「双海、良かったら日本史の教科書見せてくれないか?」

日本史の教科書をうっかり家に忘れてきてしまった俺は、隣で本を読んでいる双海に声を掛けた。

ちなみに次の授業がその日本史で、今は授業の間に設けられている5分休みだ。

「別に構いませんが・・・どうぞ」

双海は一瞬訝しげな表情を見せたものの、すぐにまたいつもの無表情に戻り教科書を差し出す。

「えっ?どうぞって・・・双海は見ないのか?」

「ええ、私は本を読みますから」

そう言って彼女はまた手にしている文庫本に目を落とす。

そこにはもう、俺がそれ以上話す余地など無いように・・・。

『はぁ・・・』

俺は内心ため息を吐きながら、借りた教科書をぺらぺらと捲った。



彼女が転入してきて、今日で2週間が過ぎる。

その間も彼女の態度は変わらず、ほとんどクラスの誰とも話さない。

隣の席である俺でさえ、今のような会話を除いてはほとんど話すことはなかった。

まあ女子をさん付けするのはあまり慣れていない俺は、いつの間にか双海と呼ぶようになっていたが・・・。

しかし、まったく愛想が無いというわけではない。

今のように話しかければ必要最低限の受け答えはするし、口調も同級生に対しては堅すぎる気もするが、乱暴な言葉遣いよりは遥かにましだろう。

あえて表現するならば、”距離を置かれている”だとか”壁がある”といった感じだろうか。

とにかく彼女は誰とも親しくすることはなく、むしろわざとそうある事を望んでいるようにも見える。

『まあ俺がそんな事を考えてもしょうがないんだけどな・・・』

などと思いつつも、何故か彼女のことが気になってしまう。

何かを頑なに拒んでいるような彼女のことが・・・。

俺はそんな気持ちを誤魔化すように、だいぶ暑さも和らいできた秋の空を窓越しに見上げた。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝





<3>  彼の名前




「・・・」

秋の涼しげな風に身を任せながら、私は校庭の一角にあるベンチで昼食を取っていた。

聞こえるのは校舎からわずかに漏れる学生達の喧騒と、小鳥の囀りくらい。

ここは、静かな場所を好む私にとってお気に入りの場所で、転入以来一人でお弁当を食べている場所でもあった。

「・・・」

膝の上には、最近気に入っている作家の時代小説。

そして横には、魔法瓶に入っている自分で淹れた紅茶。

本に集中し過ぎて時々お弁当を食べるのを忘れてしまうこともあるけど、それでもゆっくりと本を読めるこの時間が、私は大好きだった。

「あれ?双海、ここでいつも食べてたんだ?」

その声にふと気づき、私は本から顔を上げて声の方向を見る。

そこには手にパンをぶら下げた男子生徒の姿が・・・。

『・・・誰でしたっけ?』

彼が私の隣の席で、時々話しかけてくる人だということは分かったけど、名前が思い出せない。

・・・別に思い出せなくても関係ないか。

でも一応挨拶くらいはしておこう。

「こんにちは」

「こんにちは。えっと、俺もそこで食べたいんだけど、一緒していいかな?」

彼は遠慮がちに私が今座っているベンチを指差す。

正直一緒に食べるのは憚られたが、断るのはあまりにも彼が可哀想だ。

――私が出て行けばいい。

「どうぞ」

「ありがとう・・・。あれ?双海はもう食べ終わったのか?」

彼が疑問の声を上げる。

・・・まあまだお弁当の中身が残っている状態で片付け始めたら、誰だって疑問に思うだろう。

別に彼個人に対する嫌悪感は無いけど、彼と肩を並べてご飯を食べる気にもなれない。

――日本人なんて、みんな同じだから・・・。

「いえ・・・。それでは、ごきげんよう」

私は唖然とする彼を残して、お弁当の包みと愛用の本を片手に教室へと戻った。



「あっ、双海」

教室で残り少ない昼休みの最中、本を読んでいた私は再び先程と同じ声で顔を上げた。

――今度は何だろう?

「何ですか?」

「これ、双海のだろう?ベンチに忘れてたからさ」

と言って、彼は魔法瓶を私の机の上に置く。

『あ・・・』

私は急いで自分の鞄の中を確認する。

そこにはやはり魔法瓶は無く、机の上に置かれたものは紛れも無く私のものだった。

「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」

その魔法瓶は母の形見で、私の宝物の一つ。

心から安堵した私は、上手く心の仮面を被れていなかったと思う。

「いや、それは別にいいんだけど・・・。それ、そんなに大切なものなの?」

「ええ、これは亡くなった母の形見で・・・私の宝物なんです」

心の仮面を被りきれていない私は、普段なら言わないようなこともスラスラと言ってしまう。

「そうか、気づけて良かったよ。それにしても美味しそうな紅茶だな」

その言葉に少し違和感を覚えた私は、自然と口調も堅くなって目の前の彼に問う。

「・・・もしかしてお飲みになられたのですか?」

「えっ、いや。飲んでないよ。確かに美味しそうとは言ったけど、美味しいとは言ってないだろ?」

その顔には特に慌てた様子もなく、おそらく彼が言っていることは本当なのだろう。

「・・・そうですか」

「おう。さすがに人のを勝手に飲むほど、落ちぶれちゃいないぜ?」

そう言う彼の笑顔がとても自然で、

「・・・」

「ん?どうしたんだ?」

「お名前は?」

「・・・え?」

「お名前を、教えてください」

彼に対して何となく好感が持てた私は、いつの間にか彼の名前を尋ねていた。

「あ、ああ。三上・・・智也だ」

「三上さんですね?この度はどうもありがとうございました」

「どういたしまして。もう忘れるなよ?それじゃ、おやすみ」

「おやすみ、ですか?」

「ああ。次の授業は化学だからな。聞くだけ無駄だ」

その言葉と共に「ふぁぁ〜あ」という大きい欠伸を残して、彼は自分の席(といっても私の隣なのだが・・・)に着いてすぐに突っ伏した。

――『おかしな人』

多少失礼かもしれないが、それが私が彼に抱いた第一印象だった。




4話へ続く


後書き

少し短いですが、3話終了です〜。

やっぱり詩音視点は難しいですわ^^;

詩音の微妙な心境の変化を上手く表現できていると良いのですが・・・。

ゲームなら今回のシーンで”蜘蛛事件”が起こるはずなんですけど、もう1話で使ってしまったんでカットしました。

同じネタは何回も使いたくないんですよねぇ。

でもその所為か作品に皺寄せがいってしまい、作者的には微妙な仕上がりだったり・・・。

・・・ま、まああまり気にしないで、次の4話を書き始めることにします〜(汗)


2006.3.28  雅輝