〜Yume side〜



兄さんの部屋を出た私は、いつの間にか自分の部屋のベッドで仰向けになっていた。

どうやって帰ってきたのかはあまり憶えていない。でも今こうしてパジャマで寝転んでいることから、ちゃんとお風呂にも入ったらしい。

「ふぅ・・・」

軽く天上に向けて、息を吐き出す。

――ショックを受けていないといえば、嘘になる。

ただ最初からある程度の覚悟はしておいたため、塞ぎこむようなレベルではない。

とはいっても、多少期待していたのが本当のところなのだけど。

『・・・でも、いつまでもこうしてるわけにもいかないよね』

もうこのまま眠ってしまいたいほど疲れていたけど、私にはもう一つ、やり残したことがある。

それは、やらなければいけないこと。他の誰でもない、私自身が。

そうすることで、良い結果に向かうことを信じて。

『もう1時か・・・。でも、このくらいならまだ起きてるよね?』

携帯を開き時間帯を確認しつつ、慣れた動作で電話帳から番号を呼び出す。

何たって明日――いや今日は、女の子にとって大切な日なのだから。

きっと彼女も、まだ起きているに違いない。想い人に、チョコレートと気持ちを渡すために。

”トゥルルルルルルル・・・トゥルルルルルルル・・・”

耳に当てた携帯から聞こえるコール音が、やけに大きく感じる。

しかし、彼女はなかなか出ない。チョコ作りに夢中になっているのか。それとも・・・もう既に就寝したのか。

『・・・流石にこれ以上は』

『まずいかな?』と、そう思い始めた丁度その時。回線が繋がる音が聞こえ、起きていたのであろうハキハキした声が続いて聞こえてきた。

――「もしもし、由夢ちゃん?どうしたの?」

いつも通りの、柔らかな、女の子らしい声が耳朶を打つ。

「ごめんなさい、こんな時間に。ちょっと・・・話しておきたいことがあって」

――「話しておきたい・・・こと?」

一度瞳を閉じ、私は気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐き出した。

そう、これはしなくてはいけないこと。絶対に、するべきこと。

彼女の親友として。彼の妹として。そして・・・彼らを祝福する、一人の女の子として。

「うん。・・・あのね」

ある意味兄さんに告白する時以上の緊張感を以って、私は口を開いた。



〜Yume side end〜





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS  「自由な夢を・・・」 外伝

             「美冬の恋心」

                      Written by 雅輝






<11>  美冬の告白(前編)





2月14日――聖・バレンタインデーの朝は、拍子抜けするほど普通に訪れた。

昨夜はチョコを作っていたせいで結局寝たのが2時になってしまったためか、少し寝不足なことを除けばいつもとまるで変わらない朝。

ベッドから抜け出し、制服に着替えて、顔を洗って、朝食を摂る。

家を出る直前、冷蔵庫から直方体の箱を取り出す段階になって、ようやく実感が湧いてくる。

今日はバレンタインなのだと。この手作りチョコを、彼に――お兄さんに渡すのだと。

そして――。

彼女から掛かってきた電話は、やはり夢ではなかったのだと。





「おはよー、美冬ちゃん」

「うん、おはよう」

「はよっす、天枷」

「うん、今日は早いねー」

クラスメイト達と朝の挨拶を交わしつつ、自分の席へ。チョコの入った鞄は、誰にも中身が気付かれないように机のフックに下げておく。

窓際の中段の席。そして由夢ちゃんは、私の一つ前の席だ。

教室を見渡しても、まだ彼女の姿は見えない。まだ登校してきていないようだった。

その事に、私は不謹慎ながら安堵感を覚えてしまった。

――あんな電話の後では、流石に面と向かって話しづらいものがあったから。



結局由夢ちゃんが来たのは、1時間目の始業ベルギリギリだった。

先生と同時に入ってきたため、彼女が席を着いたと同時に起立させられ、会話は交わせなかった。

「・・・」

そして今は2時間目の途中。生徒達からは”子守唄”と称されている物理の授業。

既にクラスの半分近くは撃墜している模様。私もこの授業はあまり受ける気も起こらず、いつも寝てるかボンヤリとしているかだ。

目の前の由夢ちゃんは、真面目にノートを取っている・・・のかと思えば、机に突っ伏すようにして寝ていた。

いつもは絶えずシャーペンが動いているはずなのに。たぶん・・・昨晩はほとんど眠っていないのだろう。

『・・・由夢ちゃん』

何となくその背中をそれ以上見ていたくなくて、私は視線を窓の外へと移した。

周りのまだ葉も付けていない木々の中で、唯一その名の色を咲かせる桜がまず目に入る。

――初音島の桜は、由夢ちゃんみたいだと思った。

綺麗で、可憐で、鮮やかな女の子らしい色の花が咲き誇る桜。儚くも見え、その実、一年中咲き続ける強さのようなものも持っている。

昨夜だってそうだ。私だったら、好きな人に振られた後にライバルに塩を送るような真似は出来ない。

きっと一人で嘆いて、悲劇のヒロインぶって、何日か塞ぎ込んでしまうだろう。

でも彼女は違った。自分だって悲しいはずなのに、それ以上に私の、そして自分を振った相手の幸せを願っていた。

『敵わないなぁ・・・』

視線を桜のさらに奥・・・グラウンドに向けてみると、どこかのクラスがこの寒空の下、体育の授業を受けていた。

『・・・あれ?お兄さん?』

注視してみると、確かにあれは3年の体操着の色だ。雪月花さんたちらしき影も見えるので、たぶん間違いないだろう。

『・・・でも、ちょっと元気がなさそう』

だいぶ目が慣れてきたため、大まかな表情くらいは読み取れる。

彼は板橋先輩や杉並先輩と話しているようだが、時折見せる悲しそうな顔に違和感を覚えた。

それもそのはず。だって、昨日の由夢ちゃんの電話が真実だとしたら・・・。

『お兄さん・・・』

私はそんな彼の顔をボンヤリと眺めながら、その彼女との電話の内容を思い出していた。







チョコを作り終え、まだ入っていなかったお風呂から上がってくると、もう既に時計は1時を指していた。

まだ多少濡れている自身の髪の毛にタオルを押し当てながら、私は自室のドアを開ける。

”〜♪〜〜♪”

『あれ?携帯が・・・』

その時になってようやく机の上に置いてあった携帯電話から着メロが流れていることに気付き、急いで手に取った。

発信者は・・・由夢ちゃん?

『何だろう?』

こんな時間に彼女から電話が掛かってくるなんて珍しい。と思案してみたものの、とりあえず出ないことにはしょうがないので通話ボタンを押す。

「もしもし、由夢ちゃん?どうしたの?」

――「ごめんなさい、こんな時間に。ちょっと・・・話しておきたいことがあって」

「話しておきたい・・・こと?」

少し暗めな彼女の声。それだけで、その「話」というのに酷く不安を憶えた。

――「うん。・・・あのね」

そこで彼女は一旦言葉を切る。そして数秒後、意を決したかのように開いた彼女の口から出た言葉に、私は頭の中が真っ白になった。



――「今さっき、兄さんに告白して、振られちゃったの」



・・・。

・・・。

「・・・・・え?」

真っ白になった頭が再起動するのに、きっかり5秒。ようやく出た言葉は、そんな何とも間の抜けた呟きだった。

――「少しは期待してたんだけどね。ハッキリと言われちゃった。・・・妹としてしか想えない。って」

「・・・」

――「それにね、こうも言ってた。・・・他に好きな人がいるからって」

「え!?」

かなり意外だったその言葉に、私はつい大きな声で反応してしまい、電話口から由夢ちゃんの苦笑を買ってしまった。

――「そう、好きな人。私も、その人には敵わないなって思う」

「由夢ちゃんも、知ってる人なの?」

ある種の絶望感に包まれながら、縋るように訊ねる。

彼女も知っている人となれば、なかなか限られてくる。例えば・・・音姫先輩とか、クラスメイトの雪月花先輩とか。

そうだとすれば、私に勝ち目なんかない。だって先輩達は全員、私なんかより全然綺麗だから。

――「・・・うん、よく知ってるよ。だからこそ納得できたし、その人に兄さんを託したいとも思った」

「由夢ちゃん・・・」

――「・・・だからね、美冬ちゃん」

「え?」と私が問い返すと、何となく・・・何となくだけど、とても悪戯っぽい口調で由夢ちゃんはこんな言葉を放ってきた。



――「明日は、頑張ってね」



「え?由夢ちゃん、それってどういう・・・」

――「ごめん、もう寝るから。また明日・・・学校で」

「あっ、ちょ――」

”ブツッ・・・ツー・ツー”

まるで私の言葉を遮るかのように切られた電話を眺めながら、私はボンヤリと由夢ちゃんの言葉の意味を考えていた。

『お兄さんに好きな人がいて、由夢ちゃんもその人の事を認めてて。だから、私に明日は頑張ってって・・・』

”だから”?

何でそんな言葉が出てくるんだろう?

・・・そんなの、深く考えるまでもなく答えは出る。でも私はそれを簡単に信じられるほど自惚れてはいないし、実際無いだろうと決め付けていた。





『でも・・・』

意識を回想世界から再び現在に戻して、こっそりと鞄の中身を見る。

そこには、リボンで綺麗に包装された直方体の箱があった。不器用な私にしては、上手く出来たと自負できるほどの、本命チョコが。

これを今日、お兄さんに渡す。それは前々から決めていたことだ。

しかし、それに対して見返りを求めていたわけじゃない。せいぜい、ホワイトデーにお返しを貰えたら嬉しいな程度にしか。

でも、もし私に”見返り”という名の我儘が許されるとしたら。

――由夢ちゃんに押された背中を凛と伸ばして、精一杯に自分の想いをあの人に伝えよう。

『・・・よしっ!』

今日はHRがあるので、全学年とも6時間目には授業が終わるはずだ。

私は机の下で携帯を取り出し、先生に見つからないように短めの文章でこっそりとメールを送信した。



”Subject 突然、すみません。


大事な話がありますので、会ってくれませんか?

今日の放課後、私達が初めて出会ったあの場所で待っています。”



もちろん送信した相手は、私の・・・そして由夢ちゃんの、大切な人。



12話へ続く


後書き

ふい〜、何とか11話UP。

今回は何とか定時でいけましたね。いつもこれだといいのになぁ(遠い目)


さて、いよいよ大詰めになって参りました。「美冬の恋心」

前回の後書きどおり、冒頭は由夢視点。そしてタイトル後は美冬の気持ちと電話の内容。そして決意。

今回は割とノって書けたつもりなのですが・・・どうでしょ?

ご指摘ご意見など頂ければ幸いです^^


・・・よく考えれば、11月11日に11話をUPしたことになるんですね。でもそんなの関係ねぇ(笑)

次回は・・・おそらく最終話かな?気分次第では13話にエピローグを入れるかも?

それでは!



2007.11.11  雅輝