――「あやかさん・・・という方を知っていますか?」――
「・・・え?」
その双海さんの問いかけに、唯笑はただ驚きの言葉を返すことしか出来なかった。
彼女がなぜ彩ちゃんの名前を知っているのか・・・?
そして、なぜその事を唯笑に聞いてきたのか・・・?
色んな疑問が頭に浮かんでは、消えていく。
「どうして、その名前を・・・?」
その声は掠れていたんだと思う。
それでも唯笑は、真剣な表情で見つめてくる双海さんを見据えながら静かに訊ねた。
「・・・智也さんが、何度か私の事をその名前で呼んだ事があるので・・・」
「・・・・・・そうなんだ。智ちゃんから・・・」
やっぱり・・・と、そう思った。
双海さんと、彩ちゃんの雰囲気が似ているのを直感的に感じ取ったのは、唯笑だけじゃなかったんだ。
ううん、むしろ智ちゃんの方がその意識は強かったのかもしれない。
だから、双海さんの事を・・・。
「双海さん・・・答える前に、一つ聞かせて?なんで知りたいと思ったの?」
「それは・・・分かりません」
俯き加減でそう呟いた彼女は、「ただ・・・」とさらにか細い声で続ける。
「ただ?」
「・・・彼は、私の事をあやかさんと間違える度に、とても沈痛そうな顔で謝るんです。私は、彼のそんな表情なんて見たくない・・・これでは、理由になりませんか?」
真っ直ぐに見つめてくる双海さんの瞳は、微かに揺らいでいた。
それでも彼女は目を逸らさずに、唯笑の事をじっと見つめてくる。
その目を見ているだけで、彼女がどれだけ真剣に智ちゃんのことを想っているかが見て取れる。
だから、唯笑は・・・。
「・・・ううん、そんなことないよ。彩ちゃんの事、教えてあげるね」
――少しじんわりと来た涙を振り払うかのように、今出来る最高の笑顔で双海さんに微笑みかけた。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<18> 彼女の涙
「彩ちゃんはね。唯笑と智ちゃんの幼馴染だったんだぁ」
何かを懐かしむような、そんな表情を浮かべつつ今坂さんが夕陽を見上げながらも徐に口を開く。
私はそんな彼女に何も返さず、ただ静かにその横顔を見つめなから話の続きを待った。
「それこそ、物心のついた時からずっと一緒だった。どこへ行くのも、何をするのも三人一緒・・・唯笑達にとって、それが”当たり前”だったんだ」
「・・・」
「その関係は、中学校に入学しても続いた・・・。でもね、2年生になって半年が過ぎた頃、唯笑達の関係にも変化が訪れたの」
「変化、ですか?」
「うん。・・・智ちゃんと彩ちゃんが付き合い始めたの」
「!・・・そう、なんですか」
私は「付き合い始めた」という言葉に一瞬驚くが、すぐに平静を装って続きを促す。
――心は、落ち着かないままだったけれど。
「・・・彩ちゃんってね、すっごく良い女の子だったんだ。美人だし、優しいし、料理は上手いし、成績は優秀だし・・・美術はちょっと苦手だったけど・・・」
「そんな彩ちゃんは、唯笑にとってお姉ちゃんのような存在で、憧れの対象でもあって・・・一番の親友でもあった」
と、そこで一旦言葉を切る今坂さん。
尚もこちらに顔を向けようとしない彼女の瞳は、悲しみで揺れているような気がした。
「・・・ホントに、お似合いのカップルだった。傍目から見ても、お互いの事を凄く大切に想ってるって分かるくらいに・・・でも・・・・・・」
今坂さんが何かに耐えるようにぎゅっと目を瞑ると、公園は静寂に包まれた。
まだ十月だと言うのに、私達に吹き付ける風は酷く冷たく感じる。
――どれくらい経っただろうか?
一つ大きく息を吐き出してゆっくりと目を開いた彼女は、その悲愴感が漂う顔をこちらに向け搾り出すように声を発した。
「・・・彩ちゃんは、もう居ないの」
ポツリと呟いたその声は、やけに私の耳に残った。
「・・・居ない、とはどういう事ですか?」
「言葉通りの意味、だよ。中学2年生の時・・・」
と、そこまで言った今坂さんだったが、何かを考え込むように俯く。
そして次に顔を上げた彼女は、切なげな笑みを貼り付けていた。
「後は、智ちゃんから聞いてね?たぶん、これは智ちゃん自身から聞かなきゃ意味がない事だから・・・」
「・・・そう、ですか」
その笑みの意味はいまいち汲み取れなかったが、それでも彼女の言葉にはしっかりと頷いた。
・・・何もかも今坂さんに聞くのは、ずるいと思ったから。
「それじゃあ、唯笑はもう行くね」
「あっ・・・」
そう言って突然立ち上がり背中を見せようとした今坂さんを、私は慌てて呼び止めた。
「い、今坂さん!」
「うん?なあに?」
数歩歩いたところで立ち止まり、それでも振り向かずに答えた彼女に、私は少し失礼かもしれないがどうしても聞かずにはいられない事があった。
「あの、最後にもう一つだけ・・・もしかして、今坂さんは智也さんの事が――」
「双海さんっ!!」
「っ!」
しかし、私の台詞は途中で今坂さんの大きな声で遮られてしまう。
その声は、今目の前にある彼女の背中と同様、少し震えていた。
そして、彼女が振り向く。
その顔は笑顔だったのだが、私を見つめるその瞳には悲しみや切なさが見え隠れしていた。
「・・・がんばってね?」
「あ・・・」
彼女は動けない私に一言そう言うと、今度こそ早足で公園を出て行ってしまった。
――注意して見ていなければ、気がつかなかったかもしれない。
「今坂さん・・・」
立ち去る間際に、彼女の瞳から零れた大粒の涙に・・・。
「やっぱり、あなたは・・・」
私の質問に対する、どこまでも悲しげな肯定の証に・・・。
「ふう・・・」
誰もいない部屋の中で、俺のため息だけが宙に舞う。
もうすっかり窓の外は夜の帳を下ろしていて、どこからかフクロウのような鳴き声が聞こえてきた。
「結局、見つからなかったな・・・」
散々走り回って酷使した足を手で揉みながら、ベッドの上でごちる。
詩音が店を飛び出していった後、すぐに俺も勘定はいらないと言うお姉さんに頭を下げて店を後にした。
しかし商店街一帯を探してもどこにも彼女の姿は無く、結局この時間まで探していたのだが諦めて帰ってきたのだ。
「・・・ホント、どうしたんだろうな」
突然、涙を零しながら走り去ってしまった詩音。
あの事があってからずっと、考えているのは彼女の事だけだった。
――詩音を庇った事が悪かったとでも言うのだろうか?
けどあの状況では、そうする以外の選択肢は無い様に思えた。
いや、身体が勝手に動いた・・・の方が正しいだろう。
脳が「危ない」と認識する以前に身体が反応した・・・そんな感じだった。
「『優しすぎるから』・・・か」
彼女は、いったい何が言いたかったのだろうか?
ポツリと聞こえてきた彼女の言葉を、何度も何度も頭の中で反芻しては結局その疑問で行き詰ってしまう。
俺が優しい・・・もしそうだと仮定しても、それが何故彼女の涙に繋がるのかが分からない。
――こんな時、鈍感な自分が非常に歯痒くなる。
『・・・電話をかけてみようか?』
何を話せばいいのかまったく分からなかったが、行動しないよりはましだと自分に言い聞かせ、ベッドから立ちあがり電話の子機を手に取る。
しかし、指を動かさないまま俺は立ち尽くした。
『・・・そういえば、詩音の家の電話番号って聞いたこと無かったっけ』
そう、俺はそんな事も知らなかったのだ。
使われることは無かった子機を所定の位置に戻すと、俺は服を着替えることもなくベッドへと寝転がった。
「・・・」
目線を天井から移すと、そこには並んだ肌色の背表紙が見えた。
「・・・」
もう一度目線を天井に戻してから、ゆっくりと目を閉じる。
全てを忘れるように・・・全てから逃げるように・・・。
酷く沈んだ心にそのまま従うように、だんだんと訪れてきた睡魔に身を任す。
――今夜はあまり良い夢を見れる気がしなかった。
19話へ続く
後書き
何とか金曜日に更新できました^^;
いやぁ〜、今回も煮詰まった煮詰まった。
まず最初の唯笑視点でリアルな話3日取られました。
初挑戦ということもあって、ちょっと変かも・・・まあその辺は笑って見逃してやってください。
だってね、一人称が名前の人物ってすっごく書きにくいんですよ。「てんたま」の花梨とか。
下手したら共通視点と間違われてしまう恐れが・・・まあ今回は彩ちゃんとか智ちゃんという単語が出てきているから大丈夫だとは思いますが(汗)
そしてコロコロと入れ替わる視点・・・読みにくくて本当にごめんなさいm(__)m
内容はというと、ゲームでは無かった裏設定を想像(妄想?)で書いてみました。
ゲームをやっていて、『あの後詩音はどこに行ったんだろう?』と疑問に思っていたので・・・まあ私の想像ではこれが精一杯でした〜(笑)
そ〜れでは、また次週!^^