「間に合うか?・・・あ・・・」
玄関を出た俺の目の前には、一人の少女が立っていた。
その表情は悲しげで、何か決意を秘めたような瞳をしている。
それだけで、心がズキンと痛んだような気がした。
「やっぱりね・・・。そろそろ出て来る頃だと思ってたんだぁ」
ゆっくりと微笑む。
それは全てを悟ったように、何かを諦めたように・・・。
「時間が無いことは知ってるよ?でも、どうしても、少しだけ話をしたかったの・・・」
”サアァァァァァッ”
俺と彼女の間を、一陣の寒風が吹き荒ぶ。
それが、いつの間にか出来ていた俺と彼女の心の距離を表しているようで、俺は思わず彼女に一歩近寄った。
「唯笑・・・」
そして一言。
呆然と彼女の名前を呼ぶと、唯笑はまた悲しげな笑みを浮かべるのだった・・・。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<27> 幼馴染として
「「・・・・・・」」
少しの間、両者無言の時間が続く。
そしてそんな沈黙を看破したのは、目の前にいる幼馴染であった。
「・・・もう、唯笑達が知り合ってからどれくらい経つのかなぁ・・・?」
それは独り言のような口調ではあったが、明らかに俺に向けられたもの。
「そうだな・・・。小学校に入学する前だから、かれこれ10年以上にはなるんじゃないか?」
「10年、か・・・。そっか、もうそんなに経つんだぁ」
唯笑は懐かしむように呟くと、そのまま言葉を続けた。
「唯笑と、智ちゃんと、そして彩ちゃんと・・・。あの頃は毎日遊んでたよね」
「・・・ああ。帰るのが遅くなって、よく彩花のおばさんにみんなして怒られてたっけ」
記憶の糸を手繰り寄せながら、ぼんやりと思い出す。
一番無邪気だった幼少時代。
まだ男も女も無くて、日が暮れるまで三人で遊びまわった思い出。
「・・・おままごとの最中に、彩ちゃんが智ちゃんにした質問を覚えてる?」
「確か・・・「世界中に私達三人しかいなくなったら、私と唯笑ちゃんのどっちをお嫁さんにする?」・・・だっけ」
そして結局何も答えられなかった自分。
もしかすると、子供心ながらにわかっていたのかもしれない。
選ばれなかった方は、きっと傷つくだろうと・・・。
「そして、中学2年生のとき・・・智ちゃんが選んだのは彩ちゃんだった」
「・・・」
「でも・・・でもね、智ちゃん」
真っ直ぐに見つめてくる唯笑の瞳。
逸らせなくて、俺もその瞳を素直に見つめ返した。
「唯笑もね、智ちゃんの事がずっと好きだったんだよ?」
「・・・・・・え?」
その言葉の意味が俺にはすぐに理解できず、口からは呆けたような声が出ただけだった。
そんな俺の心境を余所に、唯笑の独白は続く。
「小さな頃からずっと。それは彩ちゃんも同じだったと思うけど・・・」
「その想いは、智ちゃんが彩ちゃんと付き合うことになっても・・・彩ちゃんがいなくなってからも、ずっと消えなかった」
「唯笑は・・・幼馴染としてじゃなく、一人の男の人として智ちゃんのことが好きだったの」
「ゆ、唯笑・・・俺は・・・」
まだ頭は整理がついていなかったが、それでも何かを言わなくてはいけないと思い声を出す。
しかしそんな俺の声を遮ったのは、彼女の満面の笑顔だった。
「でも・・・でもね。もういいんだぁ」
「えっ?」
「唯笑は智ちゃんの事が好きだけど、智ちゃんは・・・双海さんの事が好きなんだよね?」
「・・・っ」
「最初から・・・双海さんと話をしたあの時から分かってたんだぁ。双海さんの想いが、どのくらい深いかって・・・」
「だけど、ちゃんとけじめをつけたかったの。自分の気持ちに後悔しないように、しっかり智ちゃんに伝えようって・・・」
「唯笑・・・」
――唯笑の気持ちに、まったく気付いていなかったと言えば嘘になる。
でもそれは、長年一緒に過ごしてきたことから来る、親愛に近い”好き”だと思っていたんだ。
・・・いや、そう思い込むことで俺は逃げていたのかもしれない。
幼馴染としての空間は、余りにも心地良かったから・・・。
「だから・・・だから唯笑は、”幼馴染として”、智ちゃんを応援する!」
「絶対に双海さんを、泣かせちゃ駄目だよっ?」
くるっと背を向けた彼女は、曇り空に宣言するように声を張り上げる。
「唯笑の言いたいことはこれだけ!ほらほら、早くしないと双海さんに追いつけないよ!」
そしてそれは、俺には決別の言葉のように聞こえた。
「・・・ごめん。ありがとう、唯笑」
そんな唯笑の背中に、俺は謝罪とお礼を一言ずつ告げた。
それ以上の言葉を発する資格なんて、俺には無かったから・・・。
そして俺も、彼女に背を向ける。
「唯笑!」
でも・・・それでも、どうしてもこれだけは告げておきたかった。
「お前は俺にとって大事な存在だ!それだけは忘れないでくれ!」
背と背を向かい合わせながら決して振り向かず、俺は最後にその言葉を放ってから駆け出した。
「・・・うんっ!!」
――遠くから聞こえたその声に、正直俺は救われた気分になった。
「行っちゃった・・・」
走り行く智ちゃんの背中を見送りながら、唯笑はぼんやりと呟いた。
「幸せにね、智ちゃん」
そして襲い掛かってくる、寂寥感と孤独感。
いつの間にか自分の瞳に涙が溜まっていることに気付いていたけど、何故か拭おうとは思わなかった。
”ガチャッ”
でも突然ドアが開く音がして、驚きつつも慌てて目元を擦って振り返る。
「唯笑ちゃん・・・」
智ちゃんの家の玄関から出てきたのは、どことなく沈んだ表情の信くんだった。
「あっ、信くんどうしたの?そんなに浮かない顔をして」
それとは対照的に、唯笑は笑顔を見せる。
泣いていた様子など微塵も感じさせないように、唯、笑う。
「・・・これで、良かったの?」
「えっ、何が?」
「何がって・・・」
「も〜、何か信くんらしくないよ?ほらっ、笑って笑って!」
「・・・」
見たことのないような、信くんの真剣な表情。
――いつもはおちゃらけている彼だけど、本当は凄く良い人なんだって知っていた。
だけど、何故今こうして唯笑の前でその表情を見せるのかはわからない。
「我慢しなくて、いいんだよ?」
「・・・えっ?」
そうして放たれたその言葉に、心を見透かされているような錯覚に陥る。
正直言って、泣くのを我慢するのはそろそろ限界だと思っていた。
「泣いたって、いいんだ。・・・智也の事が好きだったんだろ?」
「――っ!どうして・・・」
「わかるよ。・・・俺はずっとキミを見て来たんだから」
「・・・え?」
「・・・唯笑ちゃんはいつも笑ってる。でも、本当に辛い時にまで無理して笑顔を作る必要なんて無いんだ」
「信・・・くん」
彼の言葉はとても暖かくて、唯笑はもう我慢できなかった。
トン・・・と目の前の彼の胸に額を預けて、でも頭に思い浮かぶのは智ちゃんの事だけだった。
「智ちゃん・・・智ちゃん、智ちゃん!」
「何で!?何でよぉ。唯笑は、ずっと智ちゃんを好きだったのに・・・ずっと智ちゃんだけを見てきたのに!」
「今までずっと一緒にいたのに!これからもずっと一緒にいたかったのに!」
「何で・・・な・・・うぁ、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」
「・・・唯笑ちゃん」
”ザァァァァァァッ”
いつの間にか、空からは大きな雨粒が落ちていた。
それらが容赦なく降り注ぐ中、私は信くんの胸に寄り縋ってただ涙を流す。
そして信くんも、この雨の中何も言わずただ唯笑を抱きしめ続けてくれた。
――この雨と一緒に、唯笑の中にある智ちゃんへの想いも綺麗に流れ去ってしまえばいいのに・・・。
暖かい温もりの中、心からそう願った。
28話へ続く
後書き
何か暗い感じに終わってしまいましたが、とりあえず27話UPです。
今回はオリジナル、本編では無かった唯笑の告白でした。
すご〜〜く切ない感じになってしまいましたが、書きたいことは書けたので作者的には満足(←鬼)
この話は前々から決めてました。というか何故ゲーム本編にこういう話がないのかが疑問です。
どのルートでも、唯笑は智也の事が好きなはずなのに・・・。
そして美化200%の信!(笑)
なんかキャラ違うぞ。とか、そういったツッコミは無しでお願いします(汗)
さて、次回もオリジナルな予定。
雨の中必死に走り続ける智也と、心を隠して日本を出て行こうとする詩音。
そしてそんな詩音の前に立ちはだかる人物とは・・・?!
・・・ってことでまた次話で会いましょ〜^^