It’s a Sword of Starlights

 

 

 

 

 レトロなコーヒーメーカーで、来客用のカップ2つに淹れたてのコーヒーを注ぎ、レティシアは応接用のテーブルにそっと置いた。

 完全なオートメーションでは再現できない独特の香りが執務室に広がっていく。

「エルトニルストから取り寄せた豆なんだけれど、口に合うかしら?」

 『豊国』エルトニルストは環境的にも農業に非常に適しており、多くの作物が作られている事でも有名である。レティシアが用意したのはその中でも比較的高い

評価を得ている、カジャメという名前の豆だった。

 だがしかし、来客用のソファーに腰掛けているリディアもレオンも、今はコーヒーよりも重要な事をレティシアの口から聞かねばならない事を、忘れてはいない。

「レティシアさん、教えてください。リシェルと何があったんですか?」

「あんな事を言うくらいだ。よほど深い遺恨があるんだろう」

 レオンが聞いたリシェルの呟き。血の繋がった相手に向けるには、度の過ぎたその言葉。それを、リディアはまだ知らなかった。

「あんな事って?」

「…………レティシアのことを、居なければ良かった、と」

 流石に、この言葉を言うのはレオンも躊躇った。リディアとリシェルの仲の良さは彼も知るところであり、その相手が肉親を否定する言葉を投げかけるような

真似をするなど、にわかには信じられないだろう。

「そんな……そんなこと、どうして!?」

「……さあな」

 目の前に置かれたコーヒーカップに手を伸ばし、レオンはゆっくりと口に運ぶ。砂糖もミルクも入れていない、原色の味が口の中に広がる。

「レティシアさんっ!!」

 ずいっと身を乗り出し、対面のレティシアに食ってかからんばかりの勢いで前のめりになるリディア。それを待っていたかのように、レティシアは形の良い口唇を

開き、優しい声で話し始める。

「そうね……どこから話していいのか迷ったけれど、最初から順を追って話しましょうか」

 声とは裏腹に表情は硬く、厳しく。

 紫紺の瞳は、2人の顔を真っ直ぐに見ながら語りだした。

 

 

第五話 絶ちえぬ絆

02.すれ違いの姉妹

 

 

 レティシア・ベルムントがこの世に生を受けたのは真期1039年、紫紺の月28日。

 『水国』アクタハルマでも名門といわれる貴族の家系、ベルムント家の長女であり次期当主として誕生した。

 幼少の頃から文武に優れ歴代随一とさえ評されたその才能と、それを引き出す英才教育により、レティシアはアクタハルマの中でも傑出した存在であり。

 同時に、ベルムント家の誇りでもあった。

 本来ならばベルムント家は、家督は代々男児が継ぐものとされていたのだが、レティシアの有り余る才能の前にはむしろその当主という枠は邪魔にしかならないと

判断した両親と親戚達は、もう1人だけ子どもをもうけて、それが男児にせよ女児にせよその子どもに家を継がせ、レティシアには更なる飛躍をと望んでいた。

 レティシアが10歳になるその年、真期1049年の青の月21日。

 待望の第二子が誕生した。

 それがリシェル・ベルムントである。

 だが大人たちの勝手な未来図など知る由もないレティシアには、妹の誕生はただ純粋に喜びであった。

 生まれたばかりのリシェルを抱きかかえ、穏やかに眠る最愛の妹の頬に口付けた事も。

 執事に頼んで記念写真を撮ってもらい、今でも大事にしている事も。

 ようやく掴まって立てるようになったリシェルの手を引いてあげた事も。

 初めて自分の名前を、拙い発音で呼んでくれた日の事も。

 レティシアにとってリシェルと過ごした日々は何物にも代えられない、至上の日常だった。

 だが、14歳になって。

 ミドルスクールの卒業を翌年に控え、既にアーク・トゥエラになるべき道を選んでいたレティシアに、両親から真実が伝えられた。

――――レティシア。お前はもう、ベルムントの次期当主ではなくなるんだよ。

『え……? お父、様……?』

――――当主にはリシェルがなってくれるわ。だから貴女は、気兼ねなんてせずに、好きな事をして良いのよ。

『お母様も……、な、何を言ってるんですか? リシェルはまだ4歳なんですよ!?』

――――歳は関係ないのだよ、レティシア。これはもう、私たちが決めた事なのだ。リシェルの意思も年齢も、関係ない。

『そんな、そんな事……!!』

――――それに……あの子の知能指数はお前をわずかに下回る。ああ、もちろんお前が特別だというのは分かっているさ。

――――お飾りの当主が貴女よりも優秀である必要はないもの。どうせ、どこかの家柄のご子息と結婚して、子をなすだけですから。

『――――!!!!』

 その言葉に慄然とし、レティシアは思わず母に手を上げた。

 無論、母も親として娘に叩かれて黙ってはいられない。母子の争いは父の制止が無ければ、どちらかが立ち上がれなくなるまで続けられたであろう。

 母も、元は平民の娘であったが、優れた容姿と芸術の才能を買われてベルムント家に籍を入れたというのはレティシアも知るところだった。

 だが、何をどうすればこのように――――血を分け、腹を痛めて産んだ我が子にこのような物言いが出来るのか、レティシアには理解が出来なかった。

『貴女は……貴女は、それでも母親なの!!?』

――――そうよ。私はリシェルと……そして、貴女の母親なのよ、レティ。

 肉親だけが呼ぶ、レティシアの愛称。

 それを呼ばれただけでレティシアの胸は締め付けられるように痛み、嫌悪感からか吐き気まで催して来た。

『っ……子どもを道具にして、そんなに家の名前が大事ですか!? ……貴方達の思うようにはさせない。リシェルをベルムントの奴隷になんてさせない! 

あの子は、私が守ります!!』

 その宣言は、事実上レティシアの当主宣言でもあった。母の言葉を押し退け、父を説得し、親戚一同を納得させる事は困難だったがしかし、次期当主としては

申し分ない彼女の実力、才能は誰しもが認めるところである。

 ベルムント家次期当主の座をリシェルから自分に移す事で、妹を家の奴隷、傀儡とさせない事を果たし。

 結果的に自分に重い枷を強いる事で、まだ何も知らないリシェルを守ったのだ。

 しかしこの一件以来、レティシアと両親――――特に母との折り合いは悪くなり、家庭内にもその不和は徐々に波紋を広げていた。

 アーク・トゥエラになるまでの残りわずかな時間をレティシアはリシェルと共に過ごし、母の手に触れさせる事さえ許さなかった。

 そんな日々も終わりを告げる、出発の日。

 最後までレティシアは残されてしまうリシェルの身を案じ、しかしまだ若輩の身で妹を連れて各国を回る事など出来るはずも無く。

 ブリュンテルファに向かうエイス・ルフェの中で、姉は涙を流しながら妹に別れを告げたのだった――――。

 

 

 ゆっくりとコーヒーカップを傾け、レティシアは言葉を終える。

 それが、彼女の知る昔話。

 その真相に、リディアがぽつりと呟く。

「でも、それでレティシアさんのことを嫌いになるのかな?」

「……確かに。10年間、自分のことを構ってくれなかったというだけでリシェルがあんな言葉を残すとは思えない。レティシア、何か別の理由があるんじゃないのか?」

 リディアの言葉に同意し、レオンが質問を向ける。するとレティシアは物憂げに溜め息をつき、コーヒーを一口だけ飲んでから、再び話し始める。

「これは私の当て推量に過ぎないけれど……母がリシェルに私の事を悪く言い含めていたとしたら、可能性はあるわ」

「? どういうことですか?」

――――それは、個々人の認識の違いを利用した、悪質な虚言。

 母は姉に与えられた屈辱を、姉の愛する妹に伝える事で、陰惨な復讐を遂げた事になる。

 そんな考えたくも無い可能性を想像するだけで、レティシアの胸はあの日と同じ痛みを感じた。

 

「――――レティシアは、私から全てを奪った人よ。武の才能も、学業の成績も、そして私が唯一手に入れるはずだった……ベルムント家の当主という椅子さえも」

 支部からそう離れていない、メルオシス時計塔の展望室で、リシェルは自分を追ってきたロウに告白した。

「あの日ワルマーシアで言った言葉は、そういう意味だったんだね……レティシアへの復讐だって聞いたときは、さすがに驚いたよ」

 リディアが助祭になるための叙階試験を受けていたあの日、修練場で語られていた2人だけの密談。そこでリシェルはロウに、何故自分がアーク・トゥエラを

目指すのかを既に一度告白していた。

 リディアのように多くの人を守りたいからでも、ロウのように迫害される同族を守りたいからという理由でもない、極めて個人的な理由。

 それこそが、リシェルの本音であった。

「私は……多分、このチームの中では一番騎士に相応しくないわ。リディアにルゥの事を言ったときも、心の底ではあの子を妬んでさえいた」

 それは、リディアがレティシアと同じ14歳資格者(エンゲージメント・フォーティーン)である事から秘めていた、嫉妬の念。

「この際だから全て話してしまうけれど……私は、誰にも何も望まれていない存在だった」

 展望室から遥かなる大山脈を臨み。

 リシェル・ベルムントは己の知る物語を、ただロウ・ラ・ガディス1人のために語る。

 

 

 リシェル・ベルムントが憶えている姉レティシアの、最も古い記憶は4歳前後の頃。

 ある日の夜、眠れずトイレに起きたその時の事である。

――――…………ます!!

 初めて聞いたかも知れない、姉の怒鳴り声。そしてドアから飛び出してきた、怒りに燃える姉の表情。

『っ……!?』

 その表情はあまりに険しく、幼いリシェルにはただ恐怖だけが刷り込まれた。

――――リシェル……ごめんなさい……――――!!

 暖かで、けれども痛いくらいに強い抱擁。

 困惑の中で、リシェルはトイレに行く事も忘れてレティシアに抱かれていた。

 ――――それが、リシェルの記憶に残る最初の思い出。

 

明確に憶えているのは、5歳になる頃から。

 姉レティシアは既に家にも国にもおらず、しかしベルムント家の次女として恥じる事のない教育を受けていたリシェルは、同年代の子ども達とはそれこそ

比較にならないくらいに高い成績を出していた。

だがレティシアを知る家庭教師たちの表情はどれも曇りがちで、そのことにリシェルがはっきりと気づいたのは7歳のときだった。

 レティシアの成績はどれもこれもSランクばかりであり、AAがせいぜいだったリシェルは姉を尊敬しつつも、心のどこかでは確かに嫉妬の念を抱き、必死になって

学業、スポーツ、武術などを修めたが……一つとして、レティシアに勝るどころか並ぶ事さえなかった。

 9歳になったある日、珍しく母がリシェルを呼んだ事があった。

 どういうわけか、リシェルは母とまともに話した事がこれまで一度も無かった。父や親戚達にそのことを尋ねた事はあったが、皆一様に渋い表情で「気にしなくて良い」

と言うばかりだったのだ。

――――リシェル。貴女は本当は、このベルムント家の当主になるはずだったのよ。

――――けれど、意地悪なお姉さんのレティシアは、貴女みたいな出来損ないに当主は任せられないって言って。

――――お母さんも必死で止めたのだけれど、レティシアは貴女の事を嘲笑うようにまんまと当主に居座って……。

――――全部私に任せておきなさいって。貴女には何も望まれていないって、レティシアはそう言ったのよ。

 それはまさに、雷に打たれたかのような衝撃だった。

 姉への尊敬は嫉妬と軽蔑へとその姿を変え。

 憧れは恨みに変わり、いつか彼女に復讐しようと爪を研ぎ始める。

 成績も、スポーツも、武術も、レティシアへの敵愾心が火種となったのか向上を見せ。

 ミドルスクールに入学する頃には、当時のレティシアと比べてもほとんど差の無いレベルにまで上り詰めていた。

 

 

「……母の言葉にどれだけの真実が含まれていたのかは、私には分からない。でもその事が切っ掛けになって、今の私があるのは確かよ」

 記憶もおぼろげな内に姉と別れて、実に11年。

 ただレティシアを超え、復讐したいという暗い情念に突き動かされて、リシェルはレティシアと同じ舞台に立った。

 その姿を。その表情を。

 ロウはただ、悲しそうな瞳で見つめていた。

「僕の知ってるレティシアは、そんなことを言う人じゃなかったよ。普段のキミみたいに、優しい人だ」

「上辺だけの優しさなんて、いくらでも作れるわ。そんな物信じても――――?」

 リシェルが何気なく下を見ると、時計塔の下に設けられている公園で、何か光る物が見えた。

 無論、時計塔というかなり高い――――メルオシス時計塔の高さは85m――――施設から見える光など、かなり強い光でなければ目視など出来ない。

 さらに今は日中。夜ならばまだしも日の高い時間帯であれだけの光、ただ事ではないだろう。

「何かしら……ロウ、見えた?」

「うん。あれは……まさかとは思うけど」

 2人は一度だけ、あれだけの光を見たことがある。

 2週間以上前の、あの廃ビルの中での輝きは恐らく、あれくらいの光だっただろう。

 顔を見合わせ、頷きあう。

 過去の事は保留。今眼下で広がるあり得ない光景を確認するために、2人は慌てて時計塔を下りる。

 

「失礼――――はい、こちらレティシア・ベルムントです」

 突然の着信に話を一時中断し、レティシアは自身のPCを取った。リディアは溜まっていた物を吐き出すように深い溜め息をつき、今まで口を付けていなかった

コーヒーにミルクと砂糖を入れ始める。

「なんか……結構、深刻だね……リシェルとレティシアさん」

「そうだな。俺には兄弟がいないから、よく分からないが……」

 コーヒーカップを傾けるレオン。リディアはスプーンでコーヒーをゆっくりとかき混ぜながら、兄・ロベルトのことを思い出した。

「あたしには5歳上のお兄ちゃんがいるけど……やっぱり全然違うよ。仲良かったと思うし」

「兄妹と姉妹じゃ、違うんだろ」

 レオンのいうことも一理ある。だが理由はそれだけではない。育った環境、年齢差、兄弟間に築かれた関係。そういった物の違いが上と下の差を生み、複雑化させる。

「彼が――――カインが、時計塔で!?」

 突然声を荒げるレティシア。その声にリディアもレオンも、そして今まで大人しくしていたルゥも思わず反応する。

「分かりました。これから現場に向かいます……では」

 通信を乱暴に切断しPCを服の中に仕舞うと、レティシアはデスクからゼンセイバーを取り出し、腰のホルスターに押し込む。

「レティシアさん、どうしたんですか?」

「悪いけれど、話はまた後にして。問題が発生したわ」

 会話を拒否するような強い口調。だがレオンはゆっくりと立ち上がり、

「――――カイン・ザンディークか」

「!?」

 その名前にレティシアが振り返る。『カイン』というその名前は、つい今しがたレティシア自身が口にした名前。

「どうして、君が……彼のことを?」

「知り合いから聞いていたんでな……現れたのか」

「カイン? 誰、それ?」

 1人蚊帳の外に置かれている事を不満に思ったのか、リディアがレオンの上着を引っ張って尋ねる。その子どもっぽい行為に軽い溜め息をつきながら。

「カイン・ザンディーク……名実ともに間違いなく、現役最強のアーク・トゥエラだ」

 驚愕の事実を、口にした。




あとがき:

何とか1週で書き上げました。姉と妹の食い違い。
10歳も歳が離れているとなかなか上手く行かないのはどこの家庭でも
きっとおんなじはず。しかもこの2人の場合は黒幕がいるのでなおさら。
そして突然現れた最強の騎士・カイン。
さあ、また次回から戦闘になってしまうのですよー。


管理人の感想

ついに語られた、レティシアとリシェルの食い違いの過去。
ただ妹を大切にしたいという姉の想いは、慈しみの心を忘れてしまった母に歪められ。
そして姉が大好きだった妹の心もまた、母によって憎しみを植え付けられる。
・・・なかなか上手くいかないものですよね。おそらくリシェルも、心の中ではまだ姉を信じたい気持ちが残っているのではないでしょうか。
そして名前だけ登場。最強のアーク・トゥエラ、カイン。
戦闘に・・・ということは、このカインとリディア達が戦うのでしょうか?
次回も期待ですね!



2007.7.12