”ガラッ”

理科室というプレートが掛ったドアを横滑りに開けると、そこには月夜に照らされた不気味な空間が広がっていた。

青白い光が浮かんでいる水槽。綺麗に並べられているフラスコ。誰かがキチンと閉め忘れたのか、ピチャンピチャンと水滴が落ち続けている水道。

そして・・・七不思議にもなっている、ぼんやりと映し出された人体模型。その横には、当然のように骸骨の標本が佇んでいる。

「・・・さっさとコインを探すか」

お兄さんの言葉に同意とばかりに私も由夢ちゃんも頷き、それぞれ手分けしてコインを探し始める。

月明かりと懐中電灯の光だけが頼りの捜索。当然、普段より見つかりにくい。

でも不気味なこの部屋は、一秒でも居たくないと思わせるのに充分で。集中して床に目を光らせる。

「うぅ・・・・・・う・・・ぐぁ・・・・・・」

『・・・え?』

その声は、とても唐突に聞こえてきた。

思わず探す手を止め、声のした方向を恐る恐る見つめる。

それは由夢ちゃんとお兄さんにも聞こえたようで、皆の視線が”あるもの”に集中した。

――呻く人体模型。

「く・・・るし・・・・・・だ、れか・・・・・・」

私の心臓はもの凄いスピードで律動を繰り返していたけれど、お兄さんの前で恥ずかしい姿を見せるわけにも行かず・・・唾を飲み込んで動向を見守る。

「こ・・・から・・・・・・出し・・・・・・」

まるで地獄の底から呻くように響くその声に、思わず背筋が凍ってしまう。

私達は示し合わせたかのように固まり、そのまま人体模型に近づこうとした。

まさにその時。

”ガターーンッ!”

「「キャアアアァァァァァッ!!」」

突然、件の人体模型が倒れてきて、私は悲鳴を上げて飛び上がってしまったのだった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS  「自由な夢を・・・」 外伝

             「美冬の恋心」

                      Written by 雅輝






<5>  互いの気持ち(中編)





もう、無我夢中だった。

反射的に一番近くにあったものに抱きつき、倒れた人体模型から目を逸らすように顔をうずめた。

その何かに必死に腕を回し、身体の奥底からこみ上げて来るような恐怖を何とか抑えようとする。

――次に気が付いたのは、お兄さんの声が微かに聞こえた時だった。

「なるほど、やっぱり杉並の仕業か」

「え?」

杉並先輩の仕業?今のが?

思わず顔を上げて、マジマジとお兄さんの顔を見つめる。

「奴の仕掛けだよ。たぶん、遠隔操作でレコーダーのスイッチを入れたんだろ。人体模型が倒れたのだって、そういう原理だな」

何故かお兄さんは顔を赤らめながらも、右手に持っている黒い何かを軽く振りながら説明した。

「そ、そうだったんですか・・・」

そこでようやく仕掛けの意味を悟った私は、心底力が抜けたように情けない声を出した。

でも、まだ気付いていなかったことがもうひとつ。

それは、私が今どこにいるのかということ。

「それで、あの・・・美冬ちゃん」

「はい?」

「そろそろ、離れて欲しいんだけど・・・」

「え・・・わ、わわ!」

それはもう、心臓が飛び出すんじゃないかってくらい驚いた。恐怖を抜きにすると、先ほどの人体模型が倒れた時よりも驚いた。

何故なら、私はいつの間にかお兄さんの腕の中にいたのだから。

――いや。いつの間にか、ではなく、どう考えても先ほどの出来事が原因だろう。

あの時、咄嗟に抱きついたのはお兄さんだったんだ。

今更ながらにそれを認識し、顔から火が出そうなほど羞恥心が湧いてくる。

「す、すみません!私、本当はこういうの全然ダメで・・・さっきまではずっと我慢できてたんですけど、今のは驚いてしまって、その・・・」

私はそう言い繕いながらも、すぐにお兄さんから離れる。

・・・穴があれば入りたいというのは、まさに今の心境を指すのだろう。

しかしお兄さんは、そんな私を安心させるように優しく微笑み、さらにその温かい手で私の髪をクシャッと撫でてくれた。

「大丈夫だって、女の子なんだし怖がらないほうがおかしいだろ?」

「で、でも・・・」

「それに、俺も女の子に抱きつかれて嬉しかったしな。ははは」

その台詞に、またもや赤面。

ちゃんと私のことを女の子として見てくれてるんだ・・・と、そう思えて嬉しかったからだ。

それと同時に、これはお兄さんなりにおどけて私の緊張を解いてくれようとしているのだと悟る。

だから私も、今はその心遣いに甘えさせてもらうことにした。

「お兄さんって、意外とエッチなんですね?」

「へっ?い、いや、今のは・・・」

「ふふふ。冗談、ですよ♪」

「・・・あのなぁ」

――話していると、酷く安心できる。私にとってお兄さんは、好きな人であると同時に、オアシスのような存在でもあった。

さりげない気遣いが、私を嬉しくさせる。まだ頭に置かれたままの手が、私を安らがせる。

『あぁ・・・ちょっと私、重症かもしれない・・・』

いつの間にか膨らみすぎた想い。その内、ボロが出てしまうのではないかと、少々心配にもなる。

「もう、大丈夫みたいだな」

「あ・・・」

頭の上の温もりが、すっと遠ざかっていく。

私は未練がましくその手を目で追い、そして視界に映ったのは・・・。

『っ・・・・・・由夢ちゃん・・・』

酷く悲しそうな、それでいて切なそうな微妙な表情で私達をじっと見つめている、お兄さんと最も近しい存在だった。







私にとって、由夢ちゃんは親友。それは紛うことない、私としての絶対的な事実だ。

笑顔を絶やさず、気配り上手で、勉学も運動も優等生。

そんな彼女は、多くの人から人気を得ている。そして、それは当然の結果だとも私は思う。

でも、私しか知らない彼女がまたいるのも確か。

結構強気なところとか。でも、それでいて臆病な部分もあって。そして、自分の決めたことは絶対曲げない、大のお兄ちゃんっ子。

私だから知っている、本当の由夢ちゃん。親友だからこそ知り得た、たくさんのこと。

だから・・・だから私は、気付いてしまったんだ。

彼女のその表情が、何を物語っているのか。

そして彼女もまた同時に、気付いたのかもしれない。

お兄さんの前で、無防備な笑顔を晒す私に。





「お〜い、そろそろ行くぞ由夢」

「あっ、はい!」

結局コインはそのレコーダーの中(杉並先輩らしい隠し場所だ)にあって、私達は理科室を後にした。

けど・・・次のチェックポイントに着くまで、私と由夢ちゃんの間には微妙な空気が流れていた。



6話へ続く


後書き

ってことで5話、UPです。

ん〜、なかなか思ったように話が進まず。結局は「互いの気持ち」も三部作になってしまいました。

多分、次回は「自由な夢を・・・」からの引用ではなくオリジナルになると思います。


さて、内容ですが・・・まあ理科室での事件(?)を美冬視点で、って感じかな?

色々と考えさせられますね。そのせいでやたらと執筆にも時間を食いましたが(汗)


それでは、また次回〜。



2007.8.12  雅輝