”ガヤガヤ・・・”
「・・・ん?」
何となく周りが騒がしくなった気がして、俺はまだ上半身を机に預けたまま寝ぼけ眼で時計を見る。
「・・・おお?」
時計は既に3時半を回っていた。
つまり本日の授業はすでに終了しているわけで・・・。
周りが騒がしく感じたのは放課後だからということ気づく。
「んっ・・・はぁ」
眠っていた身体を起こし、伸びをする。
長時間固い机の上に突っ伏していたため、なんだか身体の節々が痛かった。
『・・・今度枕でも持って来ようかな』
一瞬本気でそう考えるが、おそらく即行で教師に没収されるだろうから却下する。
というかそんな事を考える時点でかなりの駄目学生だと自分でも思うが・・・。
「さて、帰るか」
誰にともなくそう呟き、席を立つ。
その時、ふいに目に止まった隣の席には誰もいなかった。
そして、微かに残っている柑橘系の香り。
『・・・彩花・・・』
隣の席、長い髪、そして柑橘系の香り。
まるでリンクしているように、彼女を見ているとどことなく彩花を思い出す。
『・・・そういやあの本、今日発売日だっけ』
彩花がまだ隣の席にいた中学2年の頃に彼女に勧められて以来、今までずっと読んできた少女マンガ。
その新刊が今日発売される予定なのだ。
「・・・帰りに商店街の本屋にでも寄っていくか」
俺はほとんど入っていない鞄を持ち、何となく鬱な気分で学校を出た。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<4> 本とマンガ
「はぁ・・・相変わらずここは広いな」
俺が今来ているのは、駅前の商店街の中にあるこの辺では一番規模が大きい書店だ。
書店というよりはメディアセンターみたいな感じで、一階は本、二階はビデオ・DVD、三階はゲーム売り場となっている。
最近OPENした店で、品揃えがいい上、ゲームなどはかなり安くなっているため、大抵の学生はここで買っているだろう。
『え〜っと・・・マンガ売り場はどこだったっけ?』
一階の本売り場だけでも相当広いので、マンガのコーナーもすぐには目に付かない。
まあとは言っても、マンガの最新刊などは平積みされているので分かりやすい。
『どこだったっけ?』と思案した5秒後にはしっかりと見つかったのだが・・・。
問題は、目の前の少女マンガコーナーにいる女子高生5人組だ。
さすがにあそこに特攻するほど、俺はチャレンジスピリットに富んでいない。
っていうか少女マンガを手に取った瞬間、彼女達に奇異な目で見られるのはある種拷問に近い。
などと俺がくだらない事を考えている間に、彼女達は階段を上って二階へ行ったようだ。
周りにはほとんど客はいない。
『今だ!!』
目をキュピーンと輝かせ、俺は平積みされているそのマンガへと手を伸ばした。
しかし――
「三上さん」
”ビタッ!!”
突然背後から聞こえてきたその声に、俺の身体はマンガに手を伸ばしたままの情けない状態で、金縛りにあったように硬直してしまった。
――っていうか俺、今「三上さん」と呼ばれたよな?
――って事は俺の事を知っているという事で・・・。
――俺は塾などには通っていないから、ほぼ間違いなく同級生だよな?
――それで明日には、学校中に俺が少女マンガを買っているという噂が広がって・・・。
――からかわれることに苦痛を覚えた俺は、追われるように学校を中退。
――そしてろくな職にも就けず、貧しさに耐え切れなくなった俺は、救いを求めるように彩花のいる処へと・・・。
――→Memories Off 裏Bad End・・・
『ってちょっと待て!!』
身体がフリーズしている間に、俺の想像(妄想)力豊かな脳は極論に達してしまっていた。
・・・っていうか最後の考えは何なんだ?
「あの・・・」
聞き覚えのあるその声にようやく金縛りが解けた俺は、伸ばしていた手をさり気無くポケットに突っ込んで後ろを振り向いた。
「あれ?双海じゃないか。ぐ、偶然だな」
「・・・?」
俺の明らかに挙動不審な様子に、彼女は無表情のまま首を傾げる。
・・・そういえば双海から声を掛けてくれたのは初めてだな。
このまま別れるのもなんかもったいないし、ちょっと話でもふってみるか。
「双海はどうしてここに?」
「はい。知人に大きな書店があると聞いたので、少し覗いてみようかと・・・」
そう言う双海の手に、スーパーなどによく置いてあるカゴがぶら下がっていた。
いや、それだけなら何の問題も無いのだが・・・そのカゴに入っている本の量が、尋常じゃないと思うのは俺だけか?
「・・・もしかして、そのカゴに入っている本は・・・」
「? 今から購入する本ですが・・・」
・・・確実に万は行くな。
双海って、もしかして金持ち?
・・・いや、無粋な考えはやめよう。
「三上さんも、本を買いに来られたのですか?」
「いや、俺はそこの・・・」
少女マンガコーナーを指差してから、はっと言葉を止める。
そしてそのまま腕だけを動かして、隣の少年マンガのコーナーへと指先を移した。
「・・・”少年”マンガを買いに来たんだよ」
「・・・そうですか」
気づかれてないよな?
しかし双海の表情からは、何を考えているのか上手く読み取れない。
・・・まあ、双海ならバレても噂を広めるなどはしないと思うが。
仮にこれが信だったとすると・・・想像するだけで冷や汗が出てくる。
「でも、双海はそんなに大量の本を買って一体どうするつもりなんだ?」
「・・・? 読むつもりですけど?」
そりゃそうだ。
いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな。
「読むって・・・一体読み終わるのにどれだけ時間が掛かるんだ?」
ざっと見ても、ハードカバーの本だけで10冊はあると思われる。
それ以外にも掌サイズの文庫本が5,6冊・・・。
俺だったら・・・まあ20年あれば読めるかなってところだ。
「まあ3日あれば大丈夫でしょう」
「・・・そうか」
あえて何も言わなかった。
「それでは、私はこれで失礼します」
「ん?ああ。引き止めて悪かった」
「いえ。それでは、ごきげんよう」
「おう、ごきげんよう」
その後も少し雑談を交わして(まあほとんど俺が一方的に喋っていた気もするのだが・・・)、双海は20冊近い本が入った袋を手に店を後にした。
その後ろ姿をぼんやりと見送ってから、学校を出た時の鬱な気分が少し和らいでいる自分に気づいた。
『しかし、相変わらず無表情のままだったな』
先程会話していた時も、時々表情は崩れるのだがだいたいは無表情のままだった。
いや、無表情というよりも、無理やり感情を押さえつけた表情(かお)・・・。
『・・・あっ、そういえば俺、まだあの本買ってねーよ』
唐突に思い出し、再び少女マンガコーナーへと向かうと、そこには先程とは違う女子高生達が陣取っていた。
『ゲッ・・・』
――結局周りに人がいなくなるまで粘った俺が書店を出たのは、それから1時間後のことだった。
5話へ続く
後書き
4話、UPっす。
前回はゲームネタだったんで、今回はオリジナルで・・・。
な〜んか全体的にギャグっぽくなってしまいました。
たまにはこういった作品も無性に書きたくなるんですよねぇ。
まあ私的にはかなり楽しめて書けたので、これはこれでOKかな?と。
一方、少しずつ詩音の態度は軟化してきているようですが、やはりまだ無表情は崩しません。
まだまだ智也君には頑張ってもらいませんと(笑)
次回は・・・かおるの転入かな?
それではまた〜^^