てんたまSS
              「初音と双葉」
                               Written by 雅輝

<4> それぞれの想い



あの後の俺は、何日もろくに食事を摂らず部屋で独り、ずっと双葉のことを想っていたな・・・。

そんな俺を、精一杯千夏と貴史は励ましてくれて・・・。

でも、そんな親友の心遣いを嬉しいと思う反面、疎ましいと思う自分もいた。

双葉のいないこの世界には何の価値もないと、本気で思っていたから・・・。

「――――さん」

だが時間が経つに連れて、俺は徐々にだが”双葉の死”から立ち直っていった。

それは最期の時、双葉に言われたあの言葉があったから・・・。

『私の分まで・・・幸せになってね・・・・・・椎名・・・』

双葉の分まで幸せになる・・・そのためにはいつまでもウジウジしていられない。

しっかりと前を見て、進んで行かなければいけない。

それが分かった時、ようやく俺は暗闇から抜け出すことができたんだ。

「―――なさん」

でも、俺は・・・・。

本当の意味で、”双葉の死”を・・・乗り越えることができるのだろうか・・・?

「椎名さん!」

「うわっ!」

すぐ近くで大きな声が聞こえて、飛んでいた意識を取り戻す。

ここは・・・商店街の本屋の前。

そして目の前には、心配顔の初音さん。

そうか・・・俺は初音さんと話している途中、双葉のことを思い出して・・・。

「大丈夫ですか?椎名さん」

初音さんが心配そうに聞いてくる。

どうやら何度も声を掛けてくれたようだ。

『悪いことしちゃったな・・・』

「ごめん、初音さん。大丈夫だよ」

その言葉にほっとする初音さん。

「あの・・・どうしたんですか?」

「いや・・・ちょっと昔のことを思い出しちゃってね・・・」

「昔のこと・・・ですか?」

「・・・ああ」

一瞬、初音さんに双葉のことを話すべきかどうか迷ったが・・・やめておいた。

何故かは分からない。

ただ自分の中の何かが、今は言うべきではないと警告していた。

いや、単に逃げてるだけなのかも知れないな。

”双葉の死”という過去から・・・。

「そういえば、今日は部活は無いの?」

無理に話題転換。

「あっ、はい。今日は顧問の先生が出張でいないので・・・でも5時からミーティングがあるんです」

「へぇ〜・・・って、もうすぐ5時になるよ!?」

「ええっ!?」

急いで腕時計を確かめる初音さん。

「す、すみません。今日はもう失礼します」

「うん、ごめんね。何か引き止めるような形になっちゃって・・・」

「いいえ。気づかなかった私も悪いですから・・・あの、それではまた・・・」

「ああ、またね」

少々急ぎ足で駅に向かう初音さん。

『こんな接し方じゃ、初音さんに悪いよな・・・』

初音さんを目の前にしながら、どこか双葉のことを想っている俺。

『こんなの、彼女を双葉の代わりにしているようなものじゃないか・・・』

それが悪い事だということは、十分分かっている。

でも、それは無意識の内に行われる行動。

自分ではどうしても止められない。

『そう・・・俺が双葉のことを、完全に吹っ切れるまでは・・・』

俺は振り向き、その事を考えながら我が家へと向かった。





私はふと立ち止まって、後ろを振り返った。

そのずっと先には、今別れたばかりの椎名さんの後姿が見える。

「椎名さん・・・」

一人呟く。

私は椎名さんのことが好きなんだと思う。

初めて会った時から、他の男の人とは違う何かを感じていた。

男性が苦手な私でも、椎名さんとなら普通に・・・楽しく話すことができた。

何度か椎名さんと会っている内に、いつの間にか授業中まで椎名さんのことを考えている自分がいた。

椎名さんは優しい。

でもその優しさの裏側には、大きな悲しみがあるように思える。

さっき言っていた”昔のこと”と関係があるのだろうか。

そして私といるときも・・・時々私ではなくて違う誰かを視ているような気がする。

私の気のせいなのかも知れないけど・・・。

『椎名さん・・・』

『あなたはちゃんと・・・”私”を視てくれていますか・・・?』





やっと我が家に到着。

ある芸能人の別荘をそのまま買い取ったというこの家は、一人で住むには少々広すぎる。

父さんはずっと海外で服飾デザイナーの仕事をしているからめったに帰って来ないし、母さんは俺が物心ついたときからいなかった。

よって、俺は最近まではずっと一人暮らしをしていた。

そう、最近までは・・・。

「ワンワンッ」

「ただいま、ラキシス」

玄関の前で、庭で飼われている我が家の忠犬(?)、ラキシスが出迎えてくれる。

双葉の死後、俺はラキシスを譲り受けた。

双葉の忘れ形見・・・そして俺と双葉を巡り合わせてくれた大切な存在を・・・。

嬉しそうに尻尾を振りながら、俺の周りをグルグル回っているラキシスの頭をクシャッと一撫でしてから、

「ただいま〜」

そう言って玄関のドアを開けた。

以前は言っても虚しいだけだったこの言葉に、今は返してくれる人がいる。

いや、正確には”人”ではないのだが・・・。

「椎名、おかえりです」

ぱたぱたと愛用のスリッパを鳴らして、やってくる一人の女の子。

ピンクの髪にピンクの服、頭にはいつも青い饅頭のようなものを乗せている。

正しくは幸せの青い鳥、”アオイ”なのだが・・・。

彼女の名前は”花梨(かりん)”。

信じられない話かも知れないが、彼女は人ではない。

天使界という所から地上界へとやって来た、天使(見習い)なのだ。

花梨の他にも、貴史の所には”葵(あおい)”ちゃん、千夏の所には同じく”奈菜(なな)”ちゃんが来ている。

ちなみにこの三人は天使界にいた頃からの親友らしい。

彼女たちの目的は、天使学校の卒業試験に合格すること。

その卒業試験の内容は「地上界にいる、各天使に定められた”対象者”を幸せにすること」だ。

この試験に無事合格すると、正式な天使として学校を卒業できるらしい。

試験期間は11月1日から12月25日までの約二ヶ月。

葵ちゃんと奈菜ちゃんは、貴史と千夏が付き合い始めたことによりもう試験は合格らしく、今はそれぞれ(貴史と千夏)の家でのんびりと試験終了日までの日々を過ごしている。

しかし、まだ俺の幸せを見つけていない花梨は、日々俺の幸せ探しに奔走してくれている。

「椎名、今日は遅かったですね。どこに行ってたですか?」

「ああ。貴史・千夏と一緒に、ちょっと商店街の方にね」

「そですか。もう夕飯できてるですよ?」

「悪かった。今度から遅くなりそうなときは連絡を入れるようにするよ」

「そうして貰えると助かるです」

花梨には、この家の家事をほとんどしてもらっている。

多分花梨が急にいなくなったりしたら、この家の機能はすべてストップしてしまうだろう。

花梨が来て一ヶ月、どうも花梨に依存してしまっているような気がする。

10月31日の夜、突然花梨が寝ている俺の上に落ちてきた時はびっくりしたな・・・。

自分は天使だとか訳の分からないことを言い出すわ、双葉のことをひどく言うわで・・・怒った俺は花梨を追い出した。

後で冷静になって、色々聞くために花梨を探しに行ったんだが・・・。

それ以来花梨は居候としてこの家に住んでいる。



「そういえば椎名。商店街に何しに行ってたですか?」

リビングで相変わらず美味しい夕飯を食べていると、花梨が思い出したように聞いてきた。

「CDショップに新譜のCDを見に行ってたんだよ」

「そういえば・・・花梨も欲しいCDがあるんですけど・・・」

そう言って上目遣いで俺のことを見てくる。

買って欲しいという意味だろうか・・・まあそこまで高い物でもないし、なにより花梨がねだるなんて珍しい。

いつも世話になってるんだからこれぐらいいいか。

「わかった、わかった。今度買ってやるからそんな目で見ないでくれ」

「ホントですか?椎名、ありがとです☆」

おかずが一品追加された。

「でも、CD屋さんに行っただけでこんなに遅くなったのですか?」

「その帰りに初音さんに会ったんだよ」

「初音に会ったですか?」

正確には貴史が初音さんをナンパしていたことで気づいたんだが・・・その辺を説明するのは面倒だし、黙っておこう。

「ああ。それで喋ってたらこんな時間になっていたという訳だ」

「何を喋ってたですか?」

「・・・なんか報告タイムみたいになってるぞ?」

「じゃあもうこのまま報告タイムに突入ですの☆」

報告とは、対象者がしなければいけない義務のようなもので、毎日その日にあった出来事などを天使に聞かせてあげる。

そして天使はその報告を元に各人の幸せを探していく、ということらしい。

『でもあの・・・花梨さん?まだご飯の途中なんですけど・・・』

しかし花梨はノートを取り出して、準備万端といった感じである。

『しょうがないか』

内心ため息を吐きつつ、花梨に今日の出来事を話してあげることにした。


後書き

ども〜、雅輝です。

やっと花梨を登場させることができました。

主人公(?)なのに4話目にしてようやくですね(苦笑)

次回は報告の続きからです。

ちょっと花梨ちゃんに頑張って貰おうかと(笑)

真央も登場します。(あくまで予定ですが・・・)

それでは次の更新で。

2005.10.15  雅輝