―It’s a Sword of Starlights―
真期1065年、黄緑の月14日。
『山国(さんごく)』マエラテルム、アーク・トゥエラ支部常勤執務室。
「――――ですが、カナン様。私は何度も申し上げたはずです。彼は……」
優しくも凛々しい声が執務室に響く。その声を聞いている相手である『剣帝』カナン・アジバラはホログラフィ・ディスプレイの向こうで目蓋を閉じ、
気だるげに頬杖を突いた。
『だが、いかに問題があろうと奴の実力は、お主も知るところじゃろう? 今の奴は、たとえワシが全盛期であっても勝てんよ。そんな男を解任するなど
一体どうして出来るかね? ただでさえ騎士の弱体化と腐敗は目に余るというのに』
「その最たる原因を作った男だからです。これ以上彼を野放しにしておけば、いずれは相手がカナン様であろうと牙を剥きかねません!」
『いくら奴でもそこまで常識知らずではあるまい。それに組織に縛る事で奴の動きを制限する事も出来る。野に放てばそれこそ奴の思う壺ではないかね?
……とにかくこの件はしばし保留とする』
「ッ……。分かりました」
悔しげに唇をかみ締め、声の主である女性は深々と溜め息をつき、通信を切断しようと手を伸ばす。
『時に。明日から来る予定の新人達の事は聞いておるかな?』
はたと手が止まり、視線が上がる。
その眼は先程までの怒りと悔しさに燃えるものではなく、慈愛に満ちたものだった。
「ロウ君ですね。彼に会うのは、3年ぶりに――――」
『そうではないぞ、レティシア。折角血を分けた家族と会えるのだ、もっと素直に喜べ』
カナンのそれはどこか意地の悪い言い方だが、しかしそれでも彼女の喜びが薄れる事はない。
「……はい、カナン様」
レティシアは聖母のような笑みを浮かべながら、ディスプレイのすぐ脇に飾っていたピクチャースタンドのスイッチを入れる。
映し出されたのは10歳くらいの少女と、少女に抱きかかえられた生まれて間もない赤ん坊。
最後に会ったのは、実に11年も前。
「こんな形で会えるなんて思わなかったわ……リシェル」
透き通る声はどこまでも美しく、優しく。それでいて、どこか悲しさを漂わせながら。
レティシア・ベルムントはそっと、写真の中の妹(リシェル)を撫でた。
第五話 絶ちえぬ絆
01.円卓の女騎士
真期1065年、黄緑の月15日。
『山国』マエラテルム・メルパンデスト駅、国際連絡線1番ホーム。
「すっご……」
エイス・ルフェを降りてリディアが発したのは、素直な感嘆の声だった。眼前にそびえ立つのは絶景と呼ぶに相応しい大山脈。そのどれもが3000m級の
山々から成り立っており、最も高いとされるエスパーレンド山は標高6200mにも達するという。
「リディアの生まれ故郷には、山は少なかったんだっけ?」
「うん……。ベレメリィアは平地が多かったから、こんなすごい山はまず無かったよ!」
嬉しそうに目を輝かせるリディアと、穏やかな笑みを浮かべるロウ。そのロウの肩にはすっかり慣れたルゥがリディアと同じように大山脈を見上げている。
マエラテルムはその冠する名前の通り、いくつもの山脈を持つ国である。中でもメルパンデスト周辺にはその最高峰たるエウレッターセ大山脈があり、
『ゼンポゥラの屋根』とさえ呼ばれているのだ。
「僕もこの国に来るのは久し振りだけど、やっぱりいつ見てもすごいと思うよ」
「? ロウって、ここに来た事あるの?」
見上げる青い瞳に答えるように、ロウはゆっくりと頷く。
「うん。ここは師匠の故郷でもあるしね。3年前まではここで暮らしてたんだ」
ロウの師匠といえば『剣帝』カナン・アジバラであることはこのチームの誰もが知るところである。齢80を間近にし、第一線を退いてはいるもののその影響力・
発言力は今でも健在であり、アーク・トゥエラにおける最高位である八席円卓(リング・オブ・エイト)の一席を担っている。
「そういえば……八席円卓って言うからには、8人いるんだよね? あとの7人は?」
「う〜ん……僕も全員を知ってるわけじゃないからね。レオンは知ってる?」
PCでセーフハウスの場所とタクシーの手配をしていたレオンはその操作を中断して、答えた。
「八席と言っても、今のところ席が埋まっているのは5つだけだ。残りの三席は該当するだけの力を持った人間がいないため、空席扱いにされている」
「つまり相応しい実績さえ伴えば、若年であってもその席に座ることができるのよ。それは私たちも例外ではないわ」
ぽん、とリシェルの両手がリディアの肩に乗せられる。
「例外じゃないって言われても……まだまだ新米のあたし達には想像できないよ」
「そうね。でもこの中で1人だけ、その可能性がある人がいるのだけれど?」
リディアがリシェルの視線を追うと、その先にはレオンの姿がある。レオンは2人の――――否、ロウを含めて3人の視線を受けて、軽く溜め息をついた。
「何を期待してるのかは知らないが、俺は八席に興味はない」
「そうなの? なんで?」
首を傾げるリディア。するとレオンは律儀にその質問に答える。過去のレオンを知る者が見れば、彼のこの態度は明らかな変化である事は言うまでもない。
「八席というのはある種の名誉勲章のようなものだ。それを持つだけで各国のアーク・トゥエラにおいて特別な存在になり、また特別待遇として常任の執務室を
与えられることもある。これはアーク・トゥエラの一国最長任期である5年を、最も達成しやすい条件でもある……つまり」
「栄光の7人(グロリアス・セブン)に続く8人目(ナンバー・エイト)になれる可能性が高くなるってことだね。でもそれって悪い事かな? むしろ名誉ある事だと
あたしは思うけど?」
リディアの言葉は正しい。1000年を数える騎士の歴史において、1カ国当たり5年という最長任期を満了し、同時に11カ国全てを渡り歩いた伝説の存在である
グロリアス・セブン。歴代わずか7人という極少数にして英雄とも言われるその名に次ぐ事など、名誉以外の何物でもないはず。
だがレオンはゆっくりと歩きながら、言葉を続けた。
「確かに8人目になれるチャンスは増える。だがそこに、八席円卓の陥穽がある……。八席円卓は任命された国では確かに任期満了の5年を勤め上げる事は難しくは
ない。だが5年目を勤め上げると同時に多くの場合は高待遇で国側、あるいは国際法務省の高官と同待遇の条件で常任騎士に任命される事が極めて多い。もちろん
給与に関しても同様だ。結果、アーク・トゥエラという立場でありながら1つの国に常駐する事になり……」
「最終的にはその立場を辞さない限り、その国に骨を埋めることになる、ってこと。ウチの師匠もそれに近い形を強いられてるよ。まぁ、あの人は割りとホイホイ
国外に出てるけどね」
チームで最長のキャリアを持つレオンと、八席に名を連ねるカナンの弟子たるロウが明かしたそれらの事実に、リディアは驚きを隠せない。
アーク・トゥエラは名目上国際法務省直轄となっているが、その実態は同等の国際機関と言ってもいい。要請さえあればどの国に対しても公平に派遣され、彼らが守るべき
『法』の守護者として活動する。しかしその騎士の位において最高位とも言うべき八席円卓にそんな裏側があるなどとは。
「それって……なんか、変な話じゃない? 矛盾してるっていうか……」
「そうだな。だが国際情勢において強い力を保有しておきたいというのは、どこの国でも同じだ。騎士という区分けをされてはいるが、国や組織にも定められたルールという
『法』がある。その枠内で言うのなら、この処遇はなんらおかしな物でもない」
「ま、国際法準拠のものかと言われれば当然違うけれどね。但し、それなりに強みも有るんだよ?」
ホームを出て駅の構内へ移動し、そこからタクシーを探す4人。だが会話は途切れる事無く、ロウは諭すようにリディアとリシェルに話を続ける。
「強みって?」
「うん。師匠なんかがその一例だけどね、国との契約の際に、騎士側からいくつかの条件を出す事ができる。例えば国外への研修名目で、数日から最長で2ヶ月。どこでも
好きな国に行くことが出来る。師匠はこれを第一条件にリステンボルクで八席に修まったんだ。元々リステンボルク自体がアーク・トゥエラの本部があることもあって、
この条件は容易に受け入れられたってワケ」
「成程……。だからあの試験のときも、カナン様はあそこに居られたのね」
「そういう事。ただ、試験官には試験の際に特別措置として滞在が許される事があるから、それで来たのかもしれないけど」
レオンが手を上げ、タクシーが停まる。それを確認してからロウは話を終わらせ、レオンが告げる。
「セーフハウスに行く前に、先に支部に寄るよう通達が来ていた。支部に向かうぞ」
マエラテルム首都・メルオシス。アーク・トゥエラ、マエラテルム支部。
ガナンタイトの支部と比べると遥かに見劣りするが、それでもそれなりに立派な建物に変わりはない。というか、そもそもビルという形状を取っていたガナンタイトのほうが
特殊であるということをレオンが説明するまで、リディアは正直この施設を『貧相』と感じてしまっていた。
「国の情勢によって施設の形状が変化するのは当然だ。変な先入観は持つなよ」
「わ、わかってるよぅ」
ぷぅっとむくれるリディア。その頬をリシェルがつんと突っつく。
「拗ねないの。レオンも、あまりリディアをからかうのは止しなさい」
「ああ……だが、からかい甲斐があるからな」
「んなっ……!? うぅ、レオンのばかっ!」
気を悪くしたリディアがずかずかと先行する。それをクスクスと笑いながらリシェルとロウは追いかけ、レオンも少しだけ早歩きで3人を追いかける。
1ヵ月前まではあれほど不安だったこのチームも、今は互いをそれなりに理解し合い、冗談すら交わせるような間柄にまで進展していた。騎士として不必要な馴れ合いを
拒絶していたレオンでさえ、先程のような態度を見せるほどにである。
「こんにちは。随分楽しそうね」
突然声を掛けられ、リディアの足が止まった。
声の主はドアから出て来たばかりで、長い銀髪をなびかせている。
そう――――長い銀髪と、優しさを湛えた紫紺の瞳。
それは、いつも傍にいる、彼女と同じ輝きを――――。
「レティシア、久し振りだね。相変わらず美人で嬉しいよ」
「ロウ君。あなたも相変わらず口が軽いのね。そういうところ、カナン様に似てきたわ」
やわらかな微笑み。ロウの冗談を真に受けるでも怒るでもなく、ただいなすその姿勢はリディアやリシェルには未だ到達し得ない領域であり、それだけ彼女とロウの関係が
親しい物であるという事実を証明している。
「あの、ロウのお知り合いなんですか?」
リディアの言葉に、レティシアは嫌味のない穏やかな表情で頷く。
「ええ。ロウ君の先生であるカナン様は、私にとっても大先輩だもの。それに……直接お会いした事はないけれど、貴女のお爺様もね、リディア・ハーケンさん」
その意外過ぎる発言にリディアは驚いた。祖父であるゲインがアーク・トゥエラであったのはもう30年以上前の話だ。リディア当人の事のみならず、祖父の事まで
知っている騎士など、現役の騎士の中ではほとんどいないはずだと言うのに。
「えっと、その……」
「? ああ……。自己紹介もしていなかったわね、ごめんなさい」
すうっと髪をかき上げ、軽く咳払いをする。そして呼吸を整えてから。
「マエラテルム・特別常任執務室所属騎士、聖堂機関アーク・トゥエラ、八席円卓の一席。レティシア・ベルムントです。よろしくね、リディアさん」
ベルムント。
八席という地位よりもその名前を聞いた瞬間、リディアの瞳は確信の光に満ち、咄嗟にもう1人のベルムント――――リシェルに視線を向ける。
だが、リシェルの表情は。
極地の氷のように、固く無表情だった。
「リシェル……会いたかったわ」
姉であるレティシアが歩み寄り、そっと右手を差し出す。姉妹の再会を祝う握手、だがそれを。
ばちぃっ!!
妹であるリシェルは、渾身の力で払い除けた。
「――――――――」
小さな呟き声。その一言でレティシアの表情は凍りつき。
リシェルは踵を返し、静かにエントランスへと向かう。
図らずも隣りに立っていたレオンには、リシェルのその呟きがわずかに聞き取れていた。
「リシェルッ!!」
駆け出そうとするリディア。しかしそれを、レオンの腕が制止する。
「止せ」
「なんで!? せっかくお姉さんに会えたのに、あんなの……!」
「僕が行くよ。……いいよね、レオン?」
紅い瞳が碧眼を見る。そこに何を感じ取ったのか、レオンはただ頷き、ロウに全てを託す。
ただ胸の内で、リシェルが呟いた言葉を反芻しながら。
「(貴女なんて居なければ良かった……か)」
そこにどれほど深い事情があるのか、無論レオンには分からない。そして今この両手で引き止めているリディアにも、当然分かるはずもない。
リシェルが居ないこの場で全てを知るのは、背後で硬直し悲しげに妹が居た場所を眺めているだけの、レティシアのみ。
「……聞かせてくれないか。アンタと、リシェルの間に何があったのかを」
レオンのその言葉に、しばしの間を置いて。
「……わかりました、レオン・ウィルグリッド」
力無い声で、レティシアはそう答えた。
あとがき:
今年も半分を過ぎて、しかしまだ5話が始まったばかり。
果たして今年中にどこまでいけるか激しく不安な鷹です。
前々から引っ張ってきたリシェルの姉、レティシア。彼女の登場により
裏事情とか秘密とかがチラホラ明らかになってきましたが、どうやって
上手く収束させるかが悩みどころです・・・・・・。
とくにこういう鬱っぽい展開、趣味じゃないんですけどね・・・・・・。
管理人の感想
とうとう第5話突入です^^
この話では、主役になるのはおそらくリシェルとレティシア。
二人の間にどのような過去があったのか、私もまだ知らぬことですが、だからこそ楽しみでもありますw
ただリシェルの態度を見る限り、相当根深い何かがあったのは言うまでもありませんね。
そこら辺にも注目しつつ、今後の展開に期待しましょう!