〜Yoshiyuki side〜
「はぁ・・・はぁ・・・っ」
校門を飛び越え、グラウンドを横切り、守衛の監視を潜り抜け。どうにか屋上への階段まで辿り着いた俺は、上がりきった息を必死に整えていた。
深呼吸を繰り返し、携帯を開いて時間を確認する。家を出てから、もう既に15分ほど経っていた。
そしてそのまま受信ボックスを開き、美冬ちゃんからのメールを再度確認する。
俺たちが初めて会った場所。それは、文化祭当日の屋上だったはずだ。
話した具体的な内容はイマイチ覚えていないが、夕日に映える彼女の笑顔はとても印象に残っている。
「・・・大事な話、か」
人を気遣う彼女が、わざわざメールで呼び出したほどの、大切な用事。
――「私は・・・お兄さんの事が好きだよ」――
あの日、同じく屋上で盗み聞いてしまった言葉が真なのだとしたら。
その大事な話というのはおそらく――。
「はぁ・・・ホントに最低だな、俺」
彼女の純真な想いを傷つけてしまった自分に、心の底から嘆息を漏らして。
”ギィッ”
重い音と共に、屋上に繋がるドアを開け放った。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS 「自由な夢を・・・」 外伝
「美冬の恋心」
Written by 雅輝
<13> 美冬の告白(後編)
「・・・美冬ちゃん?」
一歩、また一歩と俺は屋上に足を踏み入れる。
屋上にはほとんど光源と言っていいものはなかったが、幸いにも近隣のビルからの明かりで、まったく見えないほどではない。
しかしその光に照らされている限りでは、その空間を見渡しても誰もいなかった。
屋上は決して広い場所ではない。遮蔽物も少なく、かくれんぼを始めようものなら隠れ場所に悩むような空間だ。
だが不思議と俺には、彼女が帰ってしまったとは思えなかった。
『でもどこに・・・あっ!』
そういえば、と思い出す。ここは、正確には初めて俺たちが出会った場所ではない。
そう、あの時俺は生徒会から逃げていて、それであの場所で寝転がっていたんだ。
そして目を覚ますと、傍には彼女が立っていて――。
『・・・懐かしいな』
今思うと、随分とオーバーなリアクションを取ってしまったものだ。
それでも気にせず、たおやかに笑っていた彼女は今でも印象深い。
――俺はひょっとしたらあの時から、彼女の笑顔に惹かれていたのかもしれないな。
俺は自嘲気味な苦笑いを一つ零すと、気持ちを切り替えて駆け出す。
目指すは屋上のさらに上。この学園で一番高い場所。
〜Yoshiyuki side end〜
「―――ん!――ちゃん!!」
「ん・・・」
揺さぶられる体。馴染み深い声。
そして何より、体を包み込むような温かな感触に、私はゆっくりと閉じていた目を開いた。
「美冬ちゃん!・・・よかったぁ」
ぼやけた視界に最初に飛び込んできたのは、安堵した様子の待ち人の顔。
・・・あれ?なんで周りが真っ暗なんだろう?
まだ意識がハッキリと戻らないうちに、私の体は強い力に引き寄せられ、いつの間にかお兄さんの胸の中にいた。
「ごめん、美冬ちゃん・・・ホントに、ごめん・・・」
強く、強く抱き締められる。彼の両腕は私の背に回り、顔も私の顔のすぐ隣。
『あれ?私、今・・・』
お兄さんに、抱き締められてる?
クリアになってきた意識の中、私はようやくその結論に辿り着き、顔を真っ赤に染め上げてしまった。
「あ、あの、お兄さん?そ、そのですね、えと・・・」
「どうしたの?・・・もしかして、どこか具合でも悪い!?」
「そ、そうじゃなくて・・・あうう・・・」
私は情けない声を出して、しかし体は彼の為すがまま。
お兄さんは天然なのか、本気で分かっていないようだ。私の胸は、さっきから早鐘を鳴らし続けているというのに。
けど、その状態も数十秒も続けば、ある程度は慣れてくる。私はここに来て初めて、周りを見回す余裕が出来た。
『えっと、私はここでお兄さんを待ってて・・・あ、そっか』
放課後になっても、お兄さんは来なくて。1時間経っても、2時間経っても、来なくて。メールの返信もなくて。
正直、もう振られちゃったのかな、って思ったんだ。
次第に暗くなる屋上の中、その闇に誘われるように瞳を閉じて・・・。
――それでも、私に出来るのはお兄さんを信じて待ち続けることだけだったから。
「美冬ちゃん」
「は、はい?」
いつの間にか少し体を離して真っ直ぐに私を見つめていたお兄さんに、私もしっかりと瞳を見返しながら返事をする。
「その・・・ホントにごめん。美冬ちゃんからのメール、気づいてたんだけど、後から見ようと思って・・・結局そのまま忘れてて・・・」
「そう、だったんですか・・・」
本当に申し訳なさそうに謝るお兄さんには悪いけど、私は少なからずその言葉に安堵していた。
『良かった・・・振られたわけじゃなかったんだ』
バレンタインデーに、呼び出しのメール。
普通の人なら告白とわかるそれ。だからこそ、もう駄目だと思った。
だからこそ、どうしようもなく不安になったんだ。
「ふ・・・あ・・・」
「美冬・・・ちゃん?」
気づけば、私の双眸からは止め処なく涙が溢れていた。
ポロポロ、ポロポロと。降っては落ちゆく、粉雪のように。
「ご、ごめんなさい。こんなつもりじゃ・・・!」
必死に袖で涙を拭っても、目から零れ落ちる雫は止まってくれない。
今まで溜め込んできた想いが、一気に解き放たれたような・・・そんな錯覚に陥る。
「怖かった・・・っ。お兄さんに嫌われてるんじゃないかって、どうしようもなく不安だった・・・」
「私の一方通行な恋だって分かってたけど、どうしても抑えきれなくて・・・」
「たった一言でいいから、伝えたかった。・・・たった一つの想いを、届けたかっただけなの」
涙声のまま。私の口からは、本心とも言える想いが次から次へと紡ぎだされていた。
「私は・・・私は、お兄さんのことが―――っ」
そして核心とも言える部分をついに口に出そうとしたとき、私の体はまた先ほどと同じ様に彼に抱き寄せられた。
温かい胸の中。感じるお兄さんの体は、少し震えていた。
「ごめんな・・・。何度謝っても足りないけど、それでも、ごめん」
「お兄さん・・・」
「俺、本当に馬鹿で鈍感で。由夢に告白されるまでは、自分の気持ちに気付いてすらいなかったんだ」
「そのせいで、さんざん傷つけた君を、俺はこれ以上傷つけたくないから」
「・・・続きは、俺に言わせてくれ」
お兄さんは一旦体を離すと、夢現(ゆめうつつ)でぼんやりとしていた私の右手を取って、そして――。
「俺、美冬ちゃんのことが好きだ。こんな馬鹿な俺で良かったら・・・付き合って欲しい」
「・・・え?」
私の耳は、どうかしてしまったのだろうか?
それとも、夢?実はまだ眠りの中なのだろうか。
だって、こんな都合の良いことなんてあるわけない。
でも・・・右手に宿る温もりは本物で。
彼の真剣な眼差しも、その瞳に映るボンヤリとした私も、たぶん本物で。
「――っ!お兄さんっ!!」
だから、その言葉を素直に受け入れることが出来た瞬間。私は感極まってお兄さんに抱きついていた。
「・・・美冬ちゃん」
彼も、私の突然の行動に慌てることなく、ギュッと抱き締める腕に力を入れてくれた。
「「・・・」」
互いに、無言の時が過ぎる。
私はただ、自分と彼の心地よい心音のリズムと、蕩けそうな幸福を味わっていた。
『あ・・・』
どれくらい経っただろうか。数十秒だったかもしれないし、数十分だったのかもしれない。
やがてゆっくりと体を離した私たちは、はにかみながら見つめ合った。
「――私も」
「え?」
「私も、大好きですよ。お兄さん」
「美冬ちゃん・・・」
私の名を呼ぶ彼。でもその呼び方がちょっと気に入らなくて、私は身を乗り出す。そして――。
「んっ・・・」
「んぅっ!?」
想いが通じ合った今でも尚”ちゃん”付けするその口を、自分の唇で塞いだ。
「えへへ・・・美冬って、呼び捨てでいいですよ?もう私たち、恋人同士なんですから♪」
「・・・ははは、そうだな。じゃあ美冬も、俺のことを名前で呼んでくれよ」
「あぅ」
まさかそう反撃に来るとは思ってなかったので、思わず口を噤んでしまう。
でも彼はすぐに呼んでくれたし、私も・・・。
「え、えっと・・・」
「ん?」
「よ・・・義之、さん」
「よし。それじゃあ、”これ”もさっきのお返しということで」
「なにんんぅっ!!」
そう意地悪っぽく微笑んだ義之さんは、問い返そうとした私の唇を、私が先ほどしたように唇で塞いだ。
――。
――――。
2月にしては純白の雪が、街中を鮮やかな銀色で彩っていた。
キラキラと風に舞う銀の結晶は、まるで散りばめられた宝石のようで。そう感じるのも、たぶん彼が隣にいるから。
「綺麗だな・・・」
「ええ・・・」
私たちは肩を寄せ合いながら、そんな景色を眺めていた。
私たちが初めてあったその場所で。そして――私たちの想いが通じ合ったその場所で。
「もう、あれから3年か。早いもんだな」
「そうですね。この場所で・・・寝ている義之さんと出会ったんですよね」
そう、全てはここから始まったんだ。
最初の始まりも、二度目の始まりも。
その二度目の始まり――私たちが恋人同士という関係になったその日から、今日で丁度3年が経つ。
つまり今日は、聖・バレンタインデー。
「結局、あの日は渡しそびれたんでしたよね」
「ああ。俺が美冬を家に送っている最中になって、突然「忘れてましたっ!!」って叫んだのは、今でも笑える――もとい、良き思い出だな」
「もうっ、そんなことは早く忘れてください!」
「まあまあ、いいじゃないか。次の日に屋上で仕切り直ししたんだし」
「そうですけどぉ。でもやっぱりバレンタインデーに渡さなくちゃ意味がないじゃないですか」
「ほらほら、脹れるなって。チョコ、もう一個くれよ」
「・・・んっ」
誤魔化されてるなぁって分かりつつも、彼の頼みを絶対に断れない私は素直に自分の口に一口サイズのチョコを含む。
そして――。
「・・・ぷぁ。ごちそうさま」
「もう・・・今年で最後ですからね、こんな食べ方」
「分かってるって。ほら、もう一個」
「・・・しょうがないですね」
口では渋々を装っている私。でもまた来年もしちゃうんだろうなぁ。今までみたいに。
そんな自分に呆れつつも、でも幸せなら別にいっかと納得してしまう。
もう3年経ったというのに、未だに唇を合わせると全速力で駆けてしまう心臓。
色褪せる気配の無い――むしろ色濃くなっていくばかりの想い。
それはきっと、これからもずっと。
何故なら。
「ぷぁ・・・義之さん」
「ん?」
「大好きですよっ♪」
――私の恋心は、ずっとあなたに奪われたままなのだから。
後書き
終ーーーーーーー了ーーーーーーーーー!!!!!!(爆)
ってことでついに完結しました。「美冬の恋心」。
はい、もともとリクエスト作品として書いたこのSS。実は当初の予定では6話程度の中編でした。
でも実際はその倍以上。・・・もう中編とは呼べませんよね^^;
そして最後は、砂吐くほど甘甘な展開になってしまいました。
ナンダコレ トウニョウビョウニ ナッチャウヨ(笑)
私にもこんな作品が書けたんだなぁと、しみじみ思ったり。基本的にシリアス中心なんで。
しかも後半だけえらい長さに・・・まあ最後に、当初は予定してなかった「3年後の世界」も加筆しましたし。
なぜ3年後なのかは・・・何となくですね(適当)
さて、それでは最後にご挨拶を。
リクエストしてくださったS・Tさん。そしてグダグダとここまで続いてしまった作品に、最後までお付き合いくださいました読者の皆様に感謝を込めて。
ありがとうございました!今後とも「Memories
Base」を宜しくお願い致します^^
美冬 「感想は、こちらに送ってくださいね♪お兄さん」