「俺はお前のことが好きなんだ、詩音!」

「・・・」

「・・・ごめんなさい」

「・・・え?」

「私、やっぱりあなたとは・・・彩花さんに縛られたままのあなたとは付き合えません」

「そ、んな・・・」

「さようなら、智也さん」

「ま、待ってくれ!詩音!!」

「詩音!・・・詩音っ!!!」



「・・・詩音っ!はぁ・・・はぁ・・・」

気がつくと、そこは自室のベッドの上だった。

窓から射しこむ日差しで、今が朝なのだということがわかる。

「はぁ・・・はぁ・・・。夢・・・か?」

冬も近い季節だというのに、体中から汗が噴き出ていた。

鈍く痛む頭を抱えノロノロと身体を起こしてみると、俺はまだ昨日着ていたずぶ濡れの服を纏っていた。

「ははは・・・なんてリアルな夢だよ・・・」

自嘲気味に呟く。

――あの後、いつ頃帰ってきたのかも、どうやって帰ってきたのかも覚えていない。

覚えているのは、先ほどまで見せられていた皮肉なほどの強烈な悪夢。

「・・・ふぅ」

”ドサッ”という音を立てて、もう一度ベッドに横たわる。

起き上がっているのも辛いほどの鈍い頭の痛みと、全身に走る激しい悪寒。

『風邪・・・だな』

昨日あれだけ雨に打たれた上に、そのままの格好で寝てたんだ。

風邪を引いて当たり前・・・むしろ肺炎にならなかっただけマシかもしれない。

「くっ・・・」

もはや何かを考えるのも億劫になってきた俺は、せめてとゆっくり立ち上がりすぐ傍のタンスから体温計を持ってくる。

自分で額を触ってみても、触るその手が熱いのだから判断の仕様も無い。

そして脇で計った体温計の数値は・・・。

「39,1℃・・・?」

ここ数年、39℃を越えることなんて無かった。

時計を見てみると、もう一時間目の授業が始まっている時刻。

「・・・まあいいか」

もう既にベッドから這い出る気力も失くした俺は、激しい悪寒をなんとかしようと再度布団に包まった。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<25>  笑顔の仮面





「・・・」

誰もいない家の中。

その自室で、私は黙々と作業を進めていた。

ふと時間が気になった・・・もう一時間目の授業が始まってる頃だろうか。

でもそれも、もう私には関係の無い話だ。

「・・・ふう」

この調子だと、昼前には自分の荷物くらいはまとめられるだろう。

でも、時々昨日のことを思い出しては手が止まってしまう。

昨日の・・・遊園地にいるときに掛かってきた、父さんからの電話――。



――――

――



「もしもし」

――「・・・詩音かい?」

「あっ、父さん」

――「今は、どこかに出かけているのか?」

「はい、友人と一緒に遊びに・・・」

――「もしかしたら、男の子かな?」

「・・・はい、そうです」

――「彼氏とか・・・」

「そんなんじゃないですってば・・・」

――「・・・」

「どうしたんです?」

――「いや、それよりも詩音」

「はい」

――「実はな・・・」

「はい・・・」



――「明後日・・・急にフィンランドへと発たなくてはいけなくなった」



「・・・え?」

「今・・・何て・・・?」

――「・・・本当に、急に決まったんだ。あっちでお世話になった教授に、発掘チームに入ってくれって・・・」

「そ、んな・・・」

「何で・・・何で今なのよっ!!」

――「詩音・・・」

「折角・・・折角、全てが上手くいきそうだったのに・・・」

――「・・・本当にすまないと思っている。なんだったらこっちに・・・日本に残ってもいいんだよ?」

「・・・」

――「どうするかは、詩音次第だ」

「・・・わかりました」

――「・・・用件は、これだけだ」

「はい、それでは」

――「ああ。・・・今日は、しっかり楽しんできなさい」

「・・・」



――

――――



「・・・ふう」

昨日のことを回想し終えて、私は今日何度目かわからなくなったため息をまた一つ吐いた。

予想通り昼には自分の荷物をまとめ終え、今は自室のベッドで仰向けになっている。

それでも、やっぱり想ってしまうのは彼のこと。

「智也さん・・・」

本当は、私だって行きたくない。

いや、行きたくないでは語弊があるかもしれないけど、少なくとも日本を離れたくはなかった。

あれだけ忌み嫌っていた日本を・・・私をここまで変えてくれた人がいるから・・・。

でも。

私が日本に残れば、父さんは一人になってしまう。

十年以上前に母を亡くして、それ以来男手一つで私を育ててくれた父さん。

そんな父さんを、一人にすることなんて出来なかった。

――「ああ。・・・今日は、しっかり楽しんできなさい」――

「・・・楽しめるわけ・・・ないじゃない」

昨日の父さんの最後の言葉を思い出し、涙が出そうになった。

楽しめるわけない・・・もう日本を離れることはわかっていたのだから。

だから・・・彼との想い出をこれ以上増やしたくないから・・・これいじょう増やしてもその分だけ悲しくなるだけだから。

――「また・・・一緒に来られるといいですね」――

私は今できる最高の笑顔で・・・自分の心に、人を寄せ付けない仮面ではなく、悲しみを我慢する笑顔という仮面を張りつけて・・・。

――「それでは・・・ごきげんよう」――

別れの挨拶と共に、その場から逃げ出したんだ。

「・・・智也さん」

もう抑えきれない程膨れ上がっていた、この胸の淡い想いに・・・。

そして、この国で初めてできた愛しき男性(ひと)に・・・。

「――さようなら」

聞こえるはずもない別れの台詞を呟いた私の双眸から、止め処なく涙が溢れた。



26話へ続く


後書き

田舎に帰っていて少し遅くなりましたが、25話UPです^^

今回の話は幕間って感じですね。

デート時に掛かってきた電話の内容と、別れを決意した詩音の悲しき心情を書きました。

ま、だいたいは本編どおりに進んでいると考えてもらって結構です。

ラストは少しアレンジを加えるくらいかな?ゲームとまったく同じにはならないと思いますけど・・・。


「心の仮面」も後4,5話で完結です。

皆様、最後までお付き合いくださいませm(__)m



2006.8.17  雅輝