ちゃんに近寄って、お兄さんには聞こえない程度の声量で話しかけた。
最初は不思議そうな顔をしていた彼女も、私の表情を見て真剣さを悟ったのか、コクリと頷いてくれる。
そのまま私は由夢ちゃんの手を引いて、お兄さんに気付かれないように静かに移動した。
屋上と階段を結ぶ入り口の裏。フェンス沿いを捜索しているお兄さんからは、完全に死角となるその位置に。
「ふう・・・」
由夢ちゃんと肩を並べるようにしてフェンスにもたれ掛かり、私は一つ吐息をつく。
吐き出された白い息は、真冬の空に解き放たれ、やがて見えなくなった。
「それで天枷さん。話って・・・?」
「・・・うん」
彼女の言葉に一つ頷き、フェンスから身体を起こして由夢ちゃんの方に向き直る。
由夢ちゃんも何かを察したのか、私と同じくフェンスから身体を起こした。
「「・・・」」
互いに、無言で向かい合う。私が話を切り出さない限り、永遠にも続きそうな沈黙。
やがて、私の口が言葉を紡ぐ。
「話っていうのは、お兄さんのことだよ」
「・・・」
彼女も半ば予想していたのか、コクンと頷いただけで特に驚いた様子は見せなかった。
「驚かないってことは、もう何の話か分かってるよね?」
「・・・」
また一つ、頷く。
その態度はずるいとも思えてしまうが、今の彼女の強張った表情を見ていると何もいえなかった。
その代わりに、言葉を続ける。
「やっぱり、由夢ちゃんも気付いちゃったんだね?そして・・・私も気付いた」
そう、気付いた。自分の気持ちに。そして、親友の気持ちに。
それはおそらく、由夢ちゃんも同じ。彼女の場合は、自身の気持ちにはとっくに気付いていたのかもしれないけど。
でも、だからこそ、私はこの言葉を告げる。
「私は・・・お兄さんの事が好きだよ」
「天枷さん・・・」
「いつの間にか、自分でも怖いくらいに好きになってた。由夢ちゃんから話を聞いていた通り、お兄さんは素敵な人だったから」
「・・・うん」
「由夢ちゃんは、どうなの?」
私が訊ねると、彼女はその細い身体をビクンと震わせた。
「・・・私は・・・・・・」
真剣な顔で言い淀む。まるでこれから言う言葉が、本当に合っているのか分からない幼子のように。
「言えないんだったら、代わりに言ってあげる。由夢ちゃんは、お兄さんの事が好きなんでしょ?兄妹としてじゃなくて、一人の女の子として」
「っ!!」
「気付いたのは今日だけど、前々から薄々思ってはいたんだ。それこそ、毎日のようにお兄さんの話を聞いていたあの頃から」
「・・・うん、そうだよ。私は、兄さんの事が好き。ずっと好きだった!」
まるで何かを決意したかのように、顔を上げた彼女の表情は先ほどの臆病な幼子のそれではなく、れっきとした彼女自身の顔。
私が一番よく知っている、強い由夢ちゃんの顔だった。
「うん。やっと本音が聞けた」
「・・・天枷さん?」
突然笑みを零した私に、怪訝そうな声を彼女は上げる。
そして私は満面の笑みで、彼女に指を突きつけて、宣戦布告をした。
「絶対に負けないんだからね。・・・由夢!」
「あ・・・うん。私だって、負けないよ。・・・美冬!」
彼女は、応えてくれた。いつもの丁寧な話し方を止め、私のことを名前で呼んでくれた。
そう、これは誓いだ。改めて親友になった私達の、互いの気持ちについての誓い。
どちらが勝っても負けても、恨みっこなし。私達の親友関係は、たぶんずっと続くだろう。
――見上げた夜空には、半分の月が光っていた。
7話へ続く
後書き
半日遅れで第6話UPです!
やっぱり難しいなぁ。今回は構成自体は出来ていたものの、それを表現するのに時間が掛りました^^;
これもいつ完結できるのかなぁ?・・・最低でも、10話までには終わらせないと中編じゃなくね?(笑)
これで「互いの気持ち」、つまり肝試し編は終了です。いかがだったでしょうか?
親友同士の二人。同じ相手を好きになってしまった場合、取る行動は大きく分けて二通りあると思います。
一つは、今回のような形。互いの気持ちを認め、そして好敵手として宣戦布告をする。
もう一つは・・・昼ドラのようなドロドロ系?あーゆーのは私(作者)が苦手なので、あまり書きたくないんですよねぇ。
それに、学生の恋愛でドロドロは無いでしょうし(笑)
次回は短編書くと思います。200000HITリクエストもあるかもしれないので、また2週開くかもしれませんが^^;
それでは〜。