今日の私は、自分でも機嫌が良いと思った。
夏休みの真っ最中。当然、外は燦々と照らす太陽により気温も高い。
そんな真夏の太陽の下でも、私は外出用のハンドバッグを手に弾むように歩いていた。
もう少しすれば、鼻唄やスキップなどを始めてしまうのではないかと思えるほどの上機嫌ぶり。
何故だろうと原因を考えてみても、答えは一つしか無いのだけれど・・・「原因」は分かっても、「理由」は分からない。
親友と一緒に、買い物に出かける。
理由としては確かに充分かもしれないけど、今までこんな事が無かっただけに首を傾げざるを得ない。
勿論、今までの彼女との買い物が楽しみではなかったというわけではなく・・・言わば、「今まで以上に楽しみ」なのだ。
「えっと・・・ここだよね」
目的地にたどり着き、表札を確認する。
達筆で「朝倉」と書かれた表札。間違いなく由夢ちゃんの家だ。
『・・・ということは、隣のあの家がお兄さんの家かぁ』
確か以前は一緒に住んでいたけど、今年からは隣の学園長の家に住んでいると、由夢ちゃんから聞いたことがある。
そんな事を思い返しながら、私はネームプレートの下に設置されていたインターホンに手を伸ばした。
「・・・」
鳴らした途端、何となく家の中の様子が騒がしくなったような気がする。
時々由夢ちゃんの大きな声が聞こえる辺り、まだ準備が済んでいないのだろうか。
『だったら、悪いことしちゃったかな・・・?』
腕時計に目を落とすと、午後1時43分を示していた。
2時前・・・という約束の時間には、微妙に早いかもしれない。
何となく気分が逸り、余裕を持って家を出てきたんだけど・・・失敗したかな?
”がちゃ”
やがてドアが開くと、申し訳なさそうな顔をしたお兄さんが姿を現した。
いつもは学校でしか会わないので、彼の私服はどこか新鮮だ。
「ごめんな、美冬ちゃん。暑いのに待たせちゃって。もうすぐで由夢のやつも下りてくると思うから」
「あっいえ、こっちこそ。ちょっと早く来すぎちゃいましたね」
私がそう返すと、お兄さんはふっと苦笑いを零した。
「いやいや、早く来て謝るのはおかしいって。それより、はい」
お兄さんが手に持っていたものを、笑顔で私に差し出してくる。
私がそれを持った瞬間感じたのは、ひんやりとした心地良い感覚。袋に入った、アイスキャンディーだった。
「せめてものお詫びってことで。溶けちゃうから、早めに食べてくれ」
そのさり気無い気遣いと穏やかな笑みに、ひんやりとした手とは対照的に頬はちょっと熱くなる。
――自分が浮かれていた理由が、何となく分かったような気がした。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS 「自由な夢を・・・」 外伝
「美冬の恋心」
Written by 雅輝
<3> 淡く灯った想い(後編)
「うわぁ・・・混んでますねぇ」
「ま、昼時だからね。それに今は、商店街でセールをやってるみたいだし」
「実は今日の目的はそのセールだったんですけど・・・これじゃあまともに見て回れるか分かりませんね」
私、お兄さん、そして由夢ちゃんの三人は、商店街の入り口で流れゆく人並を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
確かに今日は、初音島で年に2回しかない商店街の大セール日だ。とはいえ、ここまで商店街がごった返している状態を見たのは初めてのことだった。
「どうする?どこか喫茶店にでも入って、落ち着くのを待つか?」
「それでも良いですけど・・・この状態では、どこの喫茶店も満席かも・・・」
由夢ちゃんの言葉に、私はなるほどと納得した。
今見える範囲にある喫茶店でも満席状態のようだし・・・商店街の奥に行けばあるかもしれないが、それでは本末転倒というものだろう。
やはり皆、考えることは同じなようだ。
「やっぱりここは、流れに逆らわずにゆっくり見てまわるのが得策でしょうか?」
「はぁ・・・それしかないか」
「そうと決まれば、行きましょうか」
由夢ちゃんは何だかんだで楽しんでいる様子で、人波に身を任せるように流れに加わる。
「あっ、待ってよ。由夢ちゃん!」
「やれやれ・・・」
私も慌てて彼女の横まで駆け寄り、後ろからはお兄さんの苦笑したような声が聞こえてきた。
「あっ。あの服いいかも」
「どれです?・・・あっ、可愛い」
「・・・でも、ちょっと高いね」
「買えないこともないんだけど・・・」
由夢ちゃんと二人で歩きながら、店の先々に飾られている服を見て意見を交し合う。
意見とはいうものの、何も堅い話ではない。要するに、「あれがいい」とか「こっちも素敵」など、一目見た感想くらいだ。
当然、ショーウィンドウに飾られているような素敵な服は、私達のお小遣いでは到底手が届かず・・・。
それでも、こうして見て周っているだけでも楽しいのは、女の子の特権のようにも思えた。
「・・・」
チラリと後ろを振り向いてみる。
そこには、私達とは2,3人分の距離を保ちながらも、ぼんやりと付いてくるお兄さんの姿が。
『やっぱり、退屈だよね・・・』
実は商店街を歩き出してからというもの、私達はお兄さんとほとんど会話をしていない。
そのことに由夢ちゃん自身が気付いているのかは分からないけど・・・それでも何の不満も漏らさずに付いてくるお兄さんは、やはり年長者なんだなと思う。
でも、流石にこれ以上そのままというわけにもいかず・・・私は、ある提案をすることにした。
「ね、由夢ちゃん。この店入ろうよ」
「え?」
私が指を差したのは、何の変哲もない洋服店。
ただ今まで見てきた店と異なっている部分は、女物の服と同じくらい男物の服もあるということ。
ここならお兄さんも退屈せずに済むだろうという、安直な私の配慮だった。
私の提案に由夢ちゃんは一瞬ハッとした表情を浮かべたかと思うと、一度お兄さんの方をチラリと見て気まずそうに「うん」と頷いてくれた。
「ほらっ、お兄さんも行きましょう」
「あ、ああ」
一歩引いた位置で私達のやりとりを見ていたお兄さんの腕を取り、強引に店の中へと引っ張る。
――お店の自動ドアを潜るとき、小声で囁かれたお兄さんの「ありがとう」という言葉が、とても印象に残った。
〜Yume side〜
「はぁ・・・」
私は夏用の服を見繕いながら、先ほどのことを思い出してため息を吐いた。
天枷さんが言い出すまで気付かなかったけど、多分兄さんはずっと退屈してたんだと思う。
勿論、兄さんの存在を忘れていたというわけではない。ただ、配慮が足りなかったという面は否めなかった。
『こんなんじゃダメだよね・・・』
今日の買い物自体、私から兄さんを誘ったのに・・・これでは何のために誘ったのやら。
天枷さんとのウィンドウショッピングが楽しかったから、というのは言い訳にすらならない。
現に天枷さんは私と会話を交わしつつ、しっかりと兄さんへの配慮も怠らなかったのだから。
それは、素直に感心できる部分だ。彼女は元気なイメージが先行しがちだけど、本当は頭の回転が速く、さり気無い気遣いがとても上手い人だから。
『そういえば、二人はどこに・・・あっ』
ふと二人の様子が気になって、店内を見回すとすぐに彼らの姿は視界に入ってきた。
「お兄さんは、普段どんな服着るんですか?」
「そうだなぁ。夏は結構ラフなのが多いよ。動きやすい服とか」
「それでは・・・これなんてどうですか?」
「いやあの・・・流石に黒地に真っ赤な髑髏は派手すぎるかと思うんだが・・・」
「ふふふ、冗談ですよ」
仲睦まじい恋人。
今の二人を客観的に見ると、そうなるのだと思う。
天枷さんは2年女子の中ではどちらかというと長身に入る部類で、兄さんと並んでも絶妙な身長差で。
顔立ちも整っていて、胸が小さいと本人は嘆いていたけれど、そのスタイルはさながらスレンダーなモデルのようだ。
実は兄さんは2年の女子の中でも結構人気の高い先輩として知られているのだけれど、その兄さんと並んでもまったく違和感を感じさせない。
『そういえば、最近二人って仲いいよね・・・』
二人きりで居るところも何度か見かけたことがあるし、私と3人で居るときでも普通に喋ったりしている。
今朝、兄さんから「美冬ちゃんも買い物に来ることになった」と聞かされたときは驚きと共に疑問にも思っていたけど・・・もしかして。
「・・・まさかね」
手に取っていた緑色のワンピースを心無し乱暴に戻し、二人の姿が視界に入らないように店のさらに奥へと足を進める。
「それに・・・別に兄さんのことなんて気にならないし」
本人も居ないというのに、何故私の口からはこんな意地っ張りな言葉しか出てこないのか。
本心は、まったくの逆だというのに・・・。
〜Yume side end〜
「ふい〜、疲れた〜」
荷物をどさりと空いている椅子に置いたお兄さんは、脱力したようにそのままテーブルに突っ伏した。
「お疲れ様です。お兄さん」
「もう、行儀が悪いですよ。兄さん」
私と由夢ちゃんもそれぞれに言葉を投げかけながら、椅子に腰掛ける。
ここは、休憩に飲み物でもと思い入った、商店街内のハンバーガーショップ。
不幸なことに店の中は混み合っていて、4人用のテーブル席ではなく、こうして横一列に並ぶ形のカウンター席のような席になってしまったのだけれど。
それでも、座れるだけでも充分にありがたい。荷物持ちをしてもらったお兄さんは勿論、何軒も雑貨や洋服の店を周って私達もちょっと疲れていたから。
「それじゃあ、私が買ってきますね。何がいいですか?」
「え?いやいや、美冬ちゃんにそんな買出し係みたいなことさせられないって」
「そ、そうですよ天枷さん。そういうことでしたら私が行きますから」
予想通りの反応に、私の顔は思わず綻ぶ。
うん、やっぱり二人とも優しいなぁ。
「大丈夫ですって。それに、ここのポイントカードを持っているので、使いたいのが本音なんですよ」
「それに後から代金はしっかりと頂きますし」と、舌を出しておどけてみせると、二人は何とも言えない顔になって同時にため息をついた。
「そう言われると、何にも言えないなぁ。・・・それじゃあ俺は、アイスコーヒーをお願いするよ」
「そうですね・・・私はアイスミルクティーを」
「はい、了解です。ちょっと待っててくださいね」
混雑している店内。当然、注文を行なうレジの前も列ができている。
でもこういったファーストフードの順番というのは結構消化が早いせいか、思ったよりも早く会計を済ませることが出来た。
私が手にしているトレイには、二人に頼まれたドリンクと自分用のアイスココア。そして軽くつまめる程度のポテトとナゲットが鎮座している。
『えーっと、私達の席は・・・・・・あ・・・』
店の奥へと進んだ私の視界に入ったのは、並んで座っている二人の姿。
元々そういう席順だったのだし、それは見慣れた兄妹としての距離間だ。
しかし私が見たのは、どういう流れからかは知らないがお兄さんが由夢ちゃんの栗色の髪をクシャクシャと撫でている瞬間だった。
対する由夢ちゃんもその手を払うことはなく、顔を赤らめ照れ隠しにお兄さんに何かを言っているようだ。
”ズキッ・・・”
『えっ?何・・・?』
胸を焦がすような鈍く重い痛みに、私は訳もわからずに心の中で呟いた。
こんな痛みを、私は知らない。
こんな感情を、私は知らない。
ただ、一つだけ言える事は・・・それ以上、二人がそうしているのを見たくはないということだけ。
――「私と兄さんって、実は単なる幼馴染で、本当の兄妹ってわけじゃないんですよ」――
なぜ今、由夢ちゃんのそんな言葉を思い出すんだろう。
「いてっ」
「キャッ」
ボンヤリとしたまま歩きだした私は、当然周りのことなんて目に入っていなかった。
その時だった。突然前を横切った男子生徒とぶつかり、トレイに乗っていたココアがその男子生徒の制服に少量でも掛かってしまったのは。
「おっと」
「あ・・・ご、ごめんなさい!」
予想だにしない事態に、私は半分パニックになりつつも反射的に謝った。
「どうしたんだ、田中?」
「いや、いきなりこの子がぶつかってきて・・・」
「おいおい、どうしてくれるんだよ?」
すると、スポーツバックを背負っているあたり部活の仲間だろうか。残りの二人も寄ってきて私に軽薄な笑みを浮かべた。
――この笑みは知っている。街中でナンパをしてくるような人と同じ表情だ。
「あれ?よく見たら天枷じゃん」
「お、ホントだ。俺キミのファンなんだよねぇ」
「ねえねえ。このココアの染みは許してあげるからさぁ。今度俺とデートしようぜ」
「おい!抜け駆けは寄せよ」
「あ、あの・・・」
何故かテンションの高い三人に、私は何も言えずにいた。
私のことを知っているということは、おそらく同じ学年なのだろう。
確かにボーっとしていた私が悪いのだけれど、1mm程度の染みでこんなことになるとは思っていなかった。
「よしっ、じゃあ皆でいくか。今から行こーぜ」
「そうだな、行くぞ」
一人の男子が私の返事も聞かずに、強引に私の腕を掴もうとしてくる。
「や・・・嫌!」
私が反射的に体を捩って逃げようとした、その時だった。
「おい。俺の連れに何か用か?」
聞こえてきたその馴染みのある声に、私は弾かれたように顔を向ける。
そこには、普段の柔和な顔とはかけ離れた険しい顔つきのお兄さんが立っていた。
「あ?なんだよお前。邪魔するなよな」
「ほう。邪魔するとどうなるのか、俺に教えてくれないか?」
「この野郎・・・」
「お、おい。よせって!」
グループの一人が握り拳を固めたのを見て、何かに気付いた別の一人が諌める。
「なんだよ?」
「この人、たぶん”あの”桜内先輩”だぞ!?」
「・・・うぇ?」
先ほどまで敵対心に燃えていた男子の瞳が、その言葉を聞いた瞬間小動物さながらの瞳になった。
「ま、まさか・・・杉並先輩と一緒に教頭を半殺しにしたことがあるっていう、あの・・・」
「たてついてきた8人の一年を、全員病院送りにしたっていう・・・」
「へぇ、そんな噂が出回ってるのか。ま、8人が11人に増えても大して変わらないよな?」
片手で手の関節を鳴らしながら、目が笑っていない笑顔で3人に問いかけるお兄さん。
既にこの時点で、勝負は決していた。
「「「し、失礼しました〜〜〜!」」」
己の不利を理解したのか、脱兎のごとく店を出て行った三人組に、お兄さんは「やれやれ」と軽くため息を吐いてみせた。
「・・・っと、大丈夫か?美冬ちゃん?」
「え、ええ・・・」
未だに頭の整理が付かず、呆然としている私に、彼は軽く苦笑を漏らす。
「あまり大丈夫じゃないみたいだな。・・・ま、しょうがないか」
「え、いや、その・・・」
「美冬ちゃんも、あーゆー輩には気を付けろよ?ただでさえ可愛いんだから、言い寄ってくる男も多いだろ?」
『か、可愛いって・・・』
頭が、沸騰しそうなほどに熱くなっていくのを感じる。
しかし、私の口は冷静に感じた疑問を口にしていた。
「あの・・・」
「ん?」
「さっきの、噂って・・・」
「あぁ、ありゃ嘘だ」
「・・・え?」
嘘って・・・まあ勿論、お兄さんがそんな事をするわけないとは思っていたけど、そこまであっさりと言われるのも拍子抜けする。
「1,2年の頃は結構杉並たちと色々無茶したからなぁ。たぶん、その時のことに背びれ尾ひれが付いて、そんな噂になったんだろ」
「まあ今みたいに役に立つ時もあるから、あんまり気にはしてないけどな」と、悪戯っぽく笑ってみせるお兄さんに、私は再度胸が熱くなった。
そっか。ようやく気付いた。
さっき、仲が良さそうな二人に抱いた感情は、嫉妬だったんだ。
私にとって初めての経験で、そして初めての感情。
これを決定付けたのは、他の誰でない、お兄さん本人だった。
そう、きっと私は――――。
4話へ続く
後書き
まずは申し訳ございませんm(__)m
久しぶりに1日遅れました。最近はモチベーションが上がらず・・・しかも時間も無くて(泣)
その代わりといってはなんですが、かなりのボリュームになってしまいました。
これをさらに中編と後編に分けようかとも思ったのですが、なんか中途半端になりそうだったので取りやめに・・・。
というわけで、美冬が義之への想いを自覚するという話でした。
今回は特別に由夢視点も設置。美冬を客観的に見た感じと、由夢の隠している想いを読み取って頂ければと。
・・・まあ全体的にベタっちゃあベタな話ですけど。その分、わかりやすく仕上がったのではと思っております。
それでは、また次回^^