「ふぁあふ・・・」

徐々に肌寒くなってきた、10月に入ったばかりの朝。

学校に登校してきた俺は、鞄を机の横に引っ掛けながら、眠気がまだ残った目をこすり欠伸を噛み殺す。

昨日は深夜番組を見ていたので、寝るのがだいぶ遅くなってしまった。

『くそっ、何で見逃したドラマの再放送を夜中にやるんだよ』

などと心の中で愚痴っても、眠気が取れるわけではない。

せめてホームルームが始まるまでの5分間は安らかに眠りたい。

その欲求に素直に従った俺は早速鞄の中からスポーツタオルを取り出し、それを枕に寝る準備を整えていた。

「おっ、智也!これまたビッグニュースがあるんだが勿論聞くよな?そうか聞きたいか。だったらしょうがないから教えてやろう!」

と、そんな俺にやたらハイテンションで話しかけてくる――もとい、一方的に捲し立ててくる男が一人。

・・・そう、言うまでもなく稲穂信だ。

「信。勝手に喋るのは構わんが、俺の安眠を妨害するのは勘弁してくれ・・・」

寝不足のはっきりしない頭で、どうにかそこまで伝える。

「おいおい、何だよテンション低いなぁ。折角俺がとっておきの情報を掴んだというのに」

しかし目の前の安眠妨害者は、攻撃の手を緩めなかった。

これ以上は何を言っても無駄だと思った俺は、非常に不本意ながらも身体を起こし信の情報とやらを聞いてやることにする。

「で、何だよ。くだらない情報だったら容赦なく寝るぞ?」

どんな脅し方だ、とかそういうツッコミは無しで。

「そうかそうか、やっぱり気になるかぁ。しょうがない。お前は親友だから特別に教えてやろう」

声高らかにそう勿体つける信。

・・・っていうか親友とか言うなよ。鳥肌が立つだろうが。

「聞いて驚け!何と、このクラスに転入生が来ることになった!」

「・・・」

これとまったく同じ台詞を聞いた覚えがあるのは俺の気のせいか?

いや確かに一ヶ月で・・・しかも同じクラスに二人の転入生が来ることは驚くべきところなんだろうけど。

「・・・で?もしかしてまたその子が可愛いとか言うんじゃないだろうな?」

「えっ、何でお前がその情報を知ってるんだよ?」

適当に言ったのに本当にそうなのかよ。

・・・まあこの前の双海の時も信の情報は確かだったんだし、今回もそれなりに期待できるかもな。

実際双海は美人だったし。

『って何考えてんだか・・・』

自分のその考えに少し気恥ずかしくなった俺は、窓の外の色づき始めた木々に視線を向ける。

「それでだな。今回の情報源は俺の母さんの知り合いの―――」

未だ脇で喚き続ける信の言葉を聞き流しつつ、薄い雲を散りばめた空を見ながら、俺は再度欠伸を噛み殺した。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝





<5>  二人目の転入生




「・・・」

クラス中の男子の殺気を身に感じているのが分かる。

もう信に至っては、眼力で人を殺せそうな勢いで俺の事を睨んできている。

『・・・理不尽だ』

心底そう思う。

少なくとも、こんな状態になったのは俺のせいでは無いというのに・・・。

で、その”こんな状態”というのが・・・。

「ねえねえ、音羽さんってどこから来たの?」

「う〜ん、ここからそんなに離れてはないよ。電車で何回が乗り継ぎしたら行ける所だから」

「へぇ〜、そうなんだ。じゃあさ――」

俺の左隣には、今日付けで転入してきた少女――音羽かおるさんが、多数の女子に囲まれながら質問攻めにあっている。

「・・・」

そして右隣には、双海が我関せずといった様子で文庫本に目を落としている。

そう、俺は今、双海と音羽さんに挟まれるような席になったため、男子全員から羨望と嫉妬の眼差しを一身に受けていた。

「はぁ・・・」

俺はそれらの刺すような視線に居た堪れなくなり、頭を抱えて先程のホームルームを思い出していた。






信の情報どおり、確かに音羽さんは可愛かった。

ショートカットの髪に快活そうな瞳、そして人懐っこく魅力的な彼女の笑顔に、クラス中の男子が釘付けになったと言っても過言ではないだろう。

しかし、問題は彼女の席を決める時に起こった。



「え〜・・・では、音羽の席は・・・・・・」

担任の先生のその言葉を待っていたかのように、男子の目が光った・・・気がした。

「先生、俺!俺の隣にしてください!!」

「いや、俺だ!先生、お願いします!!」

「何を言ってるんだ!僕こそ彼女にふさわしい!」

「お前こそ寝ぼけたことを言ってるんじゃない!!ここはやっぱり俺だろぉ!!」

「先生!!哀れな子羊に愛の手を!!」

その瞬間ほとんどの男子の手が上がり、大声で自己主張して、暴動一歩手前って感じだった。

・・・ちなみに最後の台詞は信だったりする。

その光景に、さすがの音羽さんも少し引き気味になっていた。

『みんな元気だねぇ・・・』

俺はそんな様子を、眠気と戦いつつ眺めていた。

確かに彼女が隣に来てくれるのは悪い気はしないが、そうなったやつはクラス中の嫉妬を一身に受けるだろう。

俺はどうしても彼女の隣になりたいというわけでも無かったので、静かに成り行きを見守っていた。

・・・今思えば、それがいけなかったのかも知れない。

男子の勢いにたじろいでいた担任と、騒がないことで逆に浮いた存在となった俺の目がばっちりと合ってしまった。

そして、俺の左隣には机一個分の空白が空いている。

・・・嫌な予感がした。

「よしっ、三上の隣が空いているから、そこを音羽の席にしよう。それじゃあ三上、後は宜しく頼んだぞ!」

「えぇ〜〜〜!」とか「そんなぁ〜〜〜!」などといった男子の不満から逃げるように、担任はそう告げるとさっさと教室を出て行ってしまった。

残ったのは男子の敵意に満ちた目と、音羽さんの渇いた苦笑いだけだった。






『うむ、俺は悪くないはずだ』

回想を終了した俺は、そう結論付けてがばっと起き上がった。

確かにこの席が羨ましい気持ちは分からんでもないが、かと言って勝手に嫉妬されても困る。

「三上君、クラス中の男の子にすっごい目で見られてるねぇ?」

左隣から音羽さんの声が聞こえてきたので、「ん?」と顔を向ける。

音羽さんとは彼女が隣に来てすぐに自己紹介をしたので、すでに俺の名前は告げていた。

彼女はその外見通り、気さくで親しみやすい性格のようだ。

「ああ、まったく・・・俺のせいじゃないのにな」

こうして彼女と喋っている間も、前の方からはザクザクと刺さる視線が投げられている。

・・・もうホントに勘弁してください。

「まあまあ、そう不貞腐れないで・・・。あっ、そうだ。一つお願いがあるんだけど」

「ん?何?」

「私、自分の教科書がまだ届いてないんだ。だから、今日の授業は見せてくれない?」

「ああ、それぐらいなら別に構わないよ」

「ありがとう☆」

彼女はそう言うと、人を寄せ付けるような笑顔を見せる。

その笑顔がとても自然で、つられて俺も笑顔で返答した。

「いえいえ、どーいたしまして」





”キーンコーンカーンコーン”

「ん、んぅ〜〜〜〜」

今のチャイムで、ようやく本日の授業は終わりを告げた。

俺は席を立ち、両手を上に挙げながら眠気を風に乗せて飛ばす儀式を行なっていた。

・・・まあようするにただの伸びだ。

「・・・何やってるの?三上君」

俺の奇特な行動を見かねたのか、音羽さんが極々当たり前の質問をしてくる。

「ん?これはだな。眠気を風に乗せて遠くへと飛ばす儀式なのだ」

俺は胸を張ってそう答えた。

「誰がどう見ても怪しいんだけど?」

音羽さんの容赦ないツッコミに、内心同意してしまう自分が悲しい。

どうやら音羽さんは、どっちかというとツッコミ属性のようだ。

「音羽さん。智ちゃんの奇怪な行動は今に始まった事じゃないから、あまり気にしないほうがいいよ」

どこから湧いて出たのか、唯笑が俺の机の前に立ってさらっと酷いことを言う。

くそっ、にんねこ娘のくせに・・・。

「えっと・・・?」

「あっ、ごめん。自己紹介がまだだったね。えっと・・・智ちゃんの幼馴染をやってます今坂唯笑です。よろしくね、音羽さん」

「あっ、うん。こっちこそよろしく、今坂さん」

軽く自己紹介をし終わった二人は、くるっと何故か俺のほうを向き直る。

「で・・・三上君はやっぱり普段からこんな感じなの?」

「うん。もっと酷い時もあるよ」

「へぇ〜、やっぱりそうなんだぁ・・・」

「おいおい。どういう意味だよそれは?っていうか音羽さん、やっぱりって何だよ?」

さっきからズバズバと毒を吐き続ける二人に、ささやかな抵抗をしてみる。

「えっ?あ、あははははは」

「どういう意味って、そのまんまの意味だよ。ね?双海さん♪」

俺の抗議に音羽さんは渇いた笑いで誤魔化そうとするが、唯笑は悪びれもなく俺の右隣の双海にふる。

くっ、唯笑のやつ、まだ通学中にからかったことを根に持っているのか?

「えっ!・・・いえ、何でしょう?」

相も変わらず本を読んでいた双海は、驚いたような声を上げた後、すぐさまいつも通りの調子を取り戻した。

「智ちゃんって変だよね?」

俺の事をクイックイッと指しながら、何気に失礼なことを訊ねている。

「・・・」

双海は数秒間、俺の事をじ〜っと見つめて・・・

「はい。変ですね」

真顔で答えた。

「ぐはぁっ!!」

音羽さんや唯笑はともかく、双海にまで変人扱いされるとは・・・。

思わず頭を抱えて、絶望に打ちひしがれる俺。

「ほらぁっ、やっぱり双海さんもそう思ってるんだぁ!」

唯笑の勝ち誇った顔が、やけにむかつく。

俺は救いを求めるような目で、再度双海のほうを見てみた。

『・・・えっ?』

俺が目を向けたとき、双海は確かに笑って――いや、微笑んでいた。

いつも無表情な彼女の顔が、破顔・・・とまではいかないまでも、凄く柔らかな表情になっていたのだ。

「あっ、双海さん・・・だよね?私は音羽かおる。同じ転入生同士、頑張ろうね♪」

「あっ、はい。双海詩音です。宜しくお願いします」

しかし音羽さんの対応をする彼女には、既に先程の微笑みは消えており、いつものように無表情となっていた。

「・・・・・・」

気のせいと言うにはあまりにも鮮烈な彼女の微笑みをもう一度見たくて、俺はしばらくの間音羽さんの話を聞いている彼女の横顔をぼ〜っと眺めていた。



6話へ続く


後書き

今回はかおるの転入の話でした〜。

もっとかおると詩音を絡ませようと思っていたのですが、なかなか思い通りにはいかないものですね。

最後の一部分しかなかった・・・(汗)

っていうか、詩音の出番少なっ!!(笑)

まあ今回は音羽さんがメインですので、仕方ないかなぁ・・・。

次回はもっと詩音を全面的に出していきたいですね^^



ところで、今日でちょうどこのサイトを開設して半年が経過しました。

言うなれば半周年ということになるんでしょうか。

いやぁ、なんか早かったような短かったような(←意味一緒やんけっ!)って感じですね。

これからも、1周年、2周年と続けていけたらいいなぁと思っています^^



2006.4.5  雅輝