―It’s a Sword of Starlights―
重く低い音を立てて、マレスは路地に叩きつけられた。左腕は肘のわずかな装甲の隙間を見事に切断され、少し遅れてから眼前に落ちる。
油断はなかったと自負できるほど自信過剰ではないが、それでもこの現状はにわかには信じがたい。だが敵の技量、戦術は明らかにこちらの想定外の
領域であり、紛れもない脅威だ。それだけの脅威を前に、片腕では太刀打ちなど出来るはずもない。
空を見上げれば、2人の騎士も地上に降りて来ようとしている。ゼンセイバーを展開したままのリディアはマレスの視線に気づいたのか、緩やかな
落下状態から一転、加速して着地しようとしている。高度はせいぜい12mといったところだろう。
「策を講じなくては……だが、ここからでは」
造物主たるアインサック・バーレニアが用意していた『あの装備』があれば、ひとまずとは言えこの不利な状況を脱する事ができる。だがその為には、
アインサックのいる8階まで上らなければならない。しかしここでこのまま留まっていれば、リディアはそれこそ風のように舞い降りるだろう。
選択肢など既にない。今この場にいる事など出来ない。せめて身を隠し、自身の活動時間が許す限り騎士の眼を引き付けねばならない。
『……マレス02、トゥオール。苦戦しているようだね』
唐突に内蔵された通信機に通信が入る。その声の主はマレス――――改め、トゥオールの造物主・アインサックのものだった。
「マスター……申し訳ありません、私はどうやら、ここまでの……」
『何を言う、トゥオール。キミは俺が組み上げた機体だ。騎士如きに遅れを取るはずがないだろう』
「しかし……」
ホイールを回転させリディアから逃れつつ、マレスはアインサックと会話を続ける。
『キミの兄弟、ウェナインは破壊されてしまった。だからキミが破壊されれば俺たちも遅かれ早かれ殺される。俺たちはキミに、守ってもらわなければならないんだ。
その為に力が欲しいと言うのなら――――』
アインサックの声に導かれるように、トゥオールは傷ついた左腕をパージ(切り離し)し、ウェスリータの中へと身を躍らせた。
第四話 紅蓮の剣士
05.交わらぬ道
レオンはデンゼルの服を掴むと、力任せに壁に叩きつけた。その衝撃でデンゼルは背中を強く打ちつけ咳き込む。
「答えろ。他のメンバーはどこにいる」
「っは――――っ、し、知らない……っ!!」
息を切らせながら答えるデンゼル。だが視線は泳ぎ、レオンともその後ろに控えるロウとも眼を会わせようとしないその態度は、明らかにデンゼルの
証言が虚偽であるという、これ以上ない証明である。
レオンはそれを一目で見抜き、彼を開放するとともに、床に叩き伏せんばかりの勢いで右の拳を打ち込んだ。
「っぎゃあっ!?」
無様な悲鳴。埃を巻き上げ倒れこむ身体。ただの一撃で頬骨にヒビが入り、奥歯が2本も砕けていた。しかデンゼルはその痛みも省みず、その場から
文字通り這ってでも逃げ出そうと足掻き――――ロウの足に、その行く手を塞がれる。
「テロリストに加担し、不利ともなれば恥も外聞もなく逃げ出す。それでも貴方は警察官なんですか?」
遥か頭上から見下ろす赤い瞳。その魔力にも似た威圧に、デンゼルはカタカタと顎を鳴らし、言葉を紡ぐ事もできずにいた。
「……これ以上は無駄のようだな。ロウ、リディアとリシェルはどうした?」
「上の階に向かって、そのままだけど……まだ近くにいるよ」
ロウはそう言いながら自身のPCのGPS機能で2人の居場所を把握する。しかしGPSの視点は基本的に俯瞰図あるいは鳥瞰図であるために、厳密に彼女たちが
今現在どこにいるのかまでは把握できない。
「連絡してみる?」
「そうだな。こちらは――――」
そう言いかけた瞬間、今まで消えていた照明が復旧した。室内は再び明るさを取り戻し、それと同時にどこか遠くで何かが駆動する音がする。
「オイ、コラ。今の音はなんの音だ、ポリ公」
足の先で無抵抗のデンゼルを小突くラグナ。デンゼルは「ひぃっ」と情けない声を上げると、まだ血の止まらない震える唇で。
「は、搬入用の、大型、エレベーター……8階から1階までの、直通用、です……」
「マスター、まさか貴方が自らこれをお持ちくださるとは……」
いち早くエレベーターに到着したトゥオールはその場に傅(かしず)き、造物主たるアインサック・バーレニアを出迎えた。
40代も半ばを過ぎようというアインサックはその年齢に似合わぬ童顔で薄く微笑み、トゥオールの頭部にそっと手を置く。
「調整が済んでシミュレーションもこなしているとはいえ、実際にこれを使う機会はなかったからね。一研究者としては、これの威力を見て置きたくもあった。それに
僕とキミだけではこれの装着は出来ないだろう? だから全員連れてきたのさ」
視線だけで合図を送り、後ろに控えていた残り2人のメンバーが搬入を開始する。その大きさは大型のコンテナに匹敵する搬入用エレベーターをもってしても、どうにか
収まっているという冗談のような大きさだった。
「おそらくまともに動かせるのは1度が限界だろう。その1度きりのチャンスでどうか僕達を助けてくれ、トゥオール」
搬入された大型の構造物。その一部が開放され、マレスは主の言葉に従って左肩を滑り込ませる。
駆動系とのリンクが張られ、シリンダーを接続。情報伝達とともに内蔵プログラムを起動。
「全工程正常起動を確認。しかし起動電圧には届いていません。マスター、解決策を」
「軌道並びに発射には、この街の電圧全てを使う。もとよりそのつもりだったからね」
旧市街とは言え電力は供給されている。その莫大な電力を、アインサックはこの機器に接続する術を既に用意していたのだ。
本来ならばこの機器を用いて首都に対する攻撃を行う事も、先のテロにおけるプランに含まれていた。だが起動と同時に電力がダウンした事を知られれば、
すぐさま電力供給を絶たれて、攻め手の一つを失う事にもなりかねない。それを考慮したハンスはこの機器の使用を中止させ、アーミーロボットのみによる作戦を展開した。
「ハンス。貴方が果たせなかったこの一撃を持って、せめてこの国に巣食うゴミどもを散らせましょう」
照準は首都・バスクレイン。直線距離にして13200m。この機器の有効射程範囲は最大20000mという破格の威力である。不足はない。
チャージが完了するまであと300秒。何事もなければ、それはわずか5分という短時間。
しかし。
「見つけたっ!!」
「チェック・メイトよ。諦めて投降しなさい」
乱入せしは2人の少女騎士。この相手を5分押し留めるのは――――やはり、彼にしか叶わぬ事。
「トゥオール。270秒で片付けてくれ」
「――――イエス、マイマスター」
隻腕の鉄機兵はただ忠実に、主の命令を遵守せんと立ち向かう。
片付ける事はおそらく至難、否、不可能だろう。
だが時間が限定されているのであれば、その不可能も少なからず可能に近づく。
ならば、その可能性を少しでも高めるために。
「――――!!」
爆裂はわずか1秒。トゥオールはここに来て、最高速での突進を敢行する。だが直線軌道である以上、リディアとリシェルにとって避ける事はさして難しくはない。
だがホイール走行における利点は直線運動に優れているばかりではない。多くのアーミーロボットに標準搭載されているホイールの形状はタイヤ型ではなく球体の
ホイールボールというタイプだ。これは全方向に素早く転回出来るという利点と、その場で回転する事で多方向に攻撃を展開する事ができる。
ぐるん、とトゥオールの身体が廻り、ブレードが旋風の如く舞い踊る。その一撃を受け止めたのはリディアのゼンセイバー。
「くぅっ!」
苦悶の声が漏れようと、回転の威力は止まらない。もとより体重も軽く、体躯としては小柄な部類に入るリディアが、腕を一つ失ったとは言え自身の5倍以上の
体重を持つ機兵を相手に、まともに打ち合える道理はない。
そう――――道理など、あるはずもない。
「っ……あああッ!!」
2mほど吹き飛ばされながらも、倒れるどころか体勢をほとんど崩す事もなく、リディアはトゥオールの斬撃による衝撃を持ちこたえた。それに驚いたのはリシェルと、
何より斬撃を放ったトゥオール自身。
「バカな……ありえない」
既に十数合と打ち合ってきた相手、その剣の重さから体重も推し量れているあの少女が、今の攻撃に耐えられる道理がどこにあろうか。
超速で打ち込まれる斬撃を見ても、リディアのフォームは紛う事無く『風』のウィータ。耐えられるとすれば絶対防御の『土』グエルクだが、あるはずがない。
手応えは確か。かの少女が自ら飛んでダメージを逸らしたと言うのならこの状況にも説明はつくが、それはありえない。
2つのフォームを併せ持つ者は確かに存在する。だがその覚醒にはどれだけ少なく見積もっても半年以上の研鑽が必要だ。その事はリシェルも知っている。
「リディア……貴女は……」
「? リシェル、手が止まってるよ!!」
風を切り裂く烈風の弾丸。緑色の光刃は無防備な機兵へとその刃を向け、超硬度ブレードと激しくぶつかり合う。
そうだ、リディアの言う通り呆けている暇などない。考え事は後回しだ。
この眼前の機兵を倒す事こそ、最優先事項――――!!
青流の剣舞が乱れ飛ぶ。その乱舞を鋼鉄の嵐が悉く防ぐ。
その間隙を縫うように打ち込まれる緑風の剣舞。しかし磐石なる機兵・トゥオールはホイールを回転させ剣先を外し、わずか数cm外へ出る。
打ち合う事、実に102秒。ここに来てマレスの学習機能がリディアとリシェルの間合いを完全に学習し尽くしたのだ。
思えば、互いに剣を持ってこれほど打ち合うのは、この第3ラウンドこそが初めてである。押し切られた7階の第1ラウンドと、空中にて行われた第2ラウンド。
どちらも剣で戦ってはいたが、真っ当な剣同士の戦いではなかった。
だが今は違う。肉薄し、2対1という図式ながら、互いの持つ武器はただ虚実の差はあれど剣のみ。
リシェルのゼンセイバーは先程のリヴェレイトによるファランクスで消耗している。あと30発程度ならば撃つ事も可能だが、それをすればゼンセイバーの光刃を維持
する事は出来なくなるだろう。トリニウス・クリスタルの膨大な内蔵エネルギーをもって放たれた集中豪雨(ファランクス)。今一度その機会があれば、既に勝負は決していた
かも知れないというのに。
「(……残り、140秒か)」
カウントを進めていたトゥオールがわずかに息をつく。否、マレスという個体である以上呼吸などするはずもないのだが、トゥオールは静かに構えを解き――――
超硬度ブレードをわずかに下げた。
「!?」
「なに?」
驚きは当然リシェルとリディアのもの。トゥオールの背後で作業を続けているアインサックらは、その変化に気づく事もない。
所詮トゥオールの存在価値など、彼らにとってその程度でしかないのだ。自身らを守り、敵を倒し、決め手の引き金となるだけのありふれた部品(パーツ)程度。
「――――これまでだ。これ以上の戦闘に、意味はない。私は既に君等のデータを88%以上蒐集した。戦闘を続行すれば、やがて私の勝利は揺るぎ無いものへと変わる」
「……それってつまり、降参しろってこと?」
リディアのその言葉に、トゥオールは俯くように頷く。
「その通りだ。どのみち、マスターが用意した荷電粒子砲の前では、君らは蒸発する以外に道はない」
「荷電粒子砲……だとしても、あのサイズは破格ね。粒子加速器を併用していると思うのだけれど?」
荷電粒子砲は単純に言い換えるのならばビーム砲である。しかし粒子線という特徴を持つ以上、大気中での減衰速度は目標との距離に比例して速くなり、
あまりにも遠距離の目標に対しては有効な効果を示す事が出来ないという欠点もある。
だが粒子線の密度と速度を大幅に向上させる粒子加速器を用いれば、この問題は一応の解決を見ている。無論それだけの破壊力を生む機器、小型化する術は
模索されてきたが、やはり必要な出力を求めるのならば大型化することは必然。
結果、アインサックがあるルートから横流ししてもらう形で入手した粒子加速器並びに荷電粒子砲は大型コンテナ1基というサイズであり、しかしその大型さゆえに
前述の通り最長射程20000mという度し難いまでの射程を誇っている。
「そうだ。放たれればその射線にあるもの全てを蹂躙するだけの力を持った、光の柱。その破壊の前に、君たちの持つゼンセイバーは太刀打ちする事もできない」
ゼンセイバーは正負両方の電荷を掛けられたレーザーであり、通常出力程度の荷電粒子はその電荷がマイナスにせよプラスにせよ弾き返す事ができる。しかしそれは
あくまでも携行火器から戦車級の火力を前提としたもの。真期以前の、艦載砲にさえ匹敵するであろうこの荷電粒子砲の力を完全に弾き返す事は、おそらくグエルクの
修得者であっても不可能。
「だからって……諦めろって言うの?」
強い意思を秘めた蒼眼がトゥオールのデュアルアイ・センサーを射抜く。
リディアは真っ直ぐ、中段に構えを取る。
「そんなことさせない。どんな理由があっても、何も知らない、何の罪もない人を無差別に殺すなんて、絶対にさせない!!」
「ならば――――君はどうする、小さな騎士よ」
言葉と同時に、トゥオールが打突の構えを取る。状態を捻り、十分なスタンスを取っての突進体勢。200kg以上の重量を持つマレスがホイールを持って加速すれば、
その衝撃はわずか50kgにも満たないリディアの身体など軽がると撥ね飛ばすだろう。
「あなたを倒して、荷電粒子砲も壊す!!」
その決意に、言葉に。
微塵の迷いがあるはずもなく。
「……」
この一騎打ちに加勢するのは無粋と判断したリシェルは数歩下がり、ざっと周囲を見渡してから――――音もなく姿を消した。リシェルに出来る、いや、今この時点で彼女に
しか為し得ないもう一つの目的である、荷電粒子砲の破壊を行うために。
刻限は近い。
残す時間は既に100秒を切っている。
少女と機兵のこの一撃の交錯こそ、真に雌雄を決する開戦の激突となる。
「――――」
「――――」
静寂の時がその場を支配する。互いの視線は絡み合い、先を制する機会を伺いあう。
その静寂を打ち破ったのは、リディアだった。
「こんな事聞くのも変だけど……ロボットのあなたにも、名前ってあるんだよね?」
「……どういう意図で、そのような質問をする」
トゥオールの言う通り、リディアのこの質問はおおよそこの場に相応しくない。互いが放つ一手が等しく生死を左右する局面で、誰が相手の名前など気に留めよう。
「だって……これだけ戦えたすごい相手の名前も知らないなんて、寂しいもん。それにあなたも、マスターって人から貰った名前があると思ったから……ダメかな?」
「成程……その感情の機微は分からないが、私も確かに、君の名を知りたいという思考が微かにある」
穏やかな口調とは裏腹に、両者は四肢に力を込める。
この名乗りを終える事、それが即ち決戦の火蓋を切る事だと、どちらも理解している。
「あたしはリディア。リディア・ハーケン」
「私の名はトゥオール。我がマスター、アインサック・バーレニアによって作られたマレスの1つ」
その、互いの名前を。
決して忘れぬように、胸と記憶素子に刻んで。
鋼鉄の機兵は、自身に叶えられる最高領域の速度で突貫する。間合いは一瞬にして詰められ、凶刃は閃光の如く。
響く衝撃は雷鳴を連想する轟音。それもそのはず、加速と重量によりトゥオールの一撃は装甲車すら粉砕するほどの破壊力を持っている。
その衝撃を、その一撃を。
受け止めるなどという非常識を、誰が想像出来ようか。
「――――見事だ、リディア・ハーケン」
崩れ落ちる金属片。それはトゥオールの超硬度ブレード。
磨耗し、最期の一打に至るまで耐え抜いた、錬鉄の剣。
それをリディアは、ゼンセイバーの光刃ではなく――――エルマリウム鋼製の柄を持って防ぎ、砕いたのだ。
十分な衝撃を受ければ、いかに硬度の面で勝るエルマリウム鋼といえど破壊される事は否定できない。だが相手が傷つき磨り減ったブレードならば競り勝つ事は
予想に難くない。その予想を戦士としての本能で察したリディアは、並大抵の騎士ではおよそ敢行できないこの強攻策を取った。
「――――ごめん、トゥオール……!」
光刃展開、舞うは剣風。
風陣旋渦(ふうじんせんか)、緑刃飛剣。
傷つき砕けたブレードに抗う術は最早無し。レーザー光刃は鮮やかな十数条もの軌跡とともに、トゥオールの右腕を切り裂いた。
両の腕を失い、戦う術を奪われた以上、勝敗が決するのは明白。
ここにまた、一つの幕が終焉を迎えた。
「作業を止めなさい、テロリスト」
リシェルが持つ青い光刃がアインサックとその仲間を照らし出す。だがアインサック・バーレニアとその仲間はリシェルを一瞥する事さえせずに黙々と作業を続けている。
コンテナからせり出した巨大な砲身。そしてアイドリングを続ける粒子加速器。調整は滞りなく進行中であり、残すところわずか70秒で発射可能領域にまで至る。
だが、そんなことをみすみすさせてやる理由など、リシェルには毛頭ない。
流水一閃。青色の光刃は事も無げに砲身を両断する。
激しい音を立てて落ちる砲身の先端部分。いかに無類の破壊力を誇る荷電粒子砲も、そもそも稼動していなければ鋼鉄製の円筒でしかない。
「……邪魔をしないでくれないか? これは替えが効かないんだよ」
高い男性の声。それがアインサックのものであると理解したリシェルは、再び彼に話しかける。
「貴方がこれを撃てば、代えの効かない多くの命が散る事になる。それをテロという自己満足に過ぎない理由で果たさせるわけには行かないのよ」
さらに一閃。砲身はさらに短くなり、もはや荷電粒子砲としての機能は果たせない。その姿を一瞥すると、アインサックは気だるげに立ち上がった。
「うるさいお嬢さんだね。せっかく手に入れた荷電粒子砲をこんなにするなんて、キミは本当に酷い人だ。でも折角だから……せめてキミには死んでもらうよ」
くいっとアインサックが顎をしゃくると、同じく作業をしていたメンバーが素早くキーボードを操作する。それに反応するように荷電粒子砲の後部――――粒子加速器の
アイドリングが高まっていく。いや、それは既に暖気というよりも本稼動に近い。
「何の真似かしら?」
「粒子加速器を爆発させるのさ。この街から吸い上げた電力全てを使って稼動する加速器に火を入れれば、この周囲を丸ごと吹き飛ばして有り余る破壊力を生み出せる」
薄い微笑み。そこに見えるのは紛れもない狂気の影。しかしその笑顔を向けられてなお、リシェルは静寂の水面のように穏やかだった。
「どうしたんだい? 泣いて命乞いでもしてみたら?」
「生憎、貴方のような男に下げる頭は持ち合わせていないの。それに忘れているようだから言って置くけれど――――」
髪を梳き上げ、耳に取り付けていたPCをこれ見よがしに見せ付ける。スイッチはいつから入っていたのか、通話状態。
「貴方の自慢のお人形を壊した、怖いお兄さん達がやってくるわ」
赤と白。二対四本の光の軌跡。
それはリシェルの背後から現れたものではなく、粒子加速器を後ろから切り裂く光刃。
咄嗟に、3人目の男が立ち上がりブラスターガンを構える。だがそれを眩いばかりの黄色い閃光が打ち払い、さらにその主が男を軽々と投げ飛ばす。
「デートの時間には間に合ったかな、マイハニー?」
「時間通りよ、ダーリン」
軽口を交し合い、互いの手を打ち鳴らすリシェルとロウ。
それをレオンは何とも言えない微妙な表情で一瞥し、かたやラグナは含み笑いを漏らしながらイグジスタンスを振り上げる。
「さてと……レオン、こっからは俺の事情だ。お前は口を挟むんじゃねぇぞ?」
「ああ。……だが、殺すなよ。支部に突き出せる程度にしておいてくれ」
「ヘッ……わーったよ」
互いの距離が離れる。おそらくこの一連の事件が決着すれば、この国でレオンとラグナが再び見える事はないだろう。その時点でレオンに課せられた任務である
「イグジスタンスの回収」は果たされないのだが、もとより優先すべき任務ではない。
「さぁて。アイツと戦わせてくれた事に関しちゃ、礼の一つも言いたいとこではあるんだが……俺を良いように使おうとしやがって、覚悟は出来てんだろうな?」
爛と燃ゆるは琥珀の瞳。その内に燻る炎はアインサックらを威圧し、その場から逃れる事もできないほどの暴力を纏っている。
「ま、待ってくれ、せめて話を――――」
「テメェの与太話なんざ聞く耳もたねぇよっ!!!!」
焔乱両断。斬潰剣と光刃を併せ持つ無類の破壊者たるイグジスタンスと、それを自在に操る武人。
持つ手は両手。かつての戦友にすら1度しか見舞う事をしなかった渾身の振り下ろしは、そのわずか一振りにて粒子加速器を両断する。
「……これでちっとは気が晴れるってモンだぜ。元を正せば、元凶はコイツみてぇだしな」
ぐるん、とイグジスタンスを振り回し、床を削りながらラグナは剣を収める。アインサックら3人は完膚なきまでに破壊された荷電粒子砲の前で、ただ愕然と
膝を突き、忘我のままリシェルとロウに拘束された。
「――――リディア、無事か」
レオンの声に反応して、リディアはトゥオールとの無言の対峙から引き戻された。その表情はいつもの彼女とは違い明るさなど欠片もなく、どこか寂しげでさえあった。
「レオン……どうやって来たの?」
「8階にあった搬入エレベータ用の縦穴を使った。遅くなって済まない」
「ううん……来てくれて、ありがと……」
「迎えが来たようだな。ということは、マスターは拘束されたか」
かたや、トゥオールの声はどこまでも平静である。そこに感情の機微はなく、ただ純粋な機械の合成音声。
「荷電粒子砲は破壊された。お前もここで破壊されるか、支部に引き渡されるかのどちらかしか、選択肢はない」
「恥を晒すつもりはない。リディア、私を破壊してくれ。それがマスターへ忠を尽くす事になると、私の思考が告げている」
その言葉は、紛れもない忠義の士の言葉。
例え自ら手を下そうとせず、トゥオールに全てを依存しようとした男(アインサック)であっても、トゥオールにとっては守るべき主君。
その為に命を差し出す事を厭わない姿は、腐敗した騎士達よりも遥かに戦士としてあるべき姿。
リディアはぐっと右手に力を込め、ゼンセイバーを起動する。
灯る緑刃。一歩踏み込むだけで、剣先はトゥオールの頭部を容易く破壊できる距離に至る。
「……ひとつだけ教えて。どうして、リニアガンを使わなかったの?」
一対一というあの局面。リディアの中にあった、ただひとつの疑問。
それをトゥオールは、さも当たり前のように。
「戦士の戦いにそのような無粋な真似が出来ると思うか?」
その一言こそ、トゥオールの短い生で得た信念。
リディアは優しく、朗らかに微笑み。
「また戦おうね、トゥオール」
「いつの日か、必ず」
断罪の剣が振るわれる。
一体の機兵――――否、一人の武人の首が落ちる。
決着はここに。
廃墟の街の殺人事件に端を発した一連の事件は、これにて幕を閉じる。
/epilogue
黄緑の月5日、副都心レィスウェッダ、セクレイッド・マンション2701号室。
荷電粒子砲発動未遂事件より3日後。
「これで、事後報告は全て終了ね」
キーボードを打つ手を止め、リシェルが軽い溜め息を漏らす。その彼女を労うようにルゥはリシェルの手に「ぽむ」と可愛らしく手を乗せ、ロウが淹れ立ての
紅茶を持ってきた。
「お疲れ様。多分今回は、全員第5勲くらいの働きじゃないかな? 新人チームがこんなに何度も叙勲だなんて、かなり異例だよね」
「そうね。でもまだどうなるかは分からないわ。10日後には移動が組まれているはずだし」
研修途中の新人は1年間で何度か国を移り、各国の状態を知っておかなければならない。これはレオンも経験した道のりであり、今回はそもそも後任の騎士が来るまでの
つなぎでしかなかった。
「ただ……私としては、この報告。正直納得行かないのよ」
「あはは……まぁいいんじゃないかな? 結果的に嘘ではないワケだし」
ホログラフィ・ディスプレイに書かれた報告書の一文である『障害となったマレス2機の破壊は成功したものの、落下の衝撃で1機は頭部を全損。完全な回収は不可能』
という、記述は明らかに事実と異なり、これがリシェルの頭をわずかながら悩ませている理由でもある。
「あの子、あんなものを自分のPCに取り込むなんて……正気かしら」
「でも優秀な人格プログラムだよ。調べたんだけどあのアインサック・バーレニアって男、それなりの技術者だったんだってね。学習型AIの権威の1人でもあるって」
「それでも、テロリストの1人でもあるということに変わりはないわ」
アインサックは「ある研究」に携わろうとしたが、結果としてその「研究」に加わる事は出来なかった。それ以来学会や研究機関からは姿を消し、消息不明になっていた
というのが世間で出回っていた情報であり、まさかテロルに加担していたなどと、誰が想像出来ただろうか。
「まあ、これからを楽しみにしようよ。幸い、今は別の人格を育成中みたいだし」
「LUXE(リュクス)とLUCIA(ルシア)、女の子と男の子……ね」
Lはリディアの頭文字であり、トゥオール(Towalle)にも含まれるアルファベット。そして彼を作り上げたアインサック(Einsack)からEとCを貰い、名付けられた名前。
リディアは今も自身のPCを媒体として、広大なネットの世界で様々な知識を拾い集めながら、2人の新しい存在を育んでいる。
いつの日か、父でもあり母でもあるトゥオールのような信念を抱くに足る素晴らしいAI(人格)を有すると信じて。
第5話へ続く
後書き
エンストしてしまいましたが、なんとかかんとか再起動。
やはりというかなんというか、予想通りトータル30000字オーバー。
5話もこの調子で書いてしまいそうでガクブル状態。
でもどうせだからこのペース(30000字ペースの方)を維持できるように
書き続けたい所存です。
管理人の感想
堂々の、4話目完結です!
今回は比較的先頭描写が多く、特にリディア・リシェルとトゥオールの戦いは目を離せなかったですね。
そして最後はロボットとしてではなく、騎士としてリディアとの激戦を全うしたトゥオール。
そのAIをリディアのPCに組み込み・・・?どうやら成長するようですね。
戦闘と共に、その辺にも今後も注目ですね^^
それでは鷹さん、今回もありがとうございました!