てんたまSS
              「初音と双葉」
                               Written by 雅輝

<8> 信じ続ける心



「椎名さん・・・」

家に帰ってきた私は、すぐに自分の部屋に閉じこもった。

ただ、悲しかった。

椎名さんの心の中には、私じゃない別の人がいると知ってしまったから。

椎名さんが、その人を深く想っていることを悟ってしまったから。

でも・・・

『それでも私は・・・やっぱり椎名さんを諦められない・・・。諦められる筈が無い』

男性が苦手な筈の私が、初めて好きになれた人。

自分のことなど省みず、他人に優しさを与えすぎる人。

その優しさに触れてしまったから・・・。

それを幸せに変換できる術を知ってしまったから・・・。

そして、そんな幸せを与えてくれる椎名さんを・・・愛してしまったから。

『私はいつまでも・・・椎名さんの傍に居たい。自分のことを省みず、支えを失った椎名さんのその身体を・・・これからもずっと支えてあげたい』

倒れそうな心をその想いで無理やり奮起させた私は、固い決意を胸に携帯電話である番号へと発信した。

双葉さんのことを知るために・・・。



翌日。

あいみるちゃで注文した抹茶を飲みながら、私はある人を待っていた。

”ウィーーン”

店の自動ドアが開いて、一人の女の人が姿を現す。

その人は・・・

「ごめん、初音。ちょっと遅れちゃったわ」

篠崎千夏さん。

椎名さんの幼馴染で、彼と付き合いが長い千夏さんなら双葉さんという人のことを知っているかもしれない。

そう考えた私は昨日、出会ったときに千夏さんに貰った番号に電話して、千夏さんと話がしたいと申し出た。

彼女は二つ返事で了承してくれ、今日の放課後にここで待ち合わせということになった。

「いえ、私も今来たところですから」

そう言って席に促す。

千夏さんは私の向かいの席に座り、店員に私と同じ抹茶を注文した。

その抹茶がテーブルの上に置かれて少ししてから、千夏さんは切り出した。

「それで・・・大事な話って?」

「・・・」

この期に及んでまだ躊躇している自分がいた。

双葉さんのことを知りたい筈なのに・・・。

それを知ることを、怖がっている。

矛盾した気持ち。

中途半端な覚悟。

こんなことで、椎名さんを支えられる筈が無い。

私は、心の弱い人間だ。

でも、だからこそ強くなりたいと願う。

椎名さんの・・・そして自分の為に、強くありたいと願う。

だから・・・。

私はもう・・・逃げたりしない。

「双葉さんという方を・・・知っていますか?」

私は穏やかにじっと待ってくれていた千夏さんにそう訊ねた。



「・・・えっ?」

その質問に私は動揺を隠せなかった。

『どうして初音が双葉のことを知っているの?』

私の親友だった子。

そして、今はもうこの世にはいないその名前が、初音の口から発せられたことに驚いていた。

まさか椎名が・・・?

いや、椎名が双葉のことを簡単に教えるわけないし、もし仮に教えたとしても何か理由があるはず。

「双葉さんのことを、教えて欲しいんです」

教えて欲しいということは全ては知らないってこと?

「・・・どこでその名前を聞いたの?」

私がそう訊ねると、少し沈黙を挟んで

「実は・・・」

初音は事の顛末を一つずつ、ゆっくりと話してくれた。

以前から、椎名が初音に誰かを視ていたこと。

その誰かが双葉であることを、昨日椎名が漏らしたこと。

そして・・・初音が椎名のことを好きだということも・・・。

「・・・」

話を聞き終わっても、私はしばらく無言だった。

『初音と双葉・・・か』

椎名の気持ちも分からなくはない。

確かに二人は似ている。

それは外見的なものじゃなくて、ちょっとした瞬間(とき)の仕草や表情。

なにより、雰囲気が似ていた。

初めて初音と会ったときの、奇妙な既視感。

今思うと、あれはきっと双葉を視ていたのだろう。

椎名と同じように・・・。

それが初音に悪いということは、おそらく椎名も分かってるんだと思う。

だからこそ椎名は苦しんだに違いない。

初音のことは傷つけたくないと思う反面、どうしても双葉のことを視てしまう。

ずっと、そんな自分と戦ってきたんだろう。

『椎名は・・・不器用な上に、優しすぎるから』

でもそんな椎名だからこそ、目の前に居る彼女と一緒に幸せになって貰いたい。

だから私は・・・

「初音・・・」

「はい?」

余りにも不器用な二人の為に、とっておきの助言を与えることにした。



「残念だけど、私からは双葉のことを教えることは出来ないわ」

「えっ?」

しばらく間を置いて紡がれた千夏さんのその言葉に、私は思わず聞き返してしまう。

「それは椎名の口から聞いて、初めて意味があるものだと思うから」

「そう・・・ですか」

確かにそうなのかも知れない。

私は、椎名さんとの確かな繋がりが欲しかった。

そういうものでも無いと、椎名さんが私の傍から突然消えてしまうような気がして、怖かったから・・・。

でも今にして思えば、私が双葉さんのことを知っていたって、何かが変わるとは限らない。

気ばかり焦って、そんなことにも気づかなかった自分を恥ずかしく思う。

「でも・・・」

「えっ?」

「不器用なあなたたちの為に、一つだけアドバイスをあげる」

そう言って一つ呼吸を置いた千夏さんの表情は、真剣そのものだった。

「あいつを・・・椎名のことを誰よりも信じてあげて・・・」

「椎名は今、必死に”答え”を探している最中だと思うの・・・。だからあなたは、そんな椎名を信じて、ただ待っていればいいの」

「ただ・・・待っていれば・・・」

「大丈夫。椎名ならきっと”答え”を見つけることができるわ。なんてったって、私の自慢の幼馴染だからね」

「・・・はい」

「大丈夫・・・大丈夫よ」

「・・・は・・・い」

私の瞳から涙が零れてくる。

ずっと不安だった。

椎名さんを好きでいることが・・・。

誰かに大丈夫だって言って欲しかった。

そう言われて、安心したかった。

「初音なら絶対大丈夫。私が保証するわ」

千夏さんに相談して良かった・・・。

私は心からそう思うことが出来た。



しばらくして落ち着いた私は、

「千夏さん」

「何?」

「本当にありがとうございました」

今私が出来る最大級の笑顔でお礼を言った。

千夏さんは何も言わずに、微笑んでくれた。



椎名さん。

いつまでも待ってますから・・・。

だから・・・。

信じて、いいですよね?



後書き

ども〜、雅輝です。

なんか最近更新速度が速いような・・・。

あまり飛ばしすぎると、後でガス欠になりそうで怖い(笑)。

この連載の次なんて、まだ全然考えてないのに・・・。

まあ、何とかなるでしょ☆

今回は椎名が出ませんでした。

代わりに千夏視点を加えてみたのですが、どうでしょう?

次回は椎名視点オンリーになる予定ですが・・・。

さてこのSS、完結まであと2,3話といったところでしょうか。

最終話はだいたい考えてはいるのですが、そこまでどう持っていくか・・・。

それは今から考えます(汗)。

それでは次の更新で・・・。



2005.10.25  雅輝