”トゥルルルルルルル トゥルルルルルルル・・・”

『? 電話とは珍しいですね・・・』

お風呂上りで濡れた髪にドライヤーを当てていた私は、最近あまり聞かなくなったその電子音に、ドライヤーのスイッチを切った。

今私は叔父の家にほとんど一人暮らしという状況のため、家の電話が鳴ることは滅多に無かった。

『もしかして・・・』

浮かんだ一つの推測に、私は頬が緩むのを感じながらも急いで受話器を取る。

”カチャッ”

「もしもし、双海です」

「おお、詩音か。久しぶりだな」

「その声は・・・父さんですか?」

「ああ。そっちは変わりないか?」

まさに予想した通りの、久しぶりに聞いたその穏やかな声に、少し気恥ずかしくなってわざと拗ねた声で返してみる。

「もちろんです。一人暮らしには慣れてますから」

「ははは、そう言うな。折角明日帰れるようになったんだから」

「えっ!?それって本当!?・・・本当ですか?」

「うむ。とは言っても一泊するだけで、またすぐに仕事に行かなくてはいけないがな」

「・・・そうですか・・・」

一気に上昇した心は、その言葉でまた下降してしまう。

もう子供ではないのだから、駄々をこねたり我儘を言うわけにはいかない。

父さんの仕事は立派で、その忙しさについても理解しているのだけれど・・・それでも日本に来てからまだ数回しか会えていないのは、やっぱり寂しいと感じるものがあった。

「・・・いつも、悪いな」

電話口から、父さんの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

その声に私は先ほどの自分の声が思っているより沈んだものになってしまった事に気づき、急いで口を開き話題を変えた。

「いえ、父さんの仕事は理解しているつもりですから・・・。明日は何時ごろに帰って来れるのですか?」

「ん、そうだな・・・。丁度夕飯の時間くらいには帰れると思う」

「分かりました。父さんの大好物を作って待ってますから」

「おっ、それは嬉しいな。楽しみにさせて貰うよ。・・・それでは、あんまり本ばかり読んで夜更かしせんようにな」

「もう!そんな事しませんよ」

「わはは。それじゃあ、明日な」

「はい、おやすみなさい。父さん」

「ああ、おやすみ。詩音」

”カチャッ・・・”

「・・・ふう」

静かに受話器を置き、また鏡台の前に座りドライヤーを掛けなおす。

心にはやはり多少寂しい気持ちはあったけど、あまりその事については考えないようにした。

ドライヤーを掛け終え、髪を櫛でさっと流したところで布団に入る。

「・・・」

電気を消すと、暗闇の中にただ壁に掛かっている時計の秒針の音だけが響く。

叔父の家は高級住宅街に位置しており、一人で住むにはあまりにも広すぎた。

「・・・母さん」

いつもより強い寂しさから、一言・・・ただ一言だけそう呟いて、私は布団を被りなおした。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<13>  栗拾い




「ん?あれは・・・」

放課後、いつも通り図書室でも行こうかと足を運んでいた俺の目に、珍しく急いでいる様子の詩音の姿が映った。

しかもその方向は図書室ではなく、階段を下りた先にある下足室に向かっているようだ。

「・・・?今日は図書委員は無いのか?」

俺は首を傾げつつも、とりあえず早足で詩音に追いつき声を掛けてみる。

「お〜い、詩音」

「えっ?あっ、智也さん」

「今日は図書委員の仕事はしなくていいのか?」

「はい。今日の当番は私ではありませんので」

そう会話をしている最中も、彼女は足を止めようとはしない。

「それなら、一緒に帰らないか?」

「構いませんが・・・少々急いでくださいね?」

下足室に着き、彼女はそのまま上履きを履き替える。

俺もそれに倣い靴を履き替え、彼女と一緒に下足室を出た。

そしてそのまま校門を抜けても、彼女の足が止まることは無い。

「それで?何でそんなに急いでいるんだ?」

「・・・実は、今日は父が帰ってくるんです」

「父・・・詩音のお父さんっていうと、確か考古学の・・・」

「はい。日本に来てからまだ数回しか会っていないので、早く帰って晩御飯の準備をしておこうと思いまして」

そう答える詩音の表情は、そこはかとなく頬が緩んでいて嬉しそうだった。

なるほど、そう言えば忙しくてほとんど家にはいないって聞いたことがあったっけ。

普段会えない分、久しぶりに会えるのが嬉しいってわけだな。

「へぇ。詩音って、料理は上手なのか?」

「上手・・・という程でもありませんが、小さな頃から料理はしておりましたのでだいたいのものは作れます」

「詩音って何でもそつなくこなせそうだもんなぁ・・・。それで、今日は何を作るんだ?」

「今日は父の大好物でもある、栗ご飯を・・・・・・あっ」

横を歩いていた詩音は何かを思い出したような声を出すと、そのまま足を止めてしまった。

当然俺が2,3歩前に出た状態となる。

「どうしたんだ?急に立ち止まったりして・・・」

「あっ、いえ・・・。あっ、智也さん。一つ伺っても宜しいですか?」

「うん?俺に分かることならな」

「その・・・この辺りに栗林はありますか?」

「・・・栗林?」

彼女の言葉を呆けたように繰り返す俺。

『まさか、栗ご飯だからなのか?』

でも、普通に考えたら栗なんて八百屋でも、その辺のスーパーでも売ってそうなんだが・・・。

「栗ご飯に使う、栗を調達したいと思っているのですが・・・」

「・・・えーと、何で栗林なんだ?栗ならその辺の店でも売っていると思うんだが」

「市場に出ている日本の野菜は、汚染されていると聞きましたが・・・?」

「いや、大丈夫だと思うけど・・・」

「それでも、確証が無い以上は自然なものを使いたいです」

「・・・まあ気持ちは分かるけどなぁ、今時栗林なんて――」

『ん?そういえば・・・』

俺が言葉の途中で思い出したのは、まだ小学生頃の記憶。

毎日のように彩花や唯笑と遊びに行った、大きな噴水が目立つ公園。

そしてその裏手にある林には、確か――。

「いや、一つだけ心当たりがある」

「えっ、本当ですか?」

詩音の表情がぱぁっと明るくなる。

・・・そういった感情を、最近は素直に出してくれるようになっていたことが、非常に嬉しく感じられた。

「ああ。でも、ちょっと口じゃあ説明しにくい所にあるから、案内してやるよ」

「・・・宜しいのですか?」

「どうせ家に帰ってもすることなんてないしな」

「・・・そうですか。それでは、お言葉に甘えさせて頂きますね?」

話も決まったところで、俺達は再び駅への道のりを歩き始める。

先ほどのお礼を言った時の詩音の微笑が何故か頭の中をチラついていて、俺は気恥ずかしさを隠すように少しだけ歩くスピードを上げた。







「到着だ」

「ここは・・・公園ですか?」

智也さんの案内に従って辿り着いたその場所は、どう見てもただの公園にしか見えなかった。

中央には大きな噴水と、それを囲むかのように幾らかのベンチが位置し、その代わりに遊具などはほとんど無い。

だからなのか、子供の姿はほとんどなく、秋という季節を感じるにはぴったりの穏やかで物静かな雰囲気が漂っていた。

「本当にここに栗林なんてあるの?・・・・・・ですか?」

確かに自然は多そうだけど、周囲を見る限りはそれらしきものはまったく見当たらない。

私はその事に疑問を感じ、隣で懐かしげに目を細めている智也さんに尋ねる。

「ん?ああ、見た目はただの公園だけど・・・まあ見た方が早いか」

「こっちこっち」と手招きする智也さんの後ろに付いて、雑木林の前に設置してある柵を跨ぎ越え奥へと進む。

その道は獣道という表現が適切な、人が通ることによって無理やり作られたという風な道だった。

「確かここを越えると・・・」

制服に葉や枝なのが当たらないようにしながら進んでいくと、やがて智也さんの呟きと共に開けた場所に出た。

そして見上げるとそこには――。

「凄い、いっぱいある!」

思わず声が出てしまうほどの、立派な毬栗が私達の周りを取り囲むようにして実っていた。

さわさわと秋風に揺れる季節の風物詩に、私はしばらく呆けたように見入ってしまう。

「え〜っと、確かこの辺に・・・お、あったあった」

智也さんのそんな声にハッと意識を取り戻すと、そこにはどこから持ってきたのか、一本の長い棹のようなモノを持つ彼の姿があった。

「智也さん、それは何です?」

「うん?栗を落とす為の道具だよ。さすがに素手で、というわけにはいかないだろ?」

彼のその言葉に、ようやく今日ここに来た理由を思い出す。

『そうでした。父さんの栗ご飯の材料を手に入れに来たんでしたね』

そんな事も忘れるほど、雄大な木に実る数々の栗に見入っていたのだと知り、私は少し恥ずかしい気持ちになった。

「さてと・・・それじゃあ俺が栗を落とすから、詩音は落ちた栗を拾ってくれ。毬があるから気を付けろよ?」

「えっ?あっ、はい」

私がそう返事をした頃には、彼はもう既に毬栗と格闘していた。

童心に帰ったように棹を振るう彼の姿を微笑ましい気持ちで見ながら、私は念のためにと持ってきていたスーパーの袋に栗を入れていく。

太陽が西に傾きかけている秋空の下、私達は時間を忘れるように栗拾いに勤しんだ。







「はぁっ・・・はぁっ・・・」

「ふぅ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・」

先ほどの公園から最も近いシカ電の駅前で、俺達は走ってきたことで乱れきった息を必死に整えていた。

『それにしても、まさかまだあのオヤジが居たとはな・・・』

「ふぅ・・・あ、あの、さっきの人は一体誰なんですか?」

ようやく二人の息が落ち着いた頃、詩音が少々恨みがましい声で訊いてきた。

まあ当然だろう・・・いきなり説明も無しにここまで逃げて来たんじゃな。

「あれはだな、栗の精だ」

「・・・は?」

「どうやら俺達は栗を取りすぎて、栗の精霊の怒りを買ったらしい。ほら、かなり刺々しい精霊だっただろ?」

実際あんな精霊がいたら、全国の子供の夢は一瞬にして灰塵に帰すと思うけどな。

詩音は少しの間きょとんとしていたが、すぐに気づいたのか憮然とした表情になって言った。

「今坂さんと一緒にしないでください」

「ははは、悪い。いつもの癖で」

「もうっ・・・あの人、随分と怒っていたみたいだけど?」

「ああ。本当はあの場所には一般人は立ち入り禁止だからな」

「えっ、そうなの?」

「でも、心配はしなくていいからな?あの人はウチの親戚のおじさんで、小さな頃もよくあそこで栗を取っては逃げ回ったもんだよ」

よく彩花と唯笑を巻き込んで、あのオヤジに追いかけられてたっけ。

今日いきなり突きつけられたあの竹槍も記憶のままだったしな。

「ってことで、それは全部やるよ」

俺は彼女が胸に抱えている袋を指して、そう言ってやる。

当然その袋の中には、先ほどまで取っていた毬栗がいっぱいに詰まっている。

「え・・・いいの?」

『・・・ん?さっきから思っていたが、詩音の口調がかなりくだけたものになってるな』

まあ今の言葉遣いが、同級生に対する普通なんだけどな。

「ああ、どうせ俺が持って帰っても調理できないし。元々詩音の為に集めたものなんだから、気にせず貰ってやってくれ」

「・・・ありがとう、智也さん」

・・・なんかもの凄く恥ずかしい事を言ったような気がする。

俺はその気持ちを気取られないように、ついさっき疑問に思ったことを言ってみる。

「そういえば詩音。言葉遣いがいつもと違うのに気づいてるか?」

「え?・・・あっ!」

詩音は予想通り気づいていなかったようで、俺の言葉に数瞬呆けた後、恥ずかしげに頬を染めた。

その微笑ましい光景に、俺は思わず腹を抱えて笑ってしまう。

「も、もうっ、笑わないで!・・・ください!」

「くくくっ・・・悪い悪い。詩音があまりにも・・・」

”可愛かったからさ”と言いかけて、俺は咄嗟に口を噤む。

『あ、危ねー、俺は一体何を言おうとしてたんだよ?』

「? あまりにも・・・何ですか?」

自分の考えに困惑していた俺に、詩音が疑問のこもった声で問いかけてくる。

「い、いや何でも無い。それより、随分と遅くなったけど時間は大丈夫なのか?」

俺は咄嗟にそう言い繕い、我ながらナイスな方向転換を仕掛ける。

時間が気になっていたのは本当だしな。

「えっと・・・えっ?もうこんな時間!?」

詩音は俺の言葉に自分の腕時計に目を落とすと、数秒後大きな驚きの声を上げる。

そりゃ下校時にあれだけ急いでたんだし、当然時間には余裕なんて無いのだろう。

「智也さん、すみません!私、今日はここで失礼します!」

「ん、分かった」

「今日は本当にありがとうございました。・・・ごきげんよう」

「・・・ああ、ごきげんよう」

詩音は最後にペコっと頭を下げると、かなりの急ぎ足で改札の中へと消えていった。

その背中を見送りながら、俺は先ほどの自分の考えを思い起こす。

「可愛い・・・か」

それは、本当に純粋な感情だった。

さらりと口から零れ落ちそうになるくらい、照れてる彼女が素直に可愛いと思えたのだ。

『もしかして、俺は・・・』

急に心の中に浮かんでくる、言い知れぬ感情。

しかしそのすぐ後に浮かんだのは、笑っているあいつの・・・彩花の顔だった。

「まさか・・・な」

一瞬浮かんだ自分の感情を打ち消すように頭を振るいながら、俺は帰路に着いた。



14話へ続く


後書き

ふぅ〜〜、何とか一週間でUPできました。

只今の時刻、23時25分・・・ギリギリですね^^;

次回こそもうちょっと早く更新できるように、頑張ります〜。


今回はゲームにもある栗拾い(タイトルそのまんま 笑)ですね。

そして今回も所々にオリジナルを入れてみましたが・・・どうでしょ?

だんだんと詩音に惹かれてきている智也ですが、自覚にはまだ達していないようですね。

やはりどうしても過去に縛られてしまう・・・。

そして詩音の方も・・・?

・・・書いてる本人もじれったくなってくる二人ですね、ホントに(笑)


それでは、また〜〜^^



2006.5.26  雅輝