「・・・それで、どうなんだよ?」
「・・・・・・は?」
ここは学校の近くにあるラーメン屋。
俺は信に、昨日手伝ってやった見返りを早速要求したわけなのだが・・・。
ラーメンの汁を飲み干し一息ついた信のいきなりの意味不明な言葉に、俺は2杯目のラーメンを口に含みつつ疑問の声を上げた。
「どうって・・・何がだ?」
「とぼけるなよ。彼女のことだよ」
「いや、彼女って言われても分かんねえし」
それ以前にそのにやにやした笑いをどうにかしろ、ムカつくから。
「だぁかぁらぁ・・・双海さんのことだよ」
信は呆れたようにため息をひとつ零すと、またムカつく笑みを浮かべ始める。
ん?ていうか双海って・・・。
「・・・詩音のことか?」
「それ!それだよ!」
なんか妙にハイテンションな信が急に声を上げ、俺をビシッと指差す。
「はぁ?」
「今、詩音って言っただろ?お前らいつの間に下の名前で呼ぶような仲になってんだよ!?」
「いつからって言われても・・・あれ?いつからだ?」
二週間ほど前だと思うが・・・その辺の記憶は曖昧ではっきりしない。
「・・・まあそれはいい。俺が本当に言いたいのは――」
と、今までさんざんふざけていた信がいきなり真剣な表情に変わったので、俺もちゃんとラーメンを咀嚼し終える。
「・・・これまでも何回か聞いてきた事なんだが、これで最後だ。・・・唯笑ちゃんとは、付き合ってないのか?」
いつもならここで冗談のひとつでも言うところなんだが、信の目があまりにも真摯だったので俺も真面目に答えることにした。
「・・・ああ。唯笑は大事な幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない・・・。そういう関係になることも、俺は無いと思っている」
今俺が言った言葉が本音だった。
確かにあいつには何度も助けられてきた。
幼稚園、小学校、中学校と彩花と三人で時間を共にし、彩花が死んだとき俺を暗闇から救い出してくれたのは唯笑だった。
しかし、それでも唯笑は俺にとっては妹のような存在・・・けっして女の子として見る事はできなかった。
「そっか・・・それならいいんだ」
俺の言葉に、信はホッとしたような・・・それでいてどこか悲しげな表情を浮かべていた。
「お前がそこまで言うのなら俺からは何も言うことはない。なんだかんだ言ったって、決めるのはお前だからな」
そう言うと信は「ほれっ」と一枚のメモ用紙を俺に手渡す。
「・・・これは?」
「彼女が紅茶が好きだってことは当然知っているんだろ?そのメモに書かれてる場所は、商店街の中にある近所でも美味くて有名な紅茶の喫茶店だ。姉ちゃんがそこのダージリンは絶品だって言うからわざわざ聞いてきてやったんだよ」
「信・・・」
「これでも俺はお前の事を応援してるんだぜ?それにお前が双海さんとくっついてくれれば、俺にもチャンスが生まれるかもしれないしな」
照れくさそうにニカっと笑う信。
『そうか、信は唯笑のことが・・・』
今までも何度か冗談ぽく仄めかしてはいたが・・・。
「本気・・・なんだな?」
「・・・ああ」
コクっと頷く信。
こいつは一見軽そうに見えるが、こういうことに関しては真剣に考えていることを俺は知っている。
俺だって一応はこいつの親友をやってるんだしな。
「そうか・・・頑張れよ?」
「ああ、お互い様だけどな」
俺達はそう言葉を交わすと、ふっと笑い・・・互いの握りこぶしを軽くコツっとつきあわせた。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<16> 喫茶店の紅茶(前編)
「・・・ってことで、喫茶店に行こう」
「・・・はい?」
翌日、放課後の図書室。
俺のあまりにも唐突な提案に、カウンターの中で文庫本を読んでいた詩音は目を丸くし、疑問の声を上げた。
まあ、前置きも何も無かったから当然なんだけどな。
「実はだな。昨日信に紅茶が美味しいって評判の喫茶店を教えてもらったんだ。んで、紅茶好きな詩音も一緒にどうかと思ってな」
俺はそんな詩音に、事情を簡単に説明をしてやる。
「えっ、本当ですか?」
「ああ、まあ信の言うことだからどこまで本当かは分からんが・・・その辺の喫茶店より美味いことは確かだと思うぞ」
「そうですね・・・智也さんさえ宜しければ是非」
詩音は持っていた本を机の上に置くと、そう言って軽く微笑む。
――最近の彼女は、今のようによく笑ってくれるようになった。
今の彼女の微笑みを見ていると、出会った頃の彼女の冷たい表情がまるで嘘かのように・・・。
「・・・?智也さん?」
「えっ?あ、ああ。何でもない。それじゃあ今からもう出られるか?」
「そうですね・・・すみませんが、片付けなければならないので後10分ほど待って頂けますか?」
「オッケー、わかった。・・・何か手伝うことある?」
「いえ、結構です・・・。と言いたい所ですが、お願いしても宜しいですか?」
悪戯っぽい瞳を向けてくる詩音。
――どういう心境の変化かはわからないが、良いことではあれども悪いことではないはずだ。
「・・・ああ、もちろんだよ」
俺にとっても、そして――彼女にとっても、な。
”カラン、コロン”
喫茶店のドアを開けると、清涼感のあるベル音と共に店員が迎えてくれる。
店の中は割と広くて、それでももうすぐ夕方になろうかという中途半端な時間帯だからか、お客さんの姿は私達を含めてもあまり多くなかった。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
「はい」
「かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ」
笑顔で案内をする店員のお姉さんに従って、奥のほうにある2人掛けのテーブル席へ。
先に座った智也さんの向かい側に腰を下ろすと、すぐにおしぼりとお水が私達の前に置かれた。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらまたお呼びください」
丁寧に頭を下げて去っていく店員の背中を見送ってから、私はおしぼりを手に取りメニューに目を通す。
「詩音、決まった?」
その声に目をメニューから上げてみると、もうひとつのメニューを畳み水を飲んでいる智也さんの姿が。
どうやら彼はもう決めてしまったようだ。
「あっ、はい。ダージリンにしようと思っています」
これは私のこだわりというか・・・初めて来たお店では絶対にダージリンを頼むことにしている。
もちろん他の茶葉もいいのだけれど、そのお店の味を知るにはダージリンが最も適しているから。
「そっか。俺は正直言って紅茶のことはあんまり詳しく無いから、無難に詩音と同じものにしとくよ。何か食べ物はいる?」
「いえ、あまりお腹は減っていませんので・・・」
「わかった。すみませーん!」
「――ご注文は以上でお揃いでしょうか?それでは、ごゆっくりどうぞ」
二つのダージリンを持ってきてくれたのは、先ほど席に案内してくれたお姉さんだった。
静かにカップを置き、また一礼してから去っていく。
しかしそのお姉さんが去ってからも尚、目で追っている智也さんに対して、私は訝しげな視線を向けた。
「どうしたんですか?智也さん」
「ん?いや・・・何かあの人見たことあるなぁ、と思ってな」
「え?智也さんもですか?」
実はそれは、私も感じていたことだった。
以前どこかで会ったとか、そういうのでは無いと思うのだけど・・・。
何故か彼女の顔には、妙な既視感を覚える。
「何だろうなぁ?何か見覚えはあるんだけど・・・会ったことは無いような気がするんだよなぁ」
智也さんも私とまったく同じ事を思っていたみたい。
2人でう〜んと首を捻るけど、数分後智也さんが諦めたように声を発した。
「ま、どうでもいいか。それより、早く飲まないと折角の紅茶が冷めちゃうんじゃないか?」
「・・・そうですね。それでは頂きましょうか」
「ああ、先にどうぞ。詩音の感想も聞きたいしな」
「そうですか?それでは・・・」
智也さんの勧めに、素直にカップを持つ。
『・・・暖かい。まずカップを暖めているところは合格点ですね』
続いて香りを楽しむ。
『茶葉の香がちゃんと引き立ってる・・・。これは期待が持てそうですね』
そして肝心の味。
スプーンで少しかき回して、そのまま一口含む。
「・・・」
「どうだ?」
「・・・悪くないですね。しっかりと紅茶の本質は捉えているようですし・・・75点というところでしょうか」
「75点か・・・。どれ」
そう呟き、智也さんも紅茶を口にする。
目を閉じてしっかりと味わっている様子。
「どうですか?」
「ん〜〜、なんつーか普通に美味く感じるんだけど。俺だったら90点くらいあげるかな」
「そうですか?この葉の蒸らし方には、まだ若干のムラがあるように思うのですが・・・」
「ああ、俺は紅茶にはあまり詳しくないからね。でも、確かに詩音が淹れた紅茶の方が美味しかったな」
「あ、ありがとうございます・・・」
微笑みながらそう褒めてくれた智也さんに、私は何となく気恥ずかしくなりながらも返事をする。
そして赤く火照っているであろう頬を隠すように、店内に流れている穏やかなクラシック調の音楽に身を任せながら、私はまた一口紅茶を啜った。
17話へ続く
後書き
よしっ、今回は5日で更新できました^^
でも話の内容的には結構スカスカだったり〜(汗)
今回は前後編にしようと(突発的に)考えたので、少し他の作品よりは短めかな?
智也が詩音を喫茶店に連れてくる話・・・本編でも大事な場面ですねぇ。
となると、後編は――プレイした人なら分かりますよね(ニヤソ)
”あの”事件を、詩音視点で頑張ろうと思ってまーす。
そんでは、今日はこの辺で・・・また!