―It’s a Sword of Starlights―
メルオシス時計塔の地下エレベータを起動させたレティシア。その行き先はこのマエラテルムがその名の通りの山国であり、必然的に気象の変化が激しくまた
それに伴い降水量が激しく変動する事から作られた地下施設。
マエラテルム地下放水路。降りしきる雨から人々を守り、また都市の地下を通し河川に排出する巨大な調整池。
「地下80m。ここなら誰に気兼ねする事も無く戦えるわ……こんな事、本来はしたくないのだけれど」
そう言いつつ、カインを睨みつけるレティシア。紫紺の瞳に宿るのは妹を傷つけられた姉としての怒りと、また1人の騎士として同胞を傷つけられた怒りが混在
している。だがそれを涼しげに受け流し、カイン・ザンディークはこの地下の戦場を眺めた。
「ほう……こいつはイイ。確かにここなら、心置きなく戦えるってモンだ」
オートウォークで移動してきた彼らが今いるのは、水勢調整用の調圧水槽である。全長250m、幅は90mにも達する空間に支柱として設置された強化コンクリート
の柱が整然と立ち並び、そこはまるで静謐な神殿のような雰囲気を醸し出していた。
雪解けの季節が終わり雨季に入る前のこの時期、調圧水槽には施設整備士以外はほとんど立ち入る事はない。だがそれらの人員も、レティシアの配慮により今は
人払いされており、ここは彼ら以外は全くの無人。
「すまない、レティシア……僕がカインを止められれば、こんな事には……ッ!」
苦悶の表情を浮かべ床に膝を着くロウ。だがレティシアは優しく微笑み、ロウの黒髪をそっと撫でる。
「良いのよ。どの道、彼を何とかしなければいけないというのは懸案事項の一つでもあったもの。……リシェル、ロウ君をお願いね」
柔らかな微笑み。しかしロウの介抱をしていたリシェルは、その笑顔を無意識に避けてしまう。
「リシェル……。あとで、ちゃんとお話しましょう。お姉ちゃんね、リシェルと話したい事一杯あるのよ」
「――――っ」
視線は合わず、姉妹はしばしの別れを。
向かう先に待ち受けるは現役最強にして狂える闇の騎士。
「さぁ、始めようか……レオン・ウィルグリッド!」
「……」
対するは黄金の騎士。抜き放つは伝説の大英雄と同じく二刃一対の一振り。
緩やかに灯る静の白刃と、狂気に荒ぶる動の赤刃(しゃくじん)。
そして――――レオンの傍には、もう2人の女騎士が同じ色の光刃を展開する。
爽やかな風を思わせる緑刃。だがその内に秘めた心情は荒ぶる業火よりもなお熱く。
「ククッ……なんだぁ? レティシアに、そこのお嬢ちゃんも参戦するってのかぁ!? 俺は一向に構わねぇが、後悔しても遅ぇぞ?」
狂気の罵声に動じる事無く、リディアとレティシアはゼンセイバーを構える。
3対1。しかし数の利こそが戦の利とは限らない。特に同じ八席であるレティシアでさえ、カインの本領は見たことも聞いたことも無いのだ。
「後悔など無いわ。貴方をこの場で斃す事こそが、今私が為すべき全てよ」
その言葉に迷いは無く、その瞳にも揺るぎはない。カインはそれを感じ取ってなお、嘲笑うような邪笑を浮かべる。
「ハハッ、いいねぇ。ともに八席にまで上り詰めた者同士、どちらがより優れているか比べあおうじゃねぇか!!」
剣を構える。だがその瞬間、閃光とともに白刃が打ち込まれ、カインはわずかによろめきを見せる。
「いつまでも舌の回る男だな。――――剣を抜いたからには、もう戦いは始まっている」
怜悧な言葉の刃。レオンの言葉にリシェルもロウも、そしてレティシアも驚いたが――――最年少のリディアだけは、それをしっかりと理解しているのか
これまで一言たりとも口を開いていない。ただ静かにゼンセイバーを構え、打ち込む隙を窺っている。
「ほう……流石はヴァルバング。覚悟も一流ってワケかい! そしてそこのお嬢ちゃんもか!! いいぜ……それならしっかり殺り合おうか!!」
白刃を押し返す猛火の赤刃。だが二刃一対であるランサーは弾かれると同時にもう一方の刃を前に回し、回転とともに第二撃を受け止めてさらに打ち返す。
力の分はやはりレオンよりもカインにある。体格で勝るのならば力で勝るのは道理。
だがそれを踏み越える物を用いなければ、そもそもこの戦いにおいて勝利する事など出来ない。
それを為し得るのは共に戦う二振りの緑刃。そのうちの一振りであるリディアは、既に緑の閃光と化してカインの左側から攻め込んでいる。
「たぁっ!!!」
走り抜けると同時に三撃見舞うも、レオンの攻撃をさらに弾いてリディアの動きにすら対応する。その卓越した技量はリディアはおろか、チーム最強のレオンすらも
圧倒している。ただ一振りで都合3本のゼンセイバーを相手取るなど、正気の沙汰ではない。
「いい速さだぁ、お嬢ちゃん。速さだけなら上級レベルだな!!」
「えっ!?」
走り抜けたはずが、いつの間にか追いつかれている。リディアの倍以上の体重を持ちながらも同等以上の速力を発揮できるのは、間違いなくウィータの恩恵。
だが、速度だけで言うのなら。
今この場にはリディアよりも、そしてカインよりも速く駆け抜けるもう一つの閃光がある。
「はああぁっ!!」
「ちっ」
くるん、と刃を返して赤と緑の光刃がぶつかり合う。
そう、レティシアのフォームもまたリディア、カインと同じく風のウィータ。しかし八席にまで上り詰めた風を、ただの風と思う事なかれ。
名立たる騎士には付き纏う異名というものがある。それは自身が名乗る物ではなく、周囲の評価による。
孤高の黄金、レオン・ウィルグリッド。
狂える黒闇(くらやみ)、カイン・ザンディーク。
そして――――銀の閃風(せんぷう)、レティシア・ベルムント。風を超えて閃光の如く、しかしその軌跡すら見せぬ神域の風。
その速力は正しく異名の通り。既に秒速80m級に達しているリディアでさえレティシアの姿を眼で追うのがやっとという、にわかには信じ難い現実。
「流石だ、レティシア! それでこそ殺り甲斐があるってもんだ!!」
歓喜と狂気に打ち震えるカイン。設置されているわずかな照明に照らされて、その闇色の瞳が妖しく光る。
「少しは本気を出してやろうか……まぁ、せいぜい7割程度だがな」
瞬間、カインの姿が消失する。レティシアとレオンも、そしてリディアも。カインの超速に応じるように加速していく。
広大な水槽を照らすのは照明と閃光。飛び交う閃光は赤と白と緑。
7割とはカインの言だが、その速度は既にリディアの風をゆうに超えている。その時点でリディアがこの超高速戦闘に追いつけるはずも無いのだが、リディアは
それを知りつつも諦めない。
追いつけないのはあくまで移動速度。この水槽の中を縦横無尽に駆け抜ける三者の姿ならば、リディアの眼にははっきりと映っている。
「――――」
「――――」
刹那の交差。瞬間の視線。ただそれだけの到底会話とも呼べない目配せで。
レオンはリディアの隣りに立ち、まるで気軽に歩くような速さでゆっくりと前進する。
「くっ……!?」
驚愕はレティシアのもの。速度においては優位を保っている彼女だが、やはり燃え盛る業火の力に対して完全に抗う事はできない。だというのにあんな無抵抗な、
およそ策らしい策とも呼べない愚行を取るなど、自ら命を捨てるようなものだ。
「何をしているの、早く――――!!」
「死にてぇんなら、さっさと殺してやるよ!!」
逃げろ、と言う間も与えずに駆け抜ける狂気の炎嵐(ほむら)。燃え盛る赤刃は軌跡さえ遅いとばかりにレオンに向かって振るわれる。
だが、それを。
「!?」
レオン・ウィルグリッドの白刃は事も無げにいなし――――その姿はまるで流水のように穏やか。
「レティシアさんっ!!!!!」
裂帛の掛け声。同時、持ちうる限りの最速を持って振るわれるリディアの光刃。いかにカインと言えど、不十分な体勢でリディアの高速連撃を受ければ被弾は
避けられない。そうすればこの世界に名を馳せた最強騎士たるカイン・ザンディークは、わずか2ヶ月にも満たない若輩の騎士……しかも少女に手傷を負わせられた
ことになる。
そんなことは許されない。そんなことはあってはならない。最強とは即ち無敗無敵でなければならない。カインにとってその原則が破られる事は死に等しい。
「クソガキがぁ――――ッ!!」
持ち直す。信じられない。だがそれを成してこそ最強の名に相応しい。
連撃を弾き飛ばす炎嵐の撥ね上げ。リシェル、ロウの攻め手を悉(ことごと)く殲滅してきた起死回生の一撃、だが。
――――閃光が疾る。その色は緑。
振り下ろしたのはレティシアであり、その一閃は空中からのもの。
カラン、と軽い音を立てて落ちるのは――――今までカインが手にしていた、ゼンセイバーの先端。
いかに無類の破壊力を持つ光刃も、レーザー光刃の発振基部たる先端・光刃基部を切り落とされれば、そもそも光刃を発生させる事ができない。その時点でゼンセイバーは
その本来の機能を奪われ、ただ異常なまでに頑丈な円筒形の金属部品に成り下がる。
剣士から武器を奪う事、それは即ち剣士としての死であり。
この場において、カイン・ザンディークは確かに――――死んだのだ。
「これまでね、カイン。ゼンセイバーを失った以上、貴方に抵抗する術はないわ」
言葉とは裏腹に、レティシアの表情に油断は見られない。それもそのはず、カインの言葉を信じるのならこの男はまだ実力の7割程度しか出していない。
しかしそれを鑑みても。
仮にも現役最強の名を持つカインを、3対1とは言え捕縛せしめるだけの策を打ち出したのが、この場で最年少の少女・リディアだなどとはにわかには信じられない。
だがそれを可能としたのは、単身で4つのフォームと同等の性能を一度に引き出せる金・ヴァルバングの担い手であるレオンの助力があればこそであり、その彼と
何の会話も無く、ただ眼を合わせただけで策を実行できる両者のチームプレイ――――いうならば信頼関係だろう。
あの荷電粒子砲発射未遂事件以来、リディアら4人はチームプレイの訓練を日々重ねてきた。その中で特に相性が良かったのがリディアとレオンの2人である。
騎士としてもまたおそらく純粋に戦士としてのキャリアの長いレオンと、幼少の頃から弛まぬ研鑽を積んできたリディア。まだまだ未完成なコンビだが、それでも
やり取りと呼べるかどうかも分からないあの一瞬の交差でここまでの結果を出せるなど、誰が想像出来るだろうか。
「(まったく……今年のルーキーとレオン君には驚かされるわね)」
溜め息をつくレティシア。だが、
「クククク……ハハハハハハハ!!」
唐突に笑い――――否、嘲笑うカイン。レティシアは睨みつけるように鋭い視線で彼を見上げる。眼前にゼンセイバーを突きつけているにも関らず、その狂喜の笑みも
不遜な態度も、そして余裕の表情も、微塵のうつろいを見せない。
「何が可笑しい!!」
「いやいや……まさかこんなところで、満足に俺の相手を出来る奴等が現れるとは思ってもみなくてね……嬉しくてたまらねぇのさ!!」
狂乱の笑み。そこには紛れもない歓喜の感情しかなく、逆にそれが不気味ですらある。
「何を……この場にいる4人を相手に、まだ戦うと言うの!?」
「当然さぁ。いい機会だから教えておいてやるぜ、レティシア。俺はな、法とか正義なんざ正直どうでもいいのさ。ただ俺を満足させる、俺が満足できる戦いが
出来るんなら後の事はどうでもいい。知ってるだろ? 俺にとっては戦いこそが生き甲斐なんだ。そもそも戦士ってのはそうあるべきなんだよ……!!」
手甲を装着した左手が上がり、豪風を伴ってレティシアのゼンセイバーを弾く。破裂音と共に手甲がわずかに損壊するが、予めコーティングを施してある手甲、
数秒程度ならばゼンセイバーの破壊力を押さえ込むことも不可能ではない。
「さぁ、続きを始めようか……っ」
左手が上がる。漆黒の手甲は素早くスライドし――――小さな砲身がその姿を覗かせる。
「!!」
閃光。それは間違いなくリヴェレイトの光弾と同一の物。
反射的にレティシアはゼンセイバーで光弾を弾くが、反射角は不完全。撥ね返された光弾は支柱の一本を大きく抉り取り、鈍い音を立てながら柱が崩壊する。
「レティシアさん!」
駆け寄るリディアとレオン。幸いレティシアに負傷はない。
「流石だレティシア、至近距離であれを弾くか……」
赤刃を携えたカインが見下ろす。だがそれは彼の利き手である右手ではなく、左手。そして右手には――――先程破壊した、使い物にならないゼンセイバー。
「どういうこと? なんで2本も……」
リディアの疑問は至極当然。ある限定条件を除いて、アーク・トゥエラは2本のゼンセイバーを所持する事はない。そしてまたレティシアの知る限りでは、カインは
その条件を満たしていないはず。
「――――討伐隊から奪った物よ。カインが今まで使っていたゼンセイバーは」
声は後方から。そこにはいつの間にか、リシェルの姿があった。
「リシェル……ロウ君はどうしたの!?」
「僕なら、大丈夫だよ……レティシア。それにきっと、カインは怪我人なんかに、興味はないはずだ」
痛みを堪えて声を絞り出すロウ。その言葉を肯定するように、カインは狂気の笑みを崩さない。
「いいこと言うぜ、小僧。出来る事ならローグラをマスターしたお前と死合ってみてぇなぁ……だがその前に」
ゆらり、とゼンセイバーが揺れる。呼応するようにレオンが先頭に立ち、再び両刃を展開する。
「俺たちを片付けてから、と言うつもりか」
「話が早くて助かるぜ、レオン。だがこっから先は容易にはいかねぇ――――折角だ、見せてやるよ」
空気が軋むような密度の濃い気配。それがカインの放つ殺気なのだと5人が理解するのに、さして時間は掛からなかった。
暗い水槽に満ちる闇色の殺意。並大抵の人間ならば、それだけで戦意どころか意識すら保てないほどの。
――――光が染まる。
――――表れし光刃は無明の黒。
――――闇の真髄、真なる極みはここに降り立った。
「何、あれ……あれがローグラの、ゼンセイバー?」
闇よりなお黒き光刃を見て、リディアはごくり、とのどを鳴らした。それは本能的な恐怖と、カインから発せられる濃い殺気によるもの。
「そうさ、お嬢ちゃん。この黒い光刃こそがローグラの本来あるべき姿だ……もっとも、今となっちゃあ俺以外にここまで辿り着けている奴はいないがね」
カインは眼を細め、嬉しそうに語る。こと闇・ローグラにおいて唯一己のみが極みに達しているという事実は彼にとっても誇るべき物なのだろう。
構えは変わらず無位自然の姿。どこからでも打ち込めそうだが、逆に一切の死角がないというカインだけに為し得る完成された構え。
「どうした? 来ないのか?」
挑発はリディアでも、レティシアでも、レオンでも無く――――新たに参戦したリシェルに対して向けられた。
「……なんの、つもり!?」
怒りを露にリシェルは光刃を展開。青の光刃は持ち手の揺れる心とは裏腹に、真っ直ぐにその姿を狂戦士へと向ける。
「フッ、一度は砕いた相手が立ち向かおうとしてんだ……それに応えてやろうってんだぜ? ホラ、来いよ!!」
黒い左手がリシェルを手招く。それはさながら死神の誘い、しかしリシェルは激しい憤怒の感情と共に切り込む。
負けない。
レティシアには負けない。
レティシアが一度は打倒したこの男に、負けてなどいられない。
私はまだ負けていない。
それを、しょうめ
「――――え?」
異変。異常。矛盾。
手応えがない。まるですり抜けるかのように。
だが目の前には、カインの姿がちゃんとある。
振り上げられたのは黒い左手。その指から生えているのは、5本の刃。
そしてリシェルが握っているゼンセイバーからは……光刃が、その光を見せていない。
「終わりだ、レティシアの妹」
「リシェル!!!!」
レティシアの声が響く。近いような遠いような……距離を感じられない。
鈍い音。
倒れる誰か。
覆い被さる、誰かの身体。
それはまるで――――あの日の夜みたい。
――――リシェル……ごめんなさい……――――!!
――――リシェル……ごめんなさい……――――から!!
――――リシェル……ごめんなさい……――――貴女は――、――から!!
――――リシェル……ごめんなさい……――――貴女は私が、ずっと守るから――――!!
「姉、さん……?」
声が上手く出せない。
レティシアの顔からは、夥しい量の血が。
「姉さん……?」
「……シェル……」
「姉さん!!!!」
妹の身体を包む、熱い姉の身体。
「ゴメンね……お姉ちゃん、また約束守れなかったね……」
「や、約束、なんて……姉さん!!!!」
レティシアの手が、肩に触れ、首に触れ、そして……ゆっくりと、リシェルの頬に流れるものに触れた。
そしてリシェルは、今の行為で理解してしまった。
「リシェルのこと、守るって言ったのに、泣かせちゃったもの……お姉ちゃん失格よね……」
「姉さん、目が……!?」
レティシアには、愛する妹の顔が――――見えて、いない。
「いやぁ……姉さん、うそ、うそよ、こんなの信じない!!!!」
風が吹く。痛いくらいに強い風。
だが、レティシアの風は――――もう、散ってしまった。
第五話 絶ちえぬ絆
04.散り逝く風
あとがき:
鬱展開ここに極まれりのつもりです。しかし次回、決着。
なんというか、重要人物だけにここでこれだけのダメージを負わせるのは
作者としても心苦しいのですが、必要な犠牲なので割り切っていきましょう。
この最強の狂戦士を止めるのは果たして誰か、それもまた次回。
管理人の感想
正直強すぎです、カイン。
リディア、レオン、そしてレティシアを相手にしても尚余裕がありそう。
しかしリディアとレオンのコンビプレーで何とか看破。の、はずだったのですが・・・。
今まで使ってたのは奪った刃であり・・・本物の刃は闇の剣と化す。
そして挑発に乗せられたリシェルが突っ込み・・・。
レ!レティシア姉さぁぁぁぁんっ!
orz
・・・次回、誰がこの狂戦士を破るのでしょうか。乞うご期待!