「・・・ったく、信のやつくだらない事で呼びやがって・・・」

日曜の昼下がり。

もちろん学校は休みなはずなのに、何故か俺は制服を着て学校からの坂道を下っていた。

「大変だって言うから何事かと来てみれば・・・ただの手伝いじゃねーか」



俺が学校から出た今も尚こうしてぶちぶちと文句を言い続ける原因は、いつものように惰眠という素晴らしい過ごし方で休みを謳歌していた俺の元に掛かってきた、一本の電話だった。

家中に鳴り響くその電子音に叩き起こされた俺は、欠伸をしながらも渋々電話口に出たのだが・・・。

「もしもし・・・」

「おっ、智也か!?大変なんだ!頼むから助けてくれ〜〜〜!」

「・・・」

寝起きの頭にいきなりのクリーンヒットを浴びせてくれたその大声量に、思わず即座に電話を切ってしまいたい衝動に駆られる。

しかしその声が余りにも切羽詰った様子だったので、とりあえず話を聞いてやる事にした。

「何なんだよ、いきなり電話掛けてきやがって・・・第一声がそれか?」

「本当にすまん!でも時間が無いんだ!頼れるのは智也しかいないんだよ〜〜!」

「はぁ・・・で、どうしたんだよ?」

「おおっ、さすが我が友。じゃあ今から学校まで来てくれ!」

「・・・は?」

「頼んだぞ!じゃあな」

”ブツッ・・・ツー、ツー・・・・・・”

「・・・・・・」

――電話と共に、俺の理性の線までブチ切れそうになりました。



「そんでわざわざ制服に着替えてまで来てみれば、課題のレポートの手伝いだもんなぁ・・・」

坂道を下り、駅の近くになっても俺の愚痴はまだ続いていた。

まあ結局は手伝ってやった俺って、結構お人好しなのかもな。

・・・ラーメン3杯で、だが。

ちなみに信はというと、レポートの期日がとっくに過ぎていたせいで、今頃教科担当にこってりと絞られているだろう。

『あいつ、変な所で要領悪いからなぁ・・・』

と、そんな事を考えている内に、いつの間にか駅に着く。

どうしようか・・・このまま家に帰ってもどうせ寝るだけだしな・・・。

「少し商店街にでも寄ってみるか」

俺はこのまま帰るとなんだかもったいないような気がしたので、駅前広場から続く澄空商店街へと入っていった。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝





<15>  2ショット




「さて・・・これからどうするかな」

休日の午後だけあって、商店街の中は結構な人で賑わっている。

何の予定も無しに入ってきた俺は、とりあえず入り口の端に寄りどこに行くか考え始めた。

『新譜のCDでも見に行くか・・・いや、待てよ?そういえばこの前信が、ゲーセンに新しいゲームが入ったって言ってたな』

最近行ってなかったし、たまには気分転換にいいかもしれない。

丁度財布も小銭で重たくなってきたところだしな。

って事で俺は、商店街の中程にあるゲーセンに向かって歩き始めた。

『まあ一人で・・・ってのは寂しいが、この際仕方あるまい。まさか都合よく知り合いが居るわけでもないし・・・』

と、そんな事を思いながら何気なく視線を巡らせた俺の目に、書店の前で話している二人組の女の子の姿が映った。

一人は明るい色をしたショートボブで、もう一人は見事な銀髪が目立つロング・・・ん?

彼女達に近づくにつれ徐々にはっきりとしてきたその姿に、俺の疑問は確信に変わっていく。

『――って居るのかよっ!!』

思わず心の中で思いっきりツッコミを入れてから、ある程度近づいたところでその二人に声を掛けた。

「よっ!」

「「・・・えっ?」」

二人はいきなり掛けられた声に驚いたのか、目をパチクリさせながらこちらを振り向く。

「珍しい2ショットだな」

「あっ、智也さん。こんにちは」

「ふう、誰かと思えば三上君じゃない。どうしてここに?」

相手が俺だと分かって安心したのか、彼女達――詩音と音羽さんは、安堵の息を吐きながら笑顔を見せた。





「へぇ〜、稲穂君の手伝いにねぇ。良いトコあるじゃない」

「ははは・・・音羽さん達は、こんな所で何をしていたんだ?」

俺はここにいる理由をおおまかに説明し終え、次いで彼女達に同じ事を尋ねてみる。

「ああ、ついさっきこの本屋さんでばったり会って、少し話してただけだよ。ね?双海さん」

「はい、そういう事なんです」

笑顔を見せながら同意を求める音羽さんに対して、詩音の表情はやはりまだ堅い。

とは言っても、図書室での件もあってか、他のクラスメート達に比べれば遥かに柔らかいのだが・・・。

「二人とも、これからどうするんだ?」

「ん〜〜、私は特に予定は無いかなぁ。商店街に来たのだって、マンガの新刊を買いにきただけだしね。・・・双海さんは?」

「私も・・・特にはありませんね。買った本を早く読みたい、というのはありますけど・・・」

「そっか。それじゃあ、俺今からゲーセンに行こうと思ってるんだけど、良かったら一緒にどう?」

「ゲームセンターか・・・。うん、こっち来て一回も行ってないし、いいかも」

「あの・・・」

結構乗り気な音羽さんの横から、詩音がおずおずと声を出す。

「ん?」

「”ゲームセンター”って、何ですか?」

「「・・・えっ?」」

――その予想もしていなかった質問に、俺と音羽さんの疑問の声が見事にかぶった。





「なるほど。ゲームセンターとは、アミューズメントセンターの事なんですね?」

「ちょっと違う気もするが・・・まあそんなところかな」

俺達はゲーセンへの道すがら、詩音にゲームセンターとは何たるかを教えながら歩いていた。

何でも、彼女が今まで行った国々ではゲームセンターという固有名詞は無かったらしい。

しかしそれに近いものはあったのか、説明をし始めるとすぐに納得したようだった。

「ねえ、三上君。あれじゃない?」

「ん?そうそう、あの二階建てのやつな」

音羽さんの声に視線を前に戻してみると、店の前の機体に集まっている女子高生数人が見てとれた。

「あの、智也さん。あれは何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「ああ、あれは俗に言う”プリクラ”というやつで・・・まあ実際にやってみた方が早いか。音羽さんも一緒に撮ろうぜ」

「うん、良いよ。記念になりそうだしね」

女子高生達が撮り終え、店内に入っていくのを待ってから、俺達は詩音の手を引きその機体の前まで連れて行く。

「ちょ、ちょっと・・・」

少し困惑している様子の詩音を無理やり画面の前に立たせ、コインを入れて音羽さんと相談しながらフレームを決める。

位置的に言うと、詩音を中央に置いて俺が右、そして機体の出入り口がある左側に音羽さんが立っている。

「あ、あの・・・これは一体どういったものなんですか?きちんと説明してください」

「まあまあ。要するに撮った写真がシールになって出てくる機械だよ」

何故か音羽さんの強い希望で、フレームはハートマークに決定。

「・・・それって、街頭写真のことですか?」

『・・・何でそんな言葉は知ってるんだ?』

「あ、ああ。まあそんなところだ。・・・おっ、もう5秒前だぞ?ほら笑って笑って」

「え、ええっ?い、いきなりそんな事を言われても・・・」

画面に3秒前と映し出され焦りまくる詩音。

それとは対照的に、何かタイミングを計っているかのように冷静にカウントダウン表示を見つめる音羽さん。

『・・・っていうか今更気付いたんだが、このフレームって大きさ的にどう考えても二人用なんじゃないか?』

しかし、そう疑問に感じた時は既に遅かった。

目の前の画面に一秒前と表示されたその瞬間、音羽さんは素早くカーテンをくぐり外へと飛び出したのだ。

「えっ?ちょっ――」

”カシャッ”

俺の制止の声など間に合うはずもなく、問答無用にシャッターが下りる。

”ウィ、ウィーーーーン・・・”

もちろん出てきたプリントシールには、音羽さんの突然の行動に焦った表情をしている俺と、無理に笑おうとしてぎこちない顔になっている詩音が、2ショットで写っていた・・・。





機体の外に出ると、音羽さんは何故か意地悪い笑顔を見せて立っていたので、俺は心中とは逆のとても良い笑顔で言及してみる。

「で?どういうつもりなのか説明してくれるかなぁ、音羽さん?」

「あは、ははははは」

俺の笑顔の意味に気付いたのか、彼女はすぐににやにやした顔を下げ渇いた笑いを見せた。

「ほ、ほらっ、良い記念になったでしょ?ねっ、双海さん?」

「えっ、あ、はい・・・」

やはり珍しいのか、ぼ〜っと16分割されたプリントシールに目を落としていた詩音の返事はどこか投げやりな感じだった。

「いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな・・・。それに記念にするなら音羽さんも写った方が良かったじゃないか」

「いやぁ、だって私は・・・ほら、お邪魔虫っぽいし?」

そう言ってまた意地悪い笑みを向けてくる音羽さん。

「はぁ・・・勘弁してくれよ」

お邪魔虫の意味が分かるからこそ、深いため息も出てくるものである。

そしてその言葉を完全否定できない自分が何とも・・・。

「あはは、まあいいじゃない♪それより他のゲームも回ってみようよ。ほら、双海さんもっ」

「は、はあ・・・」

彼女は屈託無い笑顔を見せると、またにやにやした笑みに戻って詩音に何やら耳打ちをする。

そして次の瞬間、何故か詩音の顔は真っ赤に染まってしまった。

「お、音羽さんっ!!」

「あはは♪それじゃあ私は先に行ってるね?お二人ともごゆっくり〜〜」

詩音が恥ずかしそうに頬を染めながら音羽さんに抗議すると、彼女は悪びれもなく明るい笑顔を見せ店内へと消えていってしまった。

『・・・一体音羽さんは詩音に何を言ったんだ?』

耳打ちをしていたのは数秒だったので、そんなに長い話ではないと思うのだが・・・気になる。

なにせ”あの”詩音の顔を真っ赤に染めてしまったんだからな。

「なあ、詩音。音羽さんに何を言われたんだ?」

「え、ええっ?」

音羽さんが入っていった店内の入り口に体を向け、俯きながら何やら呟いていた詩音は、俺の質問に対して何故か過剰なまでに反応した。

バッと振り向いた彼女の顔は尚も朱に染まっており、俺の顔を見て数秒膠着した後、またさらに赤くなってしまった。

「ど、どうしたんだ?」

「い、い、いえ何でもありません!さ、さあ私たちも行きますよ!」

染まった顔を俯かせて詩音は早口で捲し上げると、俺の返事も待たずに店内に消えてしまった。

「?? 何なんだ?」

首を傾げた俺の疑問に答えてくれる者は当然誰もおらず、俺は頬をポリポリと掻きながら彼女達に続いてゲームセンターの自動ドアをくぐった。







「ああ〜〜〜、すっきりしたぁ!!」

結局あれから数時間ほど店内を遊び巡っていた俺達は、手持ちの金も尽きてきたところでゲーセンを後にした。

三人並びながら歩く帰り道の道中、音羽さんのいかにも満足した声が夕焼け空にこだまする。

「そりゃあ・・・あれだけ騒げばなぁ」

俺は皮肉を込めてそう言ってやる。

そう、音羽さんは店内でも何かにかけて俺と詩音を冷やかしてきたのだ。

まあどれもこちらを不快にさせるものではなく、ある程度冗談だと分かっているからこちらも適当に流していたのだが・・・。

「だって、ゲーセン行ったの久しぶりだったんだもん。前に住んでいた所はゲーム機もあそこまで充実してなかったしね」

しかし音羽さんは俺の皮肉の言葉をポジティブに捉える。

・・・まあいっか。

「詩音はどうだった?楽しめたか?」

「・・・えっ?」

右隣の音羽さんから、左隣の詩音に視線を移してみると、どうやら彼女はさっき撮ったプリントシールを眺めながらぼ〜っとしていたようだ。

そして俺の呼びかけに今気付いたかのように、顔を上げてこちらを向く。

「あはは。双海さんは三上くんとの2ショットに心を奪われていたみたいだね〜〜」

「えっ、お、音羽さん!違いますよ!」

にやけた音羽さんの冷やかしに、詩音が頬を赤く染めながらも反論する。

ふう・・・今日だけで何回こんな光景を見てきたことか。

俺は適当にあしらっていたのだが、詩音はそういうことに慣れていないのか、いちいち反応しては音羽さんの意地悪い笑みを誘っていた。

『まあ素直な性格・・・ってことなのかな?』

そういうところも、似てるんだ――アイツに。





「それではお二人とも、ごきげんよう」

「ああ、ごきげんよう」

「またね、双海さん」

澄空駅から一番近い駅で降りる詩音の後姿を、車窓から見送る。

ちなみに音羽さんの下車駅は後二駅、俺は後三駅だ。

「さてと・・・音羽さん」

再び電車が動き出し、詩音の姿が見えなくなったところで俺はおもむろに口を開いた。

「ん?なに?」

「そろそろ本音を聞きたいんだが・・・何で今日あんなに俺達の事を冷やかし――いや、くっつけようとしてたんだ?」

俺は少し真剣な表情を意識しつつ彼女に問うてみる。

すると彼女も俺の真剣な表情に気付いたのか、「ふう」とひとつ息を吐くと俺ではなく流れ行く外の景色を眺めながらポツリと呟いた。

「だって三上くん、双海さんのことが好きなんでしょ?」

「・・・え?」

しかし返ってきたのはそのしおらしい態度とはまるで逆の剛速球ストレートだった。

一瞬俺の思考が停止するが、そんな俺に構わず音羽さんは続ける。

「わかるよ。だって三上くん、自分では気づいて無いのかもしれないけどいっつも双海さんの事を目で追ってるんだもん。それに、いつの間にか名前で呼び合ってるし・・・」

「・・・」

俺は余計な口は挟まず、窓の外に顔を向けている彼女の横顔を静かに見つめる。

いつも明るく笑っている音羽さんだけに、今の彼女の表情はやけに悲しげに見えた。

「そしてたぶん、双海さんもね。今日さんざん冷やかしていたのは、彼女の気持ちを確かめるためと、あなた達をくっつけるため・・・」

「・・・」

音羽さんがこちらを振り向く。

その表情は、どこまでも真剣そのものだった。

「ねえ、三上くん。正直に答えて欲しいの・・・。双海さんが・・・好きなの?」

「・・・」

「・・・」

「・・・分からない」

数秒間黙考した後、俺が出した結論はとてつもなく卑怯で、臆病な答えだった。

確かに、好きなことは好きなんだと思う。

しかし、それが恋愛感情なのか・・・。

そしてそうだとすれば、あの頃の彼女を想う気持ちほど大きなものなのか・・・。

俺は無意識の内に、その答えを出すのを避けていた。

それをこうして突きつけられた今、俺は答えられず、ただ曖昧な返事を返すことしかできない。

「わからない、か・・・。そんなのずるいよ、三上くん」

「・・・すまない」

そう言われてもしょうがない。

でも、もう少しだけ時間が欲しかった。

自分の気持ちを固める時間を・・・自分と、本当の意味で向き合えるまで――。

「そんな事言われたら、私も諦めきれないじゃない」

「え・・・?」

俯きながらポツリととても小さく呟いた彼女の声は、次の駅に着くという車内アナウンスによってかき消され俺の耳に届くことは無かった。

そして俺の聞き返した言葉にハッとした表情を浮かべた彼女は、すぐにいつもの明るい笑顔に戻って焦ったように口を開く。

「な、何でもない!と、とにかく私、二人の事を応援してるから、頑張ってね!」

「あ、ああ」

「それじゃあ!」

いつの間にか電車は駅に着いており、音羽さんは早口でそう捲し立てると風のように走っていってしまった。

「・・・」

突然変貌したその様子に、俺はただ呆然とその後姿を見送っていた。


16話へ続く


後書き

はぁ・・・また一週間で更新できなかった。

もう、今回の話は煮詰まって煮詰まって・・・その代わり結構長めですがそれでもね〜〜。

PCの前に座っても何も浮かんでこない日々が続いたりして・・・うぅ、本当にスランプか?(笑)



まあそれはさておき、今回はサプライズを起こしてみました。

なんつーか・・・詩音SSというよりはかおるSSみたいな感じでしたね。

本当はもっと詩音を前面に出す予定だったのですが、この辺で煮詰まった皺寄せが・・・。

まあ何とか形になってよかったとしか言い様がありません(汗)

これはこれで私的にはまあまあ好きな展開ですしね(笑)



それでは、次話こそ一週間で書けるように・・・頑張りま〜す^^



2006.6.11  雅輝