「ふぁあああ〜ぅ・・・そろそろ寝るか」

デートの約束をしたその日の晩。

風呂上りで濡れた頭をバスタオルで拭きながら、俺は自室のベッドの上に腰掛けた。

『最近は急に冷え込んできたから、風呂に入ると気持ちよくてすぐ眠くなるんだよなぁ』

そのままベッドに寝そべって、大きな欠伸をしながらふと思う。

『彼女も今頃は自分の家で風呂に入っているところだろうか?』・・・と。

「・・・」

「・・・・・・」

「・・・何考えてんだか、俺は」

ひとり呟くように自分自身を叱責し、少々早いが先ほどの睡魔に身を任せて目を閉じることにした。

しかし――。

「・・・眠れん」

いや、まあそりゃ俺も健全な男子高校生ですから、色々と想像(妄想)するところもありまして・・・。

特にそれが自分の好きな娘になると、なんとゆーかその〜・・・。

・・・ぶっちゃけ、興奮して眠れません。

って誰に説明してんだ?俺。

『いかん、いかん。早くこの煩悩を抑えなければ・・・』

ざっと室内を見回す。

こんな時、役に立ってくれそうなものと言えば・・・。

「やっぱりあれかな」

俺は立ち上がり、本棚にある辞典の類から一冊適当に抜こうとした。

”バサッ”

「おっと・・・」

しかし、本棚が結構詰まっていたためか、隣にある本も一緒に棚から落ちてしまう。

そして、拾おうとした俺の目に映った、その落ちた本は・・・。

「あ・・・」

見覚えのあるカバーの中央に、アルファベットが五文字。

あの日、詩音が貸してくれた二冊目の魔法使いの物語を、俺は気がつけばくいいるように見つめていた。

「フォース・・・か」

一言・・・確かめるように呟いた俺は、手にしていた辞典(故事ことわざ辞典だった)を元の位置に戻し、拾い上げたその本を持って再度ベッドに寝転がった。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<21>  彩花のフォース




「・・・はぁ」

どのくらいそうしていただろう?

俺はベッドに仰向けになったまま、未だに開かれることの無いフォースの表紙をただじっと眺めていた。

やはり、いざ読もうとすると体の中の何かがそれを拒絶する。

それでも、俺はこの本を読まなければいけないんだ。

――彼女は前に進んだ。

怖くなかったわけはないのに・・・それでもこの俺に彼女の過去(トラウマ)を話してくれた。

だから、今度は俺の番だ。

俺も、前に進む。

そしてこの本を読むことで、少しでもその一歩を踏み出せるとしたら――。

「・・・よしっ」

俺は自分自身に言い聞かすように小さな声で気合を入れ、心に二人の少女の姿を思い浮かべながらその1ページ目を捲った。







「ふう・・・」

お風呂上り。

長い髪に丁寧にタオルを当てながら、私は自室のベッドの上に腰掛けた。

「・・・」

こんな風にぼんやりとしている時に思い出すのは、やはり彼の事。

過去のことを打ち明けた私を、その優しさで包んでくれた人。

暖かい言葉を、そして勇気をくれた人。

そんな彼だからこそ、私は信頼できた。

そして・・・前に進めた。

でも、彼は――。

「智也さん・・・」

彼の名前を、そっと声に出してみる。

そして目を向けた、数ある本棚の中でも特に気に入ったものしか置いていない棚――その、一冊分空白になっている箇所。

そこは彼に貸したままの、私の一番のお気に入りが置いてあった場所だ。

「・・・読んでくれたでしょうか?」

その本――フォースを渡した時、彼はとても沈痛そうな顔で呟いた。

ただ一言・・・「あやか」と。

――「・・・あ、ああ。いや、俺は読んだことないけど、知り合いが面白いって言ってたから・・・」――

彼は確かにそう言っていた。

その知り合いとは、もしかしなくとも彼女――あやかさんなのだろう。

だから、借りるのを戸惑った・・・。

「・・・」

彼とあやかさんの間に、何があったのかはわからない。

『私は話したのに、智也さんは何も話してくれない・・・』

そう思ってしまうのは、やはりいけないことなのだろうか?

でも、それでも・・・彼にあの本を読んで欲しい。

そして前に進んで欲しい。

――私は、そう願わずにはいられなかった。







「・・・あれ?」

ふと時計に目を向けて、俺は思わず呆けた声を上げた。

気がつけばもう真夜中・・・というよりは明け方の方が近い時間帯になっている。

そして傍らには、ついさっき読破したばかりの本が一冊。

「・・・読めたな」

今更痛み出してきた目を瞑り、ぼんやりと一言呟く。

実際、読み始めてしまえばそのストーリーにどんどん引き込まれて、気がつけば全てを読みきってしまっていた。

「・・・」

感慨深く枕元に置かれていたその本を手に取って、徐に立ち上がる。

そして本棚の前に立ち、今読んだばかりの詩音のフォースと、今まで一度も開かれることのなかった彩花のフォースを入れ替えた。

「彩花・・・」

そしてその表紙に、そっと手を触れる。

「俺、やっとあの本が読めたよ」

そして俺は・・・届くはずもない彼女に、ポツリポツリと語り始めた。

「今まで読めなくて、ごめんな」

「感想を聞かせるって約束・・・ちょっと遅くなったけどいいよな?」

「・・・おまえが薦めるだけあって、面白かったよ」

「彩花、言ってくれたよな?」

「俺の力は、一緒に居てくれるだけでいいんだって・・・」

「その時はわからなかったけど、今ならわかる気がする」

「・・・いや、その意味を教えてくれた娘がいるんだ」

俺はそこまで言うと一旦言葉を切り、本棚にしまったばかりのもう一冊のフォースを取り出す。

そして思い出されるのは、今日の彼女の言葉。

――「・・・私は・・・智也さんの力は、その存在そのものだと思います。一緒にいると安心できるし、素直になれる・・・そんな力です」――

「・・・俺は、今までおまえの死からずっと逃げてきた」

「でも・・・もうちょっとで答えを出せるような、そんな気がするんだ」

・・・本当は、もう答えなんて出ているのかもしれない。

俺が、彩花のフォースではなく、詩音のフォースを開いたその時点で・・・。

けど、それで済むほど、俺の中にある彩花の存在は小さくなかった。

「・・・これから先も、俺がおまえのフォースを開くことは無いと思う」

「俺の心の中で、おまえのフォース(存在)を開いてしまうのは・・・彼女にとって失礼だと思うから」

「だから・・・」

俺は詩音のフォースを机の上に置き、そして手に残ったもう一冊を――。

「俺がこの本を手に取るのは、今日で最後だ」

――静かに、でも確かに・・・本棚の上段に並べた。



22話へ続く


後書き

は〜い、どうも。

調子に乗ってもう一個連載を開始した管理人です(笑)

まあ学校も夏休みに入ったし、時間はあるんですけどね。

なるべくこちらの方を優先したいと思いますが、さてどうなることやら・・・(汗)


今回の話もまあオリジナルな内容でした。

もちろん智也がフォースを読むシーンは本編にも出てきますが、本編ではかなりあっさりと読めちゃってるので「あれ?」って感じでした。

そして、終盤で彩花に語りかけるシーンは・・・正直私も書いてて恥ずかしかったです。

でもやっぱり、恋人にはアレぐらい言わないとね(←ハ?)


それでは、また・・・ごきげんよう♪



2006.7.19  雅輝