Memories Base Combination Production

Back Grounds Memories














――初恋の思い出。

 

「俺」にとってそれは、出会いと共に「彼女」との別れも思い出す、苦々しい記憶だった。

「私」にとってそれは、「彼」と約束を交わした、とても大切な記憶だった。

 

きっと「俺」は、「彼女」の事が好きだったのだろう。

きっと「私」は、「彼」の事が好きだったのだと思う。

 

だから「俺」は、転校が決まってしまった「彼女」と、ある一つの約束をした。

その約束があったから、「私」は転校の当日も、「彼」に笑顔を向けられたのだろう。

 

その時の、「彼女」の笑顔が脳裏にこびりついて――「俺」の心を掴んで、放さない。

その時の、「彼」の悲しげな顔が胸に残って――「私」の心を掴んで、放さない。

 

笑う「彼女」に対して、「俺」は情けなくも笑えなかった。それでも、せめて泣き顔だけは見せまいと、歪んだ表情をしていただろう。

俯く「彼」に対して、「私」の笑顔は脆くも崩れそうになった。それでも、彼には笑顔を覚えていて欲しかったから、精一杯の虚勢を貫いた。

 

そして、その想いはまだ。

この心の奥に、残り続けている。

 

君と。

貴方と。

 

――再会を果たす、その日まで。

 

 

 

 

The 4th anniversary Special Project

                                                  presented by雅輝

「A promise with childhood friend」

 

 

 

 

第一話  思い掛けない邂逅

 


< side>

 

 

「じゃあなー、中塚」

「おー」

 

また一人、教室を出ていく友人を見送り、俺――中塚(なかつか) (せい)はボンヤリと窓から見える外の景色を眺めながら、込み上げてくる欠伸を噛み殺した。

本日の講義はこれで終了だ。まだ午前中だが、大学に入って半年ともなると、一日の受講数が二コマになることも間々ある。前期の時に無理をした甲斐があったというものだ。

 

「ふぁふ……」

 

しかし眠い。春眠暁を覚えずというが、俺の脳みそはいつだって暁とやらを覚えてくれないようだ。

ただ、今から寝るわけにはいかない。どのサークルにも属していない俺だが、もうすぐでバイトの時間。それまで少し時間があったので、こうして次の授業が無い教室で暇つぶしをしていたのだが、そろそろ出なくてはならない。

 

「はぁ……行くか」

 

重い腰を上げ、愛用している機能性重視のリュックサックを背負う。バイトは嫌ではないのだが、出来れば行きたくないと思ってしまうのは人間の悲しい(さが)なのだろう。

ここから地元にあるアルバイト先はそう遠くない。俺は愛車であるマウンテンバイクを駆って、私立天琳(てんりん)大学を後にするのだった。

 

 

 

欧風喫茶レストラン「ひいらぎ」は、その味わい深い珈琲とクオリティの高いデザートで、常連客を多く持つ、俗に言う隠れた名店というやつだ。

日ヶ峰町商店街の一角に設けられ、俺が通っていた高校――県立陽ヶ崎高校からもそう遠くない。俺も学生の頃にここの珈琲の味にハマって以来常連となり、その縁もあって、大学生になってからはアルバイターとして採用してもらっている。

5日と日数こそ多く入っているが、基本的に半日だけなのでそこまでキツいとは思わない。今日も昼の12時から夕方の5時までの実働5時間。それもシフトに入る前に行けば、新メニューを賄い料理として食えるという素敵な特典も付いている。

 

「ちーっす」

「おっ、来たか中塚くん。今日もよろしく頼むよ」

「うぃっす」

 

俺は店のマスターである柊木宗一郎さんに挨拶をしてから、バックヤードで制服に着替え始めた。この辺りはもうこの半年で慣れた所作だ。

タイムカードに刻まれた時間は、1154分。基本的に10分前行動を理念としている俺としては、少し大学でノンビリとし過ぎたらしい。

 

「あれ、征さん。いつもよりちょっと遅いんですね?」

 

そんな俺の気持ちを代弁したかのようなセリフに苦笑しながら振り向くと、そこにはこのレストランの一人娘であり、看板娘でもある見習いパティシエール、柊木 (かなめ)が立っていた。

いつものように、豊かな胸をその純白の制服に包んでいる――と、こんなことを考えていては「彼」に怒られてしまうな。

 

「ああ、ちょっと大学で時間を潰しすぎてね。今から入るよ」

「はい、継くんももうすぐ来ると思うので、フロアはお願いしますね――あっ、噂をすれば……」

「来たようだな」

「――ちーっす。おっ、中塚先輩もこれからっすか?」

「ああ、今日は宜しくな」

「こちらこそ」

 

高平 (けい)俺と同じくこの店のアルバイターであり、柊木さんの幼馴染だったのだが、最近は兼恋人にもなった。

少々がさつなところはあるが、柊木さんを想っていることは一目で分かる。特にこの二人の場合は複雑な事情もあったみたいだし、陽ヶ崎高校の先輩として二人がくっついてくれたことには素直に嬉しさを感じた。

しかし、今日は平日のはずなのだが……。

 

「そういえば二人とも、学校はどうしたんだ?」

「あっ、昨日と今日は文化祭の代休なんですよ」

「……あぁ、もうそんな時期なのか」

 

俺はその日は大学の講義が集中していたせいで行けなかったが、何やら相当盛り上がったらしい。

何でも、高校のアイドル的存在だった生徒会長――実はここの常連だったりするのだが――に、恋人が発覚したとか。特に目の前の二人はその両者と深い仲らしいので、高平君は笑いを堪えながら、柊木さんは心持ち苦笑しながら語ってくれた。

 

「――って継くん! 時間!!」

「へっ……おおぅ! あと2分しか無いじゃねーか!」

「あっ、しかも継くん、まだ着替えてないよっ!?」

「間に合わねええええっ!!」

「……さて、じゃあ俺は先に入らせてもらうよ」

「あぁ! 裏切りましたね、中塚先輩!!」

 

失敬な。勤労者として遅刻は出来ないだけだ。

だけどまあ、マスターへの言い訳くらいは一緒に付き合ってあげよう。……罪悪感もあるしな。

 

 

 

 

 

<真琴 side>

 

 

「変わったなぁ、この辺りも……」

 

幼少の頃に比べて、随分と近代的な発展を遂げてしまった街並を歩きながら、私――千葉 ()(こと)は一人ごちる。

陽乃海市。私は以前この街に住んでいた。

それはもう8年も前の話。そこから一時は県の中央部へと引っ越し、また戻って来たのがおよそ二ヶ月前。

子供の頃、空地だった遊び場は、コンクリートで固められたコインパーキングとなり、よく通った駄菓子屋も潰れたのか、全国チェーンのコンビニエンスストアになっていた。

近隣の市の中でも、ここ数年で最も開発が進んだと言われる故郷は、私に8年という時の長さを実感させる。

 

「(もしかしたら、もう彼もこの街には居ないのかもしれない……)」

 

ふと、そんな考えすら頭を過ぎった。

しかし、すぐに否定する。あり得ない、と。

彼が、私との「約束」を破って街を出たなんて、きっとあり得ない。

そう自分に言い聞かす。それほどまでに私は、彼のことを信用していた。

 

「(もう8年も会ってないのにね……)」

 

自分でも、時々不思議に思う。とはいっても、いつも答えは同じ。一つの感情に帰結する。

 

「私はずっと、彼のことを想い続けてるんだ……」

 

それだけは絶対。偽れない自分の気持ち。

再確認するように呟いた私は、それだけで心が晴れて、先ほどよりも澄んだ気持ちで街の散策を続行する。

 

「……あっ」

 

見晴らしの良い通りに出てまず目に止まったのが、車が往来する道路―――ではなく、その道路の横断歩道の前で途方に暮れている、杖をついたお婆さんの姿だった。

この道路は、開発が進んだこの街にしては珍しく信号が無い個所だ。ある決まった時間帯しか車の通らない裏通りだから、仕方がないのかもしれないけれど。

それでも、今日は表通りが工事で一部通行止めになっている皺寄せが来ているらしい。途切れそうもない車の列を、そのお婆さんは困った顔で眺めていた。

 

「(私も渡るし、一緒に渡ってあげよう)」

 

そう考えた私は、そのまま動けないでいるお婆さんの元へと歩み寄って。

 

「「あのっ……えっ?」」

 

声を掛けた瞬間、二度驚いた。

一つは私とまったく同じタイミングでお婆さんに声を掛けた人が居たこと。

――そしてもう一つは、その人が女の私でも思わず見惚れてしまいそうな、麗人であったことだ。

 

 

 

「それじゃあ冴霞さんは、噂に聞くあの陽ヶ崎高校の生徒会長さんだったんですね?」

「ええ、どんな噂かは知りませんけど……」

「それはもう、才色兼備を絵に描いたような人で、生徒会長としての手腕も見事の一言だとか、性格も温厚で同じ高校生とは思えないほどの完璧超人とか、後は……」

「も、もういいです……」

 

私が高校で聞き及んだ噂を一つずつ並べていると、隣を歩く麗人は、頬を赤くして俯いてしまった。どうやら照れているようだ。

 

――今村冴霞(さえか)先輩。陽ヶ崎高校の三年生。彼女は、近隣の高校生なら誰しもが知っているような有名人だ。先ほど挙げた噂も、数あるうちの一つに過ぎない。

一緒にお婆さんを道路の向こう側まで渡した後。何度もお礼を言うお婆さんを見送った私と冴霞さんは、意気投合してすぐに仲良くなった。

私も困っている人は放っておけない性格だし。そんなところが、彼女と似ていたのかもしれない。互いのことを把握するための会話を交わしながら、ブラブラと街を練り歩く。

 

「真琴さんは、陽ヶ崎高校じゃないですよね?」

「はい、(てん)(ぼう)(さくら)女子高です。とはいっても、まだ転校してきたばかりなんですけどね。今日は創立記念日なんですよ」

 

父の職場の急な人事異動のため、天望桜には二学期の始めから通っていた。

父は元々この地で働いていたので、転入というよりは出戻りといった方がしっくり来る。

 

「でも、何で分かったんです?」

「いえ、聞き覚えのない名前でしたから。一応、全生徒の氏名は頭に入っているので」

 

―――はい?

何気なくさらりと、とんでもないことを言われた気がする。

 

「……? どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもないです……」

 

――流石は噂の生徒会長。そのスペックは、遥かに高校生離れしているようだ。

 

 

 

< side>

 

 

「ありがとうございました」

 

俺は受け取った金をレジスターに入れながら、出ていくお客様の背に深く頭を下げた。

平日とはいえ、「ひいらぎ」の昼時は割と忙しい。この店は平日にも多くの常連さんが来てくれるし、特に今日は陽ヶ崎高校と天望女子高が休みなので尚更かもしれない。

確か天望の方は創立記念日だとか。先ほど柊木さんがそう教えてくれた。

 

「さて、もう一踏ん張りするか……」

 

店内を見渡してみると、まだ結構な数の客が残っている。壁に掛かっている時計を見てみると、まだ13時を回ったところだ。

先ほど高平君が早めの休憩に入ったので、俺はその次となる。

まだ昼御飯を食べるには遅くない時間だし、ここのデザート――主に柊さんとそのお母さんが作っている――の人気は高いので、「3時のおやつ」として訪れる客も多い。夜の仕込みもあるし、早めに休憩を回しておくにこしたことはないのだ。

 

“カランカラン”

 

そしてまた一つ、来客を知らせるベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませー」

 

レジの小銭の補充をしていたため、入口に一番近かった俺が応対する。

そして―――。

 

“ドクンッ”

 

『え――――――』

 

心臓が一つ、大きく跳ねた。

 

「こんにちは、中塚さん」

 

入って来たのは、二人の女性。

一人は目が覚めるような麗人。最近この店の常連客となって、顔見知り程度にはなった今村冴霞さんだ。

確かに彼女も、町中を歩けば誰しもが振り返るような美女だが―――問題(・・)()そこ(・・)()()ない(・・)

 

「…………」

 

今村さんの後ろ―――彼女の陰に隠れるようにして、キョロキョロと店内を見渡している女性を、俺は知っている(・・・・・・・)

 

 

【せーいちゃん♪】

 

年上の俺のことを「征ちゃん」と呼ぶ、少し変わった幼馴染。

 

【ぐすっ……征ちゃんのいじわるぅ】

 

いつも明るくて、俺の後を付いて来て。でもちょっとからかうとすぐに泣いてしまって。

そして――――。

 

【……絶対に帰って来るから、待っててね。もし再会出来たら……その時は、私と――――――】

 

大事な、大事な約束を交わした。彼女は歪みそうな笑顔で、俺は泣くのを我慢した表情で。

 

【ばいばい、征ちゃん】

 

―――千葉真琴。俺の初恋の女の子が、そこに立っていた。

 

 

「…………」

 

言葉が出ない。呼びかけたいのに、それが出来ない。ただ彼女を見つめ、呆然とすることしか出来ない。

 

「……? 中塚さん?」

 

いつまで経っても案内しない俺に、今村さんが心配げに声を掛けてきてくれる。

そこでようやく、店内の様子から視線を外した彼女が、自然とこちらを振り向き―――。

 

――――目が、合った。

 

 

 

<真琴 side>

 

 

「ここ、ですか?」

「ええ、私のお勧めの店なんですよ♪」

 

時刻は13時過ぎ。思っていた以上に雑談は盛り上がり、気が付けばこんな時間になっていた。

幸いにも、冴霞さんはこの後も夕方までは予定がないようで。それなら折角だからと、出会いを祝して――と言えば大袈裟かな。とにかく、一緒にお昼を食べることになった。

そして今は、冴霞さんから紹介されたお店の前に立っている。欧風喫茶レストラン「ひいらぎ」。日ヶ峰町商店街の一角にこんなお店があったとは知らなかった。

 

「何だか、お洒落なお店ですね」

「ふふ、ありがとうございます。それでは、入りましょう」

 

今どき、自動ドアではない店の入口というのも珍しい。“カランコロン”という音と共に、冴霞さんがドアを押す。

 

「はー……」

 

店内に入って、私はなるほどと納得した。

テーブル席とカウンター席が六つずつ。決して広いとは言えない店内だが、席と席の間隔は余裕を持って設計されており、細かな客に対する気遣いが感じられる。

つまり……流石は「あの」冴霞さんのお勧めと呼ばれるだけのお店、ということだ。

 

「……? 中塚さん?」

 

冴霞さんの声に、ふと視線を転じる。その懐かしい苗字(・・・・・・)に惹かれたのではないかというくらい、無意識に。

そして――――。

 

『…………え?』

 

――――目が、合った。




第二話へ続く


後書き

皆さん、こんばんは。Memories Baseの4周年記念としてお届けします、合同作品。連載開始です〜!^^

私の作品は、恋愛小説として王道すぎる王道。小さな頃に離れてしまった、幼馴染との再会がテーマです。

少し、フォーゲルさんの作品と似てしまいましたが。こういうのも、ある意味合作の醍醐味ですよね。

実はオリジナルを書くのは、今回が初めて。最近は二次創作の中でもバトルものを中心に書いてたので、こういうベタな恋愛を書くのはとても新鮮だったり。

それほど長くなる予定はありませんが、皆さま是非最後までお付き合いください。


ではでは、是非他の作家さんの作品もご覧ください〜^^



2009.10.5