てんたまSS
「初音と双葉」
Written by 雅輝
<12> 初音と双葉
ひとしきり涙を流した後、体も少し冷えてきたので家の中へと入る。
暖房が程よく効いたリビングは冷えた体には心地良かった。
そして鼻につく芳しい香り。
その香りを辿り台所を覗くと、そこにはエプロン姿で料理をしている初音さんがいた。
「あっ、椎名さん。もう少しで出来上がりますから、待っていてくださいね?」
「・・・」
「?・・・椎名さん?」
「あ、ああ。それじゃリビングで待ってるよ」
そう言い残してそそくさと退散する。
まさか「初音さんのエプロン姿が新鮮で見惚れてた」なんて、口が裂けても言えないよな・・・。
数分後。
テーブルの上には美味しそうな炒飯とスープが置かれた。
「お口に合うかどうか分かりませんけど、どうぞ召し上がってください」
「うん、それじゃ頂きます」
『そういえば初音さんの手料理を食べるのは初めてだな・・・』
以前から真央に「ほっぺたが零れ落ちそうなくらい美味しいんですよ〜♪」とは聞いていたが、実際に食べるのは今日が初めてだった。
スプーンで上の方を掬って、そのまま口の中へ。
”パクッ”
「・・・」
「あの・・・どうでしょう?」
「・・・美味い」
ポツリと呟く。
「えっ?」
「美味いよ、初音さん!」
そう叫んでそのままガツガツと食べだす俺。
朝ごはんから今まで何も食べてなかったので確かに腹は減っていたのだが、それを差し引いても初音さんの料理は美味い。
千夏や花梨も料理は上手いけど、初音さんの料理の腕前は二人と同等・・・いや、それ以上かも知れない。
「ふう、ご馳走様。美味しかったよ」
わずか数分で、俺の分の炒飯とスープは無くなっていた。
「そう言って頂けると、すごく嬉しいです」
そう言って微笑む初音さんの皿には、まだ半分以上炒飯が残っている。
『ちょっと早く食べ過ぎたかな』
余った時間で、初音さんが炒飯を口に運ぶ様を見ながらぼんやりと考え事をする。
『いつ言おうか・・・』
と、不意に初音さんと目が合う。
まあずっと眺めていたのだから、当然といえば当然だけど・・・。
「何か考え事ですか?」
・・・ホント何でもお見通しだな、この人は・・・。
『せっかくだし・・・もうこの機会に言ってしまうか・・・』
「なあ、初音さん」
「はい?」
「食べ終わったら、俺と一緒に来て欲しい場所があるんだ・・・」
「?、どこに行くんですか?」
「それは・・・」
――「双葉の・・・墓」――
自宅から10分ほど歩いた場所にその場所はある。
昨日と同様人気はなく、辺りは閑散としている。
俺の手には線香と、近くの花屋で買った白菊。
そして初音さんには水の入った桶と、杓子を持ってもらっている。
だがその表情は、心持ち冴えていない。
・・・当然か。
元恋人の墓参りに連れてきたんだから。
でも、どうしてもこれは必要な事だと思った。
彼女を双葉に紹介することによって、俺はやっと、全てにけじめをつける事が出来るのだから・・・。
双葉の墓前に辿り着く。
もう誰か来たのだろう。
”渡瀬家之墓”と記されているその墓には、既に幾本かの火が消えた線香と花が供えられてあった。
初音さんから桶と杓子を受け取り、2,3度水をかける。
そして買ってきた花を添え、ポケットに入れておいたライターで線香に火を灯す。
立てた線香の煙を眺めながら、両手を合わせ、俺は静かに口を開いた。
「もう・・・お前が死んで、一年が経つのか・・・。正直実感が湧かないよ」
この一年という時間のほとんどは、俺にとって無意味で、闇夜の森を彷徨っているような空虚な時間だったから・・・。
「・・・今日は、昨日言っていた女性(ひと)を連れてきたよ」
「俺と共に幸せになってくれると・・・ずっと俺と一緒に居てくれると言ってくれた大切な人を、双葉には紹介しておきたかったから・・・」
そう告げて、後ろで静かに見守ってくれていた初音さんを、墓前に促す。
初音さんは数瞬迷ったようだが、覚悟を決めたように頷いて墓の前に座り、火を灯した線香を立てた。
椎名さんから双葉さんの墓に行くと聞いたとき、正直なところ私の心情は複雑だった。
でももう、逃げたくなかったから。
私は今こうして双葉さんの墓前に座っている。
「・・・初めまして、双葉さん。私は吉沢初音と言います」
「私は椎名さんを心から愛しています。そして椎名さんも、こんな私を愛してくれています」
「だから、いつまでも一緒にいたい・・・。傍で笑っていたいと思っています」
そこまで言って、そっと目を閉じる。
その時だった。
私の心に誰かが語りかけてきたのは・・・。
――「初音さん」
『えっ?』
突然聞こえた女性の声に驚いて、きょろきょろと辺りを見回す。
しかしそれらしい人を見つけることは出来ない。
後ろで遠い目で空を見上げている椎名さんにも聞こえていない様子だ。
『空耳?』
そう思い再び双葉さんの墓に向かい合うと、またもやその声が聞こえた。
――「初音さん」
それは不思議な感覚だった。
耳に聞こえたのではなく、心に直接響くような・・・。
『まさか・・・』
有り得ない事だとは分かっていたが、私はおずおずと口ではなく心で話しかける。
『あなたは・・・もしかして・・・』
――「初めまして、吉沢初音さん。渡瀬双葉です」
快活で、優しそうな女の子の声。
この人が椎名さんの元恋人の”双葉さん”なのだと、私はすぐに悟った。
でも私はこの非現実的な現象に、いささか困惑していた。
――「ふふふ。驚くのも無理はないですよね。普通こんなこと起きませんから」
クスクスと笑う。
その少女特有の笑い声に、私の未知に対する恐怖と緊張は解れた。
――「私の声が聞こえるのはあなただけなんです」
『えっ?なんで私なんですか?』
私の問いに、双葉さんは少しして
――「それが私の・・・椎名の恋人だった”渡瀬双葉”の最後の役目だから」
と答えた。
『最後の・・・役目?』
――「はい・・・」
双葉さんは一呼吸置いて、話を続ける。
――「椎名はこの一年間、私を喪った悲しみと孤独感にずっと苦しんでいた」
――「けれど私はその姿を見ていることしか出来なくて・・・椎名の為に、もう何一つ満足に出来ない自分が歯痒かった」
――「でもそんな時、椎名の前にあなたが現れた」
――「あなたと椎名は次第に惹かれあっていき・・・そして昨日、私の墓の前で椎名はこう言った」
――”「彼女と共に、未来へと進んでいく」”
――「その言葉を聞いたとき、私に生まれた一番最初の感情は・・・喜びだった」
――「確かに悲しみや嫉妬心もあったけど、それ以上に嬉しかった」
――「幸せを放棄していた椎名が・・・再び幸せを求めてくれたから・・・」
――「だから私は、あなたに託したい」
――「私の願いを・・・」
――「椎名の・・・幸せを・・・」
私の頬には、既に涙が伝っていた。
双葉さんの想いの深さに・・・。
彼女は死んでも尚、椎名さんを想い続けた。
そしてその想いを、私に託すと・・・。
ならば私は、応えたい。
双葉さんの、どこまでも深く悲しい想いに・・・。
それが、私が双葉さんに出来る、唯一のことだから・・・。
『双葉さん・・・任せてください』
『私が必ず、椎名さんを幸せにしてみせます』
『双葉さんの願いを、叶えてみせます』
『・・・約束です』
双葉さんの姿は見えないけど・・・今きっと微笑んでくれていると思う。
――「ありがとう・・・初音さん」
――「椎名の事・・・よろしくね?」
その言葉を最後に、双葉さんの言葉は聞こえなくなった。
「初音さん?」
その代わり、私の耳には椎名さんの声が届いていた。
「どうしたの?涙が出てるけど・・・」
心配そうに尋ねてくる椎名さんに、私は涙を拭ってこう答えた。
「双葉さんと、約束をしていたんですよ♪」
そして立ち上がり、霊園の出口へと向かう。
「へっ?双葉と約束って・・・ちょ、ちょっと!」
椎名さんが慌てて駆けてきて、私の手をぎゅっと握る。
『あっ・・・』
その行動に照れながらも、思い切ってそのまま椎名さんに寄り添う。
「・・・で、初音さん。さっきの言葉って、一体何だったの?」
「あれ、私何か言いましたっけ?」
「そんな〜、初音さ〜ん」
「ふふふ」
椎名さんと一緒に歩く。
今この時も。
そして、ずっと先の未来も。
「椎名さん」
「ん?」
「ずっと一緒にいてくださいね♪」
私たちの・・・幸せの旅路を・・・。
一年前のクリスマス、ある少女がこの世を去った。
――「もし”奇跡”があるなら」――
彼女が死ぬ間際に祈った最期の願いは、一年という歳月を経て、一人の少女に託され・・・
――「もし私が奇跡を起こせるなら」――
確かに、”彼”の元に届いた。
――「その全てを椎名のために・・・」――
そして現代(いま)、彼女はまた願う。
――「椎名に・・・再び幸せを感じられる刻(とき)を・・・」――
彼らの・・・未来の幸せを・・・。
「二人とも・・・お幸せに・・・」
後書き
終わったあああああぁぁぁぁぁ!!!
やっと完結しました、「初音と双葉」
書き始めた当初は、十話もいかないだろうと思っていたんですけど、予想以上に長くなっちゃいました。
私としては満足のいく作品に仕上がったと思うのですが・・・皆様はどうでしょうか?
感想はこちらへ書き込んでくれると非常に嬉しいです♪。
さて次はどうしましょう?
メモオフの短編でもと考えているのですが、1000番を踏んでくれた方には記念リク作品を書きたいと思っているのでそちらになるかも知れません。
踏み逃げされるかも知れませんけどね(笑)
今まで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。
それでは、次の作品で会いましょう!
2005.11.5 雅輝