てんたまSS
「初音と双葉」
Written by 雅輝
<9> 答え
「・・・」
暖房の効いた我が家のリビングで俺は、ソファーに横になりながらテレビを見ている。
しかしその内容は視覚や聴覚では捉えているけど、脳ではまったく理解出来ていなかった。
今日は12月23日。
千夏と貴史に相沢家主催の一日早いクリスマスパーティに誘われてのだが、一人で考えたいことがあるからと断った。
学校は既に冬休みに入っていて、最近は家でぼ〜っと過ごしている時間が多い
そういう時、必ず考えているのは初音さんのこと。
初音さんとは、あの日以来会っていない。
初音さんのことを考えると会えるわけもなかったし、俺自身、中途半端な気持ちで彼女に会いたくなかった。
「―!―!」
テレビの音が聞こえる。
どうやら近頃ブームのお笑い番組らしい。
少しでも気が紛れれば、と思ってスイッチを入れたテレビだが、今では雑音以外の何物でも無かった。
「ブツン」
電源を切る。
再び静寂が戻った室内。
その中で聞こえるのは、花梨が食器洗いをしている音と、ソファーの向かいの窓の外で吹いている風の音くらい。
外は曇天模様で、全体的に灰色の風景は今が冬だということを強く実感させる。
『冬か・・・』
この一年、思い返せば色んなことがあったな・・・。
去年の冬。
見えるもの全てが、色を失ってしまった季節。
薄暗い病室の中、最愛の恋人は静かに息を引き取った。
春。
寒さが和らぎ、麗らかな日差しと共に街が明るくなっていく季節。
だがそんな季節感とは対象的に、俺は悲しみに暮れ、何も信じられなくなり、全てから逃げるように心を閉ざした。
夏。
暑さにうだり、太陽が恨めしく思える季節。
親友たちの根気強い励ましのおかげで、ある程度立ち直ることが出来た。
秋。
徐々に冷えていく街並みを見て、感傷に浸る季節。
無理やり連れて行かれた聖沙の文化祭で、今の俺にとって大切な人と出会った。
そして・・・冬。
一年前の悲劇を想い出してしまう季節。
そして、再び人を愛するという気持ちを思い出せた季節。
突然やって来た見習い天使に大切なことを教えられ、俺は自分なりの答えを出せた。
「椎名、コーヒー淹れましたけど飲むですか?」
「ん?ああ。ありがとう、花梨」
いつの間に淹れてくれていたのだろう。
わざわざコーヒーを持って来てくれた花梨から、体を起こしてカップを受け取る。
そして座り直した俺の横にちょこんと腰を掛け、俺にはとても飲めそうに無いミルクたっぷりのコーヒーを飲み始める花梨。
『花梨には、本当に世話になったな・・・』
この二ヶ月間、家事のほとんどを引き受けてくれた花梨。
試験の結果がどうであれ、彼女は明後日には天使界に帰ってしまう。
『・・・明日だ』
明日俺は、初音さんに告白する。
双葉に対しても、初音さんに対しても、そして自分に対してもしっかりけじめをつける。
それが今まで世話になった花梨に対して、俺が唯一できる事。
いや、しなければいけない事。
「なあ、花梨・・・」
「なにですか?」
「俺はやっと・・・花梨の言う”答え”を見つけることが出来たよ」
そう言って笑顔を向ける。
「・・・椎名ならきっと見つけることが出来ると思ってたです」
花梨もまた、嬉しそうに微笑んでくれる。
「馬鹿だよな、俺って・・・。初音さんのことを傷つけて初めて、おぼろげながらも答えが見えたんだから」
「椎名・・・」
「でも・・・ここ最近ずっとその事ばかり考えて、次第に答えははっきりしてきた」
簡単なことだったんだ。
ずいぶん遠回りしたけど・・・少なくとも俺は、この答えが間違っているとは思わない。
「椎名・・・花梨にその答えを聞かせてくれませんか?」
「えっ・・・?」
「椎名がたくさん悩んで出した結論を、花梨は知りたいです」
その声が・・・
「短い間だったけど、花梨がここに・・・椎名の傍にいたという証が・・・欲しいですから・・・」
次第に涙声になっていく・・・。
「だって・・・だって花梨は・・・椎名のことが・・・」
目も前にいる花梨の瞳には、今にも溢れんばかりの大粒の涙が光っていた。
俺はその涙を親指の腹で拭ってやる。
「ふぇ?」
「馬鹿。まだ別れのときじゃないだろ?涙はその時まで取っておけ」
「椎名・・・」
「わかった、聞かせてやる。花梨が導いてくれた標(しるべ)の上で俺が出した答えを・・・。そして約束する。必ずお前を合格させるってな」
結構恥ずかしいことを言ってしまった照れ隠しに、いつもはアオイが乗っているその頭をくしゃっと撫でてやる。(ちなみにアオイは花梨の部屋で休憩中)
一瞬きょとんとした花梨だったが、
「はいです!」
すぐにいつもの元気な声で返事をしてくれた。
翌日。
世間一般で言うクリスマスイヴ。
昨日の曇天模様とはうって変わり、見上げれば太陽が少し西に傾いた蒼い空が、果てしなく広がっている。
今日という日を楽しむ恋人たちにとっては、絶好の天気と言えるだろう。
「・・・」
しかし今俺が立っている場所は、そんな日にはどう考えても場違いな所。
――双葉の墓が安置されている霊園。
当然辺りには人気(ひとけ)もないし、聞こえてくるのも雀たちのさえずりぐらい。
俺は時折吹く今の季節独特の寒風に身を晒しながら、双葉の墓と対峙していた。
「・・・」
こうして双葉の墓を目の前にしていると、懐かしい気分になってくる。
答えを出したとは言っても、双葉が俺にとって大切な存在であることは変わりない。
・・・変わるはずが無い。
「・・・双葉、久しぶりだな」
何から話そうかと少し迷った末、結局出てきたのは何のひねりもない、ごくありきたりな挨拶だった。
「今まで一度も来れなくてすまなかったな」
ここに来ると、双葉の死を強く示されるから・・・。
「でも、もう迷いは消えたよ」
「俺は一年という長い時間を掛けて、ようやくお前の死を乗り越えることが出来た」
「色んな人たちに支えられて・・・ずいぶん遠回りもしたけど・・・俺はやっと答えを見つけることが出来たんだ」
俺自身への答え。
傷つけてしまった初音さんに対する答え。
そして・・・双葉の”死”に対する答え。
「俺、好きな人が出来たんだ」
突然話題を変える。
双葉が狼狽している様子が目に浮かぶようだ。
「俺は・・・ずっとその娘のことを双葉の代わりとして視てしまっていたんだ・・・」
「そのことで、俺は彼女のことを酷く傷つけてしまった」
初音さんは以前から気づいていたんだ。
でも、何も言わなかった。
いずれ、俺がちゃんと自分のことを見てくれると、ずっと信じてくれていたんだ。
それなのに・・・俺は・・・。
「彼女と一緒にいると安心できたし、どこか心地よい気分にもなれた」
「しかしそれは双葉に似ていることから来る、単なる勘違いだと思っていた」
「いや、そう思い込むことで自分の気持ちから逃げていたんだ」
「でも今は違うとはっきり言える」
一番出すのに苦労した答え。
でも出てみると、それは一番簡単な答えだった。
「俺は彼女のことを愛している」
「双葉の代わりとしてではなく、一人の魅力的な女性として・・・」
初めて来た墓参りの場でこんなことを言うのは、酷いことなのだと思う。
でも・・・。
「双葉・・・最期にこう言ってくれたよな?”私の分まで幸せになってね”って」
「でも・・・俺は悲しみに暮れ、自らそうなることを放棄していた」
「双葉の居ない世界で幸せになれる筈なんてないって、あの頃は本気で思っていたから・・・」
双葉を喪った翌日、絶望的な悲しみの中、手首に当てたカッターナイフ。
しかし、そのナイフが赤を生み出すことはなかった。
このとき俺の心をギリギリのところで繋ぎとめてくれていたのは、双葉のこの言葉だった。
「俺は彼女と出会って変われた」
「再び、生きることに意味を見出せた」
「だから・・・そんな彼女を、俺の手で幸せにしたい」
この行為は双葉に対する裏切り行為だと、何度も考えた。
でもそれは違うと気づいた。
双葉は、誰よりも俺の幸せを望んでくれていたから・・・。
「俺はこの後、彼女に告白する」
「彼女と共に、未来へと進んでいく」
「それが・・・俺が導き出した答えだ」
・・・言いたいことは全て伝えた。
「俺の告白が成功したら、その娘も連れてまた明日来るつもりなんだ」
「双葉には紹介しておきたいから・・・」
右手に付けている腕時計を見る。
『・・・もうそろそろ時間だな』
「じゃあ、またな・・・」
そう言って踵を返す。
しかし霊園の出口に差し掛かろうというとき、一陣の風は小さな奇跡を届けてくれた。
――「がんばってね・・・椎名」――
「!? 双葉!!?」
慌てて振り返る。
だが当然のことながら、振り返った先に見えるのは、多くの墓が置かれた霊園だけ。
でも俺は信じる。
彼女が俺の為に、奇跡を起こしてくれたと。
「ありがとう・・・双葉」
少しだけ零れ出た涙を袖で拭い、俺はもう振り返ることなく、初音さんとの待ち合わせ場所に向かった。
後書き
メモオフ#5発売!!
でも金が無くて買えない貧乏学生、雅輝です。
買うつもりではいるんですけどね〜。
初回限定版は8000円超えてましたし・・・(泣)
買えるのはまだまだ先になりそうです。
閑話休題。
SS、最近奇妙なくらい調子良いんですよねぇ。
この様子だと土、日には次の話UPできるかも・・・。
あと一話で終わるかどうか微妙なところで、もしかすると二話に分けるかも・・・。
まあ、それはその時の調子次第で(笑)
もう少しなんで皆様、最期までお付き合いください。
2005.10.27 雅輝