〜Yoshiyuki side〜



「ん?もうこんな時間か・・・そろそろ寝るかな」

ベッドの中で仰向けになりながら読んでいた漫画雑誌を閉じ、俺はそう呟いた。

目に入った時計の文字盤は、既に0時を回っている。

明日は普通に授業もあるし、最近はどうも夜更かしが過ぎるようで、授業中はほとんど寝ているような気がする。

この前も委員長に寝すぎだと怒られたばっかりだしな。・・・しかし何故担任ではなく委員長が激昂するのだろうか?

そんなどうでもいいことを考えながら、明日の授業の準備を済ませ、目覚ましをセットする。

それも終わり、さて電気を消そうか。という段階で、不意に聞こえてきたのは”コンコン”と軽く叩かれたノックの音。

『・・・さくらさんか?』

今この家には、俺とさくらさんしかいないはずなので、そう考えるのは当然だ。

しかし珍しい。さくらさんがこんな時間に訪ねてくるなんて。

俺は疑問に首を捻りながらも「はい」と短く返事をした。だが、そこに立っていたのはまったく予想していなかった人物だった。

「・・・こ、こんばんは。兄さん」

「・・・・・・由夢?」

一瞬驚きで言葉が出てこなかったものの、何とか彼女の名前だけは呟き、とりあえず部屋の中へと招く。

「まあ、座れよ」

「うん・・・ありがと」

互いにベッドに腰掛けるも、訪ねてきたはずの由夢は何をするでもなく、その顔を俯かせたままだった

「・・・?どうしたん――っ!」

そんな様子を怪訝に思った俺のセリフはしかし、最後まで紡がれることはなかった。

――気付いてしまったから。

彼女がどうしてこんな時間に訪ねてきたのか。どうして思いつめたその顔を俯かせているのか。

その答えは、きっと彼女の右腕に握られている紙袋にある。そしてそれはおそらく・・・バレンタインのチョコ。

由夢と・・・そして音姉からチョコを貰うのは、毎年の習慣になっていた。

しかし、今回のはそんな「今まで」のものではない。何かが違う。

もし俺の自惚れではないとしたら、彼女が家に来た理由は・・・。

「あのね、兄さん」

数分間黙考していた由夢が口を開いたので、俺も慌てて思考を閉じる。

「私・・・」

顔を上げ、見つめてくるのは可愛らしい双眸。

緊張しているのか、紙袋の紐を握っている手にギュッと力が籠もる。

「・・・」

俺はその言葉の続きを待った。

――たとえそれが、どうしても応えられない想いだったとしても。



〜Yoshiyuki side end〜





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS  「自由な夢を・・・」 外伝

             「美冬の恋心」

                      Written by 雅輝






<10>  由夢の告白(後編)





〜Yume side〜



「ふう・・・」

兄さんの部屋の前に立って、私は覚悟を決めるように長く息を吐き出す。

・・・今までもう何度、同じ様な事を繰り返しただろうか。想いを伝えると決めたのは自分自身なのに、まだ私は躊躇っている。

でも、それも今日で終わり。結果がどうであれ、確実に私と兄さんの――ううん。美冬ちゃんを含めた、私達3人の関係は変わるだろう。

「・・・うん」

短く決心の声を出し、私はその部屋のドアを控えめにノックした。



「まあ、座れよ」

「うん・・・ありがと」

先にベッドに腰掛けた兄さんに倣い、私も兄さんの隣に腰を下ろす。

一人分も無いような私と兄さんの距離は、しかし決して零ではない。

これが、兄妹としての距離。今までずっと保ってきた、私達の暗黙の了解。

私達が、「兄妹」として過ごすための最後のラインだったはずのその距離を。

――今、私から詰めようとしている。

「・・・?どうしたん――っ!」

そんな私の様子を心配したのか、兄さんが声を掛けようとするもののその台詞は途中で途切れ、静かな部屋に舞う。

・・・さすがに、鈍感な兄さんでも気付いちゃったか。

でも私はその途切れた言葉には何の反応も示さずに、数分後、ようやく重い口を開いた。

「あのね、兄さん」

俯いていた顔を思い切って上げると、真剣な表情の兄さんと目が合う。

・・・うん。今なら、ハッキリと言える気がする。

今まで胸の内に溜め込んでいた、彼への想いの全てを。

「私・・・」

胸の高鳴りを、体中に感じていた。

心音がやけに耳に響く。それは私のものかもしれないし、私と同じ様に顔を少し赤らめている兄さんのものなのかもしれない。

「私は・・・」

極限の緊張状態。今まで感じたことのないそれは、私の口から発された言葉と共に雲散した。



――「兄さんのことが・・・好き」――



〜Yume side end〜





〜Yoshiyuki side〜



「好き、なの」

「・・・」

何の飾り気もない、簡潔な言葉。

だが、だからこそ伝わるものというのは確かにある。

由夢の瞳はどこまでも真っ直ぐ俺を見つめてくれていて、その想いは俺の胸を熱くさせた。

でも・・・いや、だからこそ。

俺はその気持ちに応えてはいけないんだ。こんな中途半端な気持ちで、彼女の清い想いに応えてはいけない。

『俺が由夢を好きなら、何も問題は無いのにな・・・』

意味のない仮定。”もしそうだったとしたら”、それは両想いであり、俺達は恋人同士になっていたのだろう。

けど、現実は違う。俺は由夢のことを「可愛い妹みたいな存在」という以上には想っていなくて、そして気になっている人は別にいる。

「・・・ありがとう、由夢」

さんざん言葉に悩んだ俺の口から出たのは、そんなありきたりなものだった。

こんな俺をそこまで想ってくれて、ありがとう。でも・・・。

「でも、俺はその気持ちに応えることは出来ない。俺は由夢のことを、妹――家族以上には思えないから」

「・・・」

残酷に聞こえるであろうそんな言葉にも、由夢は気丈にもグッと眉根を歪めつつ涙は零さない。

「だから・・・」

「兄さん」

尚も続けようとした俺の言葉を、由夢の静かな声が遮った。

その表情は・・・今にも泣き出しそうな笑顔。

「もう、いいよ。私は、大丈夫だから」

「由夢・・・」

「最初から、わかってたの。兄さんが私を選ぶことはないって。妹以上には、想ってくれていないって」

「でも・・・それでも。けじめだけは着けたかったから」

「・・・」

由夢の独白に、俺は何も言葉にすることは出来ず押し黙ってしまう。

そんな俺の様子を察したのか、由夢は苦笑しながらも、いつもの悪戯っぽい口調で。

「それに、兄さんには好きな人がいるんでしょ?」

「・・・は?」

まったく予期しなかったその言葉に、思わず呆けた声が出てしまう。

「・・・その様子は、もしかしてまだ気付いてないの?」

「いや・・・その・・・」

まったく気付いていない・・・と言えば、嘘になるかもしれない。

俺自身も感じていた。最近、ある一人の女の子が気になっていることに。

明るくて、礼儀正しくて、いつも俺にはにかむような笑みを見せてくれるその女の子は――。

「美冬ちゃん・・・でしょ?」

「――っ!」

まるで心でも読んでいるのかと思うほどピタリと言い当てられたそれに、ついつい由夢の方をマジマジと見てしまう。

「もともと、美冬ちゃんは私の友達だったんだよ?分からないわけ・・・ないじゃない」

その時、俺は気付いてしまった。

行き場を失くしてしまった紙袋を握っている由夢の手が、小刻みに震えていることを。

「・・・そっか」

だから、俺もそう返すことしか出来なかった。

振った相手の親友のことが好きだなんて・・・これ以上言の葉を重ねて、由夢を傷つけたくなかったから。

「・・・それじゃあ、そろそろ帰るね。もうこんな時間だし」

「ああ・・・」

由夢もそんな雰囲気を察したのか、時計をチラリと見ると徐にベッドから立ち上がった。

そのまま部屋を出て行こうとする由夢の背中に、俺はどうしても告げたい一言を放つ。

「由夢」

「・・・?」

「俺達は、兄妹だ。今までも、そして・・・これからもずっと、な」

それは、もしかしたら酷な言葉なのかもしれない。

でも、由夢はこのことを恐れていたはずだから。

告白して、元の兄妹のような関係でいられなくなることを。

だからこそ、俺は告げる。

これからも、ずっと。俺達の絆は続いていくのだと。

「・・・バカ」

扉の閉まり際、心なしか嬉しそうな震えた呟きが聞こえてきて。

――ベッドに残された紙袋に入ったチョコレートが、俺の瞳にやけに寂しげに映った。



11話へ続く


後書き

・・・orz

遅れに遅れて、ようやくUPできました。美冬の恋心。

いやね。そろそろ自動車教習も真面目に行こうかなぁと思ってたら・・・調子に乗って予約入れすぎちゃった♪(←死)

それとモチベーションも上がらなかったですしねぇ。ネタも出てこなかったですしねぇ。

あ、なんか駄目人間だ(笑)


さて、懺悔はこの辺にして・・・物語もいよいよ佳境に入ってまいりました。

想いを告げる由夢。しかしその気持ちは届かず、無理をして笑う。

兄と、親友を祝福するために・・・。


次回は、今回書ききれなかった由夢視点を冒頭部分に持ってきます。

・・・ってゆーか、今回美冬出てねー(爆)

それでは!



2007.10.28  雅輝