てんたまSS
「初音と双葉」
Written by 雅輝
<5> 二つの助言、彷徨う心
「CDショップを出た後、貴史が急にいないことに気づいて・・・それで辺りを見渡すと、女の子をナンパしている貴史を見つけたんだ」
「貴史・・・相変わらずですの・・・」
花梨が少々呆れたような顔をする。
もっとも俺に至っては、もう呆れを通り越して諦めているのだが・・・。
「貴史は千夏に連れて行かれたから、その後どうなったかは知らないけど・・・貴史がナンパをしていた人こそが初音さんだったんだ」
「ふぇ?そだったんですか?」
「ああ。そして・・・」
そして・・・何と言えば良いのだろう?
俺が・・・初音さんに双葉の面影を映していることを、花梨に言うべきだろうか?
別に言っても問題はないのだろうが・・・何故か少し抵抗を覚える。
自分の意識とは別の場所にある、小さいけど強い抵抗。
『この抵抗も、双葉のことを吹っ切れていない証拠なんだろうな・・・』
「椎名・・・?」
何も言わなくなった俺に花梨が声を掛けてくる。
『でも、これも花梨の試験のため。我儘なんか言ってられないよな』
それに花梨なら何かアドバイスをくれるかも知れない。
この子は俺を幸せにしてくれる存在なのだから・・・。
「なあ、花梨・・・」
「何ですか?」
「俺は多分・・・初音さんに双葉の面影を視ているんだ」
「・・・」
「それが初音さんに対して、悪いということは分かってる。けど、どうしようもないんだ・・・。無意識の内に、双葉と喋っているような気がして来て・・・懐かしい気分になって・・・。今日だって、初音さんが目の前にいるっていうのに双葉のことを思い出して、彼女が声を掛けてくれるまで、完全に思い出の世界に入っていたんだ。・・・なあ花梨。俺はどうすれば双葉のことを吹っ切れることができるんだろうな・・・?」
そこまで一気に喋って、一息つく。
花梨は少し考えた後、
「椎名は難しく考えすぎですの」
「えっ?」
『どういう・・・意味だ?』
「椎名が今考えることは、どうやって双葉のことを吹っ切るかではなくて、初音自身のことを椎名がどう想っているかです」
「俺が・・・初音さんのことをどう想っているか・・・」
その言葉を反芻する。
「はい。そしてその答えは、双葉を吹っ切るということにも繋がってると思うです」
「・・・」
確かに、以前から初音さんのことは他のどの女の子より気になっていた。
初音さんの笑顔にドキッとすることは何度もあった。
初音さんといると心が安らぐような気がした。
俺は、それらを”初音さんが双葉に似ているから”という幻想・・・錯覚に過ぎないんだと思っていた。
でもそれらが幻想などではないとしたら?
『俺は、気づかない内に・・・初音さんに惹かれていたのか・・・?』
分からない・・・。
俺はその答えを・・・見つけることができるのだろうか・・・。
「大丈夫です!椎名なら、きっとその答えを見つけることができると思いますの☆」
俺の心を見透かしたような花梨が、そう言って笑顔を見せる。
この本物の”天使の笑顔”に、今まで何度癒されてきたか・・・。
「そうだな・・・ありがとう、花梨」
俺は大事な事に気づかせてくれた天使に感謝を告げ、冷めかけていた晩御飯に再度手を伸ばした。
翌日。
結果から言おう。
貴史はちゃんと学校に来た。
体中アザだらけで・・・。
何故そうなったかは言わなくても分かるだろうが、一応貴史に聞いてみた。
すると・・・
「フッ・・・凶獣にやられたんだよ・・・」
と一言漏らした。
なるほど、凶獣ときたか。
確かに昨日のあの殺気を感じると、その表現にも思わず頷きそうになる。
『でも貴史・・・そういう事は千夏のいない所で言った方がいいぞ』
いつの間にか貴史の背後に立っていた千夏によって、貴史のアザの数が倍になったのは言うまでもない。
そして今は放課後。
千夏は「貴史に教育的指導をするから」と言って、貴史を引きずって先に帰ってしまった。
ということで、俺は一人寂しく下校している。
『まったく・・・貴史も千夏がいるんだから、ナンパなんかしなきゃいいのに・・・』
まあ、相手があの初音さんじゃしょうがないか・・・。
などと、どんよりした空を見上げながら考えていると、前方に見知った女の子が立っているのが見えた。
「あれは・・・真央?」
青いショートカットの髪に聖沙の制服・・・間違いない。
「よう、真央。どうしたんだ?こんなところで」
「・・・椎名先輩を待っていたんです」
「俺を・・・?」
いつもとは明らかに違う真央の表情。
いつもは楽しげなその瞳も、今は真剣そのものだ。
「少し、椎名先輩とお話がしたくて・・・」
「・・・じゃあその辺の店でも入ってゆっくり聞こうか」
「はい・・・」
「で?話ってなんなんだ?」
和風ファーストフード店「あいみるちゃ」で、向かい合うように座っている真央に問いかける。
こいつがこんなに真剣な顔をするなんて珍しいから、少し不安になる。
「・・・実は初音先輩のことなんです」
「初音さんの・・・?」
なるほど、それなら真央の真剣な表情にも納得がいく。
真央と初音さんは同じラクロス部に所属しており、お互いが大切な親友同士だ。
姉妹のように仲が良く、端から見ても互いを尊重し合っているのがよく分かる。
『ってことは、初音さんに何かあったのか!?』
その事に気づいた途端、真央の時とは比べ物にならないほどの大きな不安が襲ってくる。
何故かは分からない。
・・・いや、分かろうとしていないだけなのかも知れないな。
「初音さんに何かあったのか?」
冷静さを装って聞く。
「・・・昨日から少し変なんです」
「変?」
「はい。あまり元気が無いですし・・・部活中でもボ〜っとしたり、普段の先輩ではありえないようなミスもするし・・・」
「・・・」
「初音先輩は風邪だって誤魔化してますけど、私はそうは思えません。多分先輩は何か悩みを持ってるんです」
「その根拠は?」
「親友の勘です」
考える様子もなく、きっぱりと答える真央。
初音さんのことをよく知る真央がここまで言うのだから、多分そうなのだろう。
「・・・椎名先輩、昨日初音先輩と会いませんでしたか?」
「えっ?」
突然そんな質問をされて、少しびっくりする。
「・・・どうして俺なんだ?」
俺は真央の質問には答えずに聞き返した。
すると、真央は少し悲しそうな顔で、
「・・・初音先輩をあんな状態にできるのは、良くも悪くも椎名先輩だけですから・・・」
『・・・えっ?』
どういう意味なんだ?
「それで、どうなんですか?」
考える間も無く、真央が再度詰め寄ってくる。
「ああ。商店街で会って、少し話をしたけど・・・」
別に隠す必要もないので、素直に答えてやる。
「・・・それは初音先輩の悩みに関係してると思いますか?」
「・・・」
なんと答えればいいのだろう?
もしかして初音さんは、俺が初音さんに双葉の面影を見ているのを、何となくでも気づいているんじゃないのか?
もしそうだとしたら・・・初音さんを悩ませているのは俺だということになる。
「・・・どうしたんですか?」
・・・真央に、双葉のことを話してみよう。
あまり人には言いたくない過去だが・・・そうすることで何かが変わるのだったら・・・。
「・・・長くなるけど、良いか?」
その問い掛けに、真央は静かに頷いた。
話が終わった頃には雨が降り始めていた。
店の窓ガラスを、雨粒が小刻みに叩いている。
「・・・」
真央は話し終わってからずっと黙ったままだ。
その表情も俯いているため、確認できない。
「まったく・・・双葉には、いつまで経っても縛られたままなのかな・・・」
「っ!」
沈黙を破るために放った何気ない俺の一言に、真央は反応した。
そして
「それは違います!!」
と店内に響くような大声で言った。
その声に、店にいる何人かの客がこっちを見る。
だが真央は、そんな視線など気にせず続けた。
「双葉さんのせいにしないでください!椎名先輩は、そうやって過去に逃げているだけです!」
「双葉さんという逃げ道を作って・・・現実から目を背けてるだけなんですよ!!」
「・・・」
真央の容赦無い言葉。
しかし言ってることは正しいので、反論できない。
「それじゃあ・・・いつまで経っても、双葉さんのことを吹っ切るなんてできるわけないじゃないですか!」
・・・真央の言う通りだった。
こんなことじゃいつまで経っても双葉のことなんか吹っ切れるわけないし、双葉や初音さんにも失礼だ。
でも・・・。
「・・・椎名先輩が、初音先輩のことを少しでも想ってくれているのなら・・・双葉さんの代わりなどではなく、初音先輩自身を見てあげてください」
少し落ち着いた真央はそう言うと、伝票を持って店を出て行ってしまった。
「・・・」
俺はその様子をただ見送ることしか出来ない。
『情けないな、俺・・・』
後輩の女の子に、ここまで言われるなんて・・・。
しかもそれが全て事実なのだから、尚更不甲斐ない。
でも・・・未だに花梨の言う”答え”は見つかっていない。
『俺は・・・一体、どうしたらいいんだ?』
いつの間にか土砂降りとなっていた雨は、まるで俺の心象を表しているかのようだった・・・。
後書き
最近ネタ切れの管理人、雅輝です。
なんか書いてたらどんどん難しくなってきたんですよ(汗)。
次の話どうしようかなんてまだ考えてないし・・・。
まあ、何とかなるでしょう(笑)
それはそうと、今回の話どうだったでしょう?
シリアスなんで、真央のキャラが微妙に違うのはご勘弁を。
それにしても真央のシリアスは難しかった・・・。
ゲームの方でもほとんど無かったですしね。
明るい真央ちゃんが好きだと言う方はごめんなさい(ペコリ)。
ご意見・ご感想等がございましたら、気軽に掲示板の方まで。
感想を頂けると非常に励みになりますので、更新スピードも(多分)速くなります。
ではでは、次の更新で。
2005.10.18 雅輝