「ふう・・・」

とうとう、この日が来てしまった。

今日は、9月1日。

2回目の日本で、初めて学校に通う日。

「・・・」

目の前の鏡に映る自分の姿を、もう一度確認する。

そこには今日から通うことになる澄空高校の制服に身を包んだ私――双海詩音の姿があった。

身なりを確認した私は気持ちを入れ替え、心に仮面を着ける。

誰も寄せ付けない、無表情な、無感情な、無愛想な私を作るために・・・。

「いってきます・・・母さん」

誰もいない家の中に、いるはずもない名前を呼んで・・・。

私は静かに、玄関のドアを閉めた。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝





<2>  手厳しい再会




「ふぁあ〜〜っ」

がたごと揺れる電車の吊り革に掴まり、俺は車窓を見ながら特大の欠伸を噛み殺した。

昨晩はほとんど徹夜だったからなぁ・・・いい加減、最終日まで宿題をやらない自分をどうにかしたい。

まあそれでどうにかできれば苦労はしないのだが・・・。

結局、全ての宿題が終わったのは明け方の5時頃で・・・3時間ほどしか睡眠は取れていない計算となる。

夏休みには1日12時間は寝ていた俺にとって、その程度の睡眠時間では足りるわけもなく・・・。

おそらく、唯笑が起こしてくれなかったら昼まで・・・いや、下手すると夕方まで寝ていたかもしれない。

天然幼馴染も、たまには役に立つようだ。

「ちょっと〜、聞いてるの?智ちゃん」

俺の結構失礼な考えを察知したのか、隣で同じく吊り革に掴まっている唯笑が、「む〜っ」とした顔で抗議してくる。

「ああ、しっかりと聞いてたぞ」

・・・何をだ?

「じゃあ、今唯笑が何の話をしてたか言ってみてよぉ」

「あれだろ?お前に借りたノートの事だろ?」

そう言って、鞄からノート(計4冊)を出す。

「あっ、ちゃんと聞いてたんだ。もう、来年からはちゃんと自分でやってよ?」

・・・どうやら適当に言ってみたらビンゴだったらしい。

何でも言ってみるものだな。

「何言ってんだよ。お前だって毎年ギリギリのくせして」

「むぅ・・・でも人のノートを写す智ちゃんよりはましだもん!」

「まあどっちもどっちだと思うけどな」

「むむむぅ〜・・・」

唯笑の頬がますます膨らんでいく。

これ以上やると本格的に拗ねてしまうかもしれないので、そろそろ切り返しておくか。

「でも、毎年助かってるぞ。サンキューな」

頭を2,3回ポンポンと叩いてやる。

それだけで唯笑は「え、えへへ〜。まあそれほどでもあるかなぁ」と照れくさそうに笑う。

・・・ほんと、お手軽なやつ。

そんなやりとりをしている内に電車は澄空駅に着き、俺達の周りにいる同じ制服姿の奴らと一緒にホームへと降り立つ。

そして唯笑ととりとめのない事を話しながら――まあ半分以上はからかって遊んでいるだけなのだが――、通い慣れた通学路を歩いていく。

それが俺の――高校入学時から変わることのない、日常だった。





「智也!智也!」

「ん?なんだよ、朝っぱらから・・・」

学校に到着し、鞄を自分の机の上に置いた丁度その時、信が子犬のように駆け寄ってきた。

・・・子犬に失礼か。

「凄い情報を手に入れたんだよ!聞きたいだろ?」

「別に・・・」

「そうか、聞きたいか。なら特別に教えてやろう」

信は俺の言葉を聞いていないような素振りで話を続ける。

まあ、こういう奴だよな・・・。

「聞いて驚け!何と、このクラスに転入生が来ることになった!」

「へぇ、転入生ねぇ」

なにやら興奮している様子の信の言葉に、俺は適当に相槌を打つ。

転入生なんてそれほど珍しいものでもないだろうに・・・。

「しかもただの転入生じゃあない。とびっきりの美少女だという情報がある」

「・・・」

なるほど、だからこいつはこれほどまでに興奮しているのか。

よく周りを見てみると、クラスの他の男子も様子がおかしい。

そわそわしているというか・・・おそらく皆、信の情報を聞いたんだろうな・・・。

確かに転入生が美人なら俺としても嬉しいのだが、こいつの情報はあまり当てにならんからなぁ。

「やけに自信満々じゃないか?で、その情報源はどこなんだよ?」

「いや、何でも俺の母さんが友達の知り合いの隣に住んでいるPTA会長に聞いたんだとさ」

・・・つまり、信憑性はかなり薄いということか。

「ほら、お前ら席に着け〜!」

「おっと、じゃあまた後でな」

担任の先生が教室に入ってきて、一旦この話は打ち止めとなる。

・・・ま、一応期待しといてやるか。



淡々とホームルームが続いていく。

しかし転入生の話はおろか、姿さえ見えない。

『おい、信。どうゆうことだよ?』

『あれ、おかしいなぁ。こんなはずはないんだが・・・』

俺と信の席はそれほど離れているわけでもないので、こうして口パクやジェスチャーだけでも十分に会話ができる。

・・・しかし転入生の件は、所詮は信の戯言だったか。

「さて、最後に諸君にビッグニュースがあるぞ」

そんな事を思っていた俺は、担任の何やら意味深な言葉に顔を教壇へと向ける。

担任は何故か悪戯っぽい目を俺たちに一度向けてから、廊下に出て再度入ってくる。

そしてその後ろには、俺達と同じ様に澄空の制服を着た少女の姿が・・・。

しかし俯いているその顔は、長い銀髪に隠されてほとんど見えない。

ん?・・・・・・銀髪?

『あの銀髪・・・どこかで見た覚えが・・・』

ここ数日、宿題に頭を使いすぎたため、俺の記憶は曖昧だった。

「今日からこのクラスに新しく入る、転入生だ」

担任のその声に俺の思考は一旦途切れ、再度教壇を見やる。

「おおぉ!!」

顔を上げた転入生に、クラスの野郎共の興奮した歓声が教室にこだまする。

さっきからちくちく感じる、信の「どうだ、言った通りだっただろう!」という視線はだるいので無視するとして・・・。

転入生のその顔は、やはり見覚えのあるものだった。

夏休み・・・宿題・・・・・・図書館?

「あっ!!!」

一気に記憶が蘇った俺は、気づけば驚きの声を上げていた。

予想以上にその声はでかかったようで、クラスの皆の視線が突き刺さる。

「どうしたんだ、三上?」

「いえ、ははは・・・何でもありません」

「おいおい、いくら転入生が可愛かったからって、あまり興奮するんじゃないぞぉ?」

渇いた笑いで何とか誤魔化そうとした俺に、担任の容赦ないツッコミが入り、どっと教室が沸く。

中でも信の人を馬鹿にしたような笑い方が、一番癇に障る。

くそ、信のやつ・・・後で覚えとけよ。



「さて、双海。折角だから自己紹介をしてくれ」

黒板に”双海詩音”と書き終えた担任が、所在なさげに立っている彼女に促す。

教室がシンと静まる。

「こういうときの団結力を授業でも活かして欲しいものだ」という先生の呟きが聞こえ、そのすぐ後に清涼感のある静かな声が教室に響く。

「双海 詩音です。宜しくお願いします」

その声に、再び野郎共の歓声が上がるが、その続きを期待してかすぐに収まる。

しかしそんな静寂の中、彼女はなかなか口を開こうとしない。

・・・もしかして、それだけなのか?

「えっと、双海。もうちょっと何かないのか?趣味とか得意なものとか・・・」

担任も同じ事を思ったのか、彼女に問いかけるが・・・。

「ありません」

再び口を開いた双海さんに、ばっさりと切られる。

「あ、あ〜、そ、そういうわけで、みんな仲良くしてやってくれ」

その答えに苦笑した担任が、強引にまとめる。

もっとも俺達生徒も、双海さんの答えに唖然としているわけだが・・・。

「じゃあ、席は・・・三上の隣が空いているからそこにしよう。三上、後は頼んだぞ」

早口にそう言うと、担任は逃げるように教室を出ていった。

そうかそうか、双海さんの席は三上の隣に決まったか・・・。

・・・うん?

三上ってこのクラスに俺の他にいたっけ?

・・・・・・・・・いるわけないか。

軽く現実逃避した心をどうにか引き寄せ、何となくぴりっとした緊張感から双海さんに呼びかける。

「双海さん!席はここだから!」

そう言って俺の隣の席をポンポンと叩く。

「・・・はい。ありがとうございます」

変わらない堅い口調、表情。

しかし俺は、席に荷物と腰を下ろした双海さんに、なるべく笑顔を意識して話しかける。

「っていうか久しぶり。元気だった?」

「・・・どこかでお会いしましたでしょうか?」

”ガンッ”

いきなりそう来られて、俺はマンガのように手で支えていたアゴを机に打ち付ける。

しかし彼女の顔は真面目で、おそらくとぼけようとかそういうつもりではなく、マジで忘れてるんだと思う。

・・・つーかアゴ痛え。

「ほ、ほら。一週間くらい前で中央図書館で会ったよね?」

頬に手を当て、少し考えている様子の双海さん。

「し、知りません」

彼女は少しどもりながら答えた。

その頬が多少赤らんでいるのは、俺の気のせいか?

「憶えてないかなぁ。蜘蛛が出てきて・・・」

「憶えていません」

俺の台詞を遮り、はっきりきっぱり否定された。

「あの時”他言無用です”と言ったのをお忘れですか?」という風な、強い視線で・・・。

「・・・そっか、俺の気のせいだったみたいだな。とにかく、これから宜しく。双海さん」

このままその話を続けるのはあまり宜しくないと感じた俺は、素直に折れてとりあえず挨拶をしてみる。

「はい、宜しくお願いします」

だが返ってきたその返事は、笑顔もなく無表情で放たれた台詞だった。

その態度に内心肩を竦めながら視線を再び前へと戻すと、何やらクラスメイト――特に男子が俺の事をにやにやしながら見ていた。

さながら、「ナンパに失敗してやんの、こいつ」ってトコか。

しかも唯笑に至っては、何故かご機嫌ナナメな顔をしてるし・・・。

ちらっと隣を見てみると、当の本人は既に本を読んでいて俺の事なんかアウトオブ眼中だし・・・。

「・・・かったる」

何となく居た堪れない気分になった俺はそう一言呟いて、ふて寝するように机に突っ伏した。


3話へ続く


後書き

ども〜、雅輝で〜す。

予想よりだいぶ早い更新となりました。

そして書いてて気づいたことが一つ・・・。

「智也視点は書きやすい!」

なんか結構すらすら書けちゃってます。

女の子視点の方が個人的には好きなのですが、所詮は私も男なんで書くとなったら難しかったりして・・・。

詩音視点も序文のちょっとを書くのに、なかなか悩みました。

・・・ただ単に自分のキャラが智也に似ているだけだったりして(笑)



2006・3・25  雅輝