「・・・・・・暇だ」

夏休みも終盤に差し掛かったある日。

俺――三上智也は、自室のベッドの上で窓の外を見ながらぼんやりと呟いた。

あまりの暇さに、「唯笑でもからかって遊ぶかな・・・」などと子供のようなことを思っていたその時、ふと机の上に目線が行く。

「・・・・・・・・・」

それは7月の終業式の時に出た課題――要するに夏休みの宿題というやつだった。

山のように積まれたそれらはほとんど手付かずのまま、普段使うことなどない机を占領していた。

「・・・見なかったことにしよう」

自分に言い聞かすように呟く。

しかし夏休みも残すところ一週間と迫った今、さすがにそれはまずいだろうと思い、担任がご丁寧にも作成してくれた宿題のリストに目を通す。

『うわっ、数学だけでこんなにあるのかよ?・・・まあこれは後で唯笑に見せてもらうとして・・・』

渋る可能性もあるとは思うが、まあパフェでも奢ってやれば何とかなるだろう。

少なくとも信よりは楽に済む筈だ。

『・・・古典はプリントで、現代文が・・・ってなんだこりゃ?』

”読書感想文 原稿用紙3枚以上 ※必ず時代小説である事”

読書感想文って・・・中学生じゃあるまいし、何で高2にもなってこんなことをせんとならんのだ。

などと文句を言っても宿題が変わるはずもない。

「・・・かったる」

数学の問題集や英語の日本語訳などは人のを写せばどうとでもなるが、さすがに読書感想文はそういうわけにはいかない。

『・・・これを先に済ませるか』

しかし始めようにも読むような本が無い。

・・・いや、正確には机の上の本棚に一冊だけあるが・・・まだあれを読む気にはなれない。

「しょーがない。図書館にでも行くか・・・」

俺はここ数週間、すっかり惰眠を貪っていたベッドから抜け出し、私服に着替えてから家を出た。

外に出ると、溢れんばかりの夏の日差し眩しさにちょっとくらっとくる。

目を細めて再度空を見上げれば・・・蒼一色、雲一つ無い快晴だった。

――柄にもなく、何か良いことが起こりそうな・・・そんな予感がした。






Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<1>  彼女の面影




「暑い・・・」

この町の中央図書館は、俺の家から電車で一駅行った・・・徒歩なら30分ほど掛かる場所にある。

そこで俺は電車賃を浮かすために、こうして散歩がてら歩いているのだが・・・。

『何でこんなに暑いんだよ・・・』

先ほどは気分良く見ることのできた太陽が、今はどこまでも恨めしく感じられる。

「・・・」

結局、運動不足の身体を引きずってようやく図書館に着いた頃には、身体中が汗でベトベトだった。

・・・電車の方が良かったかも。



『おお!涼しい・・・』

と叫びたくなるのを必死で堪える。

それほど館内は適度な温度に保たれており、火照った身体に空調の冷風が心地良かった。

しかも利用している人があまりいないため、図書館特有の閑寂とした雰囲気に包まれている。

俺は思わず当初の目的を忘れて、一番冷風が当たる席でグデ〜となってしまう。

『・・・さて、そろそろ探すか』

10分ほどそうして、汗もだんだん引いてきたところで目的の本を探す。

幾重にも並ぶ本棚の前に立ち、ポケットに入れていた宿題リストにもう一度目を通した。

『時代小説か・・・。まあ新書とかよりはましか』

あんな訳の分からん本を読むよりは、時代小説の剣客モノの方が面白い・・・ような気がする。

本棚を目で追って、”F―時代小説”という札が貼ってある本棚に向かう。

そしてその列に入ると、瞳に映る一人の少女の姿が・・・。

”ふわっ・・・”

『えっ・・・?』

鼻腔をくすぐる、柑橘系の香り。

そして、腰まである長い髪・・・。

それは記憶の奥に眠っていて・・・けれど絶対に忘れることはないであろう、彼女の面影。

「あや・・・っ」

か・・・と言いかけて、咄嗟に口を噤む。

『くそっ、何を言ってるんだ、俺は・・・。彩花がここにいるはずないじゃないか』

もう一度よく見てみると、確かに背格好は似ているが、目の前で立ちながら本を確認している彼女の髪は見事な銀髪だ。

――栗色をした彩花の髪とは、似ても似つかない。

「・・・何でしょう?」

と、そこでその少女が問いかけてきた。

確かに切羽詰ったような声を出した上に、じっと凝視されていてはあまりいい気はしないだろう。

「いや、ごめん。その、友達と似ていたから・・・」

「・・・そうですか」

あたふたと弁解する俺に対して、彼女を無表情に一言そう呟くと、興味を失ったようにまた本へと視線を落とす。

「・・・」

何となく虚しい気分になった俺は、内心ため息を吐きながら本棚へと視線を移す。

『しかし時代小説と言っても結構あるなぁ・・・ここはやっぱり、定番の坂本竜馬にでもしとくか』

などと思いながら本を物色していた俺の耳に、いきなり飛び込んできた甲高い声。

「ひっ、きゃああぁぁ!!」

『な、何だ?』

驚いて音源の方向を見てみると、そこには先ほどの彼女がぺたんと尻餅をつきながら後ずさっていた。

「ど、どうしたんだ!?」

俺の声に振り向いた彼女は、前方に指を指しながら半泣きの声で呟く。

「く、クモが・・・。クモだけはいや・・・」

・・・クモ?

その言葉に、彼女の指の先を追ってみると・・・なるほど、確かに直径1cmあるかないかの蜘蛛が床を這っている。

『しかしこんなに綺麗な図書館にも、蜘蛛ってのは出るんだなぁ・・・』

などとのんきなことを考えている俺に、彼女が必死に縋るような視線を向けてくる。

その視線に応えるように、俺は一歩前に出て・・・。

「とりゃ!!」

と、蜘蛛の目の前の床を強く踏みつけてみる。

”カサカサカサ・・・”

すると蜘蛛は案の定、驚いて何処へか消え去った。

「ふう、もう大丈夫だぞ」

と言って未だ床に座り込んでいる彼女に、手を差し伸べている。

しばらく蜘蛛の消えていった方向をぼんやりと眺めていた彼女だったが、俺の声に気づき取り繕うようにして答える。

「いえ、大丈夫です」

俺の手を取ることはなく、彼女はポンポンとジーンズの汚れをはたきながら立ち上がる。

その顔には、先ほどの怯えた表情など既に無く、どちらかというと冷たい無表情な表情が映っていた。

「この事は、他言無用です」

「え?あっ、ああ」

その変わり身の速さと冷たい声に、俺は釈然としないまま返事をする。

「それでは、ごきげんよう」

「ごきげん・・・よう・・・?」

そして落ちていた紙袋のようなものを拾った彼女は、そのまま何事もなかったかのように去っていった。

後に残ったのは、彼女の不思議な挨拶の余韻と、柑橘系の香りだけ・・・。

「・・・何だったんだ、いったい?」

彼女の去っていった方向をぼんやりと見ながら呟いた俺の疑問は、誰も答えられるはずなどなく・・・。

「はぁ・・・」

結局俺はため息を吐きつつ、また本の物色へと戻ったのだった。





その夜、俺はベッドで借りてきた時代小説を読んでいた。

しかし、どうも読む気が起きない。

まだ数ページしか進んでいない本に栞を挟んで、とりあえずベッドの脇に置く。

「・・・」

俺以外だれも住んでいないこの家は、本当に静かだった。

『昔は、そうでもなかったんだけどな・・・』

ぼんやりとそんなことを思いながら、俺の部屋に付いている唯一の窓へと向かう。

そこから見える景色は、隣の家の窓だけ。

そして思い出すのは、その窓から毎朝のように侵入してきた幼馴染。

「・・・」

久しぶりに感傷に浸っていた俺は、そのまま机の上の本棚にしまってあった一冊の本を手に取ってみる。

「”フォース”・・・か」

その表紙を、慈しむように数回撫でる。

しかし、どうしても開く気にはなれない。

「・・・結局、読めなかったな・・・」

彩花が絶賛していて、俺に読むように催促してきた本。

彩花の熱心な勧めに、俺も読んでみようかと借りた本。

でも、もう今は・・・。

「ふぅ・・・」

結局、その本――フォースは今日も開かれないまま、また本棚へと戻された。




2話へ続く


後書き

新連載、スタートで〜す。

今回の主役は、メモオフから詩音ちゃんです^^

プロフィールで一番好きなキャラと書きつつ、今まで長編を書いていなかったのでトライしてみようかと・・・。

どうでしたでしょう、第一話。

もちろん、詩音はこの後澄空に転入してくるのですが、それ以前に二人を出会わせてみました。

それにしても、また夏の描写・・・。

なんか説得力ないですねぇ(笑)

この物語は智也視点で進んでいきますが、時折詩音視点も交じったりします。


それでは、頑張って完結させたいと思いますので、皆様、宜しくお願いしますm(__)m



2006.3.23  雅輝