「ん・・・・・・」

周りの賑やかな喧騒が耳に届き、俺はうつ伏せていた頭をゆっくりと起こした。

ぼんやりとした思考で時計を眺めてみると、ホームルームが終わって十数分といったところだろうか。

何気なく右隣に視線を移してみると、そこにはもう彼女の姿は無かった。

「詩音・・・」

俺はもう一度、授業中ずっと眺めていた一枚のメモ用紙――詩音の手紙に目を通した。



――私は私です――



「・・・」

たった5文字・・・。

でも、今の俺にとっては何よりも重い言葉だった。

――責められて当然だ。

俺は、間違いなく彼女を彩花と重ねていたのだから。

でも・・・。

でも、今は・・・。

「・・・よしっ」

もう俺の答えは決まっている。

後はそれを、彼女に聞かせるだけ。

「行くか」

自らを鼓舞するように声に出した俺は、鞄を手に取りいつものように教室を出てその場所へと向かった。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<23>  光射す空





”ガラッ”

この一ヶ月で急に訪れる頻度が多くなったその部屋のドアを、俺は緊張した気持ちのまま滑らせた。

そしてすぐに目に入る、司書カウンターに座っている銀髪の少女の姿。

「こんにちは」

「・・・こんにちは」

まるで会って間もない頃のような他人行儀な挨拶。

その彼女の顔に表情は無い・・・ただただ仮面を被った冷たい表情だった。

「話が・・・あるんだ」

「・・・・・・わかりました。でも今は仕事中ですので・・・」

「ああ、奥で待ってるよ」

まだ図書室には何人か生徒が残っていた。

俺が話そうとしていることは、とてもじゃないが他人に聞かせられる話ではない。

「・・・ふう」

奥の机――以前詩音と一緒に試験勉強もしたことのあるその席に、俺は吐息を漏らしながら着いた。

「・・・」

そしてふと見た窓の外は、あいにくの曇り空。

朝に登校した時はそうでもなかったのだが、授業中に雲が広がりだしたらしい。

その暗くてくすんだ色をした雲達は、今にも雨粒を地上に降らせそうだった。

そんな空を眺めたまま、俺は詩音仕事が終わるまでずっとぼんやりとしていた。

言うべき事と、するべき事・・・ただそれだけを考えながら――。







「終わりました」

耳に届いた詩音の声に、俺は眺めていた空から視線を外し彼女の方を見た。

外は既に大雨が降っており、雨音が窓を閉めきっているこの部屋にまで響いてくるほどだった。

「お話・・・しましょうか」

「・・・ああ」

そんな雨の音をバックに、俺は彼女の言葉に頷く。

――その真剣な顔から察するに、おそらく彼女もわかっているのだろう。

これから俺が話す内容を・・・。

「昼休みの話の続きだ」

「・・・はい」

彼女は「やはり」といった表情で俺の言葉に相づちを打つ。

「話した通り、俺には彩花という彼女がいた」

「はい」

「幼馴染で明るくて、優しくて、本当に・・・」

「・・・」

「・・・その日。俺は授業をサボった罰として、休日の学校で教師の手伝いをしていたんだ」

俺と詩音以外誰もいない図書室で、俺は思い出しながら語っていった。

ホッチキスを止めるだけの製本作業・・・その途中で雨が降ってきたこと。

走って帰れば何ともないくらいの雨足だったけど、傘を持ってなかった俺は彩花に迎えに来てもらうようにしたこと。

電話越しに終わった、俺と彩花の最期の会話。

そして――――。




”バシャッ、バシャッ”

雨の音に交じって、俺の足が水たまりを跳ねる音が聞こえる。

俺は自分が濡れるのも厭わずに、ただ獣のように走った。

漠然とした不安を振りきり、尚もスピードを上げる。

いつも通っている通学路・・・その途中には決して大きいとは言えない交差点が存在していた。

そして、ようやくその場所まで来た俺が目にしたものは――。

”ザアアァァァァァァ”

「ハァッ・・・ハァッ・・・ハ――あや・・・か?」

焦げたタイヤの臭い。

降りしきる豪雨。

水たまりと溶けあっている紅。

アスファルトに転がっている、開かれたままの白い傘。

「う、そ・・・だろ?こんな・・・こんなことって・・・」

目の前に広がる光景は、何もかもが信じられなかった。

何度も、何度も、これは幻なんだって・・・性質の悪い夢なんだって、そう思い込もうとした。

「なあ、彩花。何の・・・冗談、なんだよ?」

しかし、目の前に打ち捨てられたように横たわっている彼女の身体は間違いなく本物で・・・。

抱き起こしてみるとその感触が腕に残って・・・でもその身体からは体温が感じられなくて・・・。

「彩、花?」

その顔はピクリとも動かなくて・・・。

その四肢は何の反応も示さなくて・・・。

「あ・・・や・・・・・・」

それがどういう事なのか理解した瞬間、俺は――。

「あぁぁぁぁ・・・あああああああああぁぁぁぁぁぁあああぁあぁあぁっっ」

誰かが呼んだ救急車が来るまで、ずっとその身体を抱きしめ泣き叫び続けていた。









「彼女は・・・死んでしまったんだ。そう、あれは事故だった。不幸な・・・俺だけを置いて・・・」

「・・・はい」

今にも崩れてしまいそうな顔で話し終えた彼に、私はただ単調な返事を返すことしかできなかった。

「でも・・・でもっ!俺が授業をサボらなければ!?俺が彩花を呼ばずに走って帰っていれば!?俺が・・・俺が・・・っ!」

「俺が・・・居なければ。彩花が死ぬことは無かったんだ」

「俺が・・・殺したんだ」

見ているこちらが居た堪れなくなるような沈痛な表情と、涙に掠れた声。

それだけで、彼の痛みが、悲しみが、苦しみが、悔しさが・・・伝わってくるかのようだった。

そして、思い出すのは雨の日の彼の言葉。

――「彩花・・・あ・・・あぁぁっ、ぅぅ・・・殺した・・・俺が、殺したんだ・・・」――

あれは、こういうことだったんだ。

「・・・俺は・・・彼女の代わりを探していたのかもしれない」

「・・・」

その言葉に、心臓が大きく跳ねる。

『やっぱり・・・私は彼女の代わりでしかないのだろうか?』と、心のどこかでそう考えている自分もいた。

でも――。

「だけど、わかったんだ。彼女は彼女でしかない」

「・・・そうだ。詩音は詩音でしかないんだ」

「・・・私では・・・」

彩花さんの代わりにはなれない・・・そう続けようとした私の言葉を遮った彼の言葉は、私の中の不安を一掃してくれた。

「いや、俺はキミにこそ傍に居て欲しい」

「・・・」

「都合のいいことを言っているのはわかってる。だけど・・・俺にはもう詩音しかいないんだ」

「俺はもうこれ以上無くしたくないんだっ!」

とても真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる智也さん。

そんな彼の言葉に、私の涙腺は一気に緩んで・・・涙が頬を伝うのを感じた。

嬉しくて・・・彼の言葉が凄く嬉しくて・・・。

「・・・私も・・・です」

それは紛れも無い、私の心からの本音だったけど、それをそのまま彼に伝えるには憚られた。

もう少しゆっくりと、色々と整理する時間が欲しかったから。

だから、私は・・・。

「・・・日曜日・・・お待ちしています」









「え・・・?」

不意に聞こえた彼女の震えた声に、俺は俯かせていた顔を上げた。

「今週末、貴方が言っていたあの遊園地の前でお待ちしています」

「詩音・・・」

「お返事は・・・その時に・・・」

重々しい表情で・・・でも、先ほどまでよりは幾分やわらかくなった表情で、彼女はそれだけを口にした。

「わかった・・・時間は・・・11時だったよな?」

「はい・・・」

「よし。じゃあ今日は先に帰らせてもらうよ。一緒に帰ると・・・また余計なことを考えちゃうからな」

「・・・はい。それでは・・・ごきげんよう」

「・・・ああ、ごきげんよう」

そしていつもの挨拶を交わし、俺は一人図書室を出る。

「・・・」

そのまま外に出て、ふと呟いた。

「そういえば、雨・・・上がってるな」

見上げると、あれほど雲で埋め尽くされていた空は、今では晴れ間を覗き見ることができるほどに光が射しこんでいた。

「・・・そうだよな。雨は・・・上がったんだよな?」

誰にとも無くそう呟いて、俺は少し軽くなった気持ちで再度歩き始めた。

その帰り道に頭に思い浮かんできたのは、彩花ではなく詩音のことばかりだった――。



24話へ続く


後書き

ようやく更新です(汗)

うーん、今回は結構悩みましたね。

構成もそうですが、どの辺りまでゲームから引用するかとか・・・。

何とか形になったかな?って感じですね。


そして今回はゲームとは大きく違う点を書いてみました。

そう、智也が事故現場で彩花の姿を見ているんですね。

まあ今後の展開には余り影響しませんが、こんなのもありかなぁと思って・・・本編ではもう救急車で運ばれた後で白い傘だけが残っている状態でしたからね。


次回は・・・遊園地デートですね。

本編では結局できなくなってしまうのですが・・・さてどうなるのでしょうか?

続きは次回で(笑)^^



2006.8.2  雅輝