〜Yoshiyuki side〜
「ふぃ〜〜、疲れた疲れた」
「ったくよ〜。何でこんなクソ寒い時期にマラソンなんかあるんだよ」
「・・・寒い時期だからなのではないか?」
5kmという、体育の授業として馬鹿げた距離を走り終えた俺達は、早々に教室へと引き返していた。
別にサボっているわけではない。完走し終えた者から順次解散していいと、事前に体育教師が説明していたのだ。
よって、運動部出身のやつなんかは比較的早く授業を終えられるが、体力の無いやつは完走しきるまで昼飯も食えないという地獄を味わうはめになる。
まあ俺も含め、渉も杉並も運動は割と得意なので、こうして昼休み開始の10分前に教室に戻れたわけだが。
・・・まだ教室に半分も生徒が戻ってきていないことから、あの体育教師の人格を疑う。
「小恋たちもまだか・・・。女子は3kmのはずだから、ひょっとしたら俺達より早いと思っていたけど」
「ふむ・・・花咲ならばとっくに終わっているだろうが、おそらく雪村と月島にペースを合わせているのだろう」
「それより、さっさと飯食おーぜ・・・。無駄に体力を使ったせいか、さっきから腹の虫がうるさいんだよ」
いつの間にか体操着から制服に着替え終えていた渉が、今にも死にそうな顔で食堂へと促してくる。
勿論、俺も腹はとっくに空腹なので、その意見に賛成なのだが。
「待てって。まだ着替え終えてねーだろ」
「しかし早くせんと、食券が売り切れてしまうぞ?」
「・・・って、お前もいつの間に着替えたんだよっ!」
さっきまで俺と一緒のペースだったのに、いつの間にか制服に着替えていた杉並。
それ以上ツッコむ気も萎え、俺も心持ち早めに身支度を整える。
『制服のホックは・・・別にしなくていいか。また音姉がうるさいだろうけど。・・・後は財布と、携帯を・・・ん?』
携帯をポケットに入れる段階に来て、サブディスプレイにメールのマークが点滅していることに気付いた。
『・・・美冬ちゃんから?』
「よっし!行くぞ、義之」
「あ、ああ」
それ以上二人を待たせるわけにもいかず、メールの内容は後で確認しようと、そのまま携帯をポケットに仕舞う。
――この判断を、後々激しく後悔することも知らずに・・・。
〜Yoshiyuki side end〜
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS 「自由な夢を・・・」 外伝
「美冬の恋心」
Written by 雅輝
<12> 美冬の告白(中編)
「よいしょ・・・っと」
屋上でも、一番高い場所――屋上と階段をつなぐ出入り口の上。
設けられたはしごの最後の一段を上り終えた私は、いつ見ても壮大な初音島の全貌に吐息をつきながら、携帯を取り出した。
「4時前・・・か」
通常6時間目は3時半に終わるので、もしかすると既にお兄さんは来ているのかと思ったのだけど・・・屋上にはお兄さんどころか誰一人見当たらない。
まあそれも当然だろう。2月の半ば、まだまだ冷たい風が吹く屋上に、誰が好き好んで来ようというのだろうか。
お兄さんには私のわがままに付き合わせちゃう形になるけど・・・でも、この場所じゃないと意味がないような気がしたから。
彼と初めて出会ったこの場所なら、自分の想いを全て伝えられそうな気がしたから。
「もうそろそろ来るかな・・・?」
通常誰も来ないであろうこの場所には、当然ベンチなどの設備は無い。
私は給水タンクにもたれるように座りこみ、想いを込めた紙袋を胸に抱きつつ、再度そこからの景色に目を移した。
――彼が来るその瞬間まで、この雄大な景色に勇気を貰うとしよう。
〜Yoshiyuki side〜
「ぐはぁ・・・っ」
俺は自室のベッドの上で、ため息以上に疲れの詰まった息を吐き出した。
疲労困憊。今の俺の状態を指すのに、最も適している四字熟語だ。
酷使し続けた足はパンパンだし、空腹のはずなのに胃が受け付けないほど疲弊しきっている。
いつも通り穏やかに過ぎるはずだった今日、なぜこんな状態になっているかというと――。
「・・・まあ自分でも恵まれてるとは思うけどさ」
端的に言うと、男子諸君の嫉妬や羨望である。
順を追って説明すると、まず昼休みに食堂に行ったところからか。
たまたま行く先には音姉がいた。今日は朝寝坊をして、弁当を作って来なかったのだという。
まさか音姉とかち合うとは思っていなかった俺の制服は、やはり首筋のホックが開いていて。
それを新妻よろしく甲斐甲斐しく直す音姉。結果、周りの男子――特に目の前の渉から射殺さんばかりの死線(誤字にあらず)を浴びる。
それだけならまだ良かったんだ。その上、席を探していたななかが俺の隣にやって来て。
いつも通りの激しいスキンシップ。結果、周りの空気が一気に冷める。
こめかみが引きつく”ビキキッ”や、大事な線が切れる”プッツン”なんて擬音すら聞こえてくる始末。
さらに悪ノリして、俺の定食のミートボールを箸で摘み、「あーん♪」を催促するななか。
正直、もう限界だと悟ったね、うん。だって、周りの男子全員が立ち上がったんだもん。
考える時間なんて無かった。俺は体育の時間ですら見せたことの無い本気の脚力で、一気にその戦線から離脱した。
そこから、5,6時間目すら股にかけた、壮絶な鬼ごっこが始まったわけだ。
勿論、逃げるのは俺ひとり。追ってくるのは、30を超えようかというむさい男子共。
ある意味一番安全な授業中の教室には、既に見張りがいて入ることは困難。帰ろうとしても校門にも見張りがいて不可能。
結局、一番躍起になっている渉を中心とした生徒達から、逃げ回る他なかったわけだ。
ただでさえ昼休みの前までマラソンで酷使した身体。その上で4時間以上走り回っていたのだから、今のこの状態は納得できるだろう。
『そう言えば、今何時だ?』
夕方に学園を脱出できてから今までずっと寝転がっていたので、時間感覚が酷く曖昧だった。
俺はまだ着替えてもいないズボンのポケットから携帯を取り出し、時間を確かめようと折りたたみ式のそれを開く。
すると目に飛び込んだのは、「未読メール1通」の文字。
「――あっ!!」
その時になってようやく俺は、昼間に来た美冬ちゃんのメールを思い出した。
昼休みからずっと追われていたため、後で確認するはずだったそれをすっかり忘れていたのだ。
『参ったなぁ。すぐに返信しないと』
心の中で猛省しながら、そのメールを開く。
「・・・え?」
だがそこに書かれていた内容は、返信などではとても解決できないものだった。
”Subject 突然、すみません。
大事な話がありますので、会ってくれませんか?
今日の放課後、私達が初めて出会ったあの場所で待っています。”
「放課後って・・・」
今日は全学年共通でHRがあるので、3時半には授業も終わるはず。
だが携帯に示されているデジタル表示は、無情にも「19:34」を示していた。
つまり・・・メールの約束の時間からは、もう4時間も経っている。
「――っ!くっそ!!」
俺は跳ねるようにして飛び起き、自分への悪態もそこそこにコートを羽織り部屋を飛び出る。
体中が悲鳴を上げていたが、今はそんなこと気にならないし、関係ない。
――約束の時間から4時間。普通の人ならとっくに帰っているだろう。・・・しかし。
『・・・待ってるんだろうな』
学園までの道をひたすらに走り続けながら、今も尚屋上で待っているであろう彼女の姿を思い浮かべる。
自惚れているわけではない。ただ、彼女の性格を考えると、きっと自分が来てくれるだろうと信じているに違いなかった。
「・・・くそっ!!」
情けない自分に対して再度悪態を吐くと、俺は更に脚に力を込める。
学園は、もう目の前だった。
最終話 13話へ続く
後書き
まずは報告を。
昨日、唐突に新PCを買っちゃいました。前の機は父親に5万で売って、新しいのに鞍替えってことで。
んで、昨日の夕方から今日の夕方までひたすらにネットの接続作業。初めてだったのでなかなか上手くいかず、丸1日掛っちゃいました。
まあ何とかネットも繋がり、前のPCからのデータ移転も終わったのが3時間ほど前。そこから何とか書き上げました。
さて、私事はこの辺にして・・・12話の内容を。
・・・この話で終わらせるつもりだったのに、結局1話伸びちゃいました^^;
今回は告白までの幕間って感じですね〜。義之視点が主体となりました。
若干コメディ色が強いかな?クライマックス前だというのに(笑)
次回は完全にシリアスで行きます。そのための今回の布石ですしね。
それでは、最終話でまた会いましょ〜^^