”ピピピピピピピピッ”

「ん・・・んん〜〜〜」

”パシッ”

鳴り響く目覚ましを止め、俺はゆっくりと身体を起こした。

「ふぁふ・・・もう朝か」

窓から射しこむ朝日がやけに眩しく感じられる。

目覚まし時計はしっかりと時間通りに鳴った様で、その文字盤は午前8時を指していた。

今日は日曜日・・・休日なのにこんなに早く起きるのはいつ振りだろうか。

しかし今日は詩音と約束したデートの日なので、眠いなどとは言ってられない。

「・・・詩音」

そして俺の口は、無意識に彼女の名前を呼んでいた。

一昨日詩音に過去を打ち明けて、一日経った昨日の土曜日。

学校は昼までで終わりだったのだが、詩音と話をすることは無かった。

もしかしたら、意図的に避けられているのかもしれない。

それでも、俺にはもう彼女を信じることしかできないんだ。

絶対に、遊園地に来てくれると・・・。

「・・・シャワーでも浴びるかな」

だいぶ余裕を持った時刻に起きたため、11時の約束にはまだ3時間近く残っている。

俺は朝の眠気と、今の陰鬱とした気持ちを洗い流そうと、まだぼんやりとしている頭で着替えを持ち風呂場へと向かった。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<24>  遊園地デート





「早すぎたかな・・・」

現在の時刻は10時半。

まだ詩音との約束の時間まで30分もある今、俺はもう既に遊園地のゲート前に佇んでいた。

「・・・」

何となく見上げた空は、あいにくの曇天模様だった。

最近だんだんと厳しくなりつつある寒風に少し身を震わせながら、ゲート横にある柵に背を預ける。

・・・結局シャワーを浴びた後も気持ちはすっきりとせず、何かに急かされるように朝食もそこそこに家を出た。

そして今こうして待っている間にも、その気持ちは薄れずむしろ広がってきている。

『・・・大丈夫。大丈夫だ』

自分に言い聞かせるように何度も心の中で唱える。

――「今週末、貴方が言っていたあの遊園地の前でお待ちしています」

――「お返事は・・・その時に・・・」

『詩音のあの言葉を、俺が信じないで誰が信じるんだ』

強く、強く決意を固めた時には、もう既に約束の5分前となっていた。

俺の横に彼女の姿は無い・・・でも。

「あ・・・」

ずっと前方を眺めていた視界に映る、腰まであろうかという長い銀髪。

ゆっくりと、でも確かにこちらへ向かってくる彼女の姿に、俺は目を奪われるように立ち尽くした。

そして、急速に湧き上がってくる歓喜と安堵。

「・・・来てくれたんだな?」

「はい、だって・・・約束しましたから」

――目の前にまで来た彼女に掛けた言葉は失礼なものだったかもしれないけど、それでも詩音ははにかんだ笑顔で答えてくれた・・・。







楽しい時間はあっという間に過ぎるものである。

待ち合わせ直後は若干互いにぎこちなかったものの、すぐにいつもの俺たちに戻り二人でアトラクションを楽しんだ。





「きゃっ!」

「おっと、大丈夫か?」

「は、はい・・・智也さんは怖くないのですか?」

「いやぁ、だって所詮は作り物だしな。・・・詩音は怖いのか?」

「べ、別に怖くなんかありませんよ。早く行きましょう」

――よく出来ていると有名なお化け屋敷に入ったり・・・。



「おお〜〜、相変わらず美味そうだなぁ」

「ふふふ、お口に合うかどうかはわかりませんけど」

「いやいや、詩音の料理の腕は栗拾いのお礼でよく知ってるって」

「あ、ありがとうございます・・・」

――芝生で詩音が作ってきてくれたお弁当を広げたり・・・。



「きゃぁぁぁぁっ!」

「ふぉぉぉぉぉっ?!」

「あ〜、楽しかったですね。もう一度乗りましょう!」

「・・・」

「? 智也さん」

「え?あ、ああ。・・・乗ろうか」

――意外と絶叫系が好きだった詩音に、何度もそういう系に乗せられたり・・・。



「よしっ、じゃあ撮るぞ〜?」

「え?智也さんは写らないのですか?」

「ん?だって俺が入っても意味は・・・」

「・・・」

「・・・あ〜もう!わかったからそんな目で見つめないでくれ!」

当初の目的であった、侍との2ショット(3ショット?)を撮ったり・・・。





「あっ、もうこんな時間なんですね・・・」

ふと気がつけば、園内の時計は午後4時を回っていた。

「ちょっと休憩しようか?」

「そうですね。あっ、あそこのベンチが空いてますよ」

詩音が見つけたベンチに並んで座り、彼女が持ってきていた水筒の紅茶を頂く。

「「ふう・・・」」

同時に吐息をつき、お互いに照れ笑いをする。

そしておずおずと肩を寄せ合い、その場には穏やかな雰囲気が流れていた。

「あの・・・智也さん」

「ん?・・・」

そんな雰囲気に身を任せながらぼんやりと曇り空に目を向けていた俺は、詩音のどこか遠慮がちな声に視線を移す。

そこには真剣な表情をした詩音が居て、思わず俺も姿勢を正して彼女を見つめた。

「私・・・私は・・・」

そして彼女が言葉を次ごうとした、まさにその時――。

”♪〜♪〜〜♪”

「あ・・・」

鳴り響く携帯電話の着メロ。

それで緊張の意図が切れてしまったのか、互いに苦笑いを零すと彼女は「すみません」と一言残して少し離れた場所で電話に出た。

「もしもし・・・あっ、父さん・・・」

俺は悪いと思いつつも、無意識に彼女の声に聞き耳を立てる。

どうやら、相手は彼女のお父さんのようだ。

「はい、今は友人と一緒に遊びに・・・。はい、そうです」

「そんなんじゃないですってば・・・どうしたんです?」

少しトーンが落ちた声で訊ねる詩音。

遠目で見てもその顔には、心配の色が浮かんでいる。

「はい・・・はい・・・・・・え?」

「今・・・何て・・・?」

「そ、んな・・・」

そして心配顔から一転、酷く悲しげな表情に移り変わる。

「何で・・・何で今なのよっ!!」

「折角・・・折角、全てが上手くいきそうだったのに・・・」

まるで、信じられない事を必死で否定しているかのように、頭を振る詩音。

その身体からは次第に力が抜けていき、最後には震えた声で俯いてしまった。

「詩音・・・」

そんな彼女の尋常じゃない様子に駆け寄ろうか迷っていたところで、どうにか落ち着いた感じの詩音がその顔を上げる。

『・・・泣いてる?』

その頬には幾つもの涙の軌跡が残っていて、しかし彼女はそれを拭おうともせずに静かに声を出す。

「・・・わかりました・・・・・・はい、それでは」

”ピッ”という軽い音を残して、彼女の電話が終わる。

正直、俺はどう声を掛けようか二の足を踏んでいたのだが、俺より先に詩音が声を出した。

俺に、その震える背中を向けながら・・・。

「智也さん・・・」

「・・・何だ?」

「すみません・・・急用が出来たので、今日はこれで失礼します」

「え?急用って・・・」

本当に急なその話に、俺は思わず立ち上がり彼女に近づく。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「・・・」

しかし目の前で震えている小さな背中と、今にも泣き出してしまいそうな掠れた声に俺はそれ以上何も言葉を紡げなくなった。

その急用というのが、今の詩音のお父さんからの電話に絡んでいることはわかっている。

でも、その内容までは、詩音の電話の応対を聞いていてもさっぱりだった。

お互い無言のまま数分が経過しようとした時、今まで背中を向けていた詩音がようやくこちらを振り返った。

その顔は・・・。

「智也さん。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」

とびっきりの笑顔で・・・。

「また・・・一緒に来られるといいですね」

でも、なぜだろう?

「それでは・・・ごきげんよう」

――その笑顔が、俺にはどうしようもなく悲しげに見えたんだ。

「詩音っ!!」

走り行く彼女を呼び止める。

しかし詩音は俺の声に何の反応も示さず、そのまま出口へと走り去ってしまった。





「詩音・・・」

天上の曇天からは、いつの間にか大粒の雨が降り始めていた。

それにも関わらず、俺は詩音と一緒に座っていたベンチから動こうとはせず、ただ雨に打たれている。

――もうあれからどれだけの時が経ったのかすらわからなかった。

まだほんの数分かもしれないし、既に数時間経っているのかもしれない。

でも、俺にはそんな事どうでもいいことだった。

ただ想うのは、急用と言ってこの場を去った彼女の事だけ・・・。

「急用・・・か・・・」

父親と話していたのだから、その言葉に嘘は無いと思う。

けど・・・彼女のあの様子はそれだけではない気がしてならない。

「・・・帰ろう」

俺はどんどん肥大する”嫌な予感”をかき消すように立ち上がり、水を吸って重たくなった服を引きずりながら家路に着いた。

――俺のその嫌な予感が、現実のものになるとも知らずに・・・。



25話へ続く


後書き

ようやく物語もクライマックスへ。

そして今回は完全オリジナル、詩音との遊園地デートを実現させてみました〜^^

でも最後は暗い感じで終わってしまいました(汗)

やっぱり詩音シナリオにはこれがないと締まりませんからね〜。

お互い気持ちの整理が着こうという時に起こる、最後の試練。

これを乗り越えてこそ、本当の意味で過去を振り切るという意味なんだと思います。


それでは、今日はこれまでに・・・ごきげんよう^^



2006.8.8  雅輝