てんたまSS
              「初音と双葉」
                               Written by 雅輝



<3> 悲しき過去



双葉―――”渡瀬双葉(わたせ ふたば)”。

二つに分けた長い髪に、少し小柄な身体。

引っ込み思案なところもあったが、何事に対してもいつも一生懸命だった女の子。

そして・・・かつて俺が最も愛し、最も俺のことを愛してくれた存在(ひと)・・・。

双葉と一番最初に出会ったのは、俺が双葉の飼い犬の”ラキシス”を助けた時だった。

そして入学式の日に同じクラスとなり、それからは貴史・千夏を含めた四人で行動することが多くなった。

その頃俺は双葉のことが気になっていたが、女の子と付き合ったことがなかった俺にはどうすればいいか分からなかった。

だから突然教室で双葉の方から告白されたときは、頭の中が真っ白になるぐらい驚いた。

後で分かったことだが、どうやら貴史と千夏が一枚噛んでいたようだ。

双葉も前から俺のことが好きで、どうしたらいいか千夏に相談していたらしい。

もちろん、俺も双葉の事が好きだったから驚きと喜びが交ざった気持ちで了承した。

そこから俺と双葉の関係が始まった。

それまでとはまったく違う日常が、そこにはあった。

平日には学校で一緒に双葉の手作り弁当を食べ、手を繋いで下校した。

休日にはデートをして、陽が暮れるまで楽しい時間を過ごした。

双葉と一緒にいると、この世界のすべてが輝いて見えた。

双葉と過ごす何気ない日々に、俺は確かに幸せを感じていた。

だがある日、突如としてその幸せに大きなひびが入った。

放課後のデート中、双葉は突然倒れた。

慌てて抱き起こすとその顔色は悪く、息も荒い。

急いで傍にあるベンチに寝かせ、いつも双葉が昼食時に服用している薬を飲ませる。

前から気になっていたその薬。

本人はただの風邪薬だと言っていたが、それが嘘だということは薄々気づいていた。

双葉の容態が落ち着いてきたので、おぶって彼女の家まで連れて行く。

インターホンを鳴らすと、家の中から双葉のおばさんが出て来た。

おばさんは俺の背中にいる双葉に気づき、すぐさま俺を招き入れてくれた。

双葉をベッドまで運び、寝息が聞こえたところで一息つく。

俺はおばさんに大事な話があると言われ、リビングで向かい合っていた。

おばさんとは、付き合い始めた翌日に双葉に紹介されたのが初対面。

感じが良い人で、すぐに打ち解ける事ができた。

「双葉が大人になったらこうなるんだろうなぁ」という、整っていてかつ大人の雰囲気を持った顔立ちはいつも笑顔を見せてくれた。

しかし今目の前にいるおばさんは、別人だと思えるほど真剣で悲しそうな顔をしていた。

「椎名君には知っておいて貰いたいから・・・」

そう言って、おばさんは語りだした。

双葉の病気のことを・・・。


俺は双葉の為なら何でもできた。

だから・・・双葉が、現代の医学では治療法が見つかっていない重い心臓病を患っていると聞いたその時も、双葉を絶対に死なせたりはしないと心に誓った。

だが、双葉が100%助かると信じていたと言えば嘘になる。

時には不安にもなったし、双葉が死んだときのことを想像して悲しみに押し潰されそうになったこともある。

でも、自分の病気のことを知っていても前向きな双葉を見て、彼女の前では極力明るく振舞った。

少しでも、双葉の不安を取り除きたかったから・・・。

しかし、俺の想いとは裏腹に、双葉の容態はどんどん悪くなった。

完全に学校に来れなくなり、病院に行く頻度も多くなった。

それでも俺は諦めず、毎日授業が終わると双葉の家に行って、彼女にその日の出来事を聞かせてあげた。

時々貴史と千夏も一緒だったが、ほとんど俺一人だった。

二人とも、俺に気を使ってくれたんだろう。

毎日通ってたおかげで、双葉の両親とも本当の家族の様に親しくなっていた。

晩御飯を頂くこともしばしば。

双葉のおじさんも本当に良い人で、何度も双葉を宜しくと頼まれた。

その度に、俺と双葉は顔を赤らめたものだ。

さらにおばさんには、

「できるだけ長く、誰よりも多く、あの子の傍にいてあげて・・・」

とまで言われた。

それは俺を信頼し、認めてくれている証。

こんな俺なんかに大事な娘を託してくれた、おばさんたちのその気持ちを絶対に裏切りたくなかった。

だが・・・現実はどこまでも残酷だった。

去年の、12月25日。

世間一般に言うクリスマス。

でも、そんな恋人たちの祭典は・・・俺たちにとって、永遠の別離を余儀なくされた日だった。

俺はその日・・・家で一人、暇を持て余していた。





『なんだか、暇だな』

今日は双葉とは予定を入れていない。

双葉と彼女の両親に、クリスマスパーティに誘われはしたんだが・・・。

昨日、貴史たちと一緒にパーティをしたこともあり、たまには一家団欒を楽しんで欲しい・・・と俺は遠慮した。

「やっぱり断らなけりゃ良かったかな・・・」

一人ごちていたその時、

”トゥルルルルルルル トゥルルルルルルル”

家の電話が鳴った。

「はいはい、今行きますよ」

双葉かな?

もしそうなら、今からでも参加してみようかな。

”がちゃっ”

「はい、早瀬川です」

「あっ、椎名君!?」

「おばさん・・・」

電話は双葉のおばさんからだった。

今まで掛けてきたことなどなかったのに・・・しかもその声は、鬼気せまるものがあった。

いつも落ち着いているおばさんが・・・。

すごく悪い予感がする。

「大変なの!!双葉が・・・双葉が!!」

「!! 双葉がどうしたんです!!?」

まさか・・・。

「ついさっき、買い物の途中で倒れて・・・ずっと意識が戻らないの!!」

「!!!」

悪い予感がまさに的中した。

「病院の先生が・・・うっ・・・かく・・・覚悟しておいて下さいって・・・」

そんな・・・・。

だって、昨日まであんなに元気で・・・パーティのときも楽しそうに、はしゃいでいたじゃないか・・・。

嘘だ・・・そんなの嘘だ・・・。

「・・・・・な君・・・椎名君!」

「! あっ、すみません」

「ショックなのは分かるけど、すぐ病院まで来て。柊咲中央病院の320号室よ」

「・・・分かりました。すぐに向かいます」

電話を置きすぐに着替えて、家の鍵だけを持って家を出る。

病院はここから三駅離れた所にある。

『双葉・・・無事でいてくれよ・・・』

俺は最寄の駅に駆け出した。



「コンコン」

病室の扉をノックして中に入る。

そこは個室になっていて、双葉は部屋の中央のあるベッドで眠っていた。

「双葉・・・」

彼女を見た瞬間、俺は悟ってしまった・・・。

目の前にいる彼女には、もう生きる気力がないのだと・・・。

おそらく今日が・・・彼女との、今生の別れになるのだと・・・。

「椎名君・・・」

自分が気づいてしまった事実に愕然としている俺に、おばさんが話しかけてきた。

「わざわざ来てもらってごめんね・・・。あなたには、どうしても来て欲しかったから」

「いえ・・・俺は双葉のためなら何でもしてやりたいですから・・・・。逆にこれぐらいしか出来なくて、申し訳ないぐらいです・・・」

俺のその言葉に、おばさんは静かに首を横に振る。

「そんなことないわ・・・。あなたと付き合い始めてから、双葉は変わった。前まで自分の病気に対して後ろ向きだったこの子が、あなたと出会ってからはずいぶん前向きになれていた。表情もどんどん明るくなって、身体の調子も良くなってきた・・・。先生に15歳までしか生きられないと言われたこの子が、今もなおこうして生きているのはあなたのおかげなのよ・・・?あなたは、双葉の人生を変えてくれた・・・。本当に感謝しているわ」

おばさんの言葉が胸に沁みる。

こんな俺でも、双葉のためになれたということが・・・何より嬉しかった。



そして・・・とうとう別れのときが来てしまった・・・。

病室にいるのは、双葉の両親と病室に駆けつけて来た千夏・貴史、そして俺の五人だけだった。

親族は、急な話だったので集まれなかったそうだ。

双葉が一人ひとりと、挨拶を交わしていく。

千夏は泣きじゃくり、貴史も涙を流しながら壁に憤りを叩きつけていた。

そして・・・両親との別れの挨拶を交わした双葉は、俺に視線を向ける。

「椎名・・・たくさんの思い出をありがとう」

「・・・・」

双葉が静かに語りだす。

俺は涙を堪えるのに必死だった。

俺が泣いたら・・・双葉が不安になるから・・・。

「椎名にもらった思い出・・・ずっと大事にするから・・・」

「そんなこと・・・言うなよ・・・」

「絶対に大丈夫だから・・・早く良くなって、また一緒にどこかに行こう・・・」

できることなら、このまま時が止まって欲しい・・・。

それが無理なことだということぐらい、分かっている。

でも・・・それでも俺は・・・。

双葉と・・・別れたくないんだ。

「ラキシスを助けてくれたあの時みたいに、いつも誰かの力になってあげて・・・」

「・・・」

「・・・私が大好きな、優しい椎名でいて・・・・・・ね?」

「・・・ああ」

「ふふ・・・やっぱり椎名は優しいな・・・」

双葉が伸ばした手が・・・そっと俺の頬に触れる。

その手をとって、唇を噛み締めながら、次々と溢れてきそうな涙を止めようとする。

「ねえ、椎名・・・最後のお願い、聞いてくれる・・・?」

最後・・・。

双葉の最後の願い・・・・俺が双葉にしてやれる最後のこと。

「何だ?何でも言ってくれよ」

「”愛してる”って・・・言って?私、きちんと聞いてないから」

これが・・・双葉の最後の願い・・・。

これから別れ行く俺たちにとっては、それは残酷な言葉なのかも知れない。

でも、俺はそうは思わない。

これは・・・俺と双葉が愛し合っていたという、確かな証なのだから・・・。

「そんなのいくらでも言ってやる。愛してる。誰よりも一番、双葉のことを愛してるよっ!」

おもわず、双葉の手を握る力が強くなる。

溢れてくる涙を止めるのは、もう限界だった。

「ありがとう・・・最後にその言葉が聞けて、嬉しかった」

涙を流している双葉の顔から、どんどん生気が無くなっていく。

「私の分まで・・・幸せになってね・・・・・・椎名・・・」

「・・・」

返事も出来ず、双葉の顔すら見れず、ただ双葉の手を強く握り締める。

悲しみで、どうにかなってしまいそうだった。

「先生・・・そろそろ・・・お願いします」

双葉のその言葉で、点滴用のチューブに鎮痛剤が投与される。

もうちょっとで何もかもが終わってしまう・・・。

「しい・・・なぁ・・・」

双葉が虚ろな目で俺を呼ぶ。

「ここに・・・いるよ」

顔を上げて、しっかりと双葉の顔を見る。

俺が・・・心から愛した人の顔を・・・しっかりと瞼に焼き付ける。

「手を・・・手を握って・・・」

「ああ・・・離さないよ・・・」

一生握り続けたいと思ったその手を、しっかりと握り締める。

俺の温もりが・・・双葉に届くように・・・。

「双葉、愛してる」

最後の・・・愛の言葉・・・。

もう・・・我慢できなかった。

俺の瞳からは涙が溢れ出し、双葉の頬に流れ落ちる。

「ありがとう椎名・・・私も・・・愛・・・し・・・て・・・・・・る・・・」

双葉の手から・・・フッと力が抜ける。

「双葉・・・?」

双葉は返事をしない。

「双葉!?」

安らかな笑みを浮かべ、ただ眠っているように・・・。

「双葉ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

俺はもう返事が出来ない双葉の身体を抱き締めて、いつまでも泣き叫んだ・・・。


後書き

ども、雅輝です。

どうでしたでしょう?第3話。

今回は100%シリアスでいってみました。

ゲームのプロローグが丁度この話になるんですが、双葉視点ではなく椎名視点で書いてみました。

ちなみに私はそのプロローグでマジ泣きしました(笑)

想像で書いた部分も多少ありますが、ほとんどゲームと内容は一緒です(特に病室での台詞とか)。

本当は10月10日にUPする予定だったんですけど、予想以上に長くなっちゃいまして・・・(汗)。

双葉はこの話で終わるって決めてたんで・・・。

次の話は(やっと)花梨が出る予定です。

それでは次の更新で。

2005.10.11  雅輝