全てを打ち明けてくれた詩音を引き連れ、俺達は彼女の涙の後が消えるまであの喫茶店で過ごすことにした。

「・・・目・・・まだ赤いですか?」

注文を済ませた詩音が、少し頬を染めながらも首を傾げてこちらを見つめてくる。

「ああ。ホントにウサギみたいになってるよ」

そんな詩音が可愛くて、俺は真実半分、冗談半分でそう告げてやった。

「やだ・・・恥ずかしい・・・」

そう呟いて益々顔を赤らめる詩音。

そして俺の中でも益々詩音への愛しさが募ってきて、それを隠すようにぶっきらぼうを装う。

「まったくだ。まるで俺が悪者みたいじゃないか」

「だって・・・そうじゃないですか」

「え?俺が何かした?」

詩音の思ってもみなかった言葉に、思わず慌ててしまう。

「ふふ・・・冗談ですよ。智也さんはすごく素敵な人だと思います」

しかしそんな狼狽した俺の目を、彼女は悪戯っぽい目で見つめた。

「あ・・・」

視線が絡む。

赤い目をして微笑む彼女から、目が離せなくなる。

「詩音・・・」

無意識に・・・本当に無意識の内に俺の右手が彼女の銀色の髪へと伸びる。

彼女は抵抗の意を見せない。

ただ俺の目をじっと見ているだけだ。

そして、後数センチで手が触れようというその時――。

「お待たせいたしました」

「!!」

突然聞こえてきた女性の声に、俺はビクッとして即座に手を引っ込めたのだった。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝





<20>  未来への一歩




「ん?・・・あらら、お邪魔しちゃったかしら?」

「い、い、いや、そんな事ないですよ」

私達が注文した紅茶をテーブルの上に置きながら意地の悪い笑みを浮かべている女性は、妙な既視感を感じるあのウェイトレスのお姉さんだった。

しかし私は彼女の言った言葉の意味を理解できずに、そのまま彼女をじっと見つめてしまう。

「あっ、すみません。ちょっと馴れ馴れしかったですね。・・・それでは、ごゆっくりどうぞ」

私の視線に気付いたのか、彼女は取り繕うように姿勢を正すと、穏やかな笑みを浮かべて去っていった。

『なんだか、独特の雰囲気を持った人ですね。・・・そういえばこの前智也さんに聞きそびれましたが、結局あの人は誰なのでしょうか?』

そう思って智也さんに尋ねようとしたが、どうやら彼は私の聞きたい事を察したらしく、私より先に口を開いた。

「ああ。そういえば前は結局教えなかったんだったな」

「まあそんなに畏まることもないけど・・・」と前置きをして、彼が続ける。

「あの人は信――稲穂信のお姉さんなんだよ」

「稲穂さんの・・・。なるほど、そうでしたか」

智也さんの親友である彼の事はよく知っている。

クラスの中で、智也さんの次によく話しかけてくる男子だからだ。

『そのほとんどが、可愛いとか綺麗とかそういうナンパな言葉でしたけどね・・・』

そんな事を考えながらもう一度仕事をしているお姉さんの姿を、遠目で確認してみる。

・・・なるほど、確かに似ているかもしれない。

勿論、性別の違いははっきりと出ているが、顔のパーツは似通っていた。

「どう?納得した?」

「ええ・・・さすがは親友だけありますね。私は言われるまでまったく気付きませんでしたよ」

「・・・親友はやめてくれ。鳥肌が立つ」

「ふふふふ・・・」

本当にそうなったのか、左手で右腕を擦る智也さんを見て、私は思わず笑い声を上げてしまう。

「ははは。まあ悪友なのは認めるけどな」

そう言って笑っている彼の顔は、いつもの穏やかなものではなく、友達の前でだけ見せる歳相応のあどけないものだった。

「智也さん」

そんな彼を見ていると、どうしても言いたくなった事があった。

それは、前から知っていたこと。

でも、この日本では必要ないと感じていたこと。

そして、目の前にいる彼が思い出させてくれたこと・・・。

「ん?」

「友達って・・・いいものですよね?」

まさか日本で、こんな台詞を言えるなんて思ってもみなかった。

こんなにも穏やかな気持ちで微笑みながら、日本人である彼に・・・。

「・・・ああ、そうだな」

彼がテーブルの上に置いてあった私の手をぎゅっと握り締めながら頷く。

その声は決して大きなものではなかったけれど――とても力強さを感じた。







「・・・これが・・・智也さんの力なんですね」

「え?俺の力?」

それからちょっとの穏やかな静寂を挟んで、ポツリと聞こえた彼女の言葉に反応する。

しかしその言葉の意味はよくわからず、俺は詩音の言葉を借りてそのまま聞き返した。

「はい。前に私が読んでいた本・・・あの本の主人公って、全員が不思議な魔法を使える世界でひとりだけその力が使えないんですよ」

「それで、自分の力を探しに旅に出るんですけど・・・」

彼女が生き生きとした表情で本の概要を説明する。

しかし、俺の頭にはその声は半分ほどしか入ってこなかった。

その話に聞き覚えがあったからだ。

そう、おそらく今詩音が話している本は、俺の部屋の本棚に並んで置いてある――

「彼の力は『幸運』だったんです。その力が旅の間、彼を守っていてくれた・・・もちろん、彼は気付きませんでしたけど」

「私、結局の所、力なんてそんなものだと思うんです。本人は気付かないかもしれない。でも、気付くともっと幸せになれる・・・」

「・・・それって、俺も気づいてないって事?」

「うーん、どうでしょう」

困ったような微笑で首を傾げる詩音。

『俺の気付いていない力ねぇ・・・。すぐ寝られるとか何でも食べられるとか?・・・これは特技か』

「じゃあ詩音は何だと思うんだ?」

台詞を言い終えて、俺はハッとした。

・・・俺は、前にも一度これとほとんど同じ質問をしたことがあった。

もちろんその相手は・・・フォースの、もう片方の持ち主。

「・・・私は・・・智也さんの力は、その存在そのものだと思います。一緒にいると安心できるし、素直になれる・・・そんな力です」

――「うーんとね、智也はいるだけでいいの。一緒にいてくれるだけでいいの。すっごく面白いし、私も私だって気がするの・・・」――

現在(いま)目の前にいる彼女と、過去(かのひ)目の前にいた彼女の言葉が重なる。

――3年。

それだけの月日を重ね俺は今、彩花ではなく詩音からその言葉を受け取った。

『・・・彩花ではなく詩音から・・・か』

自分の考えに、内心苦笑する。

『・・・俺もそろそろ、前に進まないとな』

しがらみを潜り抜け、俺に全てを打ち明けてくれた詩音。

その一歩は小さくても、確実に前に――未来に繋がる一歩だった。

そんな彼女につり合うように・・・いや、それ以前の問題として俺も決着を着けなくてはいけない。

――ずっと目を背け続けてきた、過去の悲劇に・・・。



「――やさん・・・智也さん!」

「え・・・うわっ」

思考から戻ってきた俺の瞳に、数cmと隙間を開けていない詩音の顔がアップで映る。

目の前で心配そうに揺れるその双眸に、俺は思わず仰け反り一気に忙しなくなった心臓に手を当てた。

「どうしたんですか?智也さん・・・私、何か失礼なことを言いましたか?」

尚も不安げな顔で問いかけてくる詩音。

「い、いや。なんでもないよ。それより・・・」

俺は慌てて詩音の言葉を否定し、話を変える意味でつい今しがた思い出したポケットの中の”あるもの”を彼女に見せる。

「ほら、これ」

「? これは何です?」

彼女は俺の手から差し出した二枚のチケットを受け取り、不思議そうな顔をした。

「詩音曰く”俺の親友”から譲ってもらった、遊園地のチケットだよ」

正確には「高値で売ってもらった」だけどな。

「遊園地・・・ですか?」

「ああ。・・・ちょっとそのチケットの裏を見てみ?」

それこそが、俺がこのチケットをわざわざぼったくり並の金で買い取った最大の理由だった。

俺の言葉に、詩音が素直にチケットを裏返す。

「・・・冬の大江戸祭り」

その声には嬉しそうな響きが含まれていた。

おそらく詩音も俺の意図をわかってくれたんだろう。

「そ。前に友達から侍の写真を頼まれているって言ってただろ?そこに行けば、たぶん侍くらい居ると思うぞ」

「これを・・・わざわざ私の為に?」

「ま、まあそんなに大層なものでもないんだけどな。それで、もし良かったらなんだけど・・・今度の日曜、俺と一緒に行かないか?」

「えっ?智也さんと一緒に、ですか?」

「い、いや、嫌なら別にいいんだけど・・・」

とか言いつつ、たぶん本当に嫌だと言われたら死ぬほど凹むと思うけどな。

しかし、俺のその考えも杞憂に終わる。

「い、いえ!そんなわけありませんっ!!」

「・・・へ?」

その声が予想以上に大きくて、思わず間抜けな声が出てしまう。

「あっ、いえ、その・・・一つお尋ねしてもいいですか?」

「あ、ああ」

「これは、その・・・デートなのですか?」

デート・・・。

『詩音さん、改めてそう言われると死ぬほど恥ずかしいんですが・・・』

「・・・言わなきゃ駄目?」

「はい」

即答されました。

いや、俺もデートだと思ってないとかじゃなくて、単純に照れてるだけなんですけどね。

それでも年頃の男の子に、デートという単語はすんなりと出てこないんですよ。

「・・・」

目の前に居る詩音が、瞳を潤ませながら見つめてくる。

・・・覚悟決めるか。

「ああ、そうだよ。デートだよっ。俺とデートしてくれないかっ?」

「はい、いいですよ」

俺は半ばやけくそ気味に言葉を放つ。

しかし詩音もわかっててやってるのか・・・ん?

「今、何て・・・?」

「? 聞こえなかったのですか?」

「いや、聞こえなかったわけではないけど・・・本当にいいのか?」

「はい、構いませんよ」

口調はいつもの通りだが、頬を見ると微かに赤くなっているのがわかる。

なんつーか・・・可愛い。

「え、えーと・・・それじゃあ何時ごろにする?」

「そうですね・・・私お弁当を作っていきますので、11時頃でどうでしょう?」

「オッケー。詩音の弁当か〜・・・こりゃますます楽しみになってきたなぁ」

「ふふふ・・・ありがとうございます」

詩音の料理の腕前は、前の”栗拾いのお礼”で折紙つきだ。

またあの美味い弁当が食えるのかと思うと、今から待ち遠しいな。

「それじゃ、11時頃に遊園地のゲート前で・・・あっ、場所はわかるか?」

「はい。このチケットに簡単な地図が載っていますので」

「よしっ、んじゃそろそろ出るか。いい加減遅い時間だしな」

二人とも紅茶を飲み終えていることを確認してから、窓の外に目を移す。

放課後だった上に図書室経由でここに来たため、もう外は暗くなりつつあった。

「そうですね」

そうして俺達は喫茶店を出て、いつも通りシカ電の彼女の最寄り駅で別れた。



――「それでは、日曜日楽しみにしています。・・・ごきげんよう♪」――

去り際の彼女の言葉。

そして極上とも言える満面の笑みは、俺の心に深く刻み込まれた。



21話へ続く


後書き

ども〜、雅輝です。

いやぁ、今回の「未来への一歩」で、「心の仮面」もついに20話に到達しました〜^^

何か早かったような遅かったような・・・とりあえず「Piaキャロ」の時よりはペースが遅いのは確実です(笑)

そしてアクセスも40000直前。

30000の時は踏み逃げされたからなぁ〜・・・この後書きを読んでくださっている方は、踏みましたら是非申告の程宜しくお願い致します(笑)



さて、今回の内容も前回に続きゲームに沿った内容。

でも割と変えてあるかな?まんま一緒なのは最初の冒頭部分だけですね。

本編との違いを楽しみながら読んでいただけると幸いです♪


そんでは、ごきげんよう〜〜^^



2006.7.13  雅輝