てんたまSS
              「初音と双葉」
                               Written by 雅輝



<11>  天使の旅立ち



初音さんへの告白から一夜明けた今日はクリスマス。

花梨が天使界へ帰る日・・・そして双葉の命日でもある。

しかし俺は、自分でも驚くほど平静に今日という日を迎えることが出来た。

それは多分、双葉の死を受け入れることが出来たからだろう。

少し寂しい気もするが・・・。



今俺は朝食を食べている。

テーブルの上には、相変わらず美味い料理。

そして目の前の席には、この朝食を作ってくれた花梨が座っている。

二人で向かい合って食べる。

この二ヶ月間で当たり前になった食事風景も、今日限りで終わってしまう。

花梨は何も言わず、俯いて箸を動かす。

そして俺も、そんな花梨に何を喋っていいか分からず、口を開けないでいる。

「・・・」

「・・・」

テレビも付いていない空間で聞こえるのは、暖房の音と食器の音くらい。

今までこんなに静かだったことは一度も無かった。

どちらかが話題を作り、それなりに盛り上がった会話を交わしていた。

「・・・」

「・・・」

結局二人で食べる最後の食事は、両者無言のまま終わってしまった。



昨日俺は、帰ってきてすぐ花梨に結果を報告した。

「これで試験も合格ですの☆」と花梨は喜んでくれると思った。

しかし、帰ってきた返事は

「・・・そですか」

のみだった。

予想外のリアクションに戸惑っている俺に、花梨は

「明日は昼前に出ようと思ってます」

とそれだけ告げて、すぐに二階に上がってしまった。

「・・・どうしたんだ?あいつ」

俺は花梨の態度を不思議に思いながら、一人ごちていた。



”ピンポーン”

10時になると一人のお客さんが来た。

「おはようございます、椎名さん」

俺の新しい恋人――初音さんだ。

俺は昨日、初音さんに告白した帰り道、彼女を家に送っている道中で花梨のことを話した。

花梨が(見習い)天使だということ。

今は卒業試験で、天使界から地上界に来ていること。

そして、明日天使界へ帰ってしまうこと・・・。

彼女には知っていて貰いたかったから。

彼女には見送ってあげて欲しかったから。

俺たちを結びつけてくれた、花梨という存在を・・・。

俺は全てを話し終えた後、一緒に見送ってあげて欲しいと頼んだ。

彼女は最初、少し戸惑った表情をしていた。

・・・その行動はごく自然な事と言えるだろう。

突然天使が家にいると言って、一体何人の人が信じるだろうか?

それでも彼女はすぐに、

「椎名さんの言うことなら、信じますよ」

「花梨さんとは何度か会ってますし、私も是非見送ってあげたいです」

と微笑んでくれた。



花梨は今、持って帰る荷物の整理を自分の部屋で行っている。

そして俺たちは、リビングで向かい合わせに座って紅茶を啜っていた。

室内には久しぶりに俺が淹れた紅茶の芳しい香りが漂っている。

しばらく花梨に任せっきりだったから、いざ淹れようとすると茶葉がなかなか見つからなかったりしたんだが・・・。

「・・・」

「・・・」

無音の空間。

しかし、その空間は気まずさどころか、むしろ心地よさを覚えた。

「・・・椎名さん?」

「・・・なに?」

「やっぱり、悲しいですか?」

初音さんの質問。

主語が抜けているが、その意味は理解できた。

花梨がいなくなることを指しているのだろう。

「・・・悲しくない・・・と言えば嘘になると思う・・・。二ヶ月間も一緒に暮らしてきたんだ。正直帰って欲しくないとも思っているよ・・・。でも、それ以上に花梨には感謝しているんだ・・・」

「俺は双葉が死んでから、ずっと孤独感に苛まれてきたんだ・・・。もちろん励ましてくれる友達もいた。傍にいてくれる親友たちもいた。けど、心はずっと孤独だった・・・。誰もいない家でいつも独り・・・。傍で笑ってくれていた彼女(ひと)を喪って、俺の孤独感はますます募った・・・。表面上では立ち直った素振りを見せていたけど、心ではいつも人の温もりを欲していたんだ」

潰されそうな程の孤独感。

それだけはいつまで経っても拭えなかった・・・。

「そんな時、彼女はやって来た。朝起きると、いつも暖かい空間がそこにはあった。食卓ではいつも話題が絶えなかった。一緒に買い物も行ったし、料理もした・・・。久しく感じていなかった温もりを、彼女と過ごす時間に俺は確かに感じていた」

「いつの間にか俺の孤独感は消えていて・・・その生活が当たり前になってくる頃には、花梨は俺にとって必要な存在となっていた」

「だから・・・”悲しい”というより”寂しい”かな?花梨がいなくなると、また俺は独りに戻るから・・・」

大事な存在が居なくなるのは、出来ればもう経験したくなかった。

また、あの頃の俺に戻ってしまいそうだから・・・。

「椎名さん・・・」

『あっ・・・』

その時、テーブルに置いていた俺の両手に、ふと温もりが宿る。

俯いていた顔を上げると、初音さんが俺の手を自分の手で包んでくれていた。

「私が・・・います」

「私が、ずっと椎名さんの傍にいます」

「椎名さんが孤独を感じないように・・・椎名さんが寂しさを感じないように・・・」

「いつまでも一緒に・・・」

・・・暖かい。

手から、初音さんの優しさが伝わってくるように・・・。

『・・・離したくない』

『たとえ何が起ころうとも、この手だけは離したくない』

『この人さえいてくれれば・・・俺は大丈夫だから・・・』

「ありがとう・・・初音さん・・・」

リビングには穏やかな時が流れていた。



それから数分後。

荷物をまとめ終えた花梨がリビングへと下りてきた。

「花梨さん、こんにちは」

「ふぇ?なんで初音がいるですか?」

花梨には今日初音さんが見送りに来ることを伝えていなかった。

少し驚いた様子の花梨が誰にともなく聞いてくる。

「初音さんにも見送ってもらう事にしたんだ」

「で、でも・・・」

「勝手なことをしてごめんな・・・。でも、俺たち二人で見送りたかったんだ。俺たちが恋人同士になれたのは、花梨のおかげだからな」

俺たちを結びつけてくれた天使を、どうしても二人で見送りたかった。

花梨がくれた幸せと一緒に、最後は別れたかった。

「・・・分かりました。そういうことなら大歓迎です☆」

そういって微笑む花梨。

しかしその微笑みが憂いを帯びて見えたのは、俺の気のせいなのだろうか・・・。



それから少し雑談をした俺たちは庭へと出てきた。

「ワンワン!」

花壇の前で暇そうにしていたラキシスが俺たちの方に・・・正確には花梨の方に駆け寄ってくる。

「ふぇ?わあ、ラキシスくすぐったいですよ」

そしてそのまま花梨に纏わりつき、その頬をぺろぺろと舐めだす。

『ラキシスは花梨によく懐いていたからな・・・』

その様子を感慨深く見守る。

しかし・・・

「ピイ、ピピイ!(このやろう、花梨ちゃんに何しやがる!)」

「ワン、ワワワン!(いいじゃねーか、ちょっとくらい!)」

「ピピイ、ピイ、ピ!(駄目だ。さっさと離れやがれ!)」

「ワウ〜!(なんだと〜!)」

「ラキシス、アオイ。二人ともやめるです!」

いつの間にかそこはバトルフィールドと化していた。

花梨が困ったように仲裁に入る。

・・・なんか以前にもこんな光景を見た気がするんだが・・・。

確かあの時は、俺が巻き添えをくらって気絶したんだっけ。

そして目覚めると花梨の膝の上だったな・・・。

「あっ、椎名!危ないです!!」

「へっ!?」

気づくと視界いっぱいに青い饅頭・・・もといアオイが物凄いスピードで迫ってきていた。

この咄嗟の出来事に、俺の頭に浮かんだ選択肢は三つ。

1、必死に避ける

2、打ち返す

3、頭突きで受け止める

・・・2と3は出来る気がしない。

『1だ!』

俺は必死に避けた・・・つもりだった。

「ごはぁ!!」

だが、帰宅部の反射神経などたかが知れており、青の高速物体は俺の顔面にHITしていた。



・・・徐々に意識が覚醒していく。

暗い水底から浮上していくように、ゆっくりとゆっくりと・・・。

後頭部に暖かな温もりを感じる。

それは以前に経験した物のように感じられ、またまったく別の物のようにも感じられた。

そんな温もりに安らぎを覚えながら、重い瞼を開けていく。

まず最初に映ったのは眩しい太陽。

そしてその逆光の中に見える人の顔。

「あっ、目が覚めましたか?椎名さん」

・・・初音さんだった。

『・・・って、はい!?』

予想外の事態に俺の意識は完全に覚醒した。

状況整理。

庭に備え付けてあったベンチで横になっている俺の体。

後頭部には暖かな感触。

そして目の前には上から俺の顔を覗き込んでいる初音さん。

Answer:俺は初音さんに膝枕されている。

状況確認。

「・・・」

自分でも急激に顔が赤くなっていくのが分かる。

よく見ると初音さんの顔も少し赤らんでいた。

「え、えっと初音さん。なんでこの状況になったの?」

恥ずかしさからそんな事を訊いてみる。

初音さんがこんなに積極的だとは思えないが・・・。

「あ、あの・・・花梨さんからそうしてあげてって言われて・・・」

「花梨から?」

首を初音さんとは反対の方向に捻る。

「椎名、気が付いたですね・・・。良かったです」

そこには満足そうな・・・けどどこか悲しげな表情の花梨が立っていた。

そしてその表情は、俺が今まで見てきた花梨のどの表情よりも大人びていた。



「もうそろそろ時間ですの」

初音さんにお礼を言ってから立ち上がると、花梨がポツリと呟いた。

「えっ、もうそんな時間か?」

ポケットの中からケータイを取り出し、時間を確認する。

どうやら俺は30分ほど気絶していたようだ。

「はい、もう行かなくちゃ間に合わないです」

「そうか・・・」

覚悟していたとはいえ、いざこうして別れの瞬間がやってくると、やはり辛いものがある。

でも俺が悲しい顔をしていたら、花梨も辛くなるだろうから・・・。

花梨との思い出を、悲しいものにしたくないから・・・。

「・・・いろいろ世話になったな」

最後まで、笑顔でいようと心に決めた。





「椎名・・・」

これで、椎名ともお別れですの・・・。

ホントはお別れなんて嫌ですけど、花梨には卒業試験があるですから・・・。

それに、椎名の隣には愛する人がいるですから・・・もう椎名は大丈夫ですの。

もう花梨なんて必要ないくらい椎名は強くなったです。

だから・・・悲しいですけど、花梨がしなくちゃいけない事は・・・

「そんなことないですよ。花梨も椎名にはすごくお世話になりましたから・・・」

・・・椎名と、笑って別れる事。





”サアッ”っと天から一筋の光が降りてくる。

光は花梨の身体を包み込むように、次第にその数を増やしていく。

おそらくこれが、花梨を天使界へと導く光なのだろう。

「初音・・・」

その光の中から花梨が初音さんに呼びかける。

「椎名のこと・・・よろしくです」

「花梨さん・・・」

「椎名はああ見えて、実は寂しがり屋ですから・・・いつも椎名の傍にいてあげて欲しいです」

「・・・はい」

「大丈夫です・・・。初音ならきっと出来ますから・・・自信を持ってください」

「花梨は天使界へ帰ってしまいますが・・・いつまでも初音たちのことを見守っているです」

「・・・は・・い」

初音さんは花梨の言葉に涙ぐみながら答えた。

そして花梨の視線がこちらに向く。

「椎名・・・今までありがとうです」

「・・・こちらこそありがとう。俺が初音さんとこうして結ばれたのも、花梨のおかげだよ。本当に感謝してる」

「・・・そう言って貰えると嬉しいです」

笑顔を浮かべる花梨。

俺は花梨がこの状況で笑ってくれる事に嬉しさを感じた。

・・・たとえそれが、悲しさを宿した笑顔であっても・・・。

「椎名はこの二ヶ月間、花梨にとても優しくしてくれました」

「これからはその優しさを、初音の為に使ってあげてください」

「・・・ああ。約束するよ」

花梨の周りの光がどんどん濃いものとなって、徐々に花梨の身体を隠していく。

「そろそろみたいです・・・」

その言葉を聞いたとき、俺は我を忘れて叫んでいた。

「花梨!!」





椎名の声が聞こえますの。

でも光が濃くなってくるに連れて、椎名の姿もだんだんと霞んできてしまってるです。

そんな時に花梨に届いた椎名の言葉。

「お前は俺にとって大事な存在だ!それだけは何があっても忘れないでくれ!!」

「っ!!」

『椎名・・・ずるいです』

『そんな事言われたら、花梨・・・花梨・・・』

喉まで出てきていた言葉を必死に飲み込む。

・・・この想いは決して伝えてはいけないものだから・・・。

だから、花梨は・・・

「・・・椎名も花梨のこと、忘れないでくださいね?」

そう言うのが精一杯だった。

「椎名・・・さよならです」





光の束はどんどん収束していき、花梨の姿は完全に見えなくなった。

涙を抑えるのは、もうそろそろ限界だった。

でも絶対に泣かないと決めたから・・・

「・・・またな!花梨!!」

声を張り上げて、無理やり笑顔を作った。

顔は見えなかったが、花梨も同じ顔をしてくれているのだと、不思議とそう思えた。

”サアッ”

出たときと同じように、光の束が天に昇っていく。

雲の上まで昇った金色の光が見えなくなった時、そこには既に花梨の姿はどこにも無かった。

「行ってしまいましたね・・・」

「ああ・・・」

光の束が消えた冬の空を見ながら、ポツリと返す。

「・・・外は冷えます。家の中に入りませんか?」

「・・・いや、悪いけど先に行っててくれないか?俺はもう少しここにいるから・・・」

「・・・分かりました。それでは昼ごはんを作ってお待ちしてます」

「うん、ありがとう」

俺に気を使ってくれた初音さんが家に入るのを見届けてから、俺は静かに涙を流した。

冬の寒空の下。

俺に確かな幸せを与えてくれた、一人の女の子の事を想って・・・。




後書き

やっと書き上がりました〜。

今回も前回に匹敵するほど長いですねぇ。

正直、きつかったです(笑)

さて、今回は花梨視点を入れてみました。

全キャラの中で一番難しいと思われる花梨視点。

挑戦して、見事自滅しました。

もっと経験値つまなくちゃラスボスは倒せないようです(笑)

次回はいよいよ最終話。

最後くらいびしっと決めたいですね。

土日には書けるかと・・・。

それでは最終話で会いましょう!

2005.11.3  雅輝