「・・・37,8℃。何とか下がったか」
ベッドに仰向けになったまま、俺は脇から取り出した体温計の表示を見てほっと一息吐いていた。
昨日はベッドから出るのもしんどくて、一日中寝て過ごした。
途中で唯笑が見舞いに来た記憶があるが、何を話したのか忘れるほど頭が混濁していたようだ。
朝起きると枕元に風邪薬と水が置かれていたので、あいつが律儀にも置いて帰ったのだろう。
「・・・もう昼過ぎか」
まだ多少頭がぼんやりとするが、それでも昨日の鈍く辛い痛みに比べれば可愛いものだ。
上半身を起こし壁に掛かった時計を見てみると、もう昼食時を過ぎている時間だった。
今日は確か学校も教員会議とやらで短縮授業だったため、もう皆下校している頃だろう。
おそらく彼女も・・・。
「はぁ・・・」
深いため息を一つ吐いて、俺は窓の外に視界を転じた。
最近は梅雨でもないのに、何故かぐずついた天気が多いような気がする。
確か今朝気晴らしに見た天気予報では、日本全体に低気圧が覆い被さっているとか。
そして今も、見上げた空はいつ雨粒が落ちても不思議で無いような、そんな曇天雲で・・・。
どうしても、あの日の遊園地を思い出してしまう。
「・・・本当にバカだよな、俺も」
”ピンポーーン”
俺が窓の外に一言呟いた丁度その時、家中にインターホンの音が鳴り響く。
『・・・クラスの誰かか?』
そういえばまだ学校にも連絡していなかったなぁと思いつつ、俺は寝間着のまま応対のため下に降りたのだった。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<26> 封筒の中には…
「はい・・・何だ、信か」
微かに彼女だと期待した俺は、ドアを開けるなり見えた見慣れた顔に思わず声のトーンが下がってしまった。
「おいおい、何だとは随分じゃないか」
「まあ気にするな。・・・で、何の用だ?」
「おまえなぁ・・・ま、元気そうでなによりか。それに、何の用かくらい分かるだろ?」
「・・・見舞い、か?」
俺の言葉が疑問系になったのも、信がその手に持っている便箋のようなものが気になったからだ。
「まあそれもあるが・・・。色々とあってな」
「・・・そうか。まあ上がれよ」
真面目な信の表情に何となく嫌な予感がした俺は、信を促してゆっくりと話を聞くことにした。
「・・・で、何があったんだ?」
俺は信がソファに腰を下ろすなり、急かすようにそう質問した。
いつもなら信と言えどお茶くらい出してやるのだが、今はそんな事をしている余裕すら無い。
「・・・やっぱり、わかるか?」
「そりゃ、普段は馬鹿面しか見せないお前がそこまで真剣な表情をしてたらな」
「・・・そっか、そうかもな」
信はフッと苦笑を漏らすと、「落ち着いて聞けよ?」と前置いて口を開いた。
「実は・・・双海さんが転校することになった」
「・・・え?」
俺はその言葉に、間抜けな疑問詞で返すことしか出来なかった。
「いや、もう転校してしまった・・・の方が的確かな」
「本当・・・なのか?」
「さすがに俺もこんな事で嘘を吐くなんて出来ねえよ」
分かっている・・・信がそんなくだらない嘘を吐かないことなんて。
でも・・・それでも、認めたくなかった。
「昨日は学校も休んでた。そして今日の終礼の時間に、学校に最後の挨拶に来てな。夕方の便でフィンランドに発つそうだ」
「フィンランド・・・」
呆然と呟く。
地理に疎い俺でさえ、フィンランドという国が日本とは遠く離れた北ヨーロッパに位置していることくらいは知っていた。
「・・・彼女、智也が休んでるって知ると悲しそうな顔をして、それならと俺にこれを託したんだ」
そこで、信は持っていた便箋をテーブルの上に置く。
「一応言っておくが中身を見るなんて野暮な真似はしていない。それは・・・彼女がたった一人、お前だけに宛てたものだからな」
信の言葉に無言で頷き、便箋を手に取る。
破れないように丁寧に開いてみると、そこに入っていたのは一枚の手紙と・・・。
「これは・・・」
あの時、ゲームセンターで撮ったプリントシールだった。
音羽さんの策略で詩音との2ショットになってしまったそれは、16枚ある中で右上の1枚だけ剥がされていた。
おそらく、その1枚は詩音が持っているのだろう。
俺との・・・思い出を残すために・・・。
「・・・」
感傷に耽るのもそこそこに、俺は便箋から出てきたもう一つのもの――二つ折りにされた手紙を再度気を引き締めて読み始めた。
” 拝啓 三上智也様
突然このようなお便りを出す無礼を、まずはお許しください。
そして、先日は何も言わずに帰ってしまって、本当に申し訳ありませんでした。
稲穂さんに話を聞いたのなら大方の事を察したと思いますが、あの時に父から掛かってきた電話は、突然の旅立ちを告げるものでした。
その日程はいつになく厳しいもので、後3日しか日本にいられないとの事。
私は悩みました・・・。
しかし、父の都合を変えることは出来ません。
それに、母を喪った父は、誰か傍にいることが必要なのです。
貴方には、傍にたくさんの素敵な人たちがいます。
稲穂さん、音羽さん、そして今坂さん・・・。
みなさん本当に楽しくて、素晴らしい方達ばかりです。
しかし、父には・・・私しかいません。
ですから、私は旅立ちを受け入れました。
日曜日・・・電話の直後すぐに帰らせてもらったのは、もちろん荷造りのためというのもあります。
でも本当は・・・これ以上あなたとの楽しい思い出を増やしたくなかったから。
もう日本を発つことはわかっているのに、これ以上別れを苦しいものにしたくなかったから。
私は、30日の夕方の便でフィンランドに旅立ちます。
短い間でしたが、本当に楽しかったです。
ありがとうございました。 ごきげんよう。
草々 双海詩音 ”
「・・・」
手紙を読み終えた俺は、思わず拳に力を込めていた。
それでも感情が表に流れ出ないよう、気持ちを落ち着かせながら静かに手紙を便箋の中にしまう。
所々、涙で滲んだ詩音の手紙を・・・。
「・・・行くのか?」
「ああ」
静かなリビングに響いた信の声に、俺は力強く頷いて見せた。
「送っていくか?」
「いや、大丈夫だ。一人で行かせてくれ」
「・・・そっか」
そう、これは俺一人で行かなければ意味が無いから。
俺一人で行って、ちゃんとあいつに・・・詩音に気持ちを伝えたいから。
「じゃあ・・・行ってくる」
「ああ、しっかりと決めて来い」
正直、今もまだ万全な体調とは程遠く、立っているだけで悪寒がしてくるほどだった。
でも、そんな事今はどうでも良かった。
ただひたすらに、彼女のことだけを想って・・・。
『・・・よしっ』
俺は着の身着のまま、適当に並べてあったつっかけの一つを履いて家を飛び出したのだった。
27話へ続く
後書き
う〜ん、いつの間にか完結が近づいてきましたね。
後・・・3,4話かな?
個人的にはキリ良く30話で終わらせたいのですが、構想が出来ているのは3話分の終わり方でして・・・。
全29話完結・・・何か嫌なんですよ〜。AB型なのに変な所でAが出ちゃって(笑)
・・・まあ結局、どうなるかはその時の気分次第なんですけどね。
それでは、27話で会いましょ〜^^