「え〜、今日の連絡事項は明日の防災訓練の事だが――」
耳を通り抜けていく担任のホームルームと共に、俺はいそいそと帰る準備を始めていた。
どうせ俺は帰宅部で放課後に学校に残る予定など無いし、もうすぐで毎日見ているドラマ「黒い巨塔」が始まってしまうのだ。
ドラマは一度見逃してしまうと続きがさっぱりになってしまう場合が多いので、ホームルームのため普段より一コマだけ授業が多い水曜日はいつも冷や汗ものである。
「――以上だ。それじゃあ今日はこのくらいで終わっておこうか」
『ぃよっしゃぁ!!』
思わず心の中でガッツポーズ。
鞄を手に持ち、身体を出口の方へ向け、後は日直の号令を待つのみである。
「あっと、言い忘れた」
ギクッ!!
「今日は本の入荷があるらしいので、図書委員2名はちゃんと図書室に行くように」
『・・・ふうっ』
俺は内心、安堵のため息を吐いた。
『焦った〜〜。ビバゴンの靴にかりんとうを仕掛けたのがばれたのかと思ったぜ』
目を向けてみると、信も俺と同じく安堵の表情を浮かべている。
俺と信は天敵とも言える体育教師の城ヶ崎に、ささやかな抵抗を試みたのだが・・・たぶんばれたら殺される。
「せんせー、図書委員の松永が今日休んでるんですけど、どうするんすか?」
実際何人か殺してそうな顔だしなぁ・・・。
「ああ、そういえばそうだったな・・・。もうめんどくさいし、出席番号で松永の次の奴にしておこう」
パンチパーマとサングラスというあの風貌で睨まれたら、正直言って勝てる気がしない。
「ええっと、松永の次は・・・三上か。おい、三上!」
以前怖いもの知らずの先輩がビバゴンに喧嘩を売って、病院送りになったという伝説もあるし・・・。
”つんっつんっ”
「・・・うん?」
腕をつつくような軽い痛みに、”ビバゴンの恐怖”という名の仮想世界から現実世界へと戻ってくる。
「三上君、先生が呼んでるよ?」
つつかれた方を見てみると、音羽さんがシャーペン片手に呆れた顔をしていた。
「・・・お?」
「お?じゃない!何回呼んだと思ってるんだ」
教壇の方を見てみると、担任までもが呆れたような顔をしている。
?・・・なんかあったのか?
「えっと・・・なんですか?」
「はぁ・・・まあいい。今日は松永が休みなので、三上が代わりに図書委員の仕事を手伝ってやってくれ」
「・・・はい?」
マジっすか?
そんなの手伝ってたら、黒い巨塔が見れないじゃねーか。
しかしあまり無下に断っても、担任の教科に響くかもしれない。
さて、どうしよう?
1、黒い巨塔をどうしても見たいので、全力で断る。
2、黒い巨塔は諦め、しょうがなく手伝ってやる。
3、信を身代わりにする。
う〜む・・・個人的には3を推したいのだが・・・既に担任は俺を指名しているわけだから、ここから信へと対象を変えるのはかなり難しいだろう。
1も、成功したらしたで単位が非常に危うくなる可能性がある。
ただでさえ綱渡り的なこの状況で、これ以上単位を落とすとさすがにやばい。
『・・・しょうがない。信にでもビデオを頼むか』
「三上?」
「・・・分かりました。手伝いますよ」
俺は渋々といった感じで、一番無難な選択肢を選んだ。
はぁ・・・ついてねぇ・・・。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<6> 自然な笑顔
「・・・これはまた・・・凄いな」
終礼後、さっさと済ませてしまおうと図書室に来た俺であったが、積まれているダンボールを見るなりそのやる気は一気に萎えてしまった。
呆然と呟く俺の横では、女子の図書委員である双海が冷静に先生から貰ったリストとダンボールの中身を照らし合わせていた。
「?・・・どうかされたのですか?」
「いや、何でもない。ただ今日の自分の運勢を自己解析していただけだ」
結果、本日は大凶なり。
「はぁ・・・」
双海があまり要領を得ていないような返事をする。
つーか双海はこの本の量を見て、何とも思わないのか?
・・・いや、本屋で一度に十何冊も買う双海なら、逆に喜んでいるのかもしれん。
「ところで三上さん」
「ん?なんだ?」
「どうして三上さんがここにいらっしゃるんでしょうか?」
「・・・」
真顔でそんなふざけた質問をしてくる双海に、俺はその場で頭を抱え込みたくなった。
しかも悪ふざけをしようとかではなく、おそらく天然なので尚のこと性質が悪い。
「一応聞くが双海。今日のホームルームの時間は何をしていたんだ?」
「? その時間は本を読んでいましたが・・・」
ですよね。
双海が教室でしている事の9割は読書だろうしなぁ。
「はぁ・・・」
俺はため息を一つ吐いて、双海に何故このような状況になったのかを、担任に指名された理不尽さを噛み締めながら語った。
「そうでしたか。それはわざわざご苦労様です」
話を聞き終えた双海の第一声に、俺は苦笑しながら『双海らしいな』と思う。
そこで俺は、試しに少し卑屈っぽく答えてみた。
「悪いな。俺なんかじゃ何の役にも立たないと思うけど、双海の邪魔にだけはならないようにするから」
「えっ、そんな事はありません!」
「・・・へ?」
「あっ・・・」
予想以上の反応をした双海に、俺の口からはなんとも間抜けな疑問詞しか出てこない。
そして双海は双海で、何やら「しまった」といった風な表情をしていた。
「いや、そのですね。三上さんにもしっかりと働いてもらわなければ、という意味で・・・その・・・」
少し顔を赤らめながらあたふたと弁解する双海を見て、俺の頬は自然と緩んでいた。
「・・・ああ。手伝うからにはきっちりと仕事はやるって。何でも言ってくれよ」
「はい・・・」
まだ少し赤い顔で・・・でも表情はいつもの無表情で、彼女はこくんと頷いた。
「さてと、そろそろ始めるか。俺は何をしたらいいんだ?」
「そうですね・・・。こちらのダンボールは全て確認し終えましたので、本に貼っているラベル通りの場所に収めていってください」
「よしっ、わかった」
正直何十冊もあるハードカバーを見ているとやる気など微塵も出てこないが、かといってサボるわけにもいかないので、ここはさっさと終わらせとくに限るな。
よく見てみると、ダンボールの中身はしっかりと分類されていて、一番端の本棚から順番に置くようになっているようだ。
これだったらあちらへこちらへと一冊ごとに本棚を渡り歩く心配は無いな。
ということで黙々と作業を進めていく。
「・・・」
気が付くと、双海も隣の本棚で作業をしていた。
だが本をダンボールから一冊取っては、それを読みたそうに数秒見つめてから本棚に入れているので、あまり作業効率としては捗っていないようだ。
「・・・」
俺はそんな双海の横顔をぼんやりと眺めていた。
先ほどの、いつも無表情な彼女の慌てた表情はかなり新鮮だった。
赤らめた顔であたふたと言葉を紡ぐ姿は、不覚にも非常に可愛く見えてしまった。
しかし、すぐにまたいつもの調子を取り戻してしまった。
表情を崩せたことは嬉しかったが、なぜそこまでして感情を隠そうとするのか・・・俺にはどうしても分からなかった。
『・・・ま、いっか』
思考に気を取られ、止まりがちだった作業の手を再び動かし始める。
前にも少し考えたが、俺がそんなことを考えてもしょうがないし、双海の個人的な事情を無粋に詮索する気もない。
俺は空になったダンボールを手に取り、まだ残っているダンボールと交換するためにカウンターへと向かった。
「ふう〜・・・やっと終わったな」
「はい、お疲れ様でした」
「ああ、双海もお疲れ様」
ようやく全てのダンボールが片付いた頃には、既に図書室の窓から見える外の景色は暗くなりつつあった。
俺達は揃って図書室から廊下へと出て、双海が持っていた鍵で施錠をする。
『これ以上学校にいる理由も無いし、さっさと帰るか』
「じゃあ双海。そろそろ帰るか?」
「そうですね。それでは、ごきげんよう」
『・・・うん?』
一緒に帰ろうという意味で言ったのに、双海は分かっていない様子で下足室とは別の方向へと歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待った」
俺は慌ててその後ろ姿に声を掛けた。
「はい?」
「双海、まだ帰らないのか?」
「いえ、この図書室の鍵を職員室に届けなければいけないので・・・」
いやまあ、そりゃそうなんだろうけど・・・。
「俺も行くから、一緒に帰らないか?」
「一緒に・・・ですか?」
「あ、ああ。ほら、もう外も暗いし、女の子の一人歩きは何かと物騒だろ?」
首を傾げる双海に、俺はしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
『やべぇ・・・何を俺はこんなに焦ってるんだ?』
そんな疑問を抱きつつも何故か心は落ち着かず、言葉も上擦っているように感じる。
「いや、別に無理にってわけじゃなくてだな・・・その・・・」
「・・・いいですよ」
「俺としては・・・・・・って、え?」
正直あまり期待していなかった双海の返事に、俺は驚きの声を上げて固まってしまった。
「それでは鍵を返して来ますので、少々お待ち頂けますか?」
「あ、ああ」
俺は未だに信じられない気持ちで、職員室へと歩いていく彼女の背中に流れる美しい銀髪を、ぼんやりと眺めていた。
私達は並んで校門を出た。
だんだんと日が短くなってきた10月の空は、既に夜の帳を下ろしていた。
『三上さんに送ってもらって正解だったかも知れない』と、私は夜空から視線を外し彼の横顔をそっと見遣った。
「・・・」
彼は私と同じく、無言で夜空を見上げていた。
その横顔を見つめながらも考える。
何故私は、彼の誘いを断らなかったんだろう?と・・・。
普段の私なら、絶対に断っていたはずだ。
それが、日本人に対して私が今まで取ってきたスタンスだったから。
しかし私は彼にだけは、他の人とは違う何かを感じているのかもしれない。
「ん?どうしたんだ、双海」
しばらくそのままで考えていると、不意に彼が問いかけてきた。
どうやら私は、ずっと彼の顔を見つめていたみたい。
「い、いえ、何でもありません」
少し恥ずかしくなった私は、彼から視線を逸らして自分の足元を確かめるように俯き加減になる。
軽く火照った顔に、夜の涼風が気持ちよかった。
「そうか?ならいいけど・・・それにしても双海の髪って綺麗だよな」
突然発せられた彼の言葉に、私は内心嬉しくなって答える。
「そ、そうですか?」
「ああ。俺の髪なんてボサボサだしなぁ・・・。その髪の色も双海に合ってると思うよ」
「ふふ。ありがとうございます。この髪の色は母と同じもので、私の誇りなんです」
日本に来て、初めて髪の事を褒められて嬉しくなった私は、おそらく今とても自然な笑顔ができているだろう。
この国に来て、父以外に見せたことの無い、自然な笑顔が・・・。
「・・・」
しかし三上さんは何故か、私の顔を見て硬直していた。
「・・・どうしたのですか?」
「・・・えっ?あっ、いやっ、何でもない」
「?」
三上さんは手を横にパタパタと振ってそう答えると、そのまま心持ち赤い顔を前方へと向けた。
「・・・」
「・・・」
それから駅へ向かうまでの間、私達は互いに言葉を交わさなかったが、その時間は私にとってとても穏やかなものに感じられた。
7話へ続く
後書き
「心の仮面」は約1週間振りの更新ですね。
今回は突発的に詩音視点も入れてみましたが、いかがだったでしょう?
う〜ん、詩音の心もようやく少し動き始めたって感じですねぇ。
そして智也も、だんだんと詩音を意識するようになってきました。
これから二人の関係はどうなっていくのか・・・作者である私にも非常に楽しみです^^
ちなみにタイトルイン前に出てきた「黒い巨塔」は、もちろん話題となったあの人気ドラマから取っています。
しかし内容は医療ドラマではなく、むしろファンタジー溢れる内容となっております(笑)
そしてラスボスはもちろん黒い巨塔の最上階に・・・って、こんな脳内妄想はどうでもいいですよね(汗)
それでは、次の後書きで会いましょ〜^^