「あっ、おかえりなさい父さん。たった今、夕食が出来た所ですよ」

私が栗ご飯を含む今日の献立を全て並び終えた丁度その時、仕事を終えたばかりの父さんがリビングに入ってくる。

時刻は午後八時・・・急いで帰ってきたおかげで、どうにか父さんが帰ってくるまでには間に合った。

「おお、そうか。では、早速頂くとするかな」

父さんはそう言って大き目の鞄を自分の書斎に置いてくると、来ていた上着を椅子の背に掛け、用意しておいた箸を手に取る。

私も丁度飲み物とコップを出し終えた所で、待ちきれないと言った父さんの様子に苦笑しながらも向かいに座った。

「それでは、頂こうか」

「はい、どうぞ」

父さんが真っ先に手に取ったのは、やはり栗ご飯だった。

一口目を口に運び、「また腕を上げたな、詩音」と微笑むとそのまま二口目、三口目と続ける。

「ふふ・・・ありがとうございます」

私もその言葉に対して一言お礼を言うと、自分の箸を手に取り栗ご飯を口に運ぶ。

甘みが強い栗がご飯とよく合って、我ながら良い出来だと感じるのと同時に不意に頭に浮かんだのは、この栗をどんどん落としていった無邪気な彼の笑顔だった。

『・・・今度ちゃんとしたお礼をしなくてはいけませんね』

「ん、詩音どうした?ぼんやりとして・・・。もしかして恋煩いか?」

「えっ!?ち、違います!」

「お?何かその反応は怪しいなぁ。そうか・・・とうとう詩音にもそんな相手が出来たのか・・・」

「しみじみ言わないでください!違いますってば!」

「ははは、そんなに隠す事無いじゃないか」

「もうっ・・・」

確かに考えていたのは彼の事だけど、それは恋煩いなんかじゃない。

・・・そう、絶対に違うんだ。



いつもなら言われても気にする事なんてないのに・・・何故か今回は、むきになって強く否定している自分がいた。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<14>  手作り弁当




「う、う〜〜ん・・・腹減ったな」

眠っていた身体を起こした俺は、いきなり訪れた空腹感に思わず呟いた。

今日は土曜日なので、学校は午前中で終了する。

そして今、4時間目の授業も終わり、はれて放課後になった訳なのだが・・・。

「今日は購買も閉まってるんだよなぁ・・・」

当然昼からの授業が無い為、利用者がほとんどいなくなる購買部は閉まっている。

学食は一応開放しているが、この学校の学食は色々とアレなので遠慮しておきたい。

『さっさと家に帰って何か食うか・・・・・・あ、そういえばカップラーメンも切れてたっけ』

そんな事を思いながらも席を立った丁度その時、いつもは無口なお隣さんから声が掛かった。

「智也さん」

「お?どうした、詩音」

「いえ、あの・・・今日の昼食は、どうするご予定なのですか?」

「? まあ特に予定はないが・・・このままだと家に帰って昨日の残りモノだな」

何で詩音がそんな事を聞いてきたのかイマイチ推しかねるが、とりあえず普通に答えておく。

「そ、そうですか」

「???」

何故か安心したような表情を見せる詩音に、ますます俺の頭の上の疑問符は増えていく。

何か妙に落ち着きがないし、いつもの彼女からすればその姿はとても新鮮だった。

「そ、それではその・・・少し屋上まで付き合って貰えませんか?」

「ああ、それは構わないけど・・・」

何故か顔を俯かせながら早足で教室の出口へと向かう詩音に続き、俺も鞄を持って教室を出た。



”ギィッ・・・バタンッ!”

詩音に促されるまま、屋上への階段を上り重いドアを押し開ける。

見上げた空はすこぶる快晴で、まさに屋上へ来るにはぴったりの陽気だが・・・。

「で?一体何なんだ?」

とりあえず手近のベンチに並んで座り、一番気になっていた事を聞いてみる。

「・・・ん?」

そして答えの代わりに差し出されたのは、ごく普通の弁当箱だった。

それを俺が受け取ったところで、ようやく閉ざされていた彼女の口が開く。

「お礼・・・です」

「お礼?」

「はい、昨日栗拾いを手伝って頂いたお礼です」

「手伝ったって言っても、俺あんまり大したことはしてないぞ?」

俺も童心に戻れたって感じで、結構楽しめたしな。

「そんな事はありません。栗林まで道案内もしてくれましたし、それに栗を落としてくれたのは智也さんじゃないですか」

「し、しかし・・・」

「・・・やっぱり、ご迷惑でしたか?」

詩音の顔が、急に沈んだ表情になる。

今まで見たことが無いと言ってもいい彼女のそんな表情に、俺は焦って思わず声を張り上げていた。

「ち、違うっ。そんな事ない!」

「・・・え?」

「あっ、いや・・・本当に良いのか?」

「はい、是非召し上がってください」

詩音の顔と持っている弁当を交互に眺めながら、もう一度念を押す。

しかしそれにも彼女は柔らかい笑顔で答えた。

・・・ここまでされて断るわけにもいかないよな。

「わかった。それじゃあ有難く頂かせて貰うよ」

「あ・・・はい」

『まあ俺にしちゃ助かったけどな。・・・詩音って料理上手そうだし』

そんな事を思いながらも弁当を広げてみる。

弁当箱はスタンダートな長方形の形をしていて、真ん中でご飯とおかずを分ける区切りが付いていた。

もちろん片方には、昨日彼女が作ると言っていた美味しそうな栗ご飯が詰め込まれている。

そしておかずの方はと言うと、唐揚・タコさんウィンナー・卵焼き・・・、これまた定番メニューでいっぱいになっていた。

しかしその彩りは見事なもので、とてもこういうことに慣れているのが窺える。

『これは相当期待持てそうだな』

「それじゃあ、頂きます」

「はい、どうぞ」

漂ってくるご飯の甘い香りとおかずのジューシーな香りに急かされるように、俺は詩音が差し出してくれた割り箸でまず栗ご飯を掬ってみる。

”パクッ・・・モグモグ・・・”

「・・・」

「・・・どうでしょうか?」

「・・・・・・」

「・・・智也さん?」

「えっ?あ、ああ・・・」

「どうかしましたか?・・・もしかしてお口に合わなかったとか・・・」

「いや、断じて違う。あまりにも美味しかったんで、ちょっと感激に浸ってただけだよ」

「えっ、それでは・・・」

「ああ、予想してたよりも美味くて、正直焦ったよ。詩音ってやっぱり料理が上手かったんだなぁ」

しみじみとそう言った後、二口目からはどんどんと箸が進んでいった。

ここ数年は手作り弁当と言えば、唯笑の弁当とは名ばかりの劇物しか食べていなかったので、それに比べればまさに至高の一品だ。

『いや、まあ比べるのも失礼だと思うが・・・そういえばあの頃も、彩花が作ってくれた弁当を食いながらこんなことを思ってたっけ・・・』

記憶の中の思い出。

料理が得意な彩花には、毎日のように弁当を作ってもらっては、教室で食べるのが恥ずかしいという彩花に従って今のように屋上で弁当を広げていた。

そう、今のように・・・。

「・・・あの、智也さん?」

横から聞こえた声に、はっと我に帰る。

どうやら後数口というところで急に箸が止まった俺を心配してくれたようだ。

「あっ、いや何でもないぞ?」

やめよう。

今、昔の事を考えるのは、詩音にあまりにも失礼だ。

今こうして、弁当を作ってきてくれて、俺の隣にいるのは間違いなく詩音なのだから・・・。

誤魔化すように愛想笑いを浮かべて、残り数口を一気に口に頬張る。

「ふう・・・ご馳走様。ありがとう、詩音。美味かったよ」

「・・・そう、ですか。ありがとうございます」

少し訝しげな表情をしていた詩音だったが、それでも俺の言葉には最近頻繁に見せてくれるようになった微笑みで返してくれた。







「智也さん、食後の紅茶はどうですか?」

しばらくの間ぼんやりとしながら、智也さんの横で屋上からの風景を眺めていた私は、一緒に持ってきていた魔法瓶の存在を思い出したので彼に勧めてみた。

「あ、それって前に詩音がベンチに忘れていった時の紅茶だよな?あまりにも美味しそうだったんで、一度飲んでみたかったんだよ」

あの時とは茶葉の種類が違うのだけど・・・まあ気にするほどの事でも無いので、私は何も言わず水筒のコップに紅茶を注いで彼に手渡す。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。ん、良い香りだなぁ。では、早速・・・」

彼は数秒間目を瞑って香りを楽しむと、そのまま味わうように一口含んだ。

「・・・美味い」

そして漏れる呟き。

「美味いよ、詩音!いったいどうやったらこんな紅茶が淹れられるんだ!?」

瞳を輝かせながら興奮している彼に対して、私は穏やかな気持ちで答える。

「ふふ、ありがとうございます。でも淹れ方は母の直伝なので、残念ながら教えられません」

「そうか・・・それにしても美味いな。俺が今まで飲んできた紅茶はいったい何だったんだか」

「そんな・・・褒めすぎですよ。それに今日の紅茶は葉の蒸らし方が少し足りなかったようなので、私的には80点といった所ですね」

「うへぇ、これで80点なのか?でもそう言われると、いつか詩音の100点満点の紅茶を飲んでみたくなるな」

100点満点・・・。

私にとっての100点満点は、紅茶の淹れ方を教えてくれた母の味を越えること。

今まで幾度も似たような味は出せたものの、子供の頃に飲んだ母の紅茶を再現することは、一度として出来なかった。

でも、もしそれが出来たなら・・・。

その時は――。

「・・・そうですね。いつ淹れる事が出来るかは分かりませんが、楽しみにしていてください」

――彼に、一番に飲んで貰おう・・・――



10月にしては暖かな日差しに感化されたのか、私はいつの間にか、素直に思った事を口にしていた。

――心を隠していたはずの滑稽な仮面は、今の間だけ、陽の光を浴びて粉々に砕け散ってしまっていた・・・。


15話へ続く


後書き

は〜い、どもです〜^^

早く書き上げたいとか言いつつ、またもや一週間開いてしまった管理人です(笑)

いやぁ、今回は結構早めに書きあがる予定だったのですが、テストやらレポートやらで後書き直前になって停滞みたいな〜(汗)

学生も楽じゃないですよ、ホントに。


と、愚痴はこの辺りにしておいて14話の内容ですが・・・。

どうでしょう?二人の関係、ちょっとは進歩したかな?

今回は詩音の気持ちを重点にして書きましたが、上手くその辺が読者の皆様に分かっていただけると幸いです^^

とは言っても、智也の事が好きなのかと問われると微妙なんですけどね;


さてさて、それでは今回はこの辺で・・・ごきげんよう!^^



2006.6.2  雅輝