「それは・・・」

顔を俯かせたまま、どこかぎこちなく吐き出された双海の言葉に、俺は緊張を隠し切れなかった。

長い髪からちらっと見えたその表情は強張っていて、今から話す内容が彼女にとって決して良いものではないことは想像に難くない。

それに話を聞いても、俺にしてやれることなんて無いのかもしれない。

それでも、俺は彼女の事を知りたかった。

悩みとも言えるそれを、一緒に分かち合いたかった。

「・・・」

無言で言葉の続きを待つ。

俺達の間には、張り詰めた緊張感が漂っていた。

だが次の瞬間、意を決したかのように顔を上げた彼女によって、その緊張感がさらに濃くなる。

「実は、以前・・・」

そして双海の口から真相が紡がれようとした、まさにその時――。

「あっ、智ちゃ〜〜〜んっ!!」

”ガツンッ!!”

漂っていた張り詰めた空気を一蹴するようなボケボケビッグボイスが耳を貫通し、俺はたまらず机に渾身の頭突きをかましていた。





Memories Off SS

                「心の仮面」

                          Written by 雅輝






<10>  友達




「・・・と、図書室では静かにしてください!」

その声に一瞬呆気に取られていた双海だったが、すぐに図書委員としてその発信源に対して叱責する。

「え、あ・・・うぅ、ごめんなさい」

すると唯笑の方もここが図書室だということを思い出したのか、周りの学生の冷たい視線を一身に浴びながら小さくなってしまった。

・・・まあ、自業自得だよな。

「あ、あはははは・・・み、三上君と双海さんも図書室にいたんだ?奇遇だねぇ」

と、唯笑の後ろからひょっこり顔を出した音羽さんが、苦笑しながらも話を変えてくれた。

「まあな。俗に言うテスト勉強ってやつだ」

「「えぇっ!!?」」

俺の言葉に、二人は我が耳を疑っているような声を上げる。

『あの、お二人さん。どうでもいいがさっきからキミ達の後ろにいる図書委員殿が、鋭い眼光で睨んできているのですが・・・』

しかし俺の思惑を無視して、二人はなぜか心配そうな視線を向けてくる。

「智ちゃんが・・・勉強?」

「・・・三上君、熱でもあるの?」

「失礼な。俺だってテスト前くらいは勉強するっつーの。音羽さん達だって、それが目的で来たんだろ?」

「まあ・・・そうなんだけどね」

「あっ、そうだ。折角だから、一緒に勉強しようよっ」

「ん?まあ俺は構わないが・・・」

キラキラと目を輝かせながら提案してくる唯笑に、俺は言葉を濁しつつ向かいの双海をチラッと見てみる。

それだけで意味が通じたようで、彼女は二人に気づかれないようにため息を吐いた。

「・・・別に私も構いませんが」

「それじゃあ、決まりっ」

双海の返答を聞いた唯笑が、嬉しそうに声を上げながら俺の隣に・・・音羽さんは、「ごめんね、勉強中に」と一声掛けてから双海の隣に座った。



「ねえねえ、一つ質問してもいいかな?」

「?・・・はい」

向かいの席では、鞄からノートと筆記用具を出し終えた音羽さんが、彼女にしては珍しくにやにやと嫌な笑いを浮かべながら――もちろん小声で――双海に話しかけていた。

双海は多少警戒しつつも、一つ返事を返す。

俺は適当に唯笑の相手をしつつ、二人の会話にさり気無く聞き耳を立てていたのだが・・・。

「あのさ、双海さんと三上君って・・・付き合ってるの?」

「え・・・」

「・・・は?」

音羽さんのあまりにも直球な質問に、双海はおろか聞き耳を立てていた俺まで固まってしまった。

「え、ええぇ!?ほ、ホント!?智ちゃん!」

そして唯笑が数秒のタイムラグの後、飛びつかんばかりに訊ねてくる。

しかしまたもや唯笑の大声は、図書室にいる全員を敵に回してしまい、刺すような視線に耐えかねた唯笑はたちまち小さくなってしまった。

「だって、双海さんって教室ではほとんど誰とも喋らないのに、三上君とだけは話をしてるって稲穂君が言ってたよ?それに、今日だって二人で試験勉強してるし・・・ねぇ?」

いや、「ねぇ?」って言われても・・・。

実際に俺達は付き合っていないわけだし、双海にしたって俺なんかじゃ嫌だろう。

・・・あっ、自分で言っててちょっと凹んできた。

「いや、俺達はそんな関係じゃないって。なあ、双海」

「・・・」

向かいの双海に同意を求めようと話をふるも、何故か双海は驚いたまま無言だった。

「おーい、双海〜〜?」

「えっ、な、何?・・・いえ、何でしょう?」

ん?なんか今、ちょっと日本語がおかしかったような・・・まあいいか。

「いや、何でしょうって・・・俺達が付き合ってないって話だよ」

「あ、ああ。そうでしたね」

「ふ〜ん、まあいいけど。私はお似合いだと思うけどなぁ」

「はいはい。わかったからそろそろ勉強始めようぜ」

まだぶつぶつとぼやいている音羽さんを軽くあしらい、俺は今まで解いていた数式に再度向かい合う。

音羽さんもそれを見て自分の勉強を始めたので、それ以上詮索されることはなかった。

「そうだよねぇ、智ちゃんが双海みたいな美人と付き合ってるはずないもんね♪」

「・・・」

節々に嬉しさが滲み出ている唯笑の台詞に、俺は何故か苛立ちと寂しさを感じながら、ひたすらに問題を解いていった。





「・・・時間です」

「お?」

「え?」

「何?」

あの後、集中して問題を解いていた俺は、突然椅子から立ち上がった双海の言葉にシャーペンの動きを止め彼女を見上げた。

唯笑達も同じ様にきょとんとしながらも、それぞれのノートから顔を上げた。

「図書室の閉館時間です」

そう続けた双海の言葉に、俺はようやくもう既に太陽が沈んだ後なのだと気づく。

窓の外は既に闇に埋もれ、図書室の灯りが夜の校庭を映しだしていた。

「ああ、もうこんな時間なのか。道理で暗いはずだな」

双海がいつも司書の仕事をしている机の上にある古ぼけた文字盤は、間もなく7時になろうかという頃だった。

当然、この図書室にも俺達以外の生徒の姿は無く、ほとんど無音に近い空間が広がっている。

「ん〜〜〜・・・っと、それじゃあ帰るか」

「うん、もうすっかり暗くなっちゃったしねぇ」

「早く帰らないとお母さんに叱られちゃうかも・・・って、あれ?双海さん、帰らないの?」

鞄を置いたまま”図書準備室”と書かれたプレートが掛かる部屋に行こうとする双海に、音羽さんが当然の疑問を口にする。

「はい。まだ少し、図書委員としての仕事が残っていますから・・・」

「ん?まだあったのか?じゃあ俺たちも手伝うから一緒に帰ろうぜ」

「いえ。これは図書委員の仕事なのですから、皆さんの手を煩わせるわけにはいきません」

「いいからいいから。一人でやるより、四人でやった方が早く終わるだろ?なあ、二人とも?」

後ろで俺達の様子を見ていた二人に問いかけてみると、二人はさも当然だと言わんばかりに笑顔で頷いた。

「で、ですが・・・」

「詩音ちゃん、一緒に帰ろうよっ」

「そうだよ、さすがにこんなに暗いと女の子の一人歩きは危ないって。今なら三上君さえ頑張ってくれれば全員送ってもらえるし」

「・・・」

唯笑と音羽さんの言葉に、何かを考え込むように俯く双海。

『・・・もう一押しかな?』

しかしさらに言葉を発しようとした俺を、双海のか細い声が遮る。

顔を上げた彼女の瞳は、色々な感情が交ざったように複雑な色を見せていた。

「・・・一つ、伺っても宜しいでしょうか?」

「え?」

「どうして、あなた達は・・・私に親切にしてくれるんですか?」

その問いかけに、俺達は一瞬思考を奪われたかのようにポカンとしてしまう。

意識を取り戻し後ろを振り向いてみると、そこには唯笑と音羽さんが同じ様に微笑んでいた。

おそらく俺も、彼女達と同じ様な表情をしているのだろう。

「どうしてって・・・」

唯笑が――

「そんなの・・・」

音羽さんが――

「・・・決まってるじゃないか」

そして俺が。

言葉を繋いでいって、最後の台詞は綺麗にハモった。

「「「友達だからだよっ!」」」



「・・・え?」

「そうだろう、双海」

にかっと笑った俺に対して、困惑したような瞳を向けていた双海だったが・・・。

「・・・ふふふ」

「ん?」

「ふふふふ、あははははは」

「な、笑うことは無いだろう」

突然堪えきれないという感じで笑い始めた双海に、俺は少し憮然としてそっぽを向く。

「ふふ・・・ごめんなさい。でも・・・本当におかしな人たちですね」

そう言って微笑む彼女には、いつもの冷たい表情など欠片ほどもなく・・・。

俺は照れ隠しに、慌てて彼女の台詞に反論する。

「お、おい、双海。唯笑はともかく、俺と音羽さんは至極普通な人間だぞ!」

「むぅ〜、唯笑はともかくってどういう意味なの!?」

「うん?そのまんまの意味だが?」

「むむむぅ〜〜〜〜、智ちゃんの方がよっぽど変だもん!」

「なに〜!?お前にだけは言われたくないわ!」

「こっちだって!智ちゃんにだけは言われたくないもん!」

「はいはい、二人とも喧嘩は止めなって。・・・そういえば双海さん、時間は大丈夫なの?」

「えっ?・・・あっ!」

「・・・どうしたんだ、双海?」

音羽さんの言葉に自らの腕時計に目を向けた双海は、その文字盤を見たまま固まってしまった。

なんだか凄〜く嫌な予感がした俺は、おそるおそる彼女に尋ねてみる。

「・・・もう既に最終下校時刻を過ぎています」

「・・・って事は・・・もしかして」

嫌な予感的中。

しかも確か今週の見回りは、”あの”ビバゴンこと城ヶ崎だったはずだ。

女の子三人と一緒にまだ校舎に残っていることなんてばれたら・・・間違いなく死刑ですよ、ええ。

「ふ、双海。さっさと終わらせて帰ろう」

「・・・そうですね。それではお願いできますか?」

「ああ!」

割り振られた各自の仕事に、俺達は一斉に取り掛かる。

やはり大人数でやれば速いもので、5分たらずで仕事を終えた俺達は即行で校舎を出た。

そして並んで、駅への道のりを歩き始める。

「はぁ〜、良かった。ビバゴンに見つからなくて」

「あの・・・城ヶ崎先生って、そんなに恐ろしい方なんですか?」

「ああ、もはやあれは教師などではない。教育委員会に抗議したいくらいだ」

「あはは。智ちゃんって前からあの先生に目を付けられてるんだよね?一年生の時の文化祭でも、怪しい店出して5時間くらい説教されてたもんね」

「へぇ〜、三上君って変わってないんだねぇ」

「ほっといてくれ」

他愛も無い話をしながら、穏やかに過ぎていく時間。

そして隣には、微笑みながら歩いている彼女。

双海の話を聞けなかったのは少々残念だったけど、今この瞬間は俺にとっては確かにかけがえの無いものだった。



11話へ続く


後書き

はい、10話UPです。

今回は一週間開かずに更新できたんで、まあ上出来かなぁ。

他のに比べると話も長いですしね。


さてさて、内容ですが・・・。

智也はまだ自分の思いに気づいていないようですが、もう既に詩音に惹かれています。

しかしそれが詩音本人に対してなのか、それとも・・・まあ分かりますよね?

そして、詩音のほうにも変化が・・・。

今回は唯笑とかおるを出しましたが、二人とも私の思惑以上に働いてくれました(笑)

少しはオリジナリティをお楽しみできたでしょうか?


次回はやっと試験明けとなっております。

ようやくアクティブに智也たちを動かせるぞ〜、と意気込みつつ今回はこの辺で。

ごきげんよう!^^


2006.5.3  雅輝